『SS』ながとゆき。さんさい。 そのなな

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少しだけ感傷的になりながらも時間だけは無常に過ぎていく。
俺たちが家へ戻り、長門を起こしたら目覚めた途端に、
「もうじかん」
そう言うと俺の部屋へ駆け込み、あの大きなボストンバッグをズルズルと引きずるように降りてきてしまった。
「え?! もうなの? もうちょっと居ようよー!」
「でんしゃにまにあわない」
そんな言い訳あるか。だが長門は一人で来たのだから一人で帰れるはずでもあるのか?
だが妹にそんな理屈が通用するわけも無く。
「えー! なら電車1本くらいいいでしょ? ねえキョンくん……………」
ここで俺を頼られても正直困る。
何故って俺は事情を分かっているし、その上で離れがたくさえ思ってるんだから。
でもな?
「……………かえらないと……………おこられるから……………」
俯いた長門がどういう顔をしているのか俺にだって分かる。
誰よりも、そうだ誰よりもお前が辛く寂しいんだってことを。
だからこそ俺は自分の気持ちを抑えるように、
「こら、我がまま言うんじゃない。長門が困ってるだろ? いいから見送ってやろうぜ」
妹の肩を叩いて言うしかなかった。
「でも……………」
分かってくれ、これ以上はみんな辛くなるだけなんだ。
「…………それなら駅まで見送ってもいい?」
それもどうなんだ? 長門はマンションに帰る訳だから………
「いい」
え?
おみおくりしてほしい」
いいのか? お前はここからマンションに戻るだけだろ?
そう思ったのだが長門は妹を見つめて、
「いっしょにいく」
と言っている。もちろん妹は笑顔で、
「うん! 有希ちゃんをお見送りしないとね!!」
そのまま長門の手を取った。
そうだな、長門がそう言うのならちゃんと見送ってやらないとな。
俺は長門の荷物を持ち、妹と反対の手を取ってやる。
「行こうか長門
「わかった」
駅までの間だけ、俺たちは手を繋いで歩く。
妹と俺に挟まれた長門の瞳は輝いたまま。
それに、だ。
こんなに誰が見ても分かるほどの笑顔の長門を俺は見たことがない。
無表情キャラも返上だよな、子供はそうじゃないとダメさ。
夕焼けが三人の影を長く伸ばしている。
その影の長さがいつもの長門と同じ身長に見え、俺は『お前も楽しかったか?』と心の中で呼びかけた。



「じゃあね、有希ちゃん…………」
「ばいばい」
お前が泣きそうになるなよ、こっちまで何か涙腺にクルだろ。
大きなボストンバッグに隠れるような長門の顔もどこか寂しげである。
「おい、もうすぐ電車も来るからいい加減長門から離れてやれ」
どうもタイミングも良すぎるし、なにより長門がどこに帰るのかサッパリ分からんのではある。
とにかくもうべそをかいている妹を抱きかかえるように長門から離すと、
「じゃあな、気をつけて帰るんだぞ長門
長門の頭を軽く撫でてやる。もう何回こうしてやったことやら。
柔らかな髪をクシャクシャにするようにちょっと強めにしてやった。もう気軽にこいつの頭なんか触れないだろうしな。
「…………わかった」
ちっとも嫌がらずにされるままの長門は小さくそう言った。
するとタイミングよく電車がホームに滑り込んでくる。
自動ドアが開き、ボストンバッグを抱え込んだ長門が隙間を飛び越えるように乗り込んだ。
「有希ちゃん、また遊びに来てね!」
「………………」
妹の何気ない言葉が胸に突き刺さる。この長門はあくまでも実験の為にいる、それが分かっている俺には何も言えなくなる。
だからこそ長門も何も言えないんだ、言える訳が無い。
黙ってしまった長門の目に光るものが浮かんできている。スマン、俺にだって何も言えやしないんだ……………
しかし長門は目に涙を溜めながら、口を一度ギュッと結んでこう言った。
「また、くる」
おい、そんな事言っても、
「うん! またね有希ちゃん!!」
「また」
妹の笑顔につられるように長門の口元が上る。それに対して俺に何が言えるってんだ?
「あ、これ!」
ポケットから取り出した小さな包み。あいつが自分で買った長門へのプレゼント。
「有希ちゃんにあげるね!」
「…………ありがと」
長門が今までにない笑顔になった時、自動ドアが閉まっていった。
静かに電車が動き出し、精一杯背伸びした長門の小さな顔も流れていく。
「またねー! 有希ちゃーん!!」
ホームの端まで俺たちは走り、妹は電車が見えなくなるまで大きく手を振った……………
何だろうな、このどうしようもない寂しさってやつは。
「ほら、帰るぞ」
泣きじゃくる妹の手を引いて、俺は家路に着いたのだった。
こうして俺の慌しい連休は休む事も無く終わりを告げていった…………



家に帰ると、妹は何も言わずに部屋へ入ってしまった。
これだけあいつが落ち込むとは思っていなかった、どうやら長門を本当の妹のように思ってくれていたんだな。
俺も同様さ、部屋に戻ってベッドに倒れこんだら何もしたくなくなる。
頭の中には幼い長門の姿、あいつがあれだけ表情豊かになるなんて思いもしなかった。
それがどんな実験だとかはもうどうでもいい、あいつが年相応の子供として楽しんでくれたのならそれでいいんだ。
だが、それがこの一時の記憶が長門本人からも無くなるというのがどうにも気に食わない。
恐らく妹や家族の記憶すらまた書き換えられかねんからな、それで知っていたのは俺だけってオチか?
「…………気にいらねえ……………」
そりゃ長門の親玉は実験できて満足だろうさ、結果はどうか知ったことじゃねえ。
だがそれに振り回される長門はどうするんだ?!
あの三日間を楽しんだ長門や妹の気持ちはどうなるんだってことだよ!!
急に頭に血が昇ってくる、どうにかならないか頭脳をフル回転させてみる。
「……………どうしようもないってのか?」
まあどれだけやっても所詮は俺だ、今回のようにハルヒを焚きつける訳にもいかない出来事に対応など出来るはずもない。
「くそっ!!」
思い切りベッドを殴ったところで手も痛くないし、ボフッと間抜けな音がするだけだった。
何か、なんでもいいから残す手はないのか?
苛立ちながら部屋を見回した時、ふいに俺の目に入ったのは。
「………………そうか、その手があるな」
俺はベッドから起き上がると鞄を持って机へと向かったのだった……………














「さーて、それでは連休中の成果を見せてもらおうかしら。特にキョン、あんた今日の授業もずっと寝てたくらいなんだからよっぽど凄い連休を過ごしたんでしょうね?!」
「ああ、昨日はほぼ徹夜だったからな。まったく、宿題でもないのにこれだけ書き物をするのはもう勘弁だ」
とは言え、昨日の件は自発的でもあったがな。
「じゃあまずはみくるちゃんから……………あ、ここのお店行ったんだ? ねえどうだった?」
「あ、もう秋物はセールらしいですよ。冬服もあそこにしようかなって」
「そうなの? それならあたしも行こうかなー」
って本当に買い物してたんですね。ハルヒも普通に会話してるし。
「…………コホン。では次は古泉くん」
「はい、お気に召すかはわかりませんが」
「……………………そうね、確かに不思議だけど。竿竹屋が潰れないのは」
パクリじゃねえか? とはつっこまない。何よりも微妙なネタの古さは否めない。
「いやはや、これでも結構現地でリサーチもしたのですが」
するな。どんな社会科見学だ。
「それじゃ次は有希ね」
そう言って長門のノートを開いたハルヒだったが。
「え? どうしたの有希、白紙なんてらしくないじゃない!」
なんと長門が白紙だと? 古泉も朝比奈さんも意外そうな顔をしている。それはそうだろうな。
だが俺は事情を知っているのであまり驚かなかった。昨日まで三歳児だったんだからな、ただこいつのことだから深夜か授業中にでもどうにかすると思っていたのだが。
「…………旅行に出たのだがノートを忘れた。わたしのミス、陳謝する」
「うーん、本来なら罰ゲームものだけど有希はこれまでの功績を考慮して今回は勘弁してあげるわ」
というか貢献度でいえば長門に勝てる者などいる訳ないんだけどな、とりあえず長門が無事でなによりだ。
「あんたはそういう訳にはいかないんだからね、わかってんの?!」
はいはい、俺はハルヒにノートを差し出す。
「なあハルヒ、出来ればそのノートはみんなで見てくれないか?」
「へ? まあいいけど」
「おや、かなりの自信作とお見受けしますが」
「いいんですか、キョンくん?」
「………………」
本来見せるべき人物は一人でいいんだが、それだと不審に思うだろうしな。
「いいってこった、自慢できるほどのもんじゃないけどな」
「それじゃ読むわよ」
黙ってノートをめくるハルヒとそれを覗き込む面々。
だが俺の視線はただ一人を向いていた、気付いてくれよ?
「……………なにこれ? ただの子守日記じゃない!」
「いやいや、なかなか大変そうでしたね」
キョンくん、いいお父さんみたいですね」
まあそんなもんだったよ、ただ一人の反応を除いたら。
「……………………お願いがある」
「どうしたの? 有希」
「彼のノートを貸してもらいたい」
「は? な、何よ急に?」
「大変興味がある。貸し出しの許可を」
「え、えーと…………」
いいじゃねえかハルヒ、文芸部員のお目に止まれるなんて俺も結構やるもんだろ?
「む…………うーん、あたしはそんなにいいと思わなかったんだけど…………」
「お願い」
なんと長門ハルヒに対してお願いしながら頭を下げている。さしものハルヒも慌てて、
「わ、分かったわよ! 有希がそこまで言うなら何日か貸してあげるから!」
長門にノートを渡したのだった。長門がここまで強引なのは珍しいというか初めてだからな、ハルヒも後の二人も驚きを通り越して呆然としている。
「感謝する」
受け取ったノートを大切に鞄にしまった時に、長門が小さく微笑んだのはきっと俺しか見ていなかっただろう。



その日の帰り道、ハルヒにばれないように長門に話しかける。
「なあ、またあの長門に会えると思うか?」
「わからない、実験データの研鑽にはまだ時間が必要」
そうか、それは残念だ。
「でも」
でも?
「わたしはこれを付けたいと思う」
そう言って制服のポケットから取り出したのは小さな髪飾り。
「きっと似合うぞ」
俺はその姿を想像する。
幼い長門が髪の両端を結んで大きなボストンバッグを抱えている姿を。
「………そう」
長門はやはり俺にしかわからないだろう、だがどんな時よりも柔らかく微笑んだように見えた。
「また、必ず………」
「ああ、待ってるからな」
その時が遠い未来にならないように願いながら、俺たちはいつもの帰り道を歩くのだった……………