『SS』 ごちゃまぜ恋愛症候群 33

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33−α

 夕暮れは既に暗闇を連れて来つつある。にも関わらず俺はこの場を動けない。
 朝比奈さん(小)は今だ目覚める気配は無く、朝比奈さん(大)は何も語らなくなって俯いたままなのだから。
 どうしようもなく時間だけが過ぎていく、それに俺は耐えられなくなった。
「……………行きます。ハルヒが誰に会ってるのかは分かりませんが、ここで大人しくしてるなんて我慢出来ません!」
 もう限界なんだ、朝比奈さん(小)には悪いがこのまま寝ててもらっても構わない。どうせ後から起こしに来ればいいんだからな。
「あ………」
 止めても無駄ですよ、朝比奈さん。俺は十分あなたにも付き合ったはずです。
 すると朝比奈さん(大)の視線は俺の肩越しに前方を見ていた。
「…………そうですか、終わったんですね……」
 何を言い出したんだ? しかしそれに答えることもなくベンチから立ち上がった朝比奈さん(大)は、静かに俺を見つめ、
「わたしの出番はここまでです。後は小さなわたしと」
 視線が俺を越して前方へ。俺も振り返ってその先を見やる。
「………彼にお願いします」
 そこにはいた人物は俺の度肝を抜いたぜ。何故ならば本来なら会えないはずのお方だからな。
「………お待たせしました。ありがとうございました、朝比奈みくるさん」
 キョン子の世界の未来人、朝比奈みつるさんは最後に見た時と同じような真剣な顔で俺達の前に再び現れたのであった。




33−β

 きっとこれは何かの間違い。そうじゃなければあたしの見てる壮大な夢。じゃなければ今のあたしの気持ちなんて整理できないから。
「あなたを苦しめるつもりではなかった、謝罪する」
 長門の声が虚ろに響く。ううん、長門は悪くないもの、だって長門は信用できる奴で、あたし達をいつも助けてくれてて、万能選手で、あたし達の仲間で、いつも正しくて、でも可愛くて、あいつもきっとそんな有希が好きで、有希もきっとキョンが好きで、あたしはどうしてもあいつに会いたくって、そうしたらキョンだってあたしを、
「………………ごめんなさい」
 あたしを包み込むような温もり。長門に、有希に抱きしめられている。小柄な体なのに、まるであたしをすっぽり包んでるようで。それが心地良くて心苦しい。あたしは、まだ有希に頼ってるんだろうか?
「う…………」
 何かが込み上げてくる。違う、こんなのあたしじゃないのに。それなのにどうしようもないほどに有希にしがみついてるあたしがいる。
「聞いて。あなたは彼ではない、そして涼宮ハルヒでもない」
 何言ってんだろ、有希があたしがハルヒなんだって言ったんじゃない。それが今のあたしをここまで苦しめて、でも納得しかけている自分に腹も立ってくるのに。
涼宮ハルヒコは彼にはなれない」
 有希の声に冷たいものを感じ、あたしは思わず顔を上げた。そこで見たものは。
涼宮ハルヒは失ったものを埋めて余りあるものを手に入れた。彼女は全てを手に入れる力がある、今の状態はその残照に過ぎない」
 怒って…………いる? 表情なんかは全然変わってないように見えるのに、何故か有希が怒ってると思った。それは誰に対してなのか、何に怒ってるのか、まだあたしには分からなかったけど。
「あなたは………示さなければならない。涼宮ハルヒではないという証拠を。わたしの仮説が正しいものではないことを。わたしはそれを望む、世界が正しくあるために」
 何を言っているのか理解出来ない。あたしはハルヒであって、それはハルヒが望んだ事だって言ったのは有希なのに。だからあたしはキョンが好きで、それはハルヒキョンを好きだって事で……………
「彼は、一人しかいない。わたしにとっては彼はあくまでも彼しかいない」
 決然と言い切った有希の瞳には間違いなく力強い光があった。そして有希が何に怒りを感じているのか、あたしにも何となく理解出来た。
 あいつは…………キョンは一人しかいない。もう、ジョン=スミスはいないんだ。
 それなのに、ハルヒは過去を振り返り続けてる。いないはずのあいつを追いかけて、目の前のあいつを悲しませている。そこにあたしとハルヒコ達まで巻き込んで。
 そうか、それが気に入らないんだ。あたしは今のキョンが好きなのに、ハルヒは昔のキョンを追いかけて今のキョンを苦しめている。それなのにハルヒを今のキョンは追いかけている。
 …………悔しいな、あいつはいつもハルヒを見てる。なのにハルヒは。
「我々とは違い、有機生命体にとって時間の流れは絶対。だからこそ涼宮ハルヒは自らの力で時間の流れに逆らおうとしている。過ぎ去った過去を埋めるために」
 だからこそハルヒコってことね。でもそれは酷い、だって目の前に答えはあるのに。知らないとしても、もう過去を振り返る必要はないはずなのに。
「…………長門…………いいえ、有希」
 今分かったの、あたしが何をしなきゃいけないか。
「ここを出よう。そしてあたしはハルヒに会わなきゃならないわ」
 取り戻さなきゃいけない。キョンを、そしてハルヒ自身を。過去に捕らわれているハルヒを救わないとキョンはいつまでも追いつかないハルヒを追いかけてしまう。
 その為には何をしなければならないのか、それを今あたしははっきりと理解した。今の、現在を生きていて、そして誰が一番必要なのか。それを分かっているあたしがハルヒに伝えなくてはならないんだって事を。
 そして、あたしは……………………そこで考えるのを止めた。そこから先はあいつに、キョンに選んでもらわなくちゃいけないから。
「行こう、有希」
「…………了解」
 有希があたしの手を取った。そのまま教室のドアを開ける。
「お話は終わりましたか?」
 ドアの向こうでは古泉くんが待っていてくれた。古泉くんはあたしの顔を見てすぐに事情を察したらしい、
「…………決めたのですね」
 何を? なんて今更言う必要はない。あたしは黙って頷いた。一瞬だけ古泉くんの顔に影が走り、すぐに微笑が張り付いた。だけどその笑みは作り笑いなんかじゃない、優しくあたしを見つめてくれている。
「分かりました。キョン子さんの健闘、いいえ、あなたの幸福を応援しています」
 ありがとう、古泉くんのおかげであたしは自分の気持ちに素直になれたんだ。
「では閉鎖空間を脱出します。ただしこの世界は神人が居ません、ですから長門さんに空間の綻びを見つける、もしくは作っていただいて僕の能力で脱出するという手段を取ります。恐らくこの空間は僕らが存在をなくせば自然と消滅するはずです」
 ウチの長門ならそのくらいはやってのけるだろうな。あくまでもあたしを逃がす為に作った空間は今その役目を終えるのだ。
「空間内のサーチ開始……………………………見つけた」
 ほんの数秒で空間を調べた有希はあたし達に、
「こっちへ」
 そう言うなり歩き出した。あたしと古泉くんはその後を追う。
「さすが有希ね、あっという間だったわ」
「そうですね、ですが恐らくそちらの長門さんもある程度は準備をしていたのではないかと」
 まあ長門ならやっておくだろうな、あたしに対してとは違ってヒントなんかなくてもいいだろうし。
「そういえば一つ伺ってもよろしいですか?」
 なに? 古泉くんに聞かれてあたしが答えられる事ならなんでも答えるけど。
長門さんの呼び方なのですが、何故下の名前に?」
 ああそうか、どうしてだろう。なんとなく、じゃなくて。多分あたしの中にあるハルヒがそう言わせているのかもしれないし、そうじゃなくても自然にそうなっていたのかもしれない。ただ、あたしと有希が本当の意味で理解し合った、それだけの事なのだろう。
「女の子同士だから、かな?」
 それを上手く言えないから古泉くんにはそう言うしかなかったけど。古泉くんは肩をすくめて、
「羨ましい話ですね」
 本当に羨ましそうに笑った。うん、あたしもおかしいなって思う。だから笑うしかなかった。
 有希があたし達を連れて来たのは校庭だった。こういう所に変に拘るのが長門らしい。
「ここより上空8メートルに空間の裂け目がある。正確な位置はわたしが誘導する、古泉一樹は空間突入の準備を」
「分かりました、それでは」
 古泉くんが両手を差し出した。その右手を有希が握る。あたしも左手をしっかり握り締めた。
「流石にこのような状態での閉鎖空間からの脱出は初めてなので僕も全力でいきます!」
 と言うなり、あたしの周りの空間が赤い光に包まれる。あの赤い玉になったような気分だな、と思ったら急激に地面から離れる感触があった。
 宙に浮いてる、というよりもまるで逆バンジーのように一気に飛ばされる。本当なら凄いGとかかかりそうなんだけど、髪の毛一本も揺れる事はない。あっという間に上空に飛んだあたし達は、
「……………そこ」
「分かりました!」
 有希の声に合わせた古泉くんに引っ張られて何もないように見える空中にぶつかった。
 その途端に空間に亀裂が走った、と同時に今まで無かった衝撃があたしを襲って。思わず目を閉じたあたしは、
「……………大丈夫ですか?」
 古泉くんの声で目を開けた。どうなったの? と問うまでも無かった。
 …………………そこは見慣れた北高の校庭だった。有希も古泉くんもあたしのすぐ横に立っている。
「帰って……………これたの?」
 有希が数ミリの頷きで肯定する、古泉くんも笑顔のままだし、あたしは本当に帰ってきたのだと実感した。
 安堵のあまり座り込みたくなるけど、そうも言っていられない。無理やりにでも足に力を込め、
「あいつに、ハルヒに、会いに行くわよ!」
 そう有希に言った時だった。
「……………そうはいきません」
 有希すらも反応が遅れたその声の主は暗闇から突然現れたかのようだった。その姿を見てあたしは愕然とする。
 何で? 何でお前が…………………
「こうするしかないんです。『機関』は、世界は決してそれを望んでいるのではありません」
 その手には黒光りする拳銃。照準はあたしの胸に向けて。ねえ、冗談でしょ?
「生憎と本気です。私の本意ではありませんが、一応の用心はしておいて正解でした」
 古泉一姫はその表情は笑顔のままであたしに向けて銃を構えていたのだった………………




 どうなっている、世界はまだ俺を拒むというのか?!
 どうなってんの、世界はまだあたしに壁を作り続ける。