『SS』 なちゅらる 7

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 その後の話をしよう。
 家に帰った俺はいつ携帯が鳴り出すかと不安に怯えながら夜を過ごした。
 結果として杞憂に終わったが。
 それでも眠りが浅かったせいもあって疲れきった体を引きずるようにしながらどうにか登校する。
 遅刻だけは免れているようだったが国木田たちへの挨拶もそこそこに席へと向かうと、そこには俺以上に憔悴しきって机に伏せている奴がいた。
 さて困った。声をかけるべきなのか否か。
 逃げるように帰ってしまったので黙っておきたいところだが、その後どうなったのか不安でもある。
 しかし一応は挨拶をして帰った手前、何も言わないのもおかしいだろうと覚悟を決めてハルヒに話しかけることにする。
「よう、おはようさん」
「………ばなじがげないで」
 嗄れた声で大体の様子が理解出来た。
 どうやらカラオケは大盛況というか、多分大爆発だったのだろう。
 様々な意味を込めて。
 …………これ以上様子を訊くのは怖いな。
「わかった。ホームルームくらいは顔を上げておけよ」
 それだけ言うと俺も机に伏せた。正直言ってこっちだって寝不足なのだ、ハルヒにかまってはいられない。
 こうして、偉そうにハルヒに言っておきながら俺もホームルームどころか午前の授業の殆どを覚えていないという体たらくで過ごしてしまうのであった。




 昼を挟んで午後の授業は何とか無事にやり過ごし(内容を把握していたかと問われれば答えは沈黙である)、終礼の時間を迎える。
 因みに昼休みのハルヒは走る事も無く食堂へと向い、そのまま授業が始まるまで帰ってこなかった。
 これはこれで珍しいが午前中の様子だとどこかで休んでいるだろうな。
 実際にハルヒを目撃した谷口曰く、あの涼宮が保健室へ自主的に行く姿など初めて見たとのことだ。恐らく保健教諭に迫ってベッドを確保したのだろう。
 おかげで午後のハルヒは普段どおりと言えるくらいには回復していたらしい(俺は後ろでノートに書いているペンの音で眠気を誘われていたから分からなかった)。
 となれば恐怖の放課後となるはずだよな? ところが、
「あんたは後から来なさい!」
 一言だけ言い残したハルヒがもの凄い勢いで走り出してしまい、残された俺は茫然とするしかなかった。
「なんだぁ? ケンカでもしたのか、お前ら?」
「そうじゃなくて何か仕掛けるつもりなんじゃない? 気を付けなよ、キョン
 谷口や国木田の言葉に従うわけでもないが部室に行きづらい気分であるのは間違いない。
 かといってハルヒが来いと言っているのに行かないなどとやってしまえば後々どうなるのかと考えるだけで憂鬱だ。
 結論としては重たい気分と重い腰を上げて部室へと向かうしかないのであった。
 まったく、先週末から休んだ気がしないぜ。




 嫌々ながら向かった先のおなじみとなった旧校舎の一角、文芸部室前で俺は意外な光景を目にする。
「やあ、今日は随分とゆっくり来られたのですね」
 さわやかな笑顔で出迎えた古泉だが、どうしてこんなところに突っ立ってるんだ?
ハルヒが先に来てるはずだ。お前は何で部室に入ってないんだ?」
「それは涼宮さんが女性だけで話したいと僕を部室から退室させたからですよ。ああ、鶴屋さんも中にいますね」
 様になる肩のすくめ方で答えた古泉は部室の扉を避けるように壁に寄りかかった。
 仕方なく俺も隣で同じように壁に背もたれる。
「一体何が起こってるんだ? もしも朝比奈さんに何らかの危害が及ぶようなら俺は踏み込むぞ」
「あなたが心配するようなことは何も。むしろ涼宮さんが女性同士で話したいと言ったら朝比奈さんと鶴屋さんに真っ先に追い出されてしまいましたから」
長門もか?」
「一応長門さんは女性ですが?」
「そりゃそうだが話し合いの中にいるイメージがないだけだ」
 頭の中で想像しても黙って本から目線だけ上げている長門の姿しか浮かばない。
 それにしてもハルヒ鶴屋さんまで誘って女同士の話とはな。
「心当たりはあるのか?」
「僕には特に何も。あなたの方が何か知っているのではないですか?」
 言われて思うのは当然昨日の出来事ではあるのだが、どこまで話していいのか、何よりも古泉がどこまで把握しているのかが分からない。
「さてな、楽しそうにはしていたと思うぞ」
 それにハルヒの中学時代を知らなければ普通に友人と過ごした休日であると言えるのではないだろうか。俺としては無難にそう言うしかない。
「それよりも昨日はお前に出番はなかったんだよな? 多少苛ついた様子はあったが概ねハルヒの機嫌は良かったはずだ」
「そうですね。僕から言えるのは…………昨日は閉鎖空間の発生がありませんでした。それだけですね」
「それだけねえ…………」
 一番重要なのだと分かりはするが、一々気にしなければいけないというのはどうなのだろうか? 古泉にとっても、無論ハルヒにとってもという意味で。
「とりあえずは世界が無事なのですから良かったのではありませんか? あなたの活躍によって」
「何もしていないっての。むしろ昔のことを水に流して付き合ってくれた彼女たちに礼を言うんだな」
 それは改めて考えておきます、と古泉が言ったところで漸く部室の扉が開いた。
「やあやあ、おまっとさん! とりあえず入った入った!」
 散々待たされていたのに鶴屋さんに急かされるように部屋へと押し込まれる。
 古泉は普通に、俺はつんのめるようにして入室したそこには…………
 なーんて驚愕の光景などありはしなかった。
 長門は窓際で本を拡げているし、ハルヒはパソコンのモニターとにらめっこの最中だ。
 唯一変化と呼べるのは朝比奈さんがメイド服ではないというくらいか(制服姿を新鮮に感じるというのもおかしなものだが)。
「いやいや、ちょろんと話し込んじゃったもんだから一樹くんを待たせちゃったね。めんごめんご」
「えっ、俺は?」
キョンくんはさっき来たのを知ってるもんねー!」
 そう言いながら既に鶴屋さんは適当な位置に椅子を持ち出して座っている。
 それを見た俺と古泉も定位置といえる長机の前に陣取るとしよう。
「さて、と。どうする?」
「どうする、とは?」
「今日は何をするのかって訊いているんだが?」
 すると古泉は役者のように大きく肩をすくめ、
「あなたのすることは一つだけでしょう」
 などと言いやがった。
「うんうんっ! 出来ればキョンくんには椅子に座る前にやっておいてほしかったにょろ」
 鶴屋さんまで。
 よく見れば朝比奈さんはお茶の用意を止めてお盆を持ったままニコニコ笑っている。
 そして、あの長門が本から顔を上げている。
 ……………はいはい、分かりましたよ。
 俺は一層重くなった腰を上げて椅子から立つとハルヒの座る団長席の前へ。
「………なによ?」
「いや、昨日は楽しかったか?」
「………………大したことないわね」
 そうかい。あれだけ声を嗄らしておいて楽しくなかったというのもおかしなもんだけどな。
「そいつは残念だ。また次回にでもリベンジだな」
「………………………アドレスの交換くらいならしたわよ」
 最後に見た様子ならしたくなくても無理やり交換されそうだったな。きっと無理やりなんてことはなかっただろうけどさ。
「…………それだけ?」
 いいや。そんなわけないだろう?
 俺はモニターから覗き込むようにハルヒを見る。
 自然と笑ってしまうのは許してもらいたいね。
「よく似合ってるぞ、ハルヒ。買った甲斐もあったってもんだな」
「………………おそいっつーの………」
 ハルヒのシッポがゆらゆら揺れる。
 顔を伏せ気味にしているので余計に目立つな。
 俺が買ってやった髪留めも十二分に役目を果たせて一入だろう。
 兎にも角にも、涼宮ハルヒのポニーテールは昨日の疲れを吹き飛ばす破壊力で俺を笑顔にしてくれるのであった。
 ついでに言えば髪を詰めたせいで見える耳たぶが真っ赤なのも高ポイントなんだけどな。
「あーっ! もうっ! みくるちゃん! お茶!!」
 堪えきれなくなったハルヒが爆発して朝比奈さんが慌ててお茶の用意をする。
 鶴屋さんが笑いながらハルヒの傍に来たので入れ違うように俺は席に戻り、
「世は全てこともなしですね」
「まったくだ」
 古泉が準備していた将棋の駒を並べつつ、ハルヒの騒ぎ声を笑いながら聞くのであった。

























 その後のその後の話はまだ出来ない。
 しようもないし、したくもない。
 ただ言えることは、ハルヒに友人が増えたということ。
 それと、俺の休日が無くなったということくらいである。
 日曜日になると俺はひとりで駅前にいる。
「………待った?」
「いいや全然。時間通りだぜ?」
 何故か土曜日と違って時間ピッタリにしか来ないハルヒに腕を絡まれて。
「それじゃ行くわよ!」
「へいへい」
 何故か二人だけで不思議探索の延長戦を行うようになった。
 ただそれだけの話さ。