『SS』 なちゅらる 6

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 その後というか午後はほぼ無意味なウィンドーショッピングに費やすことに相成った。
 というのも、目的であった朝比奈さんのコスプレ関係の小物などは買い終えていた上に、其々の買い物などもとっくに終わっていたのである。
 つまりはもう解散してもよい(というか帰りたい)のだが、そこは女の買い物の怖さを知らない男の勝手な理屈となるらしい。
 母親や妹ですら買い物などに付き合うと目的以外で彷徨き回る時間の方が長いのだ、現役バリバリ(これは死語なのか?)の女子高生四人が揃って只で済むはずもなかった。
 まあとにかく歩く、笑う、休んでいるかと思えば喋っている。
 目まぐるしいことこの上ないが、それでも学校以外で笑っているハルヒを見れるというのも中々いいものだ。
 ………などと思ってしまった自分を殴ってやりたい。さっきから何を考えているんだ?!
 無駄に心労を重ねている俺のことなど眼中に無いハルヒたちを紙袋をぶら下げたまま追いかけながら心の中でため息を吐く。
 やれやれ、なんでこんな目に遭ってるんだか。
 それでも、
「遅いわよ、キョン!」
 と言って笑っているハルヒと並ぶ三人の同窓生を見れば、少しは俺でも役に立っているのかと思えてくるのだから男というものは余程単純な生き物なのだろう。
「少しは彼氏くんの荷物を持ってあげた方がいいかな? どうせあたしたちのなんだし」
「いいのよ、あいつは雑用係なんだから。それと彼氏じゃないから!」
「それはちょっと可哀想な……」
「いいんじゃない? 涼宮さんってちょっと素直じゃないだけなんだから」
「何よ? それってどういう意味?!」
「こういう意味よ」
 なんだ?! いきなり黒髪の子に腕を絡まれて……って、
「な、な、なにしてんのよっ?!」
「うわっ! ハルヒやめろ!」
 それを見たハルヒがいきなり襲い掛かってきた。
 じゃなくて俺と彼女の間に入り込んできたが正解か?
 その勢いで荷物を落としそうになるのを慌てて抱え込む。
 どうにか荷物の無事を確認しながら体勢を整えた俺の腕が再び誰かに抱え込まれた。
「って、ハルヒ?」
「あによ?!」
 いや何よってのはこっちのセリフだろ。
 何故俺の腕にハルヒがしっかりとしがみついているのか説明を頂けないものなのか?
「えっ? ………あっ!?」
 慌ててハルヒが腕を離す。
 まるで自分が何をしていたのか判っていなかったかのようだ。
「ね? 分かってくれたでしょ?」
「う〜…………」
 それを見ていた三人の笑顔と赤い顔のハルヒを見ても俺にはさっぱり状況が理解出来ないままである。
 とりあえず、
「大丈夫か、ハルヒ?」
 と訊いてみたものの、
「…………バカキョン
 と返されてしまい、途方に暮れるしかない不幸な俺なのであった。



「とりあえずそろそろ帰りましょうか。電車の時間もあるからね」
 いつの間にか仕切るようになっていたリーダーに促されて(この頃にはハルヒも素直に従っていた)地元に戻るべく電車に乗る。
 帰りの車内は行きと違い賑やかなものだった。
 どうやらムードメーカーなショートカットの子とハルヒがお喋りしているのを黒髪の子が冷静にツッコミながら眼鏡の子が気弱にオチをつけるという流れが定着しつつある。
 俺はといえば、行きと同じく四人の前で吊革を持って突っ立ちながら騒がしくなりそうなハルヒを適度に嗜めようと思いながらも荷物が邪魔で動けないという有様である。 
 やれやれ、といつもの口癖を呟きながらも俺はそんなに悪い気分では無かった。
 あの涼宮ハルヒが昔の友達(昔は友達だったのかと訊かれると微妙かもしれないが)と笑いながら話しているのだ。
 入学当初、そして初めて話した時のハルヒからは想像も出来ないほどの明るさで。
 元々持っていたであろうハルヒの社交性は映画撮影の時に商店街のスポンサーを獲得したりしたので分かってはいたが、それを同級生や学校内で発揮することはなかった。
 あえて言えばSOS団や鶴屋さん、コンピ研の連中辺りには気軽に話すようにはなっていたが、その過程を経たからこそ今こうして同窓生と話せるようになったのかもしれない。
 だからといって俺が何かしたって訳ではない。
 俺だけではない周りの連中が涼宮ハルヒを放っておけなかったってだけのことさ。
 それを前のハルヒしか見ていない奴らにも伝えられたのならば早起きして荷物持ちに付き合った甲斐もあったってものだろう。
 ぼんやりとそんなことを考えながら吊り革を持って電車に揺られる俺なのであった。
「彼氏くんって時々すっごい優しい目で涼宮さんを見てるよね」
「え、え? そ、そんなこと……」
「大事に思われてるのね」
「ば、バカなこと言わないでよ」
「羨ましいなあ………」
「えと………うん………」
 とにかく早く着いてくれないと足が怠いんだけど。



 黒髪さんが言ったとおり、地元の駅に着いた頃には日も傾きかけていた。
 正常な高校生としては『俺たちの戦いはまだこれからだ!』と叫びながら飛び出したいところではあるのだが、さすがに午前中から歩き回った上に電車でも座っていなかったので体力的には限界に近い(勿論女性だらけの中で一人男であった気疲れもある)。
 これで解散と思った途端に疲れが背中に圧し掛かってくるような気がしてきた。
 ところがそうは問屋が卸さないのがハルヒに関わったものの宿命というものなのだろうか。
「で? これからどうすんの?」
 一番はしゃいでいた(客観的にみて)ショートカットの提案にまさかと思っていたら、
「そうね、カラオケでも行く?」
「ええっと………わたし、あんまり歌えないんだけど………」
 さすがは女子高生なのか? それとも俺の体力がなさすぎるのだろうか。
 どちらにしても俺としては慎んでお断りさせていただきたい。
 ここから疲れ切った体で得意でもない歌を歌わされてしまう羞恥プレイなど御免被る。
 しかし俺の意思はこの場において何も汲みされないであろうことは明白であり、今回の最終決定者は俺の隣で珍しくも借りてきた猫のごとく大人しいカチューシャの女であるからどうしようもない。
 そしてカチューシャの女こと涼宮ハルヒという人物はこのような展開になった時には寧ろ自分の提案であったかのごとく俺を引っ張って行きかねない奴なのだ。
 考えうる内で最悪の展開だ。ハルヒに引っ張られたらあいつのライブ(まあ歌は上手いから聴く価値はあるが)を至近距離で観賞させられた挙句に歌えそうもない歌だらけのメドレーなど無理矢理入れられた上で赤っ恥をかかされかねない。
 どうにかしてそれだけは避けなければ! 俺は無けなしの力を振り絞って、
『これからカラオケなんて無茶すぎる! 頼むぞハルヒ、上手いこと断ってくれ!』
 という心の声を前面にハルヒへのアイコンタクトを試みる。
 が、あの馬鹿見事にこっちを向いていない。何故だ。
 いや、向いてないのは俺だけにではない。
 やけに大人しいと思ったら俯いたままで地面とアイコンタクト中なのだった。
 そことはどれだけ目線を交わしても何も得られないぞ? それよりも俺の目を見てくれ!
 微妙に意味を間違われると大惨事を起こしそうな俺の情熱(?)が功を奏したのか、ハルヒはようやく顔を上げてくれた。
「そうね。カラオケならあたしも行きたいし、いいんじゃない?」
 やはりか。やはりそうなってしまうのか。
 この先には地獄しか待っていないのに俺は飛び込まされてしまうのか。
 ゴムを巻かないバンジージャンプ、パラシュートを忘れたスカイダイビング、ガンダムに乗らない大気圏突入のようなものじゃねえか。
 冗談じゃない、ここはダッシュで逃げ出すしかない!
 が、あいつらの荷物を持ったままだった。
 いや? これを放り投げてあいつらがそれを追う隙に逃げるという手もあるか?
 …………月曜日には死なされるな。ハルヒに。
 それに最後まで付き合ってハルヒ及びSOS団を喧伝するという当初の目的からも外れてしまう(最早外れすぎているような気もするが)。
 仕方が無い、恥を忍んでお供するしかあるまい。
 誰にも知られず悲壮なる覚悟を決めた俺であったが、ここからまた予想外の展開となる。
「だけどキョンはここで帰らせるわね。さっきから愚痴ばっかだし」
 まさかハルヒから救いの手が伸びてくるとは思いもするまい。
「そうなの? 少し引っ張りまわしすぎたかしら………」
「まあ荷物も持って貰っちゃってるし帰りも立ちっぱなしだったもんね」
「き、気を遣わせちゃいました?」
 気遣いなら当然していたがハルヒが大人しかったおかげでそこまでではない。
 それに普段から結構歩いている方(だからといってあの北高へ向かう坂には感謝などしない)なので実際に体力面でもそこまで疲れていなかったりもする。
 単に女子高生に囲まれているというアウェー感に参っているだけなのだ(そしてそれが一番重要であったりもする)。
 だからこそ帰りたかったのだがハルヒの意外な助け舟により逆に帰るのが申し訳無いという気分になってくるから不思議なものだ。
 これをハルヒが狙っていたのだとすれば掌の上で踊らされていることになるな。
 それでも多少の罪悪感もあっていやそれは、と言おうとしたがハルヒに止められた。
「それに正直言って男が混ざりこんだら話辛いもんね」
 ここまで引っ張っておきながらそれは酷い。
 酷いが正直助かる。
 色々と思うところはあるが、ここはハルヒの話に乗っかっておく方が正解なのかもしれない。
「分かったよ、お前も旧友と積もる話もあるだろうからな。お邪魔虫はとっとと退散させてもらうとするわ」
 それぞれの荷物を返しながら内心では安堵の息を吐く。
「あんたこそ帰らせてあげるんだから明日遅刻なんかするんじゃないわよ」
「へいへい」
 何度も言うが遅い登校であっても遅刻したことはないんだがな。
「とても自然な流れよね。日常的に話してるのが分かるわ」
「涼宮さんが彼を助けようとしてるのも分かっちゃうよね」
「阿吽の呼吸ってやつかねえ。見せつけてくれちゃってまあ」
 てな訳で適当に頭でも下げて帰ろうとしたのだが、ここで忘れものに気が付いた。
「あ、そういえばハルヒよ」
「なによ? さっさと帰れって言ってんじゃない」
「忘れてたがこれをやる」
「え?」
 小さな紙包みを渡されたハルヒが目を丸くしている。
「どうせ朝比奈さんの小物ばかりに気を取られてたんだろ? しょうがないから買っておいてやったからな。長門と………お前の分だ」
 朝比奈さんに羞恥プレイなコスプレばかりをさせているのがハルヒではない。
 実のところハルヒプロデュースの確かさは私服で行動するSOS団不思議探索で立証されていて、特に長門などはその恩恵を受けてどうにか普通の女子高校生らしく見えているといっても過言ではない。
 ただし難点があるならば一点集中主義であるところだ。朝比奈さん向け、と思ったらそれしか見なくなる節がある。
 これが長門も含めた三人ならば平等に探していたのだろうと思うのだが、とにかく話を振られていきなり決めてしまったので仕方が無いとも言えるのではないか。
 その点について今回はSOS団の絆というか宣伝も兼ねているのに些か具合が悪いだろうと思っていた俺はデパートでこっそりと自腹を切って三人のバランスをとろうとしていたという寸法だ。
 ここで注意しておきたいのは古泉は数に入れていないということなのだが男の小物なんぞ買う気にもならないというか、あいつの方がセンスもある(そのくらいは自覚している)のでわざわざ買う必要もない。
 何よりも、嫌なもんは嫌なのだ。
「大したもんじゃないが三人分買っておいた。気に入るかどうかはそれぞれに訊いてくれ、金額としても大したものではないからな(ハルヒ長門はともかく朝比奈さんの済まなそうな顔が目に浮かぶので)」
 そんなものでご機嫌取りをしようとしているくらいなのだからここは偉そうに良くやった、雑用のくせにとでも言ってもらえれば十分なのだ。
 ところが、
「あ………うん………えっと………あ、ありがと………」
 ハルヒがおかしい。
 何故そんなに大事そうに受け取るんだ? さっきも言ったがそれ安物だぞ?
 しかもそれを見た三人娘は妙に騒がしいし。
「プレゼント! すごく当たり前のようにプレゼントしてる!」
「いない人の分まで気を使ってるのかしら? それとも一人分だけ買うのが恥ずかしいからフェイクなのかしらね」
「どっちにしても羨ましいー!」
 ………何やら空気がおかしいというか、これはさっさと退散したほうがよさそうだぞ。
「と、とにかく帰るわ。それじゃ明日学校でな」
 そう言って歩き出そうとした俺は最後にふと思ってしまった。
 このままだとハルヒたちがカラオケにでも行って、そこでハルヒの機嫌が悪くなればまずいのではないだろうか? 閉鎖空間など発生してしまえば古泉から愚痴を聞かされてしまうだろう。
 やはり何か三人娘にはひとこと言っておいた方がいいかもしれない。
「あー、そんじゃ俺は帰ります。ハルヒのことはくれぐれもよろしくお願いしときます」
「はい、わかりました」
「あのねえ、あんたに心配とかされる必要なんてないわよ!」
 お前の心配というより彼女たちと世界を心配していると言ってやりたい。
「まあこんな態度の奴ですけどちゃんと常識的な部分もありますし(古泉曰く)、友達になったら気前もいい優しい奴なんで(長門に対しては)、ちょっと言葉が悪くても機嫌を悪くしないでくれると助かるよ(朝比奈さんや鶴屋さんのように)」
「うん、それは今日一日で分かってきたかなって思うよ」
 本当にこのショートカットの子は鶴屋さんばりに理解力あるな。
「それに俺も(SOS団として)付き合いだしてそこそこ長くなってきて(SOS団に)愛着もあるから、大事にしたいと思ってるんだ(SOS団を)。だからこそ(団長である)ハルヒを何より大切にしなければという気遣いは分かってもらえると嬉しいな」
 平団員でもその程度の心構えはあるんだぜ? 古泉のようにハルヒイエスマンにはなりたくもないけどな。
「ということで帰らせてもらうけど………ってハルヒ?」
 そこには石像のように全身を赤く染めて硬直している涼宮ハルヒがいた。
「お、おい大丈夫か?」
「エエ、ダイジョウブデストモ」
 何故かそれに答えて固まったハルヒを抱えるように引き寄せたのは三人娘の一人でショートカットの子だった。
「ソレデハ、キヲツケテカエッテクダサイネ?」
「スズミヤサンニハ、モウチョットダケツキアッテモライマスカラ」
「そ、そうなの? というかみんなも大丈夫なのかなーって……」
「「「ダイジョウブデストモ!」」」
 ………………はい。
 今までの経験で培った嫌な予感センサーが強烈な反応を示した今、俺には愛想笑いを浮かべて帰るしか選択肢はないようだった。
 おかしい。俺は彼女たちの身を案じてくれぐれも釘を刺したつもりだったのに、どういうわけだかハルヒを心配しながら帰ることになっている。
 奇妙な不安感に苛まれながら駐輪場で自転車の鍵を取り出した瞬間、
「うらやましすぎるーっ!」
「とことん話してもらいますからねっ!!」
「もげろーっ!」
「キャアーッ?!」
 爆発的な嬌声で鍵を落としそうになってしまった。
 一体なんだ?! というか、嫌な予感が的中しそうなので怖くて見に行けない。
 …………うん。
 君子危うきに近寄らずってやつだな。
 俺は黙って自転車を漕ぎ出した。
 ハルヒの無事を祈りながら。