『SS』 幸せ家族計画! 2 その5

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 さて、俺達家族は有希の望んだ動物園の行きたいところへと歩いているのだが、先程の爬虫類館のダメージは未だ色濃く残っていた。
「今度は大丈夫、信じて」
 信じてるけど心配してもいいような。有希はそう言うがなあ、と小高い丘のような場所を越えたところで有希の目的地を俺も知った訳だ。
「わあ……」
 俺に抱っこされていたハルヒもそれを見て飛び降りる。そしてさっきまでの泣き顔が嘘のような満面の笑顔で、
「お父さん、お母さん、早く行くわよっ!」
 と言い残すや一目散に駆け下りてしまった。やれやれ、泣いたカラスが何とかってな。隣の有希を見て肩をすくめると、
「行こう」
 俺の手を取って駆け出した。おい、お前まで、と言おうとしたら、
「…………さっきは繋げなかったから」
 ほんの少しだけ力の入る握られた手。その温もりと、甘えん坊な妻の精一杯の照れ隠しに。
 俺は微笑むしかなかった。
「よーし! 待て、ハルヒーっ!」
 有希の手を握り返し、リードするように走り出す。その時の有希の唇に浮いた密かな微笑みは、たとえ娘のハルヒにだって見せてやれないのさ。これは俺だけが見る事を許された、俺だけの有希の微笑みなのだから。





 二人で手を繋いで丘を駆け下りると、一足先に着いたハルヒが、
「おっそーい! って言いたかったけどお父さんがお母さんを連れて走ってたから許してあげる! でもね?」
 そう言って俺と有希の繋いだ手の間に入り込むと、
「こうじゃなきゃダメなんだから!」
 俺の手と有希の手をそれぞれハルヒが握る。真ん中で俺達二人に連れられたハルヒは満足そうに、
「行くぞー!」
 って走るな! 有希はともかく俺は転びそうになる。が、ここでこけたらハルヒまで巻き込んでしまうのでどうにか体勢を整えた。元々身長に差がありすぎるんだ、どうしても中腰のような形で走ることになる。これ、腰にくるんだけど!
 などという理屈は子供には通用しない。何故ならば両親に手を繋いでもらえた娘は最高の笑顔なのだから。やれやれ、といういつもの口癖も喉の奥にしまい込んで俺はハルヒに歩調を合わせた。そんな俺達を反対の手を繋いでいる有希が優しく見つめている。
「キャーッ!」
 俺と有希の手を離れたハルヒが一直線に駆けていく。まるで俺達の手がカタパルトみたいだな、勢いを増した元気娘はお目当てに向けて思い切り良く飛び掛った。
「かわいい! かわいい! ふわっふわでもふもふしてるーっ!」
 あっという間にウサギを抱え上げたハルヒは早くも顔を埋めている。確かに毛が長いタイプのウサギは手触りが良さそうだが屋外なので多少衛生的なものを気にしてしまうのは過保護なのだろうか。
 さて、ハルヒが勢い良く飛び込んだせいで他の動物達は若干怯えているものの、やはり人に慣れているのかそんなに距離は取らないここは小動物との触れ合いコーナーなのだ。柵に囲まれた広場の中にウサギやニワトリ、何故かシカなどが適当に遊んでいたりする。
 『どうぶつにエサをあげないでね』と言っているコアラはこんなとこには居ないよな、などと看板にツッコミを入れながらもハルヒがニワトリを追い回しているので逆襲されないか心配になる。ヤツらは開き直ると凶暴化するのだ、小学校の飼育係は危険と隣り合わせだったもんだ。
 などと思い出に耽りながらしゃがみ込んで寄ってきたネズミ(モルモットだっけ?)の相手をしていると、頭の上に何か乗ってきた。何だ? と引っぺがすと小さなサルだ。リスザルだな、しかし人懐っこいもんだ。しかも俺の手をすり抜けたリスザルは再び俺の頭の上へ。何でだよ。
「あーっ! お父さんいいなあー!」
 そうか? こいつ頭の上から降りようとしないんだぞ。どこにサルを惹きつける要素があったのか、頭上でくつろぐリスザルを見たハルヒが羨ましがる。いや、段々重くなってきたんだけど。
 それでも多少は我慢したがやはり重い。どけよ、と手を振ったら今度は肩の上に居場所を移しやがった。
「む〜、あたしも〜!」
 ハルヒが他のリスザルを追うのだがそれだけ追い回せば警戒されるだけだろ。逃げるサルを追うハルヒを見てやれやれと溜息をついたら、肩の上のサルまで同じ様に肩をすくめた。お前、分かってるのかよ。
 サルを追うのに飽きたハルヒが何故か居るウォンバットを持ち上げたりしている。それをぼんやり眺める俺とリスザル、お前ウチの一員みたいだな。というか、人に慣れてるにも程があるだろうといい加減にサルとおさらばしようと立ち上がると、サルも立ち去ってくれた。去り際にやれやれと聞こえたような気がしたが、こいつも人間相手に苦労しているのかもしれないな。
 さて、有希はどうした? と、すぐに分かった。
 そこだけ別世界だった、と言うしかなかった。有希が座る周囲には動物たちが集まっていたからだ、しかも大人しく落ち着いている。
 有希が手を伸ばし、シカの首をそっと撫でると甘えるように寄り添った。その足元にはウサギたちが丸まって安らいでいる。
 ああ、これが女神のいる風景ってものなのかもしれない。表情に変わりはないように見えるけれど慈愛に満ちた有希の横顔は、正直に言って美しいとしか表現が出来なかった。
 何度見ても、何度会っても、俺は彼女に恋をするのだろう。そう思わせてくれるほどに綺麗な妻の傍に歩み寄る。有希の視線がシカから俺へ、その大きな黒い瞳に吸い込まれそうになる。
「どうしたの?」
 そうだな、何となく有希の傍に居たかっただけさ。本当にただそれだけだったので有希の隣に座り込んだ。
「そう」
 有希もそれ以上何も言わない。手を差し伸べるとその先に鳥が止まった。この園内の動物ではない、何処からか飛んで来たのだろう。全ての生きとし生ける者に平等の愛を、って柄にも無い事を思ってみる。
 麗しき女神は大きすぎる愛で周囲を優しく包んでいる。その中に俺も存在している………………敵わないな、ふとそう思った。
「…………」
 ふいに有希の手が俺の頬に触れる。どうした? 黒瞳に映る俺自身は優しく微笑んでいた。
「……やきもち?」
 かもな。大人しく有希に寄り添うシカを見て苦笑するしかない。すると有希は俺の頬に手を触れたまま、誰が見ても分かるくらいに微笑んだ。
「安心して。わたしはあなたのものだから」
 思わず抱きしめたね、この笑顔は誰にも見せてやるものか。そう、と胸の中で囁いた有希はそっと俺の背中に手を回した。
「…………このバカ夫婦!」
 ハルヒが飛びついてきた。悪かった、仲間外れはないよな? 俺と有希は飛び込んできたハルヒを抱きとめる。
「あたしもっ! お父さんとお母さんが大好きなんだからねっ!」
 ああ、俺も有希もハルヒも大好きだぞ。
「わたしもそう」
 だってさ。嬉しそうなハルヒ、優しく微笑む有希。それを抱きしめる俺を温かく動物たちが見つめていた…………









「たっだいまーっ!」
 ハルヒが元気良く玄関を開け、有希がそれに続く。ハルヒが脱ぎ散らかした靴を有希が片付けるのを待ってから荷物を持った俺がようやく家へと入れる。
 まだまだ元気なハルヒがキッチンの冷蔵庫から牛乳を取り出しているのが見える。俺はリビングでバッグを置くと、そのままソファーに寝転がった。有希がバッグから弁当箱を取り出して洗い物を片付ける。
 だらしないわね、と言うハルヒに反論も出来ないくらいに疲れてるんだよ、散々荷物を持って歩き回って帰りも安全運転で帰ってきたんだぞ。
 有希が何か言ってたみたいだったが、それに答えたのかどうかも分からないまま俺は眠ってしまったようだった。
 うっすらと有希とハルヒの声がする………………













 
「ねえ、お母さん」
「なに?」
「何でお父さんと結婚したの?」
「どうして?」
「だってお母さん綺麗だし、お仕事もお父さんより出来るって言うじゃない。あたしだったら結婚しないかもしれないし、結婚するとしてももっといっぱいいい人がいるかもしれないなって思うもの」
「…………」
「お母さんモテモテだったんじゃないの? 何でお父さんなの?」
「わたしには彼しかいなかった」
「嘘!? お父さんにはお母さんは不釣合いなくらい十分だと思うけど逆は考えられないわ」
「それは違う。わたしは何も出来ないだけだった。彼がわたしを導いてくれた、わたしにここに居ることを許してくれた。そして、愛するという事を教えてくれた」
「ええ? あのお父さんが?!」
「そう。あの人が居る事がわたしの全て、あの人の為にわたしはここに居る。それが何よりもわたしは嬉しい」
「ふ〜ん。てっきりお父さんがお母さんにベタ惚れなだけなんだと思ってたのになあ」
「違う。わたしが彼にぞっこんなの」
「あらら……」
「そのうちあなたにも分かる日が来る。わたしはそれが楽しみ」
「そうなのかなあ、あたしもお父さんは好きだけど……」
「ダメ。彼はわたしのもの」
「はいはい、このバカ夫婦!」

あとがきみたいなもの

はい、今回リクエストで「幸せ家族計画!」を書かせていただきました。まあ前回が佐々木が奥さんで長門と九曜が娘だったんですけど今回はヨッシーさんが長門バージョンでということで色々考えてみました。まずは子供はいるだろうという事で色々考えて(九曜が最初浮かんだけど被るので却下)いっそハルヒにしてみようと。ハルヒは元々子供っぽいし(笑)後はキャラ的にキョンの妹ちゃんみたいなイメージにしてみました。元気で子供らしい子供なんですけど頭の回転の良さとかはハルヒぽくなったかなと。
それとこのシリーズは基本俺の実体験に近いものになってます。小さい頃の思い出とかを古くなった脳内引き出しから引っ張り出して(笑)懐かしい気持ちで書いてます。
動物園はもうちょっと細かく書いてもよかったかなあ、爬虫類は調べたくせに(笑)でもああいう面があるのもいいかなって。
キョン有希夫婦は子供が羨むくらいラブラブで母親を父親と娘が取り合うようなシチュを書きたかったんですけど、最後はバカップル乙でしたね(笑)
実はこのシリーズ、後何人かカップリングが浮かんでいます。基本はキョンがお父さんで奥さんと子供なんですけど、後一回か二回はやりたいなあ。時間が許せば書きたいですね。
最後に、今回の作品を書くきっかけをくれましたヨッシーさんに感謝を。またリクエストがあればお気軽にどうぞ、時間はかかるかもですが(汗)
ヨッシーさんありがとうございました!
ではまた次の作品でお会いできるはずです。

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