『SS』なちゅらる 4

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 俺の所用などいくらも時間がかかるものではないので気付かれることもなくベンチに戻ってしばらく退屈な時間を過ごす。
 打ち解けているのかどうかは分からないが会話はどうにか成立しているような四人が紙袋などを下げて戻ってきたのは俺が退屈のあまり古泉に今後どうすればいいかアドバイスしてもらおうなどという世迷言を考えて携帯を取り出したところであった。
「おっまたせー! いやーつい色々買っちゃったわよ」
「すみません、お待たせしました」
「いや、楽しかったのならいいけど」
 少なくとも四人の心理的な距離のようなものは縮まったのであればいいわけだ。
 古泉に電話しなかっただけでも助かったというものだな。
「けど朝比奈さんが泣きそうなもんは買ってないだろうな?」
「「大丈夫!」」
「………あれで?」
 なぜかハルヒとショートカットの子が満面の笑みで答え、眼鏡の子が重ねて俺の不安を煽ってくれる。
 あまり朝比奈さんを知らない二人にこう言わせる代物って………すみません朝比奈さん、万が一の時は泣いてもいいですよ。
 もし朝比奈さんが泣いてしまえば、その時は俺の胸でも貸せるのではないかと妄想するも、妄想内ですらハルヒに叩きのめされる自分に落ち込みかける。
 俺が勝手に落ち込み、ハルヒは満足したような感じの中、
「さて、涼宮さんの用事はこれで終わりなのかしら?」
 こういう時に話のきっかけを作るタイプらしい黒髪の子の問いかけに、
「そうね、とりあえずはいいかな。でもちょっと物足りないかも………」
 おいおい物足りないってなんだよ。
 まさかまだ、と思っていたら案の定、
「だったら上の階で服とか見ない? あたしは見たい!」
「うーん、そうね」
「わ、わたしもちょっと買いたい服が」
「よしっ! みんなの声に応えるのもSOS団の団長たるものの務めよね! ということで、」
 はいはい。言われる前にハルヒと友人一同の持っていた袋を取り上げる。
「うんうん、ちゃんと分かってるじゃない!」
「え? いえ私たちの分まで………」
「いいよ、そんなに重いものでもないし。それよりハルヒについて行ってやってくれた方がありがたい」
 後半を本人に聞こえないように囁くと、三人は納得したように苦笑した。
 共感してもらえて何よりだ。
 やけにかさ張る紙袋と悪戦苦闘しながらハルヒ一行の後ろを歩く。
 …………この後を考えるだに恐ろしいな。
 そして俺の予感はこんな時だけ的中しやがる。
 上のフロアは確かに洋服店が多かった。
 訂正しよう、多すぎた。
 その一軒づつを四人の女子高生が高速で尚且つ丁寧に巡っていくのだ。
 俺なんか店の前で待っているだけのはずなのに段々と置いていかれてしまっている。
 おまけに女の買い物らしくここまで決めてきれてないのか買う気配もない。
 このままでは俺の疲労だけが蓄積されていくのではないだろうかと不安にしかならないのに、当の本人たちは楽しそうである。
「ねえねえ、これ! これいいじゃない?」
「わ、わたしもうちょっと落ち着いた色の方が………」
「あら、あなたはいつも地味目の服だからこのくらい冒険してもいいと思うけど?」
「そんなぁ〜………」
 可哀想にハルヒとリーダーに挟まれた眼鏡っ子が泣きそうな顔でピンクやオレンジのシャツだのワンピースだのを押し付けられている。
 しかもその間、ショートカットの子は我関せずとばかりにサングラスなど見ているのだからしょうがない。
『おいおい、大丈夫なのかよ………?』
 というか、この三人本当に仲いいのか? という疑問すら浮かんでしまった。
「お、それいいじゃん! 色違いある? だったらあたしも買うからさ!」
「あんたはどうすんの?」
「私はパス。涼宮さんは?」
「同じくパス」
「わたしは………」
「「「あんたは買いなさい!」」」
「ふぁい………」
 とか思っていたらいつの間にか四人でワイワイと楽しそうにしているのだから女というものはつくづく不思議な生き物である。
 女三人寄れば姦しいとは言われるものの、SOS団の三人だと一人は間違い無く物静かというか無口なのでこうはいかないだろう。
 いや? もしかすれば俺の知らないところ、例えば不思議探索で俺と古泉が(嫌々ながら)ペアの時などはこのような光景もありえるのではないだろうか。
 朝比奈さんも買い物などは好きそうだし、長門だって分かりにくいがハルヒたちと行動するのは楽しいはずなのだ。
 つまりはどういうことかって? ハルヒだって本当はそういうのが好きなんだってことさ。
 涼宮ハルヒは一人でなんでも出来る。だからといって一人になりたいわけじゃない。
 今まではその感情を表現するのが下手なだけだった。
 今は俺たちが、SOS団がいる。
 そしてハルヒは変わった。
 いや、元に戻ったというべきか。元々こいつは率先して人を引っ張るような明るい奴だったらしいしな。
「やれやれ……」
 ついいつもの口癖が出てしまったが面倒だとかそういう意味じゃない。
 大体不器用すぎるのだ、ハルヒは。
 だからこそ世界を変えちまうなんて変な力を持ってしまったのかもしれないし、変な力があった故に不器用なのかもしれないが。
 それでも俺たちと知り合ったことでまともな方向に行っているのならばそれでいい。
 いやまあ、まともかどうかというのも後々分かるってもんだろう。
 ただ今は、ハルヒが過去に話そうともしなかった連中と笑っている。
 それが意外に俺にとっても満足だってことだけさ。
「うわあ、彼氏ニッコニコじゃん」
「だから彼氏じゃないって!」
「そりゃ涼宮さんも変わるわね」
「だから、」
「羨ましいな、そういうのって」
「え? まあ………うん………」
 さてさて、またも荷物を抱えてきた連中の荷物持ちでもしますかね。
 それがSOS団雑用係の任務ってもんだ。
 俺は無言で差し出された袋を受け取りながら、この不器用な団長様と旧友の皆様のささやかなお手伝いに励むのであった。
「はあ、当たり前のように私たちの分までね……」
「なにこの完璧彼氏?」
「………ちょっとかっこいいかも」
「ちょっと?! あんたらねえ!」
「騒いでないで行くぞ、そろそろ飯にでもするか?」
「「「はーい」」」
「あ、うん」
 珍しくペースが乱れているようなハルヒも新鮮だな。というか、恐るべし女子高生と言うべきか。
 ハルヒを囲んで話し込む四人組みを連れて、俺はとりあえず食堂街のフロアへと向かうのだった。