『SS』 俺の妹がやっぱりこんなに(以下略) 5

前回はこっちだよっ!

何だか不幸な出来事の一言で片付けられそうな風邪もようやく治り、履修項目をどうやって取り替えそうか頭を痛めつつも日常が戻ってきたある日の事だ。
「頼むよ、一回だけ! 頭数がどうしても足らないんだ」
などと頭を下げられる羽目に陥っているのは何故だろうか。ペコペコしているが、有無を言わさないつもりが丸見えの同じゼミに通う男を見て呆れるしかない。
「あのなあ、俺なんかが行っても大して盛り上がらんと思うぞ? 合コンなんかに合わないタイプだってのは自覚しているつもりだぜ」
「そこをなんとか! 予定してた奴がドタキャンしたおかげで女の子が余っちゃうんだ」
「いい方法がある。その余った女の子が合コンをキャンセルすればいい。そうしたら人数は同じだ、ちなみに女の子は誰でもいいと思うぞ」
「お前、本気で言ってんのか?!」
当然冗談だ。そのくらいどうでもいいと思ってもらえればいい。
「お前なあ、折角の出会いの機会に何も思わないのかよ?」
 だから、出会いも何も高校時代に知り合った女たちがいい意味で個性的過ぎたんだって。今更普通の女子大学生に会ったところで面白いと思えない。
 そう考えたらハードルが上がっていると自分でも思う。女性を見る目が肥えている、とでも言えばいいのだろうか。それはいい事なのかと言われれば、卒業以降に女性の影が無い点でも悪い影響の気がしなくもない。
 しかし、実際には朝比奈さんや鶴屋さんは会おうと思えば会えるし、長門からは定期的に連絡がある。
 何よりも、年に一度だけ届く年賀状を見れば、どうしても合コンなんぞに行く気がしなくなるだけさ。あいつがいつ帰ってきてもいいように、なんて考えてる自分に苦笑してしまうけどな。
「頼むよ、キョン〜」
 大体大学に入ってまでそのような間抜けなあだ名で呼ばれるとも思ってなかったんだぞ。とはいえ、情けなく縋りつく友人を無碍にし続ければ今後に悪影響しか与えないだろう。俺は溜息を一つ吐き、哀れなる幹事の肩を叩いた。
「あくまで人数合わせだぞ」
「た、助かる! いや、キョンは座って飲んでるだけでいいからさ!」
 それもそれで無駄な金使うみたいで気に入らないが、友情を保つ為の必要経費と思うしかないのか。やれやれ、大学生活も楽じゃないな。まあ毎週末に奢らされるよりはマシかもしれんが。
「それじゃ今晩な! 俺は今からセッティングにかかるから!」
 お前、講義はどうするんだ? という俺の言葉を無視するように、そいつは走って行ってしまった。
「やれやれ……」
 呆れるしかない、そこまでの情熱を学業に活かせばそこそこになれるだろうに。というのはお互い様なので言わないが。
 ちなみに、今会話したヤツは女に飢えているが谷口ではない。俺は谷口みたいなヤツは少ないのだろうと思っていたのだが、大学に進学すると周りは皆谷口だったというだけだ。そこまで女に現を抜かして楽しいものなのかね、と俺が言うもんでもないが。
 …………帰りにコンビニに寄って金を下ろさないとな。俺は消えていった友人の代返をしてやったら飲み代が浮かないのか、とか思いながら午後の講義を受けに校舎に戻るのだった。





 ここまでは普通の大学生としての流れだったと思う。唯一違っていたのは、俺が普通の大学生であっても、普通じゃない高校生がいたことくらいなのだ。





「ねえ、今日は遅かったじゃない」
 その前に何故お前がここにいる? 当たり前のように俺の部屋でベッドに寝転がって枕に顔を埋めている妹を見て溜息を吐く。まだ制服姿のところを見ても、部屋に帰ってないな、こいつ。
 とっくに慣れてしまった俺はバッグを妹の真横に置いて、
「出て行け、着替えるから」
 と言っても出て行かないんだろうな。案の定動く気配すらしない妹は、足をバタバタとさせながら、
「ふ〜んだ、あたしをほったらかしにする方が悪いんだもんね〜」
 なんて言ってやがる。「ん〜っ、キョンくんの匂いだ〜」って枕から顔を上げろ、匂いなんぞ嗅ぐな。枕を取り上げると「や〜ん」と言いながらようやく顔を上げる。
「お前だって学校があっただろうが。それと、制服が皺になるからお前も着替えろ」
「は〜い」
 って、ここで脱ぐな! しかも普通にスカートを下ろすなよ、パンツ見えてるから。
「見せてんのよ?」
「アホか」
 スカートを持たせて部屋から追い出そうとする。白のパンツに制服の上だけ着ているというマニアックな格好の妹が「え〜? もうちょっとキョンくんの部屋にいる〜」などと言っているが、この後で用があるんだよ。
 すると、妹の眉が急に寄って、不穏な気配を出し始めた。何だ? いきなり。
「…………用事ってなに?」
 しかも、えらい迫力で迫ってきた。まるで尋問だ、何かこっちが悪いことでもしてるかのような気になってくる。
「友人と飲みに行くだけだ、早めに切り上げて帰ってくるから大人しく待ってろ」
 合コンなどと言えばどんな反応が返ってくるか分かったものじゃない。要点だけを述べれば正しいはずだ、大学生になって成人式も終えた俺が飲み会に行く事もおかしな話ではない。実際に新歓コンパなどで家を空けた事も多々あるのだが、妹の不貞腐れぶりは凄かった。
散々わめき散らかした挙句に泣いて縋ったかと思えば、部屋の隅で拗ねて小さくなる。それを繰り返した後に、「一時間毎に連絡すること! 早く帰ってこないと泣いちゃうんだからね!」などと人を脅してから玄関先まで見送るのだからどうしようもない。俺の大学での友人は多くもないが、それは妹のこのような態度に起因することも大である。それでも慕ってくれる妹を無碍にも出来ない、というのは兄として当然だよな? 俺はまだシスコンなどというレッテルを貼られたくは無い。
従って、今回も多分に洩れず妹は騒ぎ出した。
「ええ〜っ? あたしも付いて行く〜!」
アホか、妹同伴で合コンにいく奴などいるか。というか、合コンじゃなくとも大学生の兄が高校生の妹を連れて歩くという光景はいかがなものかと思う。昼間に買い物に行くのではない、夜飲み歩くのだから未成年者を連れる訳にもいかないだろ。
「やだ〜! あたしも行くの〜っ!」
だから未成年だろうが、お前は。こんなやり取りも何度繰り返したか分からない、俺は泣きじゃくる妹の頭を撫でながら時間が迫る危機感に焦りつつあった。まったく、何だってこんなに我がままなんだよ。
「分かった、何か土産を買って帰ってやるから! それで勘弁してくれ!」
「やだやだ〜っ! おみやげじゃなくてキョンくんがいいの〜!」
おかしい、小学生の頃は俺の存在よりも土産優先だったはずじゃないか。何故に年齢を重ねる毎に難しくなっていくのだ、こいつは。
とはいえ、このままにもしてはおけない。そこで俺は最終手段を行使する。
「はいはい、ちょっと出かけるだけだからイイコで待っててくれよ」
そう言いながら、俺は妹を抱きしめた。幼子を寝かしつけるような手つきで頭を軽く叩いてやると、あれだけ騒いでいた妹の動きが止まる。そして妹の腕が俺の背中に回って抱きしめられたところで、
「う〜……キョンくんのばかぁ……」
胸に顔を埋めた妹が小さく呟いて、どうにか危機が去った事を実感するのであった。しかし高校生の妹を抱きしめて、そいつが胸に顔を埋めて甘えているってのもどうなのだ? だが、個人的にも倫理的にもあまりお奨めしない方法だとしても、最近の妹には効果が抜群なのだ。
しばらく俺の胸に顔を押し当てていた妹が満足したかどうか分からないが、時間も差し迫ってきたので一旦離す。
「絶対に早く帰ってきてね? ちゃんと連絡してくれなかったら許さないんだからね?!」
 潤んだ瞳で上目遣いの妹に「はいはい」と答えながらも横目で時計を気にすれば、流石に差し迫った時刻になっていた。飲み会なので自転車に乗っていくわけにもいかないから、着替えたら走っていくしかないだろうな。
「それじゃ着替えるから。お前も部屋に戻って着替えろよ」
「あ! だったら手伝ってあげる!」
 って、いきなりズボンに手をかけるな! 何で下半身からいきたがるんだ、お前は?! 大体、パンツ姿で人に飛びつくな!
「む〜、それならあたしが先に着替える〜!」
 コラ、ここで脱ぐなっ! まさかお前も男をジャガイモだとか言い出すんじゃないだろうなって、知ってるはずないか。とにかく器用に下着姿になった妹が騒ぐのを肩を押して今度こそ部屋から追い出す。
「一緒に着替える〜!」
 無茶言うな、お前の着替えはここには無い! ああもう、時間が無いっていうのに何でこうなるんだ?!
「とにかく下着で廊下をウロウロするな、見送りたいならとっとと着替えろ!」
 それだけ言って自分の部屋のドアを閉め、急いで着替える。合コンと言われているからいつもの格好よりも多少マシな服を選んだものの、鏡を見る余裕もないままに部屋を飛び出した。
 階段を降りる前に確認したが、妹はまだ部屋にいるようだ。今の内に家を出るのが正解だよな、どういうことかコソコソと音を立てないように玄関まで移動した俺は普段のスニーカーとは違うシューズを下駄箱から出して引っ掛けた。携帯で時間を見ながら待ち合わせ場所まで急ぐことにする。





 だから、俺は気付かなかったのだ。妹が部屋の窓から俺を見下ろしていたことなどを。そして、
「ふ〜ん、友達と飲み会なのに随分オシャレしていくんだね……」
 と呟いていた事など、走る俺には聞こえるはずもなかったのであり、その事実を知った時には既に何もかもが遅かった。

 

 ああ、俺の妹は普通の女子高生になって欲しかったのに。どうしてだろう、デジャブを起こさざるを得ない言動に、またも俺は振り回されるのであった。