『SS』 俺の妹がやっぱりこんなに(以下略) 4

前回はこっちだよ!

 家に帰ると部屋に戻り、一息つく。シャミセンはどうやら俺の部屋へは来ていないようだが、こんな時こそ男同士で慰め合いたいと思ってしまう。
 ベッドに倒れこんで思い返せばミヨキチの発言は驚きの連続だった。可愛げがあるというのは俺の贔屓目だろうと思っていたら、どうやら周囲の評価も高かったようなのだ。
 それはそれで自慢の妹と言えるのだと思うのだが、何となく気に入らない。例えて言うならば、青色のネコ型ロボットが黄色い妹に感じるような、そうでもないような。この発想そのものが妹へのコンプレックスというか、頭悪いぞ、俺。
とまあ、自己嫌悪に陥りつつも喜んでいいのか分からない複雑な感情で妹の行く末など案じてはみたのだが、どう転んでもいい方向にしかいかないような気がするのは贔屓ではないのだろう。少なくとも俺よりはいい人生を送れると思う、言動に気をつけさえすればだが。まずお兄ちゃん大好き、からの卒業があいつにとっての課題だろう。それ以前にまずお兄ちゃんと呼んでもらいたい。
などと妹の行く末以上に自分のお先が真っ暗なのではないかという不安に怯えながらも、結論としてはなるようになるさ、と楽観的に終わらせるような益体も無い事を考えていたら早時刻は夜である。時計を見たわけじゃないが、外が暗いから夜なのだろうと決め付けた。
…………妹はまだ帰っていないのだろうか? 帰っているならば俺が何を考えていようが部屋へと押しかけてくるので、まだ帰っていないのだろう。俺の部屋が最初の目的地になっているというのは目を瞑っておく、今更言っても聞きそうにないからな。
「風呂でも入るか……」
 時間的には夕食前のようだが、久々に自転車も漕いだことだし汗もかいていた。帰ってすぐにシャワーでも浴びればよかったかとも思ったが、だるすぎて何もしたくなかったというのもある。
 幸い妹も帰ってきていないし、のんびりと湯船に浸かれば先程までの怒涛の展開も落ち着いて考えられるだろう。というか、頭の中をすっきりと整理させる為にもリラックスすることが肝要だ。
 俺は部屋を出て、のろのろと階段を降りていった。




 などという経緯を経て、追い炊き機能に感謝しながら現在浴槽内にて「ヴァ〜……」などとオッサン臭い唸り声を上げている最中である。年を重ねるというのは、このような態度に抵抗を持たなくなるということなのかもしれない。妥協だけが人生だ。
 体が温まると共に、疲れが抜けて行く感覚がある。頭の中も真っ白になるようだな。とりあえず顔を洗ってゆっくりしていれば、先程までの喧騒が嘘のようである。



 だがしかし、平和というものは長く続くことなど無かったのだ。むしろ油断してしまったのが悪かった。



 ドタドタとうるさい足音が聞こえる。妹が帰ってきたのだろう、「キョンくんは〜?」という声が聞こえた。
 と思ったら、足音が段々近づいてきて、
「何でお風呂入ってるの〜?」
 と言う妹の声と同時にバタバタと何かしているかと思いきや、
「あたしも入る〜っ!」
 って、待て! と俺が止める声を上げる間も無く、浴室のドアが開き、
キョンく〜ん!」
 と全裸にバスタオルを巻いた妹が飛び込んできたのだ。どれだけ脱ぐのが早かったんだ、こいつ?! ってそっちじゃないっ! 慌てて前を隠しながら湯船に沈み込む。
「お、お前、何考えてんだ?!」
「え〜? 一緒にお風呂入ろうって」
「何歳だ、お前は! 高校生にもなって兄妹で風呂に入りたがる奴があるか!」
「だって最近は一緒にお風呂入ってくれないんだもん。チャンスだと思ったから……」
 何がチャンスだ、風呂くらいゆっくり入らせてくれ。それに一緒に入っていたのは小学生までだ。それでも高学年、というか最高学年まで一緒に入っただけでも他人にばれたらどんな目で見られるものか分かったもんじゃない。いくら見た目が成長していなくとも、泣かれたからといってもやるべきではなかったのではないかと今更ながら思うのだ。
 大体、そういうのは小さい頃だけの行為であって、普通は女の子が先に嫌がるもんだろ。それを泣きながら一緒に入ろうとねだる時点でおかしいはずだ。
すると妹は寂しそうに、
「だって〜……」
 なんて俯くから困ってしまう。このままだと風呂の中で泣きそうだ、こいつのでかい声で泣き声なんぞ上げられたら俺が親に絶縁されてしまうわ。
「ああもう、泣くな! ドア、開けっ放しだと寒いから閉めろよ」
何故俺が折れねばならんのだと、溜息しか出てこなくなってくる。しかも、
「うんっ!」
と言った妹はもう満面の笑顔だったりするから始末に終えない。騙された、と思ったときにはもう遅いんだよな。
「ったく、もう上がるからゆっくり入ってろ」
タオルが無いのはどうにかするしかないだろう、幸いに洗面器はすぐ傍にある。俺は洗面器へと手を伸ばした。が、
キョンくん、お背中流してあげる〜!」
妹に手を掴まれた。
「いや、遠慮する。俺はもう洗ったから湯船に浸かってたんだ、後は上がるだけだから」
「あたしと一緒にお風呂入るの嫌なの?」
いかん、また泣きそうだ。瞳を潤ませ、上目遣いで俺を見上げる姿は捨てられそうな子犬の如き可哀想な雰囲気を醸し出している。
あのなあ、何で俺の背中を流したがるんだよ? そういうのはまだ早いとお兄ちゃんは思うぞ。それと相手が違う、これは好きな人にでも…………それもまだ早い。まだまだお子様な妹に一緒に風呂に入るような男など…………俺くらいしかいないではないか。どうなってるんだ、これ?
とにかく泣きそうな妹に敵うわけが無い。というか、泣かれたら俺の人生の方が終わりかねん。
「あーもう、分かったよ。それじゃあ、背中でも流してもらうか」
「うんっ! 久しぶりだね、キョンくんのお背中流すのって」
当たり前だ、前回は小学生だったからな。久しぶりも何も、あれが最後であって欲しかった。実の妹、しかも高校生に背中を流してもらって喜ぶほど俺は倒錯した趣味は持っていない。
 これが朝比奈さんならば喜びのあまり硬直していたかもしれないし、長門だったら申し訳なさで恐縮していたかもしれない。ハルヒは…………あいつは背中を流させそうだ、俺に。
 ということで、そのどれにも該当しない妹相手に遠慮などする必要もなく、適当に満足するまでやらせたら残りの体を洗ってそのまま上がってやろうと目論んでいた訳だ。そうとも知らない妹は何を期待しているのか瞳をキラキラと輝かせている。
「と、その前にまずやることあるだろ」
「なに?」
「…………タオル持って来い、これでは上がれん」
「ちぇ〜」
 ちぇ〜って。何でそんなに残念そうなんだよ。露骨なまでに渋々といった感を出しながら持ってきたタオルを腰に巻いて俺はようやく湯船から上がったのだった。
 だから、俺がタオルを巻く様子までマジマジと見てるんじゃない。風呂用の椅子に座った俺の背後に回った妹は必要以上に張り切ってるし。
「さあ、キョンくん! 思いっきりやるからね!」
思いきりやられたら痛いだけだから丁寧に頼む、せめてそのくらいの気遣いは見せてくれ。
と思ったら、いきなり頭から湯をかけられた。油断しきっていたので目に入りそうになるって何しやがる?!
「え〜? 頭洗うに決まってるじゃない」
「お前、背中流すって言ったじゃねえか!」
「まずは頭を洗わないと、お背中流した後に頭を洗ったら汚れがまた背中に付くじゃない。だから、背中の前に頭なの。分かった?」
り、理屈としては間違ってないような。だが、背中を流してもらうだけのはずが、いきなり洗髪へと移行してしまったのだ。しかも抵抗する前に目を開けられない。結局何か言う前にシャンプーを頭に垂らされてしまった。これでは俺に打つ手が無い、目を閉じていないと痛い目を見るだけだ。
「は〜い、どこか痒いとこありますか〜?」
一方的、且つ嬉しそうに指を走らせる妹に何も答えてなどやらない。どこで練習したのか、器用に頭皮をマッサージしながら俺の髪を洗っていやがる。
これが爪でも立てられれば痛みと共に文句でも言えるのだが、見事なまでの腕前なのだ。正直、妹にされているという事を除けば、かなり気持ちが良い。思わず目を閉じている事もあって陶酔しそうになってしまう。が、そのままではいられないのが常なのだろうか。
「ん〜…………やっぱ邪魔」
妹がそう言ったかと同時に指が頭から離れた。どうした? と聞く前にごそごそと音がしたかと思えば、
「えいっ!」
っと、背中に柔らかく滑らかな感触に、体温が直に感じられたと同時に頭を両手で抱え込まれる。この感触はまさか?!
「って! 待て! お前、タオルはどうした?!」
「邪魔だから取っちゃった。それにくっ付いた方が気持ちいいし」
いや、取っちゃったじゃなくて! ということは、この感触は妹が直接俺の背中に当ててんのよ、な状態ってことなのか? やけに柔らかくて温かいんだけど! それと気持ちいいって何だ、気持ちいいって!
「え? キョンくん気持ち良くないの?」
それは今お前が動かしてる指の事を指してるんだよな? 頭皮をマッサージしてくれてるから確かに気持ちはいいけど、それだけだよな?!
「…………んっ」
待てーっ! 背中にくっ付けてる部分を動かすな! というか、上下に動くな! こすり付けるな、「ふぅ……」とか言うなっ!
どういうことだ、必要以上に柔らかい感触が背中を上下に動いている。頭もしっかり洗っているが、手を動かす為に身体を上下する必要は無いはずだよな? 間違っても妹は洗髪してくれているのであって、決して背中への感触は余計なものなのだと思いたい。思わせてくれ、頼むから!
動揺している場合ではない、どうにかしようと妹に声をかけようとしたら、
「はい、目を閉じててね〜」
と言われて頭から湯をかけられた。さっきから目は閉じてたのでまだいいが、これでまた何も言えなくなってしまう。しかも、二〜三回湯を流されて身動きが取れない隙を突かれ、
「それじゃ、お背中流しま〜す」
「いや待て、その前に顔を洗わせろ!」
抵抗する間も無く背中にまたも柔らかい感触が。それも、背中に覆い被さるように妹が乗ってきている。まさか妹の身体の感触で、ムニュとかポヨンとかいう表現を使うとは。というか、
「離れろ! そして顔を洗わせんかいっ!」
「ダメだよ〜、まだ背中洗ってないもん」
 お前が背中を洗うのと、俺が顔を洗うのは別問題だろうが! 目も開けられないから非常に不愉快だ。
「むぅ〜……しょうがないなあ」
 何故にお前が主導権を握っているかのように話しやがる。それでも思い切り分かりやすく渋々と背中から離れたので、何とか顔を洗ったのだが。
「ふふふ〜ん♪」
 その間に鼻歌交じりで何かしていた妹に注意していなかったのがまずかった。とりあえず視界が確保出来たので振り返らずに説教を試みる。間違っても振り向いてはいけない、それは罠だ。
「あのなあ、」
「えいっ♡」
 遅かった。俺が言うよりも早く妹は背中に引っ付いたのだ。それも、ポヨンッと柔らかいだけでなく、滑らかというか、ぬるぬるというか、
「は〜い、洗いま〜す♡」
 って、背中を滑る柔らかな膨らみ! ま、まさかこいつ……
「上手く出来ると思うよ?」
 器用に上下させるな! ニュルニュルという感触が背中全体を包み込む。
 間違いない、こいつ確信犯だ! 胸元にボディソープを塗りたくった妹が俺の背中に押し付けて擦っていやがる!
「ふわ、あぁ……これ、いいかも…………っ♡」
 甘ったるい声を上げるなっ! 何だ、こいつ? ハアハア言ってるぞ、息を荒くするんじゃありませんっ! しかも、背中に当たる感触の中にポヨポヨのヌルヌルから一部コリコリしたものが?! こ、これって妹のアレか? 胸の中心部にあるちょっと敏感なその部分が立っちゃったりしてるというのか?!
 というか、これでは本物の痴女だ。何に欲情してやがるんだ、このアホ。どう見てもおかしい、何というか冷めた目で自分を見てしまう。いくら女ッ気が無いからって妹相手にこんな目に遭わなければならないなんて……
「んっ♡ キョンく〜ん……♡」
 やかましい。お前の欲求不満に付き合ってなどいられるか。俺は近くに置いてあった洗面器を掴むと、湯船から湯を汲んで見ないままに後方へと浴びせかけた。
「キャアッ! 何すんの、キョンくん!」
「それはこっちのセリフだ! いいから早くタオルを巻け!」
 ようやく妹が離れたので泡だらけになった背中を急いで流す。そのまま振り向かずにいたら、シャワーの音が聞こえた。どうやら妹も身体を洗ったらしい。
「…………もういいよ」
その言葉、信じるぞ。ということで振り向くと、妹が不満そうに頬を膨らませていた。とりあえずタオルは巻いているので安心する。濡れた体に巻きつけているので急に丸みを帯びた体のラインがくっきりと浮かび上がっているのはこの際目を瞑っておこう。
それよりも何を考えてるんだ、こいつは? 積極的というよりも過激になってしまった我が妹の行く末を案じ、俺は溜息を吐くしかない。仮にも女子高校生のやることじゃないだろ、ウチの団長ならばさておき。
「あのなあ、年頃の女の子がやっていい事じゃないぞ? 俺だからいいって問題でもない。どこで覚えたのかまでは聞かないから、バカな事は止めろ」
この年頃だと耳年増な友人もいるから知識だけは一人前なのだろうが、風俗じゃないんだから。というか、兄妹でやるものでも当然無い。ミヨキチの言動とは違いすぎる妹の行為には頭が痛くなってくるってもんだ。
しかし、俯いて反省していたのかと思った妹は、
「だって……」
小さく何か呟いていた。何だ、不満があるなら言ってみろ。
「だって! キョンくんがミヨちゃんと二人っきりだったから! あたしのキョンくんなんだから、あたしと一緒じゃないと嫌なんだもん!」
…………ええと。どういうことだ? 何でミヨキチの名前が出てくるんだか、それとお前のお兄ちゃんではあるが、常に兄妹だからって一緒に居なければいけないものでもない。と思うぞ?
「だったら、ミヨちゃんには絶対に真似出来ない事しようって。だからキョンくんと一緒にお風呂入りたかったんだもん!」
見ると妹は涙目で俺を睨んでいる。まさか、こいつはミヨキチにヤキモチを焼いているってことなのか? 真っ赤な顔で肩を震わせながら、今にも泣きそうだ。
「ミヨちゃんだって、キョンくんの事をお兄さんって呼んで懐いちゃってるし…………あたしのキョンくんなのに……」
なるほど、どうやらミヨキチにお兄ちゃんを取られるとでも思ったのかもしれない。いや、それもそれで幼すぎると思うのだが、普段のこいつの言動から照らし合わせれば分からなくも無いな。
やれやれ、とんだ甘えん坊だ。ミヨキチに取られると思う前にお兄ちゃんと呼んでもらいたいもんだぜ。
俺は幼い頃と同じ様に妹の頭に手をやり、髪をくしゃっと撫でる。驚いたように目を瞑るのは変わらないな、と少し笑いながら、
「お前の兄貴は俺だけだろ? ミヨキチにはお前が心配だから学校での様子を聞いただけだ。だから安心しろ、俺はどこにも行かないからさ」
俺も大概心配性だが、やはり血は争えないもんだ。ヤキモチは可愛いとこあるじゃないか、それに対する手段は大間違いだが。
「本当に? キョンくん、どこにも行かない? あたしと一緒に居てくれるの?」
「ああ。生憎と、俺はずっとお前の兄貴だよ」
大学を卒業すれば、就職となるから実家に居られるかどうかは分からないが、その時は妹も大学生だ。自分なりの道を見つけていてくれればそれでいい、まずハルヒの様にいきなり海外などと言い出さなければ。
俺の言葉にやっと安心したのか、妹の顔にも笑みが戻る。うむ、お前は笑ってる方がいいぞ。
「えへへ、ずっと一緒なんだ…………キョンくん、だ〜い好きっ!」
はいはい。裸にタオル一枚の妹が飛び掛ってこないように抑えながら、俺はこの年代の兄としては悪くないもんだと少し誇らしかった。少なくとも嫌いと言われるよりは遥かにマシだ、過剰な表現には閉口するが。
まあ、顔を会わせればケンカするよりまだいいのだろう。俺はまだ呑気にそう思っていたのだった。


しかしまあ、そんなに綺麗には終われないもので。




「それじゃ、一緒にお風呂入ろっ!」
「それは断る!」
俺は妹の制止を振り切って風呂場から飛び出した。幾らなんでも一緒に湯船になんぞ浸かれるか。
「ぶ〜、キョンくんのいじわる〜」
「俺はいいから、ゆっくり風呂に浸かりなさい!」
そのまま風呂場のドア越しに風呂に浸かる浸からないで一悶着あった部分は、ここでは割愛させていただきたい。そうじゃないと、全裸で飛び出しかねなかったからな、こいつ。




こうして俺は脱衣所で裸のまま妹を説得し、結果として引く予定の無い風邪を引いて三日間の休学を余儀なくされてしまった。
ちなみに妹は元気だったが俺の看病をやると言って聞かず、学校に行かなければ看病させてやらないという意味不明な条件を突きつけることにより、ようやく俺に平穏な時間が訪れたことも明記しておく。