『SS』 俺の妹がやっぱりこんなに(以下略)

 まどろみの中で、甘く囁く声がする。
「ねえ、キスしよ?」
 胸の上に、温かく柔らかな重み。ギシッとベッドが軋む音が聞こえる。
「ねえってば……」
 鼻に抜けるような声で耳元に唇を近づけてくる。吐息まで甘く感じるのは多分脳内に酸素が行き渡っていないからじゃないだろうか、どうにもまだ夢と現実の境目が見えていないようだ。
 ただ、これだけは言える。
「嫌だ、断わる」
 すると、重みが全身を包み込んだ。俺に覆い被さるように体重をかける。気付けば足が絡み捕られていた、右足が柔らかい太ももに挟まれている。
「どうして? あたしとキスするのがそんなに嫌なの?」
 耳の中に息を吹き込むな、胸の上を指でなぞるんじゃない。その手を少しでも下に向ければ朝という事も相まってとんでもない状態になっているのだが、それだけは許す訳にはいかないのだ。
 それにキスするのが嫌かと訊かれれば、当たり前だと応えるしかない。まかり間違ってもキスしたいなどとは思わない。思う訳も無ければ思った時点でアウトだ。
「え〜? 何で〜?」
 何でって、そんなもん決まってる。





「俺は妹とキスしたいという性癖なんぞないわーっ!」





 俺は布団ごと引っぺがすように立ち上がった。
「きゃんっ!」
 転がった妹が尻餅をつく。
「いった〜い! 何すんのよ、キョンく〜ん!」
 何をするはこっちのセリフだ、朝っぱらから人の部屋で何をしてやがる。尻餅をついたままの妹は頬を膨らませて、
「え〜? 朝だから優しく起こしてあげようって思っただけじゃん」
 優しく起こすのと、キスをしようというのは大きく違う。おまけに上に圧し掛かられるのならば優しくないだろ。
「小さい頃と同じだよ」
 ボディプレスじゃないだけマシ、な訳ない! 布団を揺らすだけでいいだろうが。
「だって、キョンくん起きないんだもん。だからわざわざ声をかけてあげたのに〜。それとも、いつものように黙ってキスした方がよかった?」
 唇に指を当てて可愛く首を傾げるな。声もいらんし、キスも、
「って、待て! お前、今とんでもないこと言わなかったか?! 黙って何をしたんだと?」
 慌てる俺を見て、しまったといった顔をした妹は、一瞬にして笑顔になると、
「やだなぁ、冗談だよ。じょ・う・だ・ん!」
 てへっ、と舌など出している。そうだよな、一応妹にも常識というものが備わっているのであるからして、世間的に禁忌と言われている行為に及ぶなどとは思っていないのだが。
「…………本当に?」
「…………ホントダヨ?」
 これ以上の追求に危険性を感じた俺は話題を変えることにした。逃げたのではない、常識を言うのを繰り返さないだけだ。
 高校生に常識を語らねばならないなんて、妹相手でも悲しくなるだろ? 
 それに起こされた事については、きちんと言わねばならない。
「大体、俺は昼からの講義だ。つまり朝に起きる必要は無い」
 大学生というのは単位さえ取れれば講義の時間を選択する事が出来る。よって登校時間が決まっている訳ではない。要するに今日は朝っぱらから起きる必要が無かったので、俺は惰眠を貪るつもりだったんだ。
「え〜。つまんな〜い」
 つまるつまらんの話じゃないだろ。唇を尖らせてもダメだ。
「俺はいいから、お前こそ遅刻するだろ。いいから飯食ってこい」
「まだ大丈夫だよ。お母さんもキョンくんが朝御飯食べないって言ってたし」
 だから寝たいんだって。とはいえ、起こされてしまったのは確かだな。仕方が無い、朝飯を食ってから二度寝といくか。
「分かった、降りるから先に行ってろ」
 は〜い、と元気良く手を挙げるのは小さな頃から変わらないのだが。
「それとお前な、パンツ見えてるぞ」
 見慣れた制服は、スカートの短さについて俺の在籍中から女生徒間では不平の的となっていたのだが、尻餅をついた妹は隠すことも無く座り込んでいるので丸見えなのだ。ついでに言えば白だが、こいつがどんな下着を持っているかなど知ったことでもない。
「あ〜! キョンくんのエッチ〜」
 だから、隠せよ。それに何がエッチだ、お前の下着姿なんぞ見慣れすぎてるわ。風呂上りにパンツ一枚で走り回っていた奴が何を言うか。
「む〜…………だったら、もっと見る?」
 と言いながらスカートをめくり上げようとする。
「やめんか、阿呆」
 付き合ってられないので脳天に軽くチョップを当てる。
「いった〜い! キョンくんのいじめっこ〜!」
 妹が痴女になるのを阻止したのだ、むしろ褒めていただきたい。というかだな?
「お前、いつもこんな事してるのか?」
 軽いイタズラ心だとしても女子高生のやっていいことではない。俺相手だからいいが、世の中というものはもっと危険で出来ている。その割には不用意すぎるのだ、ウチの妹は。
 すると妹は、今度は露骨に不満そうな顔で抗議してきたのだ。
キョンくん以外の人にするわけないじゃない! 分かってないなぁ、キョンくんは」
 分かるか、そんなもん。何で逆ギレされねばならんのだ。とにかく、そんなアホなことをしてなければいいんだ。
「はいはい、分かったから先に降りてろ。ちょっと顔洗ってから飯にするから」
 妹の肩を押して部屋から追い出す。ぶ〜、とふくれっ面のまま押し出された妹は、
「一緒にご飯食べてくれないとダメなんだからね!」
 と言い残して、ようやく階下へと降りてくれたのだった。それを見送った俺は、やれやれと未だに口癖として使用しているフレーズを口にしてからベッドに座りなおす。
 まったく、朝から何て疲れる展開だ。それもここ数年は毎日なのだ。妹の行動は過激化しているのに、慣れつつある自分というのは高校時代のトラウマが残っている証拠なのだろうか? 流されやすい自分というものに反省する。
「……どうしたもんだろうな?」
 回答などない愚問だ。まあ、高校に入りたてだから不安というものがあるのかもしれない。あの妹でも、そんな感情がないとは限らないからな。俺をからかってストレス解消できるのならば、兄としては甘んじて享受しておくべくなのかもしれん。
 とはいえ、厳密に言えば高校入学以前、中学生の頃からあの手の行動が発症してきているのだが、思春期ならではなのかもしれない。生憎と俺は男なので女子の思春期というのが理解出来ないからな。
「その割には手段がおかしいと思うけどな」
 大体、どこまで分かってやっているのやらだ。その手の知識があるようにも思えないし、どうせ雑誌の受け売りか耳年増な友人でもいるのだろう。その友人には心当たりがあるので、今度言っておこう。
 と、ここで「キョンく〜ん、まだ〜?」という大声が聞こえてしまったので、俺は溜息と共に部屋を出たのであった。また走って部屋に飛び込まれたら、たまったもんじゃないからな。