『SS』 たとえば彼女か……… 8

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 デパートを出たはいいが他に目的地がある訳でもなく、そろそろ電車かバスで現地を離れた方がいいんじゃないかと思いつつもキョン子が俺を引っ張るものだから自分の意思表示もままならない状態で歩いている。
 しかも俺の手を引くキョン子は嬉しそうだし、それを見ていればまあいいやという気にもなる。反対の手を握ってる九曜も楽しんで、
「―――――つまんない」
 あれ? 何かご不満のご様子なのだ。表情は変わらないが主張する点では文芸部員よりも圧倒的に上な赤ちゃん宇宙人は握っている反対の腕を振り回さんばかりの勢いである。
「コラ九曜、暴れたらダメだろ」
 ほら、お母さんもそう言ってるからやめなさい。
「誰が母さんだ」
 いや、凄くスムーズな会話の流れだったのでつい。だからセリフと同時に殴るな、お前以外でそんな事するのはウチの団長だけだぞ。
「照れてんのよ!」
 そこは素直だ! 顔まで赤い! でも照れ隠しで殴られる俺の身にもなってくれ。
「って、それよりも九曜だ、どうした?」
 おむずがりの九曜のご機嫌を伺ってみてもはっきりした返事が返ってこないのは分かっているので、
「どうする、おかあ、もといキョン子?」
「そうね、カラオケがゲーセンってとこだけどどっちも逃げるのには向いてないかもね」
 そうだな。状況的には鬼ごっこの最中でもあるので室内系は遠慮したいところだ。今のところはアラームも鳴っていないが油断は出来ないだろう、どのくらい距離が縮まっているのかすら分かってないからな。
「思い切ってバスにでも乗って移動するか?」
 ここで先程考えていた事を提案すると、キョン子もしばらく考えてから、
「そうね、向こうも街中にいると決め付けてる可能性が高いから裏をかくのもいいかもね。九曜はどう?」
「―――――いい」
 決まりだな。森林公園か動物園辺りを目指すというのも手かもしれない、もう少し早めに決めておけば良かったな。
「うーん、その辺は次回にって思ってたからなぁ」
 そうなのか? 何とキョン子は既に次の予定を決めていたらしい。しかもアウトドア志向とは俺らしくもない、キョン子だってそうなはずだ。
「ちゃんとお弁当作ってくるつもりだからさ、もうちょっと練習する時間が欲しいんだよね」
 あっさりと言ったが、これって凄くないか? キョン子がお弁当を作ってくれるって言い出したぞ。しかも練習までしてくれるんだぞ、たとえ目の前にトリカブトの甘露煮が出されても食べきる自信があるね。
「藤原さんに教えてもらってるから味は保障出来るはずだと思うけどな」
………………まて。せっかくのいい話が台無しになってしまったんだけど。
「あいつ、料理なんて出来るのかよ?」
「すっごく美味しいよ。佐々木は技術はあるけど味オンチだし、橘は食べる専門だし、九曜はまあこうだし」
向こうの世界の佐々木たちって変わってるんだなあ。こっちの佐々木の料理の腕も他の奴らの事も何も知らないが、少なくとも俺のイメージには無い姿だ。いや待てよ? 朝比奈さんも料理上手だから未来人とは料理が上手くなるスキルというものを兼ね備えているのかもしれない。だがあいつがシェフというのは何か嫌だ。
「教わってるのはお前だけか?」
「いいや、橘も一応一緒だけど。まああいつは文句言いながら藤原さんの料理食べてるだけだけど」
と、何故かキョン子が笑っている。それもニヤリといった感じのあまりいい笑い方じゃない。
「何だよ?」
「何だって言うのはこっちのセリフだけどね。鏡を見たら分かるんじゃない?」
馬鹿な、俺が何でそんな顔してるんだよ。
「ちょっとは心配してくれたのかなーって。藤原さんと二人じゃなかったから安心した?」
いや、あいつだって立場というものは弁えているだろうから何も心配なんてするはずないじゃないか。それに俺が何を心配するって言うのだ、あのツインテールが料理なんてするはずもないってのはよく分かってるんだ。
「ヤキモチ?」
そんな事は、と言いかけてニヤニヤ笑うキョン子を見てからため息をついた。降参だ、いくら料理を教わってる上に同じ仲間だからといってキョン子が他の男と二人になるというのは精神的に苦痛しか与えてくれない。というかムカつく。
分かってる、と言葉に出さない代わりに俺の腕を抱きかかえるようにくっ付いたキョン子は、
キョンの為に料理を習ってるんだから心配いらないわよ! でも、やっぱりヤキモチ焼いてくれたのは嬉しいかな」
なんて素直に言ってくるものだから、俺はそ知らぬ顔で頭を掻くしかないのであった。ここまでしてくれる女の子なんてそうはいないだろ、たとえ異世界の俺であっても。いや、段々と俺とキョン子のキャラが別物になっていってる気もするのだが。
 そして俺の頬を赤く染めるために存在するかのような素直デレの権化は嬉しそうに、
「だから待っててね、絶対美味しいって言わせちゃうから!」
 ハルヒなら指差しなのに代わりに抱きしめにかかってくるのだから始末が悪いというか、どれだけスキンシップが必要なんだよ。怒っても笑っても俺の腕を放そうとしないキョン子のポニーテールが笑顔に合わせて揺れる。
 そうか、これが素直デレというものなのか。新鮮というか、正直嬉しいけど恥かしい。人生において自分がモテるなんて思いも寄らなかったからな。
「うん、そのまま無自覚でいいからね。でもあたしにだけはダメ」
「―――――ノウ―――――私も――――――――――いるよ―――――?」
「あ、そうね。ゴメン」
 お前ら、俺の事言ってるのに俺の意見は聞かないのは何故だ。それとも俺の周囲の女性は俺の話を聞かないという条約でも結んでいるのか? まさかもう一人の俺のはずの女の子にまで同様の仕打ちを受けるだとは。
 しかし、そんな俺の嘆きも両腕を二人の女の子にロックされていれば何の説得力も無いのであった。自分でもそう思う。





 そして毎度俺が否応無くキャッキャウフフ空間に突入すると誰かが出てくるように今回は出来ているらしい。というのも、
「おう、キョン! いいところで会ったな、というか探したぞ」
 などと言ってくる奴がいるのだから。しかも意外すぎる奴から声をかけられたので驚きも倍増だ。
「中河じゃないか、どうしたんだ?」
「だからお前を探してたと言ってるじゃないか、まさか女連れだとは思わなかったけどな」
 いやまあ、そうだろうな。中学時代の同級生で今はアメフトに青春を捧げているはずの中河にこんなとこで会うとは想像もしないだろう。
「へえ……」
 どうした? 中河を見たキョン子が感心したように頷いている。
「いや、中河は変わんないんだなって。まああたしはそんなに付き合いがあった訳じゃないけど」
 そりゃ女子と男子だからそこまで接点は無かったのだろうけど、中河は変わってないのか。いよいよ北高生だけが性転換している説の信憑性が増してくるな。
 だが、それどころではない。学校も違うし他の連中に比べ接点は少ないが中河まで出てくるとは思わなかったのも事実だ、上手く誤魔化さないとまずいだろうな。
「で、そっちの彼女はどなたなんだ? 俺に紹介出来る人なのだろうな?」
 待て、その質問はまずい!
「彼女ですっ!」
 ほらみろ、止める間も無く手を挙げる奴がいるんだから。ということは、
「――――――――――ラ・マン――――――――――です」
 なんて言い出すのまでいるんだから。それに対する中河のリアクションも、
「ふむ、お前はやっぱり変わった女が好みなんだなぁ。佐々木には連絡取ってるのか?」
 などというものだったから、俺はキョン子に足を踏んづけられるのだった。おかしいだろ、佐々木関係ないだろ! なんで痛い目に遭うんだよ。
「ま、まあいい。それにしてもこんなとこで会うとは思わなかったんだが何の用だ? 俺を探してたと言ってたけど国木田から連絡でもあったのか?」
「国木田? 何の事だ、俺は最近国木田と話してないぞ」
 当然国木田情報だろうと思っていた俺に中河は意外な返答を返してきた。おかしい、それならばどうして中河が俺を探してるんだ?
「ああ、俺はこの近くのスポーツショップサプリメントを注文していたから買いに来たんだがな。その時に駅で知っている顔を見たから声をかけたんだ。そうしたらキョンを探しているというから付き合いで一緒になったという訳だ」
 しまった、そういう繋がりもあるのか! 思わずキョン子と顔を見合わせる。だが誰だ? 中河は前にSOS団のメンバーとは対面済み、しかもあいつとは妙な因縁もある。万が一その中の誰かだったら非常に都合が悪い。
 しかし待てよ? 中河が居て誰かを連れて来たとしたらアラームが鳴らないのは何故だ? という事は少なくともハルヒや佐々木ではないのは確かだ。
「そのお前の顔見知りって誰だ?」
「ああ、今ちょっと飲み物を買いに行ってるがすぐ追いつくだろう」
 と中河が言ったと同時に、
「あーっ! キョンくん見つけたー!」
 という大声が聞こえたので相手が誰だか分かってしまった。そうか、こいつなら確かに中河は知っている。何度かウチに遊びにも来ているからな。
「まったく、小さな子たちだけで繁華街を歩かせるんじゃないぞ。たまたま見かけたから良かったが迷子になんかなったらどうするんだ」
 いや、一応こいつも小学校では最高学年だからそこまで心配する必要ないんじゃないか? とも言えないだろう、中河は友人の妹を心配してくれているのだからな。
「もー、国木田くんから電話あったから心配したんだからね? ちゃんとしなきゃダメだよ!」
 お前には言われたくないなあ。買ったばかりのコーラの缶を振りそうな勢いで妹に説教されている俺なのだった。
「じゃあ俺は買い物があるからこれでお別れだ。妹さんに心配かけるなよ」
「あ、ああ。すまなかったな、わざわざ」
 妹の世話までしてくれる友人というのは嬉しいのだが今回ばかりは国木田といい親切すぎるぜ。ある意味友人に恵まれているとは思うのだけどな、いい奴ばかりだ。そういえば他にもWAWAWAとか言いそうな奴もいたが思い出の中にだけ生きているよ、うん。
 と、ここで中河がそのまま帰るのかと思いきや妙な顔をして立ち止まっている。その視線の先には、
「――――――――――?」
 これまた小首を傾げる周防九曜がいるのだった。
「どうした中河?」
「いや、何となくなのだが彼女に会った事があるような気がするのだが……」
 まさか、そんな事はありえない。九曜はまだ生まれて間もないしSOS団とも関係ないから中河との接点など皆無だ。九曜も無表情だが、これはいつもの事なので判断の基準にはならない。
「なあ九曜、お前に心当たりはないのか?」
「―――――はて――――――――――?」
 まあそうだろうな。中河もあまり気にしなかったのか、
「どうも勘違いのようだな、すまん。では俺はこれで。…………長門さんによろしくな」
 手を振って街中に消えていった。その背中が見えなくなったところで気になったから九曜に訊いてみる。
「彼は――――――――――とても――――――興味深い――――」
 珍しく疑問系で話さない九曜に不思議な感じを覚えてしまうな。何がこの宇宙人の興味を引いたと言うのだろうか。
「――――――彼の――――瞳は――――――――――見渡せている――――――――――」
 なるほど、心当たりはある。あいつは前に長門の背後の情報統合思念体が見えてしまった為に強烈な一目惚れ騒ぎを起こしたことがあり、俺はそれに巻き込まれて熱烈なラブレターを本人の目の前で朗読するという羞恥プレイを味わった事があるのだった。
 その中河は長門により元に戻ったはずなのだが、同じ宇宙の親玉である天蓋領域を九曜の背後に感じてしまったという可能性も無いとは言い切れない。情報統合思念体と天蓋領域にどれだけの違いがあるのか分からないしな。
 将来的にまたも熱烈なラブレターを今度は九曜の前で朗読しなければならなくならないようにだけは祈りつつ、妹が大人しかったのでどうしたのかと思ってみたら。
「えー? そうなのー?」
「そうよ、妹ちゃんだってねえ」
 なんか仲良くなってた。会って数分も経ってないのに凄く仲良くなってた。何でだ? キョン子の手を繋いで楽しそうに話している妹を見ると何しに来たのかと言いたくなる。
「ねえねえ、キョン子お姉ちゃんってキョンくんの彼女なの?」
 お姉ちゃんって。SOS団の連中にさえ、ちゃん付けなのにどうしてキョン子だけお姉ちゃんなんだよ。
「ん〜、なんとなく」
 それだと朝比奈さんが可哀想だな、一番年長なんだけど。しかも兄に向かってはお兄ちゃんと呼んでくれないのに何故だ。いつの間にかキョン子にくっ付いた妹は「お姉ちゃん」のオンパレード状態である。
 しかもキョン子も嫌な顔一つせずに相手をしている、というか慣れている。子供が好きなのか?
「じゃなくって、あたしにも弟がいるからね」
 そういえばそうだ、しかも性格は妹とほぼ変わらないと考えれば同性である分だけ扱いやすいのかもしれない。妹も懐くはずだ、お兄ちゃんは寂しいけどな。
「くよーちゃんもー!」
「――――――いえーい――――――」
 って、気付けば妹を中心に馴染んでる。九曜と妹はお子様同士気が合うのかもしれないな、見た目は姉妹には…………見えない。それどころか九曜の方が年上であるはずなのに妹の方が偉そうというか年上に見える。あいつも妹が欲しかったのだろうか、それを見守るキョン子は本当にお母さんみたいだ。
 何というか、ほのぼのした絵面だなあ。温かい気持ちでそれを見ている俺は父親とはこんなもので幸せを感じるものなのかと思いつつ、
「っと、待てよ? 確か中河は小さな子たちって言ったよな。妹以外に誰か居るのか?」
 キョン子たちと戯れている妹に、
「おい、お前一人で来たんじゃないのか?」
 と訊いてみると、くるくると周囲を見渡した。そして首を傾げる。
「あれ? 一緒に居たんだけど〜」
 おいおい、はぐれたのかよ。中河も居たからそんなに遠くには行ってないのだろうが、と俺も見回してみると。
「あ、いた…………お兄さん?」
 なんだ? 俺をお兄さんと呼んでくれる女の子が居るなんて、
「って、ミヨキチじゃないか。君まで来てたのか?」
 妹の同級生とは思えないほど大人びた雰囲気は、しばらく見ないうちに一層清潔感を増している。並んで立てばウチの妹なんか姉妹にしか見えないだろうな。ヘタをすればハルヒ達と同級生と言っても信じられるんじゃないか。
 ミヨキチこと吉本美代子に会うのは久しぶりだ、相変わらず人見知りするようで恥ずかしげに俺達の前に歩いてくる。