『SS』 冬枯れの空に輝く星は


「さっむいなあ〜」
 そう言いながらあたしはバタバタと走り回っている。奥の部屋にしまい込んだはずなんだけど、どこを探しても見つからない。こんな時、家が広いってのは邪魔っけでしかないね。なんて言ったら贅沢ってもんだけど。
 普段着の着物の裾を端折り、あたしは何度目かの往復で廊下を走り回っている。お手伝いさんも居るんだけど、自分のモノは自分で探した方がいいに決まってる。その代わり、見つけた後は美味しいお茶でも淹れてもらえれば十分ってもんだね。
 正直なところ、物置になってる部屋なんていくつもあるし、外に蔵もあるから探し始めたらキリが無いんだけど、あたしが小さい頃使ってたはずだから多分家の中にあるはずだ。そう思って目星を付けては外してるんだけど。
「むう〜、ここにも無かったかあ」
 積み上げた荷物を見てため息を一つ。頼まれたのは夜までにって事だから、見つけて手入れしてたら時間が足りないんだよなあ。
「ちょっと困ったかな?」
 最悪の場合、新しいのを買いに行くって手段もあるんだけど、それはそれで新品だと遠慮されそうだし。まあハルにゃんはそういうの気にしそうもないけど、キョンくんなんかは気にするタイプみたいだね。
 …………あまりキョンくんに気を使って欲しくないんだけどな。
 だからってワケでもないんだけど、あたしは幾つ目かの部屋の中を漁っている最中なのだ。そして、
「あ、あそこかな?」
 押入れの上に作った棚に乗っていた箱を見つけて、あたしは微笑んだ。ちょっと狭いけど中に入って箱を取り出す。
「おー、これこれっ!」
 引っ張り出したそれを見て、ついつい懐かしさを覚えちゃうね。小さい頃は夢中になってたもんだよ。あの頃のあたしには不必要なくらいに高性能だったけど、今なら使いこなせるかな。
 ということで、こいつを整備してからハルにゃん達をお迎えして――――――――――と、ここで部屋を見渡してみる。
 うん、当たり前だけど散らかってる。そんで、あたしも埃だらけだったりして。時間を確認すると、ちょいとまずいかもなんだよなあ。
 よしっ! 決めた! 部屋の片付けは申し訳無いけど頼んじゃって、あたしはお風呂に入ろう! そうじゃないと間に合わないや。
 箱をしっかりと抱きかかえたまま、あたしはお風呂場へと走り出していた。お風呂から上がったら、これを使えるようにしないとね。気持ちは既にこの後へと飛びながら、あたしはとりあえず埃っぽい体を洗い流すことにしたのだった。






 お風呂から上がって、今度はハルにゃん達と会うから洋服に着替える。普段着の着物姿はみくるとキョンくんくらいしか見たことないかもね、ハルにゃんたちが泊まりに来たときはあたしもパジャマだし。
 まあ、みくるは親友だし特別だし、キョンくんは……………うん、ちょっとね。おっと、着替えるのに時間かけてちゃいけないや。とはいえ着物と違って着替えるのは早いから、あっという間に着替え終わってから押入れから引っ張り出した例の物を整備にかかる。
 綺麗に拭き上げるとレンズに曇りなどないか確認する。三脚のネジが緩んでいないか、部品に足りないとこはないか、何といっても前に使ってたときはあたしがちっちゃかったから部品の一つや二つ無くしていてもしょうがない。
 まあ、杞憂に終わったみたいだけどね。組み上げたブツを見て一人満足して頷く。これならハルにゃんだって満足してくれるかな? 一樹くんなら最新機種を用意しちゃうんだろうけど、それはそれでややこしいし、使いにくかったりしちゃうんだよ。それならあたしが使い方を分かってたら説明も出来るからね。
「おし、まだ余裕だね」
 お茶でも飲みながらゆっくりと、と思ったら傍らに置いた携帯電話が鳴り出した。おや? 誰だろ。と思ってディスプレイを見ると、
「あれ?」
 何だろ、ちょろんと嫌な予感もしなくはないけど、まあ出ない訳にはいかないやね。ということで電話に出てみると、
「…………あ〜、そっか」
 予感的中ってやつ? だけど、ハルにゃんだからなあ。それに、電話越しとはいえちゃんと謝られちゃうと怒れないんだよね、この子の場合は。
「ふむふむ、そんで他の人には…………あっそうなんだ、うん…………了解! ああいいよ、どうせ部屋の隅に転がってたもんだし」
 あんまり恐縮されるとこっちが困っちゃうなあ、普段のハルにゃんを知ってると特にそう思っちゃう。とはいえ、この子って本当は礼儀正しい子だからね。先輩風を吹かせる気もないけど、気を使ってくれるとこもあるんだよ。ほんと、こういうとこをキョンくんにも見せてあげたらいいのに。
 なんて、ちょっとだけ思いながらハルにゃんとの通話を切ると、あたしは押入れの奥から引っ張り出してきたそれをポンっと叩く。
「ごめんね、折角だけど出番がないみたい。まあ久しぶりだから、何日か片付けないでおいてあげるよ!」
 何だったら一人でも使ってみてもいいかも。久しぶりに童心に戻るっていう程、昔でもないはずだけどね。うん、それはそれでまあいっか! 何にしても久しぶりの対面だからね。
 こうして、バタバタと用意したけど残念ながら無駄に終わったと思ったあたしが洋服から寝巻き代わりの着物へと着替えようとしていた時だった。
 なんと、急な来客があるとお手伝いさんに言われてしまったのだ。まあ、夜というには早いけど、それでも親しい仲にも礼儀ありというか、ちょっとウチに遊びに来るには遅いくらいの時間帯だ。
 でも、すぐにピンときたあたしはそのままお通ししてもらうように頼んだ。就業時間ギリギリになって申し訳ないっ! といっても、昔からウチで働いてくれてる人なので大丈夫なんだけどね。それにしても、これはわざとなのか天然なのか判断に迷うなあ。いや、これから来る子には罪は無いんだけどね。
 廊下を歩く足音が二つ。あたしはズボンを穿いているので胡坐を組んで、腕組みして待つ。そして足音は部屋の前で止まり、なにやら一言二言あった後で一つ足音が遠ざかった。うんうん、ちゃんとお礼を言えるってのが今時の若者としては偉いねっ。そういうさりげないところがみんな大好きなんだ。もちろん、あたしだって。
 さあ迎えてあげよう、最高の笑顔で! 障子が開き、少しだけ困った顔の彼が、
「すいません、遅くなりまし…………た?」
 あたししかいない部屋の様子を見て益々眉根を寄せるのを面白く眺めながら、
「やあやあ、キョンくん! 無駄足ご苦労様っ!」
 って言ってあげちゃうのさ! 「あのバカ……」と言いながらがっくりと肩を落とすキョンくん。やっぱりハルにゃんはキョンくんにだけ連絡忘れをしてたみたいだ。ほんと、何でだろうね?
 と、そんなとこに突っ立っててもしょうがないよ。あたしはため息を吐いてるキョンくんを部屋に招き入れたのだった。





「それで、どうしましょうか?」
 あたしが淹れたお茶を一口飲んで落ち着いたキョンくんは、困ったように問いかけてきた。ふむ、どうしよう? 計画の立案者であるハルにゃんは欠席が決まってるし、今更他の人たちを呼ぶのもなんだかなあ。
「仕方ないですね、俺もこれでお邪魔します」
 いやいやいやいや! それはそれで申し訳無いというか、帰っちゃやだっていうか、帰らせたくないっていうかの、まだ一緒に居たいんだ。って思ってたら、気付けば立ち上がろうとしていたキョンくんの服の裾を掴んでた。
「えっと、鶴屋さん?」
 キョンくんが驚いてる。そりゃそうだよね、あたしもビックリしてるよ。何でこんなことしてるんだろって。
「え、ええっと〜……」
 やばい、何か言わなきゃ。そう思えば思う程に言葉が出てこなくなっていく。でも、手だけは離せない。
「あ、いや、ね? ほら、せっかく用意したのに使わないのも勿体無いじゃない? だからさ、ちょこっと予行演習としゃれ込まないかい?」
 しどろもどろになりながら必死になってよく分からない事を言っている。おっかしいな、どうしたんだろ。頭の中がこんがらがって、
「そうですね」
 え? 自分で言っておきながら驚くあたしに苦笑しながらキョンくんは座りなおす。
「まあハルヒのアホが連絡を忘れたのも悪いんですから。俺でよければお付き合いさせてもらいます」
 それで、どうしましょう? キョンくんが同じ質問をしてくる。あたしは満面の笑みで、
「じゃあ、行こっか!」
 そう言って立ち上がった。やっぱりキョンくんは優しい、あたしのワガママにだってちゃーんと付き合ってくれる。それだけで十分だ!
「分かりました」
 当たり前のように道具を持とうとするキョンくん。だから、そういうのを見せてあげたらいいのにねっ?
 でも、あたしにだけに見せてくれてるなら、それも嬉しい。先輩だからってのもあるかもだけど、女の子を優先してくれるのは男の甲斐性ってやつだし。
 だから、あたしもちょっとだけ大胆に。でも、分らないように。
「行くよ、キョンくん!」
 自然に見えるように手を伸ばす。キョンくんも当然のように手を握ってくれた。
 慣れてる、のはハルにゃんのせいかな。それっていつも一緒だから、だよね。チクッとだけ胸が痛いけど、平気。
 あたしはキョンくんの手を引っ張って部屋を飛び出した。後ろからキョンくんの口癖が聞こえて。
 ゴメンね、ほんの少しだけ。いつものあたしと、あたしらしくないあたしにお付き合いしておくれっ!