『SS』 たとえば彼女か……… 10

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 どうやら焦っているのは俺一人らしい。というのも、俺を中心に四人の女性に囲まれているのだが姦しい事この上ない。両腕はキョン子とミヨキチに抱え込まれ、後ろを九曜と妹が手を繋いで歩いているという傍目から見れば死刑確定の構図なのである。
 しかも俺越しの会話というのが、
「で、どこに行きたいの?」
「んーと、どうしよう?」
「ええと、お兄さんが行きたいところで」
「―――――もなずく」
 何と自主性のない奴らだ。こんな時こそ似非スマイルの超能力者のような仕切る奴の重要性が分かるな。それに俺としては決めろと言われれば二人には帰ってもらいたい。妹たちの為でもあるんだ、もしも追いつかれて巻き込まれでもしたら大変だ。
 という事で俺の作戦としては適当に歩いているように見せかけて徐々に駅へと接近していくという流れに持って行きたかった。何だったら同じ電車に乗って帰ってもいい、裏をかくならそれもありだろう。
 我ながらいいアイデアだ、と思っていたのだが、俺の目論見はあっさりと覆されたのだった。というのも、
「ねぇ、どっかで休んだ方がいいんじゃない? 妹ちゃんもミヨキチちゃんもずっとキョンを探してたんだし」
「あたし平気だよー」
 確かに妹は元気なのだが、
「ミヨキチは大丈夫か?」
「え、私は大丈夫です」
 そうは言うが華奢なミヨキチが妹に合わせて歩き回っていたのだ、疲れていないはずもない。それにいち早く気付いたのは流石キョン子というべきか。同一人物なのに気配りの点で全然及ばない、それも同性だからなのだろうか。
「そうだな、少し休むか」
 という事でキョン子が休憩場所に選んだのは。
「何でだ?」
 普通はファーストフードか喫茶店だと思うのだが。
「ついでだからね。ちょっとだけいいじゃん」
 そりゃまあ、まともにデートらしいことはしていなかったから気持ちは分からなくはないのだけれど、
「居場所がないんだよ!」
 何で俺が女性用ファッションの専門店の内部に居なくてはいけなくなってるんだ。
「素直にブティックって言えば?」
 いや、ちょっとそれで合ってるのか自信なかったもので。そんな事よりも、
「お前はいいだろうがミヨキチや妹はどうするんだよ。それに九曜もいいのか?」
「みんなもいいよね?」
「わ、私はここがいいです」
「あたしもー」
「いい―――――」
 多数決の結果、俺の羞恥プレイが決定した。あのさ、俺色んな意味で逃げ出したいんだけど。ていうか、逃げてる最中なんだよ? いいのか、これで?




 ワイワイと騒ぐ女性陣に比べ、それを見ている俺の立場の無さたるや見る影もないぞ。精々隅の方で所在無げに立っていようと思っていたのに、
「ちょっと選んだから見てくれるよね?」
 というキョン子の一言により試着室の前に立ち尽くさなければならなくなったのだ。周りを見ても女性しか居ない、どう見ても彼女待ちの俺は好奇の視線を浴びるしかなかった。
 若干自意識過剰かと思わなくも無いが、四人の女の子を引き連れて着替えを待っているのだから見るなと言う方がおかしいのかもしれない。現に店員の視線は間違いなく俺を見ている、何でこいつが? といった感じで。自分でも分からないんだから答えようもないのだが。
 そんな恥ずかしすぎる時間を過ごした俺なのだが、ようやく着替えも終わったようだ。まず最初に顔を出したのは今回の場所に一番縁の無さそうなマイシスターだった。
「へへ〜、どう? 似合う?」
 水色のワンピースか、確かに似合っている。だが、わざわざここで買うようなもんでもない気がするな。
「お袋に頼んでみたらどうだ? もしかしたら買ってくれるかもしれんぞ」
 似たようなデザインの服ならきっと量販店にもあるだろう、俺以外の人間にはあまり我がままを言う方ではないので買ってくれるかもな。
「うん! 今度お母さんに聞いてみるね」
 いや、もしかしたら本当にここで買うかもしれん。少なくとも値札を見れば俺などは諦めるが、女の買い物とは得てしてそういうもんだからなあ。
 妹の服の購入により俺の小遣いに増減が無い事を祈りつつ、次に試着室の扉を開けたのはミヨキチだった。ほう、と感嘆の声が口をつく。
「ど、どうですか……?」
「いや、似合ってるよ。とても妹と同じ年には見えないくらいだ、可愛いんじゃないかな? それ」
 俺の語彙が少ないので褒め言葉など大して出てこないが、本当にミヨキチは綺麗だった。シンプルな白のワンピースなのだが、ミヨキチが着ると清楚な感じに見える。
「でも妹さんと同じものにしたんです、色違いで」
 そうなのか? 同じデザインなのにこの違いは何なのだろう。妹が着ていた時には幼さを強調するようにしか見えなかったのに、ミヨキチが着ると途端に深窓の令嬢のようになってしまう。白という色の清潔感と相まって、小学生とは思えない大人びた印象を与えるミヨキチは褒められたからか頬まで仄かに赤く染めているのだが、それがまた色気すら感じさせるのだから末恐ろしいな。
 妹と友人でいてくれることに感謝するしかないような大人のミヨキチが照れているのを温かい気持ちで見ていると、
「え、ええと、そのー、私でもお兄さんの隣にいてもいいんでしょうか……」
「当たり前じゃないか、ミヨキチが誰か年上の人がいるなら言ってきてくれよ」
「…………そうじゃなくて、なんだけど」
 何だ? 小声で何か言っていたようだが。とにかく良く似合うよな、
「ミヨちゃん可愛いー」
 と妹が抱きつきそうなのだが売り物で試着してるだけだから止めてくれ。ミヨキチも慣れているのか、
「ありがとう、お揃いだよ」
 上手い事、妹の手を取ってあしらっている。この二人も仲がいいんだよな、妹と友人のじゃれ合いを温かく見守っていると、
「……ロリシスコン」
 などと俺という人間の尊厳をまったく無視するような暴言を聞かされるのである。縮めてまとめてんじゃねえよ、それに俺はロリコンでもシスコンでもない。
「だったら、あたしだけ見てればいいのよ」
 と言いながらキョン子は試着室を出てくる。その姿は、
「どう、かな?」
 いや、そう言われても。言葉が無いので何も言えない。ええと、キョン子もワンピースだった。それも白の。
 しかも似合う。ミヨキチも似合っていたのだが、キョン子も負けていない。清楚なお嬢様というよりも明るく元気なのに真面目そうな、というか可愛いのだ。自分でも何を言っているのか分からないが、とにかくキョン子に見惚れてしまった。しかもキョン子はわざわざポニーテールも結いなおしているのだ、それがまた似合う。魅力が八割増なくらいに似合う。十三割と言ってもいいくらいに似合う。似合いすぎる、可愛すぎる。これが俺なんて嘘だ、これはキョン子だ、こんな可愛い子が異世界であろうが俺のはずはない。
「ちょっと、何か無いわけ?」
 キョン子に声をかけられるまで俺は呆然と見惚れていたらしい。ちょっとだけ焦る。
「い、いや、似合ってるんじゃないか? その、可愛いぞ」
 今更ながらキョン子に可愛いなんて言うと恥ずかしい、もう一人の俺でもあるのだから自己愛みたいじゃないか。
 


 なんてのは言い訳なのも自分でも分かっている。
 本当に可愛いのだ、目の前の女の子が。俺の心臓が早打つくらいに。自然と頬が熱くなるくらいに。
 


「そ、そうかな…………ありがと」
 褒められて頬を染めるキョン子を見て、また胸が熱くなる。いかん、こいつ可愛い。今まで感じたことがないこの胸の高まりは何だ? 思わずキョン子の手を取りそうになると、
「あ、あの! 私だって似合ってますよね?」
「え? ああ、ミヨキチも似合ってるぞ」
 って、何故急に声をかけてきたんだ? おかげで少し頭が冷えたけど。
「あたしもー!」
 ああ、お前だけは違う意味で似合ってる。だからあまり服が皺にならないように早く着替えなさい、買い取りとか言われたらどうするんだ。
「でも、あたしの方が似合ってるわよね? これ、妹ちゃんと同じやつなんだけど」
 え? お前もなのか? 驚く俺をよそにキョン子と妹は、
「お揃いだもんねー」「ねー」
 向かい合って笑っていた。という事はミヨキチと同じでもあるはずなのだが印象というのはこうも違うものなのか。活発な妹、清楚なミヨキチ、可愛いキョン子と同じ服装なのにまったく別物に見えてくる。
 女とは凄いもんだ、と改めて感じるな。というのも、
「だから、あたしが一番似合ってるよね?」
「わ、私ですよね?」
 だから聞かれても困るんだって。それぞれの良さがあるなどと言うのはどうやら通用しないらしい。しかも同じデザインだから服を褒めるというのも出来ないという。
 妹を先に着替えさせて正解だった、これであいつまでいたら場がうるさくて店を追い出されそうだ。というか、現状においても周囲の視線は釘付け気味なのだが。二人の女の子に迫られてオロオロしているのは冴えない顔した高校生なのだから、店員の温かな目が逆に辛い。
「あたしの方が可愛いよね?!」
「私ですよ!」
 お、おい、ミヨキチ? キョン子を押しのけんばかりに前に出てきたミヨキチは上目遣いで俺を見上げてくる。その瞳がわずかに潤んで見えるのは気のせいだよな? 雨に濡れた子犬のようないじましさを感じさせるミヨキチがキュッと唇を結んで俺を見つめているのだ。
 こいつ、本当に妹と同い年だよな? 清楚だったお嬢様が訴える様な目で俺に迫ってくる。
「何してんのよっ?!」
 それで黙っていられるような女はここには居ないのだ、何故か。キョン子はミヨキチと張り合うように俺の腕にしがみ付くと、
「あたしのキョンだって言ってんの!」
 おい、誰が誰のって、
「そんなの分かんないですっ!」
 ミヨキチまでかよ?! 俺の腕にしがみ付く、のではなく引っ張り合う。いや待て、待ってくれ! やばい、店員の俺達を見る目がやばい!
「ちょっと待て、お前ら! せめて着替えろ、まだ試着中なんだぞ、それ!」
「ねえねえ、何やってんのー?」
 コラ、まだ着替えてるのに出てくるな! 下着姿の妹を慌てて押し込める。ちぇ〜、って何を期待してたんだ、お前は。
 まったく、皺にならないように妹に注意したばかりなのに何でこうなるんだよ。
「ほら、お前らも着替えてくれ」 
 キョン子とミヨキチ、それぞれの肩を押して試着室に放り込む。
「後でキョンが買ってくれるんだと思ったのになー」
 それは…………善処する。えへっと笑うキョン子に耳元で囁かれてしまったのをミヨキチに見られなかったのは幸いなのだろうか。
 三人が着替えている間に、こっそりと財布の中身を確認して何とかキョン子のワンピースが買えないかと算段していると、



 アラームが鳴り響いた! しかもランプは二つ点灯だと?!



 かなり接近されている、何処だ? 店の中から外を見ると。
 いた! はっきりと確認出来た訳ではないが、あのカチューシャを俺が見間違うはずはない。ハルヒだ、あいつがついに追いついてきたんだ! 
 幸いにバレていないのは、俺がこんな店に入るはずがないという思い込みのおかげだろう。実際に付き合いもそこそこ長くなっているから俺の行動を把握した上での判断であり、俺一人ならば正解なのだが、今回はキョン子のおかげで免れたというべきなのだろうな。
 遠ざかるカチューシャを見て安堵のため息が出る。しかし、状況としてはかなりの接近を許しているのだから早めにここを出て移動しなくては。
「おい、キョン子! ハルヒだ、あいつがいた!」
 焦った俺は試着室のカーテンを開けてキョン子を呼び出そうとして、
「あ」
 今まさにズボンを穿こうとしているキョン子を目線が合ってしまった。いや、正確に言うとフリルなんか付いてる白い下着に包まれた丸いお尻から上に上がっていったから視線が合ったという事なのだけれども、
「あ、あぁ…………う〜っ!」
 悲鳴を上げなかったのは偉いが、代わりに大きな音と共に俺の右頬に真っ赤な手形が付いたのは仕方の無い事なのだろう。何というベタなお約束だ、それに引っかかる俺もどうなんだ。
 しかし、それどころではない。ビンタの音に驚きながらも無事着替えたミヨキチと妹は真っ赤な顔をしているキョン子がそれでも俺の腕にしがみ付いているのと、俺の頬の手形を見て不思議そうな顔をしていたが説明する暇はないのだ。説明も出来ないけどな、着替え中にカーテン開けてパンツ見ましたとか言えるか。
 それに問題がまだある。
「…………静かすぎるわね」
「ああ、オチ担当の自覚はあるらしい」
 ようやく落ち着いたキョン子と俺はまだ開いていないカーテンを見つめていた。言わずと知れた九曜がこの中にいる。あの騒ぎの中で何もしなかったのだから自信があるのかもしれないけれども、もう付き合ってやれる暇は無い。なので、
「おい九曜! 急いで店を出るぞ!」
 とカーテンを開けて、
「って、すまん!」
 一瞬で回れ右と背中を向けたのだった。何故ならば、
「―――――セクシー?」
 とポーズをつけている九曜は妙に似合う黒の下着姿だったからだ。見た目だけは高校生というか美人なのを忘れていた、あれだけ気をつけていたのにまさかこっち方面で攻めてくるとは思わなかったんだ。
 膨らみについては無いのだが、やや透けているレースの黒の上下は一瞬で俺の脳裏に焼きついてしまったじゃないか。改めて周防九曜の肌の白さなどが際立って思い出されてしまう。
「九曜ーっ! お前、それはずるすぎるだろ! 汚いわよ!」
「お、お兄さんを誘惑しないでくださいっ!」
「わー、くよーちゃんカッコいいー!」
「―――――試着して―――――みたよ―――――?」
 どこにあったんだ、下着なんか。それに下着類は試着禁止だろ、普通は。
「え、ええと、私も…………」
 やめろミヨキチ! 自分を見失うんじゃない、俺はここを早く離れたいんだ。
「頼むから早く着替えてくれ、ハルヒが戻ってくるまでに逃げるぞ」
 背を向けたまま言うのが精一杯だ、それにキョン子が俺をホールドしているからもう振り向けないしな。
「―――――あい―――――」
 九曜の声と同時にカーテンが閉まる音がしたかと思うと、一瞬で再び開いた。
「―――――ジャーン―――――」
「わー! くよーちゃん凄い、あっという間に着替えちゃった!」
 妹の驚きでようやく振り返ると無表情で制服姿の九曜が立っている。だったら最初からそうやってろ、何で下着になるのに時間かかってたんだよ。
「見せたいからに―――――決まってる―――――じゃない―――――」
 ええと、それって、
「あー! いいから行くわよ! 九曜、後で罰だからね!」
 俺が九曜に真意を尋ねる前に腕を掴んでいるキョン子が九曜を反対の手で引いて店を飛び出した。
キョンくん、待ってー!」
「あ、お兄さん?!」
 妹たちも後ろを走って付いてくる。全然休めなかったあの店にはも二度と近づかないほうがいいだろう、というか入店拒否されるだろうな。
 大慌ててで走りながら、俺はとりあえず駅に向かう事にした。今度こそ妹が我がままを言おうが帰らせないと正直足手まといにしかならない。それにミヨキチをこれ以上巻き込むわけにはいかないだろう、何か雰囲気が変わってきてるし。






 そんな俺は傍らのキョン子と九曜の会話など聞いている余裕などなかったのだった。
「まったく、油断も隙もないわね。九曜、今回はやられたわ」
「―――――それは―――――あなたも―――――」
「何がよ?」
「あなたの―――――下着は―――――とても―――――勝負ね―――――」
「なっ?! あー、う、うっさい! あたしはその、いいのっ!」
 いきなり顔が赤くなったキョン子を見て、さっきの姿を思い出してしまい、俺の顔まで赤くなったのをキョン子に見つかってしまい、走ってるのに蹴られて転びそうになって、それでミヨキチがまた騒いで妹がそれに乗っかってって、キリがないから急いでくれーっ!