『SS』 俺の妹がやっぱりこんなに(以下略) 3

前回はこっちだよ!

「よう、久しぶりだな」
 今日二回目のセリフを言うと、相手は丁寧に頭を下げた。
「お久しぶりです、お兄さん。ええと、入学式以来ですね」
 もうそんなになるのか。北校の制服も良く似合う、妹の親友に俺は軽く手を挙げる。
 吉村美代子は小学生の頃から大人びていたが、今は深窓の令嬢と言われても納得しそうなほど落ち着いた雰囲気で俺の目の前で微笑んでいた。ミヨキチなんてあだ名で呼ぶのもそろそろ失礼なのかもしれないな。
「悪かったね、急に呼び出して」
「いえ、お兄さんの頼みですから何とでも。それよりも、あの子の事で相談なんてどうしたんですか?」
それは落ち着いてから話すとしよう。とりあえずミヨキチを連れて入ったのは懐かしのSOS団ご用達だった喫茶店だ。卒業以来、前を通る事はあっても出入りする事が無かったのは感傷に浸りたくなかったからでもある。だが、色々と都合のいい位置にあるのが改めて分かるな。
 以前の定位置だった席が空いていたのでミヨキチと二人で座る。自然と自分の座る位置が決まってしまってるのが笑えるな。
 適度に注文してから、俺はさっそく話を切り出した。
「なあ、妹なんだが、あいつ学校で浮いてないか? 何というか、ここ最近の言動を見ていると危なっかしくてな」
 危なっかしい言動で校内で浮いた存在になるというのは、同級生というか後ろの席の奴で経験済みだ。内容が違うが、あいつみたいになって欲しくないと思うのは兄心としては当然だろう。
 しかし、ミヨキチは俺の言った言葉の意味を確かめるように首を傾げた。
「あの、あの子が学校で浮いてるって何故思うんですか?」
 何故って言われてしまうと多少返答には困るが、普段を見ているとそう思うとしか言い様がない。
「あいつは無邪気というか、疑う事を知らないようなヤツだからな。不用意な発言で誤解を招くようなことがあったりしないかと思ったんだよ」
「不用意ですか…………まあ確かに子供っぽいところはありますけど」
 ミヨキチは形のよい眉を顰めてしばし考え込むような仕草を見せた。その仕草が妙に板に付いているのは、ミヨキチが不用意な話をしない証拠なのだろう。発言の前に考えてしまうタイプなので、ウチの妹とは真逆だろうな。あいつは考えるよりも前に話し出しそうだ。
「あの子が浮いているなんて思えないですね。むしろクラスでは中心になってますし」
「はあ? あいつが? クラス委員でもやってるのか?」
 その割には帰宅が遅くなるような様子など皆無なのだが。部活をやるでもなく、寄り道をするでもなく真っ直ぐに帰宅しては、自分の部屋へ戻る前に俺の部屋を覗きこむというあいつがクラスで中心になれるとは思えない。
「そんな事やってるんですか?」
「ああ。俺が講義とかで居なかったらメールが入るからな。気にせず遊んでくればいいのに何故か家に居たがるんだよ」
 するとミヨキチが呆れたように溜息を吐いた。それはそうだろう、俺としてもミヨキチと遊んでいた方がいいだろうと思うんだけどな。友人よりも帰宅を優先するようでは、心配する気持ちも分かってもらえるだろう。
「そういう意味じゃないんですけどね。まあ、それはそれとして」
 どういう事だ? と聞く前にミヨキチは話し出した。
「あの子、クラス委員はやってないですけど、話題の中心というか、人気があるんです」
 人気ねえ? 確かに人見知りはしないヤツだし、声もでかい。ハキハキと喋る方だから友人が出来やすいのだろう。我が妹ながら、その点では良く出来ていると感心していると、
「それに、モテますから」
 と言うミヨキチの発言に思わず口に含んだコーヒーを噴出しそうになってしまった。どうやら何か聞き間違ってしまったようだな。
「モテる? あいつが?!」
 凡そ俺の頭には無い単語だ、少なくとも妹に関しては。見た目は悪くないのかもしれないが、何と言っても妹なのだ。あいつがモテる? だったら兄である俺はどうすればいいのだ、哀しいくらいに独り者なのですけど。
「だって、あの子頭いいですし」
「何ィっ?!」
 またも予想外のワードが出てきたぞ! あいつが頭いいなんて、子猫を見た時に「あ、子犬だ」と言うくらいにありえない。何だ、この喩え。
「第一、あいつが勉強しているところなど見たことないぞ」
「授業をちゃんと聞いて、ノートを取れば大体出来るそうですよ。学校の勉強は覚えるだけだからって」
 どこかで似たようなフレーズを聞いた記憶もあるが、そんな事を出来るとは思いもよらなかった。親の言っていた北高よりも上が望めるというのは本音だったのかよ。
「それに運動も出来るっていうか、体育でも一番ですよ。運動部のスカウトを断るのが大変だって言ってました」
 そこは分からなくはない。SOS団の活動、それもハルヒの無鉄砲な行動についていけるくらいなのだからな。本人も身体を動かすのが嫌いではないようなので部活に入れば活躍しそうだが、中学時代から帰宅部だったんだよな。てっきり友人と遊ぶのを優先しているのかと思えば、家へと真っ直ぐ帰ってくるし、そこまで居心地がいいのかね。
「それに、私が見ても可愛いなって思いますもん。構ってあげたいというか、保護欲をそそるというか、って、すみません……お兄さんの前で保護欲なんて」
 いや、まあ分かるけど。実年齢を不明にさせてしまう幼さは俺の懸念材料でもあるが、一般的に見ればチャームポイントでもあるだろうからな。それは性別に関わらず発揮されるものらしい。そういえば朝比奈さんなども年上のはずなのに庇護欲というものを刺激されたものだが、妹を見るミヨキチも同じ様なものかもしれない。ただ、あくまでも同級生のはずなんだけどな。
 何にしろ、ミヨキチの語る妹像が俺の想像を遥かに越えてしまっていたのは事実である。あの妹が、成績優秀、スポーツ万能、おまけに可愛くて人気者と言うのだ。なんだ、その完璧超人は。
 ちょっと頭痛がしてきた。色んな意味で情報過多だ、ギャップがでかすぎてついていけない。ひとまず落ち着こうとコーヒーを飲む。どういう勢いか、一気に飲み干してしまった。落ち着け、クールになるんだ。
「ええと、事情は分かった。とにかく周りと上手くやってるならいいんだ、わざわざ呼び出して悪かったね」
 知った事を後悔しそうな気分だが、ミヨキチに罪は無い。出来るだけ悟られないように微笑みながら、とにかく話を切り上げようとしたが、ミヨキチの不審そうな顔を見て自分の失敗を悟る。
「あの、だからといって妹さんが誰かとお付き合いしているとか、そういう事実はありませんからね?」
 いや、そっちを心配している訳じゃないんだけど。何を勘違いしたのか、ミヨキチは乗り出さんばかりの勢いで妹の代わりに弁解しようとする。何でミヨキチが? という疑問もあるが、別に妹が誰と付き合おうと、
「あの子、告白されても全部断わってるんです! お兄さんが好きだからって!」
 何だとーっ?! 今度こそ俺は椅子からずり落ちそうになった。ミヨキチの勢いに押されたからというのもあるが、その内容が驚愕過ぎたからだ。
 しかもミヨキチは俺の内心など思いやることも無く、
「中学生の頃からずっとお兄さんが好きだって言い続けてましたから。私みたいな付き合いの長い子はみんな知ってますし、高校に入ってからでも余計な心配をかけないように周りの子達にも説明したんですから」
 待て待て! 何を説明してるんですか、あんたら?! 妹だぞ、俺は兄なんだぞ? どこの世界に実の兄が好きだと公言している女子高生がいるというのだ! ……ここにいるのか、現実とは何と恐ろしいのだ。
「あ、あのなあ…………そこは止めるべきだろ、友人として」
 一応年下でもあるので務めて冷静に語ろうとする俺。本当ならツッコミ所が多すぎて怒鳴りつけたい気分だぜ。
 とりあえず座りなおして、ミヨキチには説教をしなくてはな。世間というものは、二次元で出来ていないのだと。この国には倫理と常識というものがあるのだ、それを遵守することが生きていく上で必要なんだぞ。
 だが、ミヨキチは真面目な顔で、
「私も分かるんです、お兄さんが好きだっていう気持ちは。確かに兄妹ですけど、あの子は真っ直ぐですから気持ちを抑えられないんだろうなって。それに、変な男子と付き合うくらいならお兄さんの方がいいと思うんです」
 分からなくはないけど、あくまで付き合いたくない言い訳として俺を使ってるんだよな? それと、気持ちが分かるってミヨキチは確か一人っ子じゃなかったか?
「え、ええと、それは…………」
 あれ? 何で急に言いよどむんだ? さっきまでの勢いが嘘のようにモジモジと恥らうミヨキチは、高校生になっても変わらない大人しさだ。
 しかし、高校生故に破壊力に違いがある。小さい頃から妹についている姿を見ていなければ勘違いしそうなほどに整った顔立ちで頬を赤く染めている。もしも俺が同級生だったら一発で落とされるだろうな。妹がミヨキチの言うとおりだったら、二人が並んでいるというのは男子から見れば垂涎の的というやつではないのだろうか。
「まあ、いいか。妹には俺からも言っておくよ、本当に好きな人が出来るまではお兄ちゃん好きでも構わないしな。ミヨキチも妹が迷惑かけてるみたいで済まなかった、あんなのでも君みたいな友人が居てくれて助かるよ」
 あいつは友人に恵まれていると思う。少々引っかかるものはあるが、まあ俺をダシにするくらいはいいだろう。高校生活に慣れれば変わってくるものさ、俺なんかは一気に日常が変わっちまったけどな。あそこまで変わらなくてもいいとは思う。
 だが、ミヨキチは俯いて唇を噛んでしまった。軽く言ったつもりだが、怒られたと思ったのか? やがて顔を上げたミヨキチは真剣な顔で、
「…………お兄さんにお伺いしたい事があるんですけど」
 と言い出した。どうやら怒られたと思った訳ではなさそうだが、どうしたんだ?
「ああ、いいよ。勉強についてとかは答えられる自信ないけどな」
 どうも雰囲気がおかしいので冗談で誤魔化そうとしたが、ミヨキチは許してくれないようだ。
「あの、正直に答えてください。お兄さんは、その、と、年下の彼女とかに興味はありますか?」
 はあ? いきなり何だ?
「えっと、話の流れがよく分からないんだけど」
「いいから答えてください!」
 何故か俺が怒られた。よく見ればミヨキチは肩を震わせ、目が潤んで顔が真っ赤だ。あの恥ずかしがりなミヨキチが真面目に聞いているのだ、俺も真面目に答えないと嘘になるだろう。
 とはいえ、質問の意味が不明なんだけど。年下の彼女? そういうのは考えた事が無かった。はっきり言えば朝比奈さんや鶴屋さんのように年上に憧れる事はあっても、年下に興味など湧かなかったからな。それに、同級生にハルヒ長門もいた俺は高校卒業まで後輩との接触も少なかったし、気にする余裕なども無かった。
 現在では女性の友人も居なくはないが、男友達と遊ぶほうが楽しいくらいだ。こんな言い方も悪いとは思うが、高校時代に知り合った女性陣以上の存在に会えるとも思えない。よって、今の俺に年上だろうが年下だろうが恋愛的な質問をされても答えに窮してしまう。枯れてるとは思いたくないが、実際に興味も無いからなあ。
 それでも、目の前のミヨキチは小学生の頃から見ているが、美人になったと思う。妹よりも大人びていたが、高校生になった現在は十人いれば八人は振り返るかもしれないほどに目を引く少女となっていた。谷口あたりなら自分を省みずに声をかけてしまうだろうな。
 …………雰囲気でいえば、あの時の長門に似ているとも言えるかもしれない。大人しいけれど、しっかりしたヤツだったから。
「……お兄さん?」
 いかん、思い出に浸っている場合じゃない。ミヨキチが不安そうに俺を見つめている。自分の言ったことの大胆さに頬を染めながらも、俺の言葉を待っているのだ。
 こうなったら開き直って思いつくままに言うしかないだろうな。上手く言葉が出れば御の字だ、ミヨキチに嫌われないようにだけは注意しなければ。
 そこまで決めた俺が、「あー」と話しだそうとした時、



「ミヨちゃ〜ん? 何をしてるのかなぁ?」


 
 途轍もなく重い声に思わず振り返る。
 そこには、黒い炎を背中に背負った般若が居た。いや、これ、俺の妹だ!
「え、えと、あのぅ〜…………」
 妹の姿を見たミヨキチが泣きそうになっている。まるで朝比奈さんだ、小さく身を縮めて「ふみゅう〜」なんて言っているぞ。だとすれば、妹はあいつかよ?!
 その妹はズカズカと俺達の席までやってくると、了解も取らずにミヨキチの隣にどっかと座る。何という堂々とした乱入だ、呆然として何も言えない。
「抜け駆けはダメだよって約束したよねぇ、ミヨちゃ〜ん?」
 いつの間にかミヨキチと肩を組んだ妹は、泣きそうなミヨキチの頬を指で突いている。明るい口調だが、雰囲気が怖い。背景にネコとハムスターが浮かんでいるような気がしてくるくらいに圧倒的な力の差を感じてしまう。
「うぅ〜、ごめんなひゃい〜、やめてぇ〜」
 言う割にはされるがままのミヨキチ。ううむ、デジャブとしか思えない光景が目の前で繰り広げられている。胸に手がいかないのは単純にサイズの問題だな、ミヨキチよりも妹の方があるようにすら見える。
 っと、懐かしさが込み上げてくるような光景をぼんやり眺めている場合ではない。ミヨキチが涙目で『ふみゃぁ〜、お、お兄さぁ〜ん……助けてぇ……』と訴えているのだ。アイコンタクトを正確に読める才能だけは身に付いた俺としては止めるしかないだろう。
「コラ、ミヨキチは俺が誘ったんだからそれくらいにしておけ。というか、どうしてここに居るんだよ?」
「家に帰ったらキョンくんが居ないから探してて、ここの前を通りがかったらキョンくんが居るのを見つけたの。そしたら、ミヨちゃんまで居るからずるいーっ!って」
 まず探すなよ、ちゃんと家に帰ってるだろうが。それにずるいって何だ? お前もコーヒーでも奢って欲しかったのか?
「そ、そういうことにしておいてください……」
 何故かミヨキチが答えて、妹は当然のように胸を張っていた。
「分かったよ、適当に頼め。但しパフェとかは禁止だぞ、飲み物くらいにしておきなさい」
 え〜? と言いながらも店員を呼ぶ妹を見て溜息を吐く。これのどこが人気者なんだ? まるっきり構って欲しいだけの甘えん坊じゃないか。
 そんな俺と妹を交互に見たミヨキチまで溜息を吐く。
「………………上手くいかないなぁ」 
 ああ、分かるだろ? こいつの相手が大変だってことがな。するとミヨキチはもう一度俺を見つめて、大きく溜息を吐いた。何か間違った事でも言ったか、俺?






 結局、妹が騒々しくオレンジジュースを飲み終わるまで俺とミヨキチは話に付き合い、店を出てから、
「あたしはちょっとミヨちゃんと話してから帰るね! キョンくんはイイコで待っててね?」
「あ、あの、ありがとうございました…………また、誘っひゃわぁぁぁっ?!」
 妹は強引にミヨキチを引っ張って行ってしまった。というか、俺を探してたんじゃなかったのかよ? しかしつくづくデジャブを誘う光景だな、ミヨキチは長門かと思ったが朝比奈さんだったのか。となると、妹はハルヒになってしまう。
 …………成績優秀、スポーツ万能、見た目も悪くない、ねえ。
「…………勘弁してくれよな」
 これでハルヒよりも性格はいいのだ、クラスの人気者らしいからな。だが、言動の飛ばし方は団長並みだと思うぞ? お兄ちゃん好きを公言して認めさせるってどういう事だ。
「はぁ……帰るか」
 俺の見ていないところで妹は間違った成長を遂げてしまったのかもしれない。少なくとも、なっては欲しくない方向に育っているような。
 それでもクラスにも馴染み、ミヨキチのような友人にも恵まれているのだから良しとしなければならないのか。明るく元気で、人気者なら兄としては鼻が高いと言ってもいいのだろうし。
 やはり俺は兄馬鹿なのかもしれないな、と苦笑しながら俺は自転車を取りに駐輪場へ向かうのであった。






 そして俺は、自分の考えが甘すぎたのだと後悔する。したくなかったなあ、今回は。
 とりあえず、妹の本気を見誤った事だけが俺の失敗だった。