『SS』 たとえば彼女か……… 9

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 俺の前に立ったミヨキチはホッとしたように息をつくと、おずおずと小声で状況を説明してくれた。
「え、えっと…………お兄さんを探すのに電車に乗っていくから一緒に来てくれって」
「そっか、それは妹が迷惑かけてすまなかった」
 おまけに中河にも付き合わせてしまったからな、謝るしかないだろ。
「お前もミヨキチが一緒ならそう言え。勝手に走り回って迷惑かけるんじゃない」
 えー、と言ってる妹の頭を押さえて、
「ほら、お前も謝っておけ」
 そう言って頭を下げさせる。
「い、いいですよ、私もちょっと遠くに出かけてみたかったから。それに一人だと不安ですし」
「そーだよ、ミヨちゃんだってキョンくんの心配してたんだからね」
 心配してくれるのは嬉しいが、だったらはぐれたりするんじゃありません。へへ〜、と笑う妹を見て微笑むミヨキチを見てると本当に同い年なのか怪しくなってくるな、ウチの妹が。
「とにかくゴメンな、ミヨキチ」
「いえ、そんな……」
 うむ、本当に恥ずかしそうにしているミヨキチを見ていると小学生には見えないな。きっとクラスでも人気があるに違いない、妹などと友人でいてくれてありがたいもんだ。
 それにしても女子の成長期というものは男子よりも早いとはいうものの、ミヨキチはその中でも特別なのではないだろうか。足なども長いし、ある一部分においては俺の同級生よりも主張していると言わざるを得ないだろう。
 しかも礼儀正しく大人しいのだ、親のしつけが余程いいのだなあ。ウチの妹も素直という点ではいい方だと思うのだが、育ちの違いというものが出るのだろうか。
「あのぅ…………」
 なんだい?
「そちらの方はどういった人なんですか?」
 え? と、見るといつの間にかキョン子が俺の腕にしがみ付いていた。さっきまで妹と遊んでたはずなんだけどなって、
「おいキョン子、ちょっと強くしがみ付き過ぎだろ」
「…………む〜」
 聞いちゃいない。それどころかミヨキチを睨みつけている。
「おい、何やってんだ?」
「誰?」
 は? それよりも、
「いいからっ! あたしはこの子は誰って訊いてるの!」
 って、多分お前も知ってるだろ、性別は変わってるかもしれないが。
「妹の同級生だよ、吉村美代子。俺はミヨキチって呼んでるけどな」
「あ、吉村美代子です…………ええと、」
キョン子でいいよ、キョンの彼女だから」
 待て! どういう自己紹介だ! しかしキョン子は構わず俺の腕を抱え込んでしまっている。おまけにハルヒの時のようにあかんべをしそうな勢いなのだ、あのなぁ相手は小学生だぞ?
 どうしたというのだ、キョン子はまるで意地を張るように俺に抱き付いている。それを見ているミヨキチは困ったように、
「あ、あの、彼女さんってことはお付き合いしてるんですか? その、お兄さんと」
 その問いに当然のように頷くキョン子。だから俺の意思はどこに行ったんだよ、という抗議など聞く耳を持っていない。
「そう、あたしたち付き合ってるの! ねー?」
 いやいや、ねー? って。違うとも言えないけれども妹の同級生相手に俺達付き合ってるんですってのもおかしな話だろ。何でそんな事をわざわざ言わなきゃいけないんだよ。
「う、しまった、無自覚だった。いいの、お前は頷いたら」
 いやだから、と言いかけて、妙な気配に鳥肌が立った。何だ? 
 すると目の前のミヨキチが、
「…………ずるい」
 なんと泣きそうになっているのだ。突然の変化に戸惑うしかない。慌てて声をかけようとしたのだが、
キョンくーん、どうしたのー?」
 妹が近づいてきたのでミヨキチも涙を拭い、キョン子も少しだけ力を弱めてくれたので有耶無耶になってしまった。一体なんだったんだ、今のやり取りは。
「――――――砂場――――――?」
 それを言うなら修羅場だ。いや、修羅場ってなんだ? 相手は小学生だぞ、どこからそんな言葉を覚えてきたんだよ。 
「フラクラ――――――?」
 それもどうなんだか。大体フラグってのがまず無いだろ。
「九曜、キョンに言っても無駄だって」
 キョン子、お前が一番酷い。それと当ててんのよを実行したままにするな、子供の前で。妹が真似したらどうするんだよ。
「そんな事よりこの後どうするの?」
 そんな事扱いで流された。だが妹たちをどうするかというのは問題だ、一旦駅まで送るというのが正しい選択だと思うのだが。
「え〜? もっと遊びたい〜!」
 まあそうなるよな、ここまで遠出した妹が黙って帰るとは思わなかった。かといって付き合う訳にもいかないのもまた正しいのだ、今こうしている間にもアラームが鳴る可能性は高くなっているに違いない。
「我がまま言うな、駅までは送ってくから大人しく家に帰るんだ」
「やだ〜! キョン子お姉ちゃ〜ん!」
 コラ、キョン子に助けを求めるな! 俺にしがみ付いてるキョン子の後ろに隠れる妹を引っ張ろうとして苦笑しているキョン子が、
「まあいいんじゃない? 移動ついでに少しだけ遊んで帰ろうよ」
 なんて言うものだから、すっかり妹はキョン子に懐いてしまっている。というか、状況判ってんのか?
「大丈夫だよ、アラームも鳴ってないし。それにあたしも、もうちょっと妹ちゃんと一緒に居たいからね」
 なんともお気楽なキョン子に、
「――――――では――――――」
 何でお前が妹の手を握っている。キョン子と九曜に両手を繋いでもらって満面の笑顔の妹に今更帰れと言えない雰囲気になってしまった。しかも、
「おぉ? ど、どうした?!」
 なんとミヨキチが俺の腕にしがみ付いてきたのだ。九曜が妹側に居るものだからポジションが空いていたというのもあるが、あのミヨキチがこんなに大胆な行動に出るというのが意外すぎて反応出来なかった。
「ミヨちゃんも一緒だよね〜」
 妹の言葉に何度も頷く。キョン子はちょっとだけ嫌な顔をしたが妹の手前何も言えないようだった。いや、何でキョン子がそこまでミヨキチに敵対するのかが分からない。とにかくミヨキチがしがみ付いてから当ててるというか押し付けてきているのだが。
「あ、あの、お兄さんさえ宜しければ私も一緒に遊びたいんですけど……」
 腕を抱えこまれているのに小声で恥ずかしそうにそう言われたら断わりようも無い。妹もいるからミヨキチだけ先に帰れというのも酷な話だろう、そう言われない様に先回りして抱きついてきたのかもしれないな。まあ可愛いもんだ、どうせおまけを連れて行くのが決まってしまったのだから、
「分かってるよ、妹の相手を頼むな」
 と言ってもキョン子と九曜が手を繋いでいるので付き合ってくれるだけでも十分だけどな。するとミヨキチは何か複雑そうな顔をして、
「え、ええと……はい……」
 とりあえずは頷いてくれたのだが、俺の腕から離れる事は無かった。妹の傍じゃなくていいのか?
「うーん、いくら何でもちょっと可哀想かな」
「――――――でも―――――お約束――――――?」
「ミヨちゃんがんばれー」
 外野がうるさい。というか、何を頑張るのだ妹よ。などと思っていても仕方が無い。やれやれだ、お兄さんなんて言ってくれるのはミヨキチだけだし、本当の兄のように甘えたいのかもしれないな。
 とにかくミヨキチが俺から離れる事のないままで移動を開始したのであった。
「私……頑張りますから」
 そう言ったミヨキチが腕に抱きついた力を込める。
「あ、あ、あて、て…………」
 無理すんな、そんな事しなくても普通に腕を組むくらいならいいから。何よりも今回は当てっぱなしの奴がいるんだし。
 しかし、その当ててんのよ、なポニーテールの彼女よりも実は膨らみが大きく柔らかいんだよなあ。
 なんて事を考えてたら思い切り足を踏んづけられた。誰に、なんて言う必要ないよな?
「スケベ、ロリコン
 だから何で俺の考えてる事が分かるんだ、俺の周囲の女どもは。というか、ロリコンじゃない!
「うっさい、こっちにだけ意識を集中してろ!」
「わ、私も!」
 うわっ! 二人で引っ張るな、コケる! 危ないから止めろって!
「ミヨちゃんやるなあ」
「―――――ここは―――――ひとつ―――――」
 って、背中に乗るなーっ! いくら軽いとはいえ二人がかりで背中に張り付かれたらバランスが崩れる! 大騒ぎでよろめきながらの珍道中は進むのであった。って、これ追いつかれたら逃げ切れないだろ。