『SS』 たとえば彼女か……… 22
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「―――――――みっくみくに―――――――してやんよ―――――――?」
「あなたには出来ないかもしれない」
多少セリフにおかしなところはあったが、緊張感は高まっていく。
「いくわ―――――――よ?」
九曜が構える。人差し指と中指をクロスさせて十字を作っているのは何かの合図なのだろうか?
「―――――――忍法」
「待てい! それはダメだ、そういうネタが通じる相手じゃない!」
朧八身分身など通用しないに決まってるだろ、長門の周りを走ろうものなら足をかけられるレベルじゃ済まされない。九曜の為にも止めねばならないんだ!
「―――――――影分身の術―――――――」
はあ? そのセリフと共に、
「なんだぁっ?!」
九曜が何人も現れた、っていうか、本当に分身しやがったー! そして長門に攻撃する!
「甘い」
そう言った長門が自分の右目を手で覆った。その手を離すと右目が赤く染まり、中心部に紋様が。あれは、
「あれは写輪眼?!」
知ってるのか、キョン子? というか、そのポジションなの?!
しかしバトルは本物だ、多数の九曜を長門が打ち落としていく。強い、けどおかしい。
「―――――――ゴムゴムの―――――――」
一人に戻った九曜が空中で思い切り体を反らす。待て、お前何て言った?!
「―――――ガトリング―――――――――」
九曜の髪が拳を作り、大量に伸びて長門に襲いかかる! って、攻撃方法は髪かよ!
「あの九曜の攻撃は別名『クヨーキッチン』と呼ばれているわ。半径十メートル以内なら九曜は無敵よ」
あからさまに混じってるじゃねえか! そんな解説いらないから!
「三天結盾。わたしは『拒絶』する」
長門の前面にシールドが張られ、九曜の攻撃は届かない。が、長門にはヘアピンが無い。何よりも、そんな術知らなかっただろ! 普通にシールドでいいよね?! なんて事言う前に九曜の攻撃は続く。
「―――――――じゃん拳―――――――ぐー」
かわす長門。
「ちょき―――――――ぱー」
悉くかわした長門が、
「ギャラクティカマグナム」
銀河を砕く左の拳を炸裂させる! しかし、
「―――――――テリオス」
カウンターのフックが長門のマグナムと相殺された。残されたのはファントムとウィニングだけのはずだが、持ちネタの数ならばこの二人は負けていない。
「―――――――X BURNER 超爆発―――――――」
その前にいつ用意したんだ、そのグローブ! しかもその拳が、
「三種の返し球の一つ…………羆落とし」
何故テニスラケットで返されるんだー! 一体いくつの引き出しを持ってるんだ、こいつら? 最後には左手にサイコガンなんか仕込まないでくれよ……
などという俺の心配をよそにバトルは絶賛進行中である。
「―――――――震えるぞ―――――ハート――」
あ、このフレーズは。
「燃え尽きるほど―――――――ヒート―――――――」
手で顔を覆うような独特のポーズ、まんま完コピである。
「―――――――山吹色の―――――――波紋疾走―――――――プラス―――――――ズームパンチ―――――――」
ズームパンチは確か腕の関節を外して捻り込む事によりリーチと威力を倍増させる必殺技だ。関節を外した痛みは波紋で中和だったな、こいつらに必要だとは思えないが。
「無駄」
当然のように長門は受け止めた。その手を払って距離を取る九曜。
「――――――オラオラオラオラ――――――オラオラオラオラオラオラオラ―――――――――オラオラオラオラオラオラオラオラ―――――――」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄」
九曜の無限髪の毛ラッシュを全て長門が弾き返す。これで無表情と棒読みのセリフじゃなければ迫力あるのに、この二人だとシュールにしか見えない。というか、髪の毛と拳が飛び交ってる絵がシュールじゃないなら、サルバドールはもっとまともな絵画だけで勝負していたと思う。
そんな打撃戦では埒が明かないのか、九曜が飛び退き距離を取る。そして、居合い抜きの構えを取った。今度は何しやがる気だ、このパクリ芸人。
「―――――――王虎寺超秘奥義―――――――暹氣虎魂―――――――――」
棒読みセリフと共に、虎の形をした衝撃波が飛び出した!
「そこは猛虎百歩拳だろ!」
ツッコミが違うぞ、キョン子! というツッコミが炸裂する前に長門までもが謎の構えと共に、
「神拳寺奥義・千步氣功拳」
巨大な拳が虎を粉砕したーっ!
「わたしがSOS団団員、長門有希である」
あー、それはハルヒが言うべきセリフかもなあ。それに胸を張っても棒読みだから迫力に欠ける。
よし、そろそろいいだろう。もうネタを探すのも面倒になってきたぞ、と天の声的なものも聞こえたし。
「いいかげんにしろ! さっきから何やってんだ、お前ら?!」
「――――――我々は――――――」
「生まれついてのジャンプっ子」
「誰がだーっ! 大体、長門は生まれてから四年しか経ってないし、九曜に至っては生まれたてホヤホヤじゃねえかっ! それが何でジャンプなんですかーっ?! そこは角川だろ? 百歩譲っても少年エース的な、エースアサルト風な、ヤングエース紛いな、コンプエースチックな何かで行くべきだろうが、オイィィィィィィッッッ!!!」
「ねえ、キョン」
あんだよ?
「お前のツッコミがジャンプというか銀魂風なんだけど」
ジャンプネタで中の人ネタですか、コラァ! という最悪なオチをつけてしまい申し訳ありません。
しかも、ツッコミながらもバトルは継続していたのである。
「――――――グレイテストコーション――――――」
え、何でそこだけ冥闘士?
「TFEIに一度見た技は通用しない」
いつ見たんだ、お前はーっ! でも、本当にかわすからどうしようもない。しかも、
「今度はわたしの番。見るがいい、顕微鏡座最大の奥義」
じ、地味過ぎる星座だな…………しかも、それって顕微鏡座の星の位置をなぞってるんだよな? はっきり言って、それで顕微鏡には見えないんだけど。
「ホーロドニースメルチ」
それ白鳥座! 原作だとロシア語表記だからアニメ版ではオーロラ・サンダー・アタックなんてベッタベタな名前にしたら、後でカミュからオーロラエクスキューション受け継いじゃってどうしようもなくなった技だから!
「凄い、さすがキョンね! ツッコミが的確だわ……」
全然嬉しくない。ツッコミしかしていない、この状況が嫌過ぎる。大体、九曜はともかく長門がここまで付いて来るとは思わなかった。俺んとこの宇宙人もすげえんだなあ。
「ええ、まさか九曜がここまで苦戦するとは思わなかったわ」
苦戦なのか? どう見ても出来合いにしか見えん。何というか、ネタ合戦だろ。どっちがよりマニアックなのかを競ってるとしか思えない。それで苦労する人がどこかに居る事なんか考えてもくれてないんだろうなあ。
「さっきから何言ってんの?」
ああ、心の叫びだ。二次創作の苦悩ってやつだ。それもどういう意味なんだ。
まさにカオス、これがToLoveるなのだろうか? まったく苺は出てこないが、100%逃げ出したい。
「イチゴならある」
と言った長門が九曜にハイキックをお見舞いする。と、それでなくても短い制服のスカートがめくれる訳で。そしてそこには確かにイチゴがあった。というか、ここまで狙っていたのかよ。
「冷静にパンツ見るな、この浮気者!」
結局俺の脛に激痛が走るだけなので止めて欲しかった。本当に止めて欲しかったんだ、得しただなんて思ってないんだからね!?
もう勘弁してください、ツッコミも辛いし脛を蹴られるのも嫌だ。何で長門と九曜が小ネタ満載のバトルをして俺が痛い目を見なきゃならんのだ。
だが、決着のときはやってきたのであった。
「――――――とお」
九曜が空高く飛んだ! そして、
「――――――これが――――――天蓋の必殺技だ――――――」
両手を開いて揃え、そのまま腰を捻って構える。
「――――――喰らえ――――――ギャリック砲――――――」
何だと?! そ、その技は! ということは、
「かーめーはーめー」
やっぱりだ、長門が九曜と同じ構えで技名を唱えている。
「なにい――――――ギャリック砲と――――――同じ構えだと――――――」
おお、棒読みで名シーンを再現している。けど、何でお前らそんなに詳しいんだ? あ、こいつらも宇宙人同士だ。
「――――――くらえー」
「波ー」
同時に放たれた気の塊が物凄い勢いで迫る。ここで俺は気付いた。
「やばい! この流れは負けフラグだぞ、九曜!」
そうだ、ギャリック砲はかめはめ波に押されてしまう。そして九曜は敗れるのか?!
「界王拳――――――十倍――――――」
お前が使うんかい! 何というノーテンピーカンバトルなんだ、これ。
そんな緊張感がどこにも感じられない衝撃波が激突し。
「キャアッ!」
「うわっ!」
流石にエネルギーの固まりがぶつかり合った衝撃に俺はキョン子を庇いながら蹲った。土煙が上がり、周囲が見えない。
「九曜! 長門!」
怒鳴りながらも視界が定まらない。キョン子を庇うだけで手一杯な俺は叫びながら二人の宇宙人が無事である事を祈るしかなかった。
やがて、土煙が収まり徐々に視界が晴れてくる。そして、俺達が見たものは。
「九曜!」
「長門!」
跪く二人の戦士だった。どうやらエネルギー切れのようだ、お互いに動けなくなっている。
すると、キョン子の目がキラッと光った。
「今だ!」
俺の手を引いたキョン子は、何だ? と言う前に九曜の元まで駆け寄ると、
「逃げるよ、九曜!」
反対の手で九曜の襟首を掴むと俺達を引っ張って一気に走り出したのだ!
「お、おい! 長門が!」
「大丈夫よ、死んじゃうようなダメージじゃないみたいだし! それより今の内に逃げちゃうよ!」
あの長門が、「あ……」と手を伸ばすしかないのを心の中で手を合わせて謝りながら、俺もキョン子に合わせて走り出した。
俺は思った。
本当に最強なのは宇宙人ではなく女子高生なのだと。
ポニーテールをはためかせ、スカートを翻して走るキョン子は必死なはずなのにイタズラが成功したような笑顔だった。
「――――――やった――――――よ――――――?」
襟首を引っ張られたままの九曜が親指をグッと立てる。
お前ら、本当に最強だよ。俺はため息をついて、明日長門と顔を合わせない手段はないか、と埒も無い空想に逃げ込もうとしたのであった。