『SS』 たとえば彼女か……… 37

前回は『SS』 たとえば彼女か……… 36 - 龍泉堂奇譚


 白皙の顔には何も表情は浮かんでいない。出会った時と同じ様な、作られたかのような無表情だ。
 しかし、周防九曜は出会った時とはまったく違う。違うようになった。それは、何も映さなかった深遠なる闇を彷彿とさせた黒瞳に満天の星空のような輝く光を宿したその顔を見れば分かるってもんだ。
 そして、無口な宇宙人は常に瞳で俺に語るのだ。それは親玉が違っていても同様らしく、俺にだけは分かってしまうアイコンタクトで語ってくるのは長門も九曜も同じなのだ。何故か俺はそれを理解してしまうので、こうして九曜の期待に応えてしまう。
「良く似合ってるぞ、九曜。買った甲斐もあったってもんだ」
 黒い制服に黒い髪。その全身黒尽くめの中で白銀の月が輝いていた。玲瓏と輝く光は、周防九曜そのものなのかもしれない。
「―――――そう」
 表情に出なくても分かる。だが、それは他の人間ならばという注釈を付けさせていただく。何よりも俺にだけは分かってしまう、数ミクロン単位での変化で周防九曜は微笑んでくれたのだから。
 ハルヒとも、長門とも、キョン子とも違う。九曜は瞳の輝きと数ミクロンの唇の動きだけで俺の記憶に一生残るかもしれない笑顔を見せてくれたのだ。
「喜んでもらえて光栄、ってとこか?」
「―――――かな?」
 偉そうに言うな。それでも頭を撫でてやると素直に目を閉じるくらいはお子様だったりするのである。お子様なのか、猫なのか、どちらも九曜らしいと思えてくるから不思議なもんだ。
 そんな九曜が膝の上に乗っている。正面から見つめると、吸い込まれそうになりそうな黒く大きな瞳に俺の姿が映っていた。
「ありがとう、九曜。お前に会えた事に感謝してる。もしかしなくても色々な所に迷惑もかけちまってるが、それでも良かったと思ってるんだ」
「―――――それは―――――」
「ああ、勘違いしないでくれ。キョン子に会えたってのは大きな出来事だけど、それだけじゃないぞ。たとえキョン子がいなくても、俺はお前とこうして話が出来る事を嬉しいと思ってるからさ」
 長門と初めてまともな話をしたのは、あの部屋ではなく朝倉に襲われて長門が撃退した以降だった。その頃の俺では九曜と話などする事すら想像しなかっただろうな。だから、俺が九曜と話せるのは即ち俺自身も少しは成長したって証拠なのかもしれない。非日常に慣れすぎてる弊害と言われるかもしれないが。
「お前はお前だ。俺は周防九曜っていう女の子に会えて良かったなと思ってるんだよ」
 お前の親玉なんぞはどうでもいい。佐々木に迷惑をかけて欲しくはないが、周りに居るあの連中とも少しは話を聞いてやろうと思えてくる。それは全て九曜、お前が俺と一緒に居てくれたからだ。お前なら信用してもいい、今の俺は心からそう思うよ。
「―――――私は―――――」
 九曜が静かに口を開いた。
「――――観測者であり―――――実行者である―――――進化の可能性―――――その過程全てを―――――私は観察する―――――」
 今までと違う冷静な口調。これが本来の周防九曜なのだろうか。キョン子の世界とこの世界を繋いでしまった天蓋領域の派遣したアンドロイド、それが九曜だ。その為に情報統合思念体の意思で喜緑さんと長門は九曜と戦った。
「我々の―――――実験は―――――一定の成果を得た―――――天蓋領域は―――――結果を評価している―――――」
 それは喜緑さんも言っていたな。どんな実験結果が出たのかなどは興味無いし、九曜もそれを話そうとは思わないだろうが。もしもそれだけを目的としていたのならばキョン子も可哀想だ。あいつは仲間として九曜を信頼しているのだから。
 だが、俺は九曜の言葉を全て信じてはいない。それは、長門有希というもう一人の宇宙人を知っているからでもあり、もう一人の俺であるキョン子ならばという確信でもある。
「―――――それでも―――――私は―――――あなた達と共に在る―――――二つの世界は―――――隔離されるべきであった―――――」
「なっ?! 九曜、お前分かってたのか!」
 数ミリの頷きで肯定する九曜。
「―――――私の意識は―――――彼女の世界とこの世界を共有している―――――それぞれの世界で――――――――――私はあなたを求め―――――二人の意思もまた―――――」
 ああ、俺は九曜との付き合いを止めなかった。その結果としてキョン子と出会い、お互いの気持ちを伝える事が出来た。
「全ては―――――私の―――――独断だった―――――次元の壁を―――――戻す術を知りながら―――――私はあなたと―――――共に在る事を選択した―――――」
 つまり、世界をくっ付けようとしたのは天蓋領域ではない、九曜自身の意思なのだと。俺とキョン子と共に在りたい、そう願ったのは他ならない周防九曜だったのだ。
「―――――ごめんなさい」
 しかし俺はそれを聞いても驚かなかった。むしろ九曜が俺達と一緒に居たいと言ってくれて嬉しかったくらいだ。あの長門ですら世界そのものを変えてしまったのに比べれば可愛いもんだと言いたい。どちらにしろ世界は危機に陥ったりもしたけどな。
「だが、そのおかげで朝倉にもまた会えた。結果オーライなんて言ったら喜緑さんにまた怒られそうだけどな」
 それに、朝倉がキョン子の世界に向かったおかげで次元の壁とやらに関しては大丈夫なのだろう。今の朝倉は長門並みに信用しても良さそうだからな。但し、余計な事を言ってキョン子や向こうの佐々木に迷惑をかけないかという違った意味での心配は生まれるのだが。
「お前だけが責任を感じる必要は無いさ、俺もキョン子も悪かったんだ。けど、それでも何とかなると思うんだ、朝倉だけじゃなく長門も居る。俺達だってそこまで馬鹿じゃないつもりだぞ?」
 時間はかかるかもしれないが、諦める必要もない。俺は信じてるんだ、お前がまたキョン子に会わせてくれるんだろ? 流石に長門には頼れそうもないしな。
「―――――」
「って、おい?」
 九曜が倒れこむように俺の胸に顔を埋めた。どちらかといえば髪の毛に埋もれたように見えてしまうが、九曜の重みと温もりは確かに感じる。俺にしがみ付くように抱きついた宇宙から来たお子様は、顔を見られたくないのかもしれないな。
「―――――聞こえる―――――」
「何がだよ?」
「―――――音が―――――これが―――――生命を紡ぐ―――――音―――――?」
 いや、それは単なる俺の心音で、しかも女の子に抱きつかれている事により情けないくらいに跳ね上がりまくってるだけだ。もしもこれが命の音ならば俺の生命はあと少しで終りかねないくらいにはドキドキしているはずだぞ。いい加減に自分が魅力的な事くらいは自覚してくれないか? その割りに背中に乗られても平気だったなんて言わないで。お子様部分と美少女部分のギャップがでかすぎるんだよ、お前。
 などという俺の心の叫びは当然のように聞こえる事も無く、俺にしがみついた九曜は髪で見えないが耳を胸に押し付けているらしい。なんというか、目を覗き込まれるより照れるんだけど、これ。いかん、心音が早くなっていくのが自覚出来てしまうレベルだ。
「―――――生命の音が―――――心地良いリズムを―――――刻んでいる―――――」
 そうか? 俺は不整脈でも発見されたらと思うと気が気じゃない。というか、なんでこんなに可愛いと思ってしまうのだ? さっきまで背中に乗られても何ともなかったじゃないか。しかし、九曜を抱きしめているというだけで心臓が早鐘を打ちやがる。結果として俺の頬は赤くなってしまい、九曜の顔色は髪の毛に埋まって見る事が出来ないのである。しかし、九曜の髪越しの呟きは、俺の顔色を戻すには十二分な効果を齎した。
「私は―――――私の音は―――――生命を刻んで―――――いるの――――?」
 何を言っている、とは言えなかった。言葉は違うが、同じ様な思いを持っているであろう人物に心当たりがありすぎるからだ。長門が世界を変えたのは、もしかしたら自分が『生きている』実感を得たかったのだろうか。
 俺は九曜の髪を撫でる。ボリュームがあるのに柔らかく手触りのいいそれは、指の間を滑るように流れていく。ゆっくりと、言い聞かせるように俺は九曜に話しかけた。
「あのさ、俺は今、九曜の温もりってのを感じている。抱きつかれてるからな。それに、お前の髪の感触もこんなに柔らかいのかって驚いてるところだ。これも触らないと分からない事だよな」
「―――――そう」
「話す事だってそうだ、俺はこうしてお前と会話するのが楽しいよ。それも全て、お前がここにいるからだ。周防九曜ってのが生きてここにいるから、俺はこうしてお前と話せる、温もりを感じる事が出来るんだ。それは生命を刻んでるっていう事じゃないのか?」
 無口だろうが無表情だろうが、お前はお前だ。じっくり話せばある程度は分かってくる、それが付き合いを深めるっていうものなのだろう。
「お前と俺とは過ごしていく時間が違うのかもしれない、それでも今この間だけでも俺とお前は同じ時間を生きているだろ? だから、お前も刻んでるんだよ」
 生命の音ってやつをな。これだけ自己主張が激しい芸人魂を持ったヤツでも不安、だったりするのだろうか。作られたモノ、という嫌な言葉が脳裏に浮かぶ。
 九曜も長門も宇宙のお偉いさんとやらが作ったアンドロイドなのかもしれない。それでも自分の意思を持っている。それは俺達と何ら変わらないじゃないか。だからお前は生きている、命の音は確かに聞こえているんだ。
「ああ、いや、俺だけじゃなくて多分キョン子も同じ事を言うと思うぞ? だからお前はここに居ていいんだって言うか、俺達は九曜に居てほしいというかだな」
「―――――」
 言ってる自分でも意味が分からなくなりそうなくらいにこっ恥ずかしい話を聞いていた九曜は、無言で顔を上げた。
「あ……」
 その瞳をまともに見てしまう。大きく黒い瞳の中の光が、波間に浮かぶ月のように揺れている。
 …………お前、まさか泣いているのか?
 信じられない、長門ですら微笑む事があっても泣く事は無かった。それは感情の起伏に自分自身が慣れていなかったということもあるが、涙というものを知らないのかとすら思う時だってあった。
 それが今、周防九曜は泣いている。衝撃だった。何故だ、何故俺は九曜を泣かせてしまったんだ? 内心で焦りながらも九曜の瞳に吸い込まれたかのように言葉も出ない。
 だが、答えは九曜が教えてくれた。そっと差し出された手が俺の頬に触れる。
「―――――私は―――――生きて―――――ここにいる―――――」
 両手で頬を抑え、正面から顔を覗き込まれる。
「そして―――――私は―――――あなたと共にある―――――あり続けたいと願う―――――」
 漸く九曜の涙の意味を理解した。本当にこいつは表情を変えないくせに瞳だけで全ての感情を表していた。まさか、嬉しくて涙が出るなんて本人も分かっていないのかもしれない。
 嬉し涙で輝く瞳で、九曜が俺を見つめる。何故か俺まで泣きたい気分になった。これが感動、というものなのか。
「―――――また」
「ああ、またな」
 俺の頬に添えられた手に、自分の手を重ねる。そうだ、また九曜には会える。キョン子も向こうの世界でまた九曜に会うだろう。それぞれの世界で、周防九曜は確かに存在している。
 そしてまた、二つの世界が寄り添う時。そこに九曜は佇んでいるのだ。
「―――――あなたの瞳は―――――」
 九曜の瞳が静かに閉じられ。
「―――――やはり―――――綺麗ね―――――」
 その顔が俺の顔に近づき、唇に温かいものが重なった。九曜のキスに合わせて俺も目を閉じる。そのままそっと九曜を抱きしめようとした。
 しかし、急に重さを感じなくなり、目を開けた時には既に九曜は居なかった。ベンチには俺が座っているだけで、まるで最初から誰も居なかったかのように。
「ははは…………これはちょっとないんじゃないか?」
 いきなり現れて突然消えるのはいつもの事かもしれないが、このタイミングは無いだろ。回すように伸ばした腕が、そのまま九曜が居た事を伝えている。
 それでもまた、周防九曜は何事も無かったかのように俺の目の前に現れるのだろう。漆黒の髪に白皙の顔を浮かべて、黒い制服に身を包み、無表情で佇みながら。
 俺はそいつと向かい合わせて沈黙して。くだらないやり取りで場の空気を温めたところで徐にあいつに手を取られ、俺は新しい非日常へと踏み出してしまうのだ。
「今度は連れて行ってもらうからな」
 向こうの世界の佐々木か、あまり変わらないだろうがキョン子となら女らしい会話などもしているのだろうか。あいつは男と女で話し方が違うからな、まさかキョン子にまで俺を相手にするような話し方じゃないだろう。
 おっと、ついでにあいつらにも会っておかないとな。藤原と橘は俺達の世界に比べてかなりの違いがありそうだ、キョン子が言うとおりならば友人として話せるようになるのかもしれないな。
 ただ、北高の連中は性別が変わってるらしいからな…………正直言って性格そのままで男になったハルヒなんて話すだけで疲れそうだな。長門が男になればクールなイケメンだろうが、あの朝比奈さんが男になるなんて人類の損失だぜ。古泉? 元がいいから美人であることは間違いないだろうな。女になってる分だけ笑顔の下が読めないんじゃないか、俺は鈍いんだからさ。
 それに、向こうの世界に行ってしまった朝倉にも会いたい。今度こそ、真正面からあいつの話が聞けそうなんだ。脇腹の痛みも、殺されそうになった恐怖も、無いと言えば嘘になるのだとしてもだ。キョン子を助けてくれた朝倉を信じないなんて選択肢は俺には無い。
「…………おいおい、期待しちまうじゃねえか」
 俺がいる世界も個性的という言葉が似合うとは思うが、キョン子の世界もかなりのものだろう。そんな中であいつと笑って過ごせればいい、多少のトラブルは慣れたもんさ。
 何故ならば、そこには周防九曜がいるのだから。トラブルもこいつとなら乗り越えられるってもんだ。トラブルの種でもあるけどな、そこも九曜なら許してやるか。
「おーい、待ってるからなー」
 ただ待つだけじゃない、自分でも何が出来るのかは考えるけどな。俺の頭で思いつくような事などたかがしれているとしても、少しでも九曜の負担を減らしたいんだ。



 見上げた空は既に陽が落ちて暗くなっている。俺が見ているのは黒く色付いた宇宙なのだ。そこに瞬いている星々の輝きを見て、俺は九曜の瞳を思い浮かべる。
 この空のように黒い瞳に、星のように輝く光を湛えて。
 この次に九曜に会った時、何と言ってツッコんでやろうかなどと、くだらない事を考えつつ、俺は九曜の生まれ故郷である宇宙に向かい手を伸ばしたのだった……




















 終った。これで全て終ったんだ。長い一日が終わり、俺は長い溜息を吐く。ベンチに背を預け、だらしなく脚を伸ばす。
 バレンタインのお返しはこれで全てだよな? キョン子と九曜だけは特別だったが、それは仕方ないだろう。キョン子と九曜の笑顔はそれだけの価値があったからな。
「…………余韻に耽っているところを申し訳無いが、少々いいかな?」
 あれ? このパターンは今回無いんじゃなかったのかよ! ベンチの後ろから俺の首に手が回されてるぞ?! ええと、一体なんでしょうか?
「いや、君が今日という日に特別な意味があることを忘れているのではないかと思ってね。不躾ながら親切心を発揮して忠告に来たという塩梅さ」
 それは何を指しているのかというのは俺でも理解出来るぞ。安心してくれ、ミッションはコンプリート済みだ。
 すると、首に回していた手に力が入る。ぐおおおっ?! 絞まる! 直接的に首が手で絞められてる! 何故だーっ!
「君の言うミッションとは一体何を指しているのかな?」
 そ、それはバレンタインにもらったチョコのお返しだろ。今日はホワイトデーなんだから、
「そこまで分かっているのか。では、何か忘れていないかい?」
 何を?! 一体何が言いたいのか理解不能だ、それに首が絞まってる! このままだと意識が飛んでいってしまうくらいに絞まってるんだって!
「い、一体どうしたんだよ…………佐々木……」
「何でもないよ、君に取って僕の存在とは路傍の石や道端の草花のようなものなのかと寂寥の思いに捉われているところさ」
 お前の寂寥とは俺の首を絞めることなのかよ?! いかん、呼吸が出来ん! このままでは命的な何かが確実に失われる!
「俺が……何かしたのか…………」
「よく思い出したらいい。ほんの一ヶ月前の出来事だ、テストの範囲を覚えるよりも明確に思い出せるはずだよ」
 一ヶ月前? バレンタインの事か、あの時はSOS団の女性陣に阪中、妹とミヨキチ、鶴屋さんと喜緑さんに森さん、それと九曜とキョン子だったか。よく考えなくても貰いすぎだな。
「…………ふむ」
 ぐえっ! ま、また首が…………何が佐々木を狂気に走らせているんだ?!
「本当に忘れているのかい? 僕がそんなにも女性としての魅力にも欠けているのだと言うのならば、今すぐにでもこの顔を潰して貰っても構わないくらいだ」
 そ、そんなことは…………呼吸が困難になり、脳にまで酸素がいかなくなるのが分かる。今までの出来事が次々と脳裏に浮かんでは消えてゆきって、これは走馬灯?! 俺もう死んじゃうのかよ! と、バレンタインの出来事まで走馬灯に浮かんできて、って。





 あ!!





 そう、この話は最初にオチがついていたのだ。ハルヒ長門に朝比奈さん、阪中、鶴屋さん、喜緑さんに森さん、妹とミヨキチに九曜にキョン子。しかし貰ったのはそれだけじゃなかった、っていうか、
「あれはそういう意味だったのかよ?!」
 めちゃくちゃ苦いカカオだぞ、勉強の合間に食べたらいいって言ってたやん! 自分も摂っているからついでにって言われたよ、俺!
キョン、君は鈍いを通り越して無神経なのか。それとも、チョコの貰いすぎで感覚が麻痺しているのかな?」
 いや、今年は確かに貰いすぎだと思うがそれでもアレをバレンタインだと思うのは難しいと思うぞ。俺の学業を心配してくれているのかと感謝はしたけど。
 それに中学時代から俺もお前も無縁だったろ、少なくとも一回も貰ったことないぞ! すると俺の首がキュッと絞まった。
「あの時は受験生だったから自制したんだよ、それとも僕が恋愛を精神病と言ったからそのような行為に及ぶとは思わなかったとでも言いたいのかい」
 そこまでは思ってない! 穿ちすぎだ、お前。だから首から手を離してしれ、頼むからっ!
「お、俺が悪かった…………けど、それならちゃんと言って欲しかったぜ……」
「それが出来れば苦労はしないよ、あれが僕の限界だったんだ」
 いかん、こいつも違った意味でややこしい奴だった。控え目にも程があるだろ、積極的にとは言わないが普通に渡してくれ!
「君なら気付いてくれると思ったのに」
「お前、さっき俺を無神経って言ったよ?!」
 しかもジワジワと首筋に痕がつきそうな圧力が加わってくる。これは何だ? 俺はどうして生命の危機を迎えてしまっているんだよ?!
「まあいい、夜はまだ長いよ。日付を越えるまでキョンが僕の為に時間を使ってくれるというのは当然だよね?」
 何で?! デートより下手したら長いぞ、それ! しかも俺の体力は削りに削られてるんだ、帰ってから余韻に浸りながら寝たっていいじゃないかよ!
 


 と、言った俺の主張は言葉にすらならなかった。まだ死にたくないですから、殺人者も作りたくないし。だから首にかかってる指の力はもう少し弛めてください……



「ありがとう、それでこそキョンだよ」
 どれでこそ俺なんだよ。
「では、行こうか」
 どこに? と言う前に首が引っ張られる!
「ぐげぇ!」
 哀れ、俺は首を絞められたままベンチから引っ張り下ろされた。それも片手で。
キョン、君と今日の終わりを迎えられるなんて嬉しいよ」
 文字通り首根っこを掴んでいる佐々木は嬉しそうに言いながら俺を引きずる。やばい、ハルヒにネクタイを引かれるのと違って逃れようがない上に地味に痛い! 大体何で片手一本で俺が引きずられてるんだ、どれだけ強いんだよ。
 成す術も無いまま痛みに耐えて佐々木に引き摺られる俺は、最後に最大の疑問をぶつけた。
「なあ、何でこんな所にお前が居たんだよ? 少なくともお前が立ち寄るような場所じゃなかったはずだ」
 すると、俺を引き摺りながら佐々木は嬉しそうにこう言いやがったんだ。
「うん、確かに僕は君を待っているだけだった。けれどね? こんな僕にも友人が居る事を君は忘れていたんじゃないかな。そして、その友人はとても僕に有益な情報を与えてくれたってコトさ」
 そ、それって…………
 



 その時、俺は確かに見た。
 公園の出口、大きな樹の陰に隠れていたヤツを。そいつは、二つ結びの髪を揺らして俺達を眺めていたコトを。
 そしてそいつは、俺が見ている事に気付くと嬉しそうに手を振った。そのまま拳を握り、親指を立てる。
 ヤツは首を掻っ切るように手を動かし、そのまま親指を勢い良く下に向ける。
 GO TO KILL
 大爆笑しながらヤツは大きく手を振って、アカンベーをして俺が引き摺られる様を見送りやがったのだ。



 …………すまん、キョン子。やはり俺はお前の友人連中とよしみを通じるようにはなれないかもしれない。
 というか、あのツインテール絶対に泣かすっ!!! それだけを俺は心に誓った。
「ほらキョン、時間は有限なんだから」
 分かったから力を込めるな! 何ですか、その握力! リンゴがジュースになりますよ、その前に俺の息の根が止まっちゃいますって!
 佐々木に物理的な力、というよりも暴力で引き摺られながら、俺は夜の街へと消えていった。















 その後の事は語りたくない。墓場まで持って行ってもお釣りがくるような出来事が遭ったとだけは言っておいてやるから追求しないでくれ、お願いします。