『SS』 朝倉涼子の逆襲 1

朝倉涼子の逆襲(1)


 異世界間移動の手段は?
 と問われたところで普通の人は回答を持ち合わせているわけがないし、それ以前に、こんな質問をかます奴に対しては即座に他人の振りを決め込むのが正しいあり方であることは間違いない。
 しかし、それはあくまで『普通の人』の場合だ。
 たとえば、これが涼宮ハルヒなら爛々とした目でその答えを追いかけるだろうし、古泉一樹なら根拠や裏づけには思いっきり乏しくてもそれなりの推論を聞かせてくれるような気がする。朝比奈みくるさんであれば、ある意味、朝比奈さんは未来という異世界から来ているだけに知っている可能性は高いが「禁則事項です」とスルーされることだろう。なんせ、時間と時間の間には限りなくゼロに近いとはいえ、断絶があるらしく、時空間移動はその空間を三次元方向に移動することで達成されているらしいから。
 では、俺の右肩を安住の地とした、手のひらサイズの小さな恋人・長門有希は?
「今回は、かくかくしかじかという方法を取ろうと思う。許可を」
 至極まじめに俺の目を真正面に捉えて聞いてくる。どんな方法かはもちろん理解できるはずもないがそれはさておき。
 そう。有希は異世界間移動手段を身に着けている。
 それは以前、俺自身も有希と共に体験しているので確信をもって言えることであるのだが、如何せん、有希は今現在、ちょっとした出来事があり、不用意な一言が状況を一変させるなんてことがあって、確実な移動方法は消去されてしまっているものだから、試行錯誤を繰り返しているのが実情だ。何度か異世界間移動自体は成し遂げたんだが、それでもこの世界の並行世界を越えることはできなかった。まあ、おかげで色々な並行世界を知ることが出来た。だが、その話は機会があれば話すことにして、
「おう。今度こそ行こうぜ」
「そう」
 何度、試行錯誤を繰り返そうが俺自身も諦めるつもりはない。お互い、絶対にこの異世界間移動は成し遂げなければならないことを心に固く誓っているからだ。難しいから、と言って諦めるわけにはいかない理由があるんでね。
 呟き、俺が立ち上がると同時に有希は俺の右肩に飛び乗って来る。向かうべき場所は、有希のダミーとして派遣されてきたそっくりさん、というか今はどことなく一個人としての地位を確立させつつある有希をトレースした当社比99.9871%の、もう一人の長門有希が住んでいる高級分譲マンションだ。
 俺はどうして、もう一人の長門異世界間移動に必要なのかの理由を知っている。
 有希は異世界間移動を可能にすることができるが、それは決して一人の力では為し得ない。単純に同一人物が二つのことを成し遂げるのが困難って意味で、移動自体は有希一人でも何とかなるのだが、正確な転移座標を定めるためにもう一人、必要ってことで、なんでも移動と座標は同時に行うことができないそうだ。単純に言えば、器量キャパシティの問題で、詳しい理由は一度教えてもらったことがあったけど、さっぱり理解できなかったんで割愛する。てことで、ほぼ同等の力を持ち、かつ絶大な信頼を置ける人物の協力が不可欠で、その条件を満たす者は長門を置いて他にはない。いないことはないが喜緑さんは嫌な予感がするし、朝倉は完全復活してからというもの、どこか弄られドジっ娘になってしまっていて、理由はどうあれ、二人とも『信頼性』という点で難があり、となると必然的に協力要請できるのは長門だけとなる。
 むろん、なんにでも例外はあって、一人でも異世界間移動を可能にしている奴はいる。
 以前、迷い込んだ並行世界という名の異世界でそれを見たことはあったけど、あくまであれは例外中の例外だ。それだけ「なめんなー」は無敵ってことさ。
 え? それは誰かって?
 そうだな。そのエピソードは以前、語ったことがあったからそっちを見てくれ。今はちょっと悠長なことはしてられないんでね。


 自転車で快走すること十分。
 普段の俺のペースで走ろうが有希が落っこちることはないので気にしない。ただ、自転車運転時、有希は俺にぴったり寄り添っているので、そのぬくもりが何とも言えず心地よい。おそらく有希も同じだろう。
「ん?」「あれは」
 そんな俺たちの目の前に。
 どことなく舞い上がる砂煙を従えながらこっちに、んで、どこか涙目の一人の少女が走ってくる。何かから必死に逃げている、という表現が正しいのかもしれない。ただ、どういうわけか、その姿が、懐かしのアニメ大特集で見た、電撃を撒き散らすトラ縞ビキニで角の生えた女の子に追い回されている男の子を連想させるのはなぜだろう? 効果音があるとすれば、どことなくあの必死の形相の割にはアップテンポでもコミカルな、そうだな、幼稚園あたりの運動会で流れてそうな音楽っぽい気がする。
「朝倉?」
キョンくん! 助けて!」
 俺が呼びかけると向こうも俺に気づいたようだ。
 自転車を止めると朝倉は即座に俺の左腕にしがみつき、
 って、ちょっと待て。助けてって何だ?
「く、来るのよっ! あの、あのワカメがっ!」
 そう叫ぶ朝倉の一言で俺の、いや俺と有希の血の気が一瞬で引いた。
 わ、わかめって……
「……いちおー聞くが、磯野さんちの末っ子じゃないよな?」
「何言ってんの! それだったらわたしが逃げるわけないじゃない!」
 そりゃそうだ。ならあれか? 戦国御伽草子に出てきた半人半妖犬耳少年の物語のラスボス……
「今は現代! 戦国時代はとっくの昔だし、そのときに倒されてるじゃない!」
 あーもちろん分かってるさ。なんといっても今回の作者はジャンクサイト運営者だし、片割れを鑑みれば知らない方がおかしい。ひょっとしたらいずれ俺たちは、向こうのるーみっくわーるどに迷い込んでしまうってことがあったりするのだろうか。
「それはない。向こうの世界の作者が連れて行こうとしているのはもう一つ別の異世界。しかし、今のわたしに、なかなかその方法が見出せない。でも、必ず見つけてみせる。だから安心して」
 うむ。それは是が非でも成し遂げてほしいところだが、これは完全に今回の作者のサイトの宣伝だ。聞かなかったことにしよう。
 というわけで、
「よーし分かった。だが今は落ち着け」
 俺はポンと朝倉の肩に手を置いて、少し悟りきった諦観の表情を浮かべていることだろう。
「これが落ち着いていられるわけないじゃない!」
 などと慟哭する朝倉の瞳をまっすぐ見つめて、
「ご愁傷様」
「ちょっとぉぉぉ!」
「そうは言うが、喜緑さん相手に俺が何かできると思うのか?」
 俺がそう言った刹那、横目に有希が硬直した瞬間が見えた気がした。どうした有希?
「……ねえキョンくん」
 あれ? 朝倉の声にも何か余裕が出てないか? さっきまであんなに取り乱していたくせに。まあ、まだ頬に汗を浮かべてはいるし、声もやや震えてはいるけどな。
「ウフフ。わたしは『わかめ』としか言わなかったわよね?」
「ああ、そうだ。だからご愁傷様とお前に餞の言葉を送ったんだが?」


「つまり、あなたにとっては『わかめ=わたし』だと?」
 第三の声を聞いて、俺は思わず固まる以外の行動を取れなかったことは言うまでもない。


「朝倉! てめえ謀りやがったな!」
「と、当然でしょ! 旅は道連れ世は情け! 幸福は二人なら倍増だけど不幸は二人で分かち合えば半分になるのよ!」
「どこの結婚式の定番スピーチだ! 大体俺はお前と一緒に不幸を分かち合うつもりはない!」
「もう遅いわよ! 観念して一緒に諦めましょ!」
「お前が巻き込んだんだろうがぁぁぁ!」
 などと言い争う俺は震えながら逃げ場がなくなったよろしく壁を背に貼り付けさせているし、朝倉は俺の左腕にしがみついている。
 有希は……おぉ! 俺の右肩に座したままだ!
「二人なら不幸は半分ということは少なくとも、わたしがいればあなたの不幸は半分になる」
 ありがとう有希。しかしお前は逃げてくれ。こんなことにお前を巻き込むつもりはない。
「夫婦とは病めるときも健やかなるときも供にいるもの」
 ああ、本当に涙が出てきそうなくらい感動的な台詞だ。思いっきり胸が高鳴っている。どこかで吊り橋効果ってのを聞いたことがあるけど、これは絶対に違うという自信があるぞ。
「それに」
 ん?
「話はまだ滑り出し。この場面で、あなたが不幸なことにならないと断言してもいい。あなたに不幸が訪れるとすればこの話が一段落したときのはず」
 って、ネタばらしかよ!
「ね、ねえ有希ちゃん……あの人にそんな理屈通じるかな……?」
 がたがた震えながら問うのは朝倉だ。俺を巻き込んだ張本人。よって有希もどこか冷ややかな視線を向けている。
 ちなみに、朝倉の疑問には俺がお答えしよう。
 それは否である可能性は高い。なぜなら俺の目の前では、喜緑さんがニコニコ笑顔のまま右手人差し指を天に向けていて、その先には巨大で妙な球状の液体がふわふわ浮かんでいるのだ。つい最近見た気がするオレンジ色の胴衣を纏って戦う宇宙人の髪が金色になったきっかけのとき、相対していた冷蔵庫の中の冷却装置の名前の敵を彷彿とさせるね。周りが何も気にしていないところを見るとすでに不可視遮音シールドを張られたのだろう。
 つまり。
 どうやったって、今、この場を切り抜けるのはほとんど不可能に近いってことだ。
 そして、おそらくだが、これが有希が逃げなかった、正確には逃げられなかった本当の理由だろう。口に出しては言わないが。
 切り抜けるにはどうすればいいか。
 これはもう、この不可視遮音シールド内に第三者が乱入してくるしかない。それも俺たちの味方になってくれる誰かが。
 候補生は何人かいる。
 第一候補はむろん、長門なんだが、長門は無理だ。喜緑さんのことだから、長門にギャルゲーかエロゲーを与えてマンションに足止めさせた可能性は充分ある。特に平成22年3月25日にPSPでリリースされた俺そっくりの声(それも語り口調もほとんど同じ)が主人公のゲームを渡した日にゃ、たとえば前の四月のときに大人版朝比奈さんが俺と二人になるために長門に席を外すよう促し、長門も了承した一件がまた繰り返されたとしても、別の並行世界よろしく、長門はおそらく涙目になって退出を拒むことだろう。というのも、アレにはやけ長門に、外見だけじゃなくて性格的にもよく似たポニーテールキャラが出ている上に、俺の声の奴とBまで進められるんだからな。ちなみにPC版の前作だとCまでヤれるのだが、あれとはキャラ設定がまったく正反対なので意味はない。それはともかく、普段の長門の俺に対する態度を見れば、あの二人を俺たちに擬える可能性は大いにあり得る。おそらくはセーブポイントをそこにおいて繰り返しやっているのではなかろうか、とか思わなくもない。なんせゲーマーであることもさることながら、前述したけど有希をトレースしている99.9871%とは言え、もう一人の有希だからな。
 特殊能力という点での候補生は古泉、朝比奈さん、橘京子、藤原だろうけど、四人は喜緑さんに遠く及ばないし、橘と藤原が味方になってくれるとは思えない。鶴屋さんは味方になってくれるし、ある意味無敵な御方ではあるが、普通の人間でもあるので不可視遮音シールドに気づかない。さらに言えば巻き込んでしまってはよろしくない。同じような理由で森さんも無理だ。
 ハルヒはさすがに喜緑さんを超えてくるけど、ハルヒには自分の力を自覚してもらっては困るので真っ先に却下だった。佐々木については、本当にハルヒ並みの力があるかどうか現時点ではよく分からないので無理強いはできない。周防九曜に至っては情報統合思念体のいざこざに首を突っ込む義理はあり得んだろう。
 ……となると、一人しか心当たりがいないな……あの人なら喜緑さんに力で敵わなくても『機転』ってやつで切り抜けてくれる気がする……なんせ圧倒的に力の差があったはずの情報統合思念体を抹消させる力を創出した人だし。
「この場にはいない。現れる可能性もない」
 だよな……てことは観念するしかないってことか。
「ところで喜緑さん? それはいったい何なんでしょうか?」
 俺は引きつりまくった苦笑で、あえて今まで聞かないでいたことを、意を決して問いかけた。
「あら、これですか? これは単なる朝倉さんに対するお返しです。まあ、あなたも朝倉さんを守る構えのようですし、構いませんわよね?」
 お返して……
「ご心配なく。別にこの球体の中に閉じ込めて溺れさせよう、なんて思っていませんから」
 そうですかーありがとうございます。でも単なる水にも見えないのですが? なにやら白い靄が溢れ返ってますし。
「ええ、これは78度のお湯ですから」
 ……なぜ『お湯』? しかも妙に細かいし……
「いえいえ、この惑星のこの国では『三倍返し』という風習があるそうじゃないですか。それに則ったまでです。実のところ、先ほど、朝倉さんがわたしに水をぶっ掛けてくれやがりましてびしょ濡れになったものですから、今後の教育のためにもここは一つ、心を鬼にして折檻して差し上げなければ、と考えた次第です。ちなみにその水温はプールに最適と称される26度でした」
 ……なんか、喜緑さんにしては妙に荒っぽい物言いがあったようだが、それはさておき、
「朝倉! お前なんてことを! つまり、あの大きさと今の温度は量と度数の三倍ってことじゃないか!」
「ち、違うのよ! わたしはただ単に、暑かったから外で打ち水してただけなの! そうしたらたまたま喜緑さんが通りかかって!」
「その場で謝れ!」
「何言ってんの! 即行で謝らなかったとでも思ってるわけ!? 土下座もしたわよ! 深々とやったわよ! でも誠心誠意、謝罪の言葉を並べたくらいであの人が許してくれるなら逃げ出すわけないじゃない!」
「そういうことです。さすがは朝倉さん。わたしのことをちゃんと理解してくれていて嬉しいですよ」
 俺たちの掛け合いにグッドタイミングで割ってきたのはもちろん、とってもいい笑顔を浮かべているあの人だ。むろん、言うまでもなく『いい笑顔』ってのは人を殺せそうな、って意味だぞ。
 う……ずいぶんと引っ張ってきたがここまでか……
 俺は朝倉に左腕を掴まれたまま、蛇に睨まれた蛙よろしく、脂汗をだらだら流しながら喜緑さんを見据えつつ、固まるしかできなくなっていた。
 実のところ、朝倉は俺の左腕を抱え込んでいるわけだから「当ててんのよ」どころか「挟み込んでんのよ」状態なんだけど、俺と朝倉はもちろん、有希もそんなこと少しも思っていないことだろう。それどころじゃないし。
 熱いだろうな……なんせ、あの喜緑さんが作ったものだ……普通なら一瞬でも熱さが普通よりずいぶん長く残る気がしてならん……んで温度が微妙だから火傷するとも思えないし、仮に火傷したとしても有希が治療してくれると思うが……たぶん、今この場は喜緑さんの情報制御下にあるので、有希も朝倉もその能力は相当抑えられているだろうから治療はこの空間から解放されたときだろうし、そうなると喜緑さんが即解放なんて甘いことしてくれる、なんて淡い期待は絶対に大きな落胆にしかならないだろうから……
「随分失礼なモノローグを流してません?」
 い、いえ! そんなことは!
「そうですか? ということは時世の句でも詠まれていた、と解釈してよろしいのですね?」
 時世の句って言った!? 俺、殺されるの!? というかいつから喜緑さん急進派!?
「じゃあ死んで」
 それは朝倉のセリフだから! つか、三倍返しのとばっちりで俺は殺されるのかぁぁぁ!
 などと心の中で絶叫する俺の眼前では喜緑さんが、くいっと人差し指をこちらに向けたぁぁぁ!
 とたん、いつの間にかぐつぐつ煮立った力いっぱい湯気を立ち上らせている球体が俺たちにゆっくり向かってくるぅぅぅ! というか煮立っている時点で絶対に78度じゃねえ!
 反射的に右手を目の前にかざし、顔を背けてぎゅっと目を瞑り――
 ん?
 暗闇の中、俺の耳は確かに、大音響とは言え、水滴が地を跳ねるような破裂音が響いたはずなのだが、俺に熱さは降りかかってこなかった。
「え……?」
 朝倉がいぶかしげな声を漏らして、俺も恐る恐るまぶたを上げつつ前方へと視線を移す。
 そこには――
「まさか、あの子の教訓がこんなにも早く活かせるなんてね。でもなるほど。こうなると、あたしじゃないとこっちに来ることはできないか」
 その声はまったく聞き覚えのないものだった。
 無理矢理にでも例えるなら、埼玉の稜桜学園にいる双子のツインテールの方が大人っぽくなったとでも言おうか。
 そして視界がはっきりしてきた俺の目に飛び込んできた声の主の姿が認識できて、

 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!?!

 その風貌に、俺は絶句し、ただただ愕然と固まるしかできなかった。


「前にあの子が、こっちの世界に飛び込んでしまったとき、強く頭を打ったって話を聞いてね。なら、何が起こるか分からないんだから、通常空間に飛び込んだ瞬間に結界を張って被害を最小限に食い止めなくっちゃ大変なことになりかねないし」
 俺は呆然と聞くしかできないし、有希も朝倉も同じような表情を浮かべている。よく見れば喜緑さんもだ。
 誰なんだ? この、いきなり乱入してきた女は。
 それと誰に何を説明しているのだろうか? 言っておくが、俺はこの人とは初対面だ。ご丁寧に説明しているつもりなのかもしれんが、はっきり言って、この説明が何を意味するのか、理解するのは不可能である。さっぱり分からない。
 ちなみにこいつがどんな姿をしているのかといえば、容姿端麗、朝比奈さんの大人バージョンに勝るとも劣らないプロポーション。少しつり目だがつぶらで大きな瞳は美少女と美女の狭間で揺らいでいるようで、白の細いバンダナを巻いている。さらに、その肢体をより強調してしまっている山吹色のノースリーブシャツに健康的な生足太ももを惜しげもなく晒してくれるやや赤みがかった茶色のホットパンツ――と、ここまでであれば俺は驚きはしない。なんせ宇宙人、未来人、異世界人、超能力者に万物創造主モドキが織り成してきた理不尽極まりない事象を乗り越えてきた俺だ。たかだか色気たっぷりの正体不明ねーちゃんが一人増えたところでさしたる問題にはならん。
 が、
 宝石をはめ込んだごっついショルダーガードを付けて、ライトグレーのマントを羽織り、あたかも風に靡いているかのような、腰まである後頭部、首の付け根部分までが跳ねているクセっ毛ロングヘアーが鮮やかなピンクだった日にゃ絶句する以外の選択肢は存在しないってやつだ。雰囲気的にドラゴンも跨いで通る某自称美少女天才魔道士をモデルにしたような気はするが、ピンク色のヘアカラーがすべてを凌駕してしまっている。
 何なんだ、これほど見事なまでのピンク色は?
 マゼンダでももう少し赤色が混ざってそうなものだが、こいつのヘアカラーは白と赤が完全に同じ量で混ざり合っているとしか思えないほどのピンク色だ。ここまでのピンク色は異世界の魔法学校であまり成績がよろしくないツンデレ魔法使いくらいじゃないのか? しかしあれは架空の話だから成り立っているだけで、現実にこんな完璧なピンク色はお目にかかったことはない。こんな突出した格好はコスプレ会場でもお目にかかることはないのではなかろうか。
「あれ? おっかしいなぁ〜〜〜ここにナガトさんがいるはずなんだけど」
 突然きょとんとした表情を浮かべて、やや大袈裟にきょろきょろする彼女。
 って、長門だと!?
「変ね……あたしがここに出たってことはナガトさんがこの近くにいる、以外の答えはありえないわけで――」
 桃髪の女性の呟きを耳にした有希の、おそらくは俺にしか分からないだろうが、一瞬、その漆黒の瞳が見開いた。
 ややあって、
「――不可視シールド部分的解除」
 有希が静かに呟く。
「ああ、そこに居たんだ」
 どうやら有希は自分をこの人に見えるようにしたらしい。証拠に彼女が有希に視線を向けて旧友に出会った懐かしむ笑顔を向けたもんな。
「久しぶり」
「そっちこそ、元気にしてた?」
 二人が、再会した者同士の挨拶を交わしている。
 で、誰なんだ?
「かの魔法使いの親友。そして彼女もまた魔法使い」
 有希の淡々とした説明を聞いて、そして言っている意味を理解して。
「なんだってぇぇぇ!?」
 俺は絶叫するしかできなかった。