『SS』 ちいさながと そのに 21

前回はこちら

 奇妙なほどに静かな時が流れ、やがて俺の手の中で小さな動きと共に彼女の目が開いた。
「起きたか、有希?」
 最近は俺と一緒に過ごすせいか寝起きが多少悪くなってしまった有希は目をこすりながら、
「…………わたしは………?」
 小さく首を傾げたがすぐに状況を思い出したのだろう、いきなり様子が一変して俺の手のひらの上に正座した。もういつもの有希そのものである。
「残念、もう少し有希ちゃんの寝起き姿が見たかったんだけど」
 からかうような朝倉の声に素早く反応した有希がホッと安心したような様子なのは朝倉の無事を確認出来たからだろう。
「その点については同意したいですけど、生憎と時間は無さそうですので」
 その声の持ち主を確認した有希の目が見開かれる。
喜緑江美里、何故ここに?」
「あなた達が私に隠し事なんて四十六億八千万年早すぎます、片腹がむず痒くなるので止めてください」
「痛くもならないのね……………」
 相変わらずの喜緑さんと諦め口調の朝倉、無表情の長門はこの二人をどう見ているのやら。有希もどうやら喜緑さんがここにいる事態で自分がどうなったのか覚ったのだろう、
「……………ありがとう」
「うわっ! 長門さんが感謝する、じゃなくてありがとうって言った!」
 一々反応するな、朝倉。そんな朝倉は喜緑さんに軽く頭を小突かれた。どうやら口が滑るタイプらしい、この三人の中では。うん、やはり長門が呆れているように見えるのは気のせいではないようだ。俺もこんな奴だったのかと朝倉の認識がどんどんと変わっていっている。
「さて、事情は話さなくてもお分かりですね? あなた達の独断をここまで容認したつもりは無かったのですが、それも仕方が無いのでしょう」
 だが喜緑さんが何事も無かったかのように話し始めた事により、先程までのゆるい空気は一変した。有希は俺の手から定位置の肩の上に乗る。いや、正確に言うと俺に寄り添うように耳の傍に体を預けていた。有希の不安が伝わってくるかのようだ。
長門さん、情報が貴女に伝達されないままに進んでいってしまった事については謝罪いたします」
 あの喜緑さんが丁寧に有希に頭を下げた。信じられない、といった顔で朝倉と長門が見守る中で顔を上げた喜緑さんは、はっきりとこう言った。
「ですが、最終的な結論は長門さんに一任されています。これは私にも口出しの出来ない事なのです」
「…………………」
 普段は冷静そのものの有希の動揺が肩の上から伝わってくる。それが分かりながらも声もかけられない、俺にだって判断がつけられる訳がないからだ。
 沈黙だけが場を支配する。そこにいる誰もが口を開けない。
「………ごめんなさい」
 沈黙に耐え切れなくなったかのように朝倉が俯いたまま呟いた。その謝罪はさっきまでの行動についてなのか、それとも喜緑さんへ何も言わなかったことに対してなのか、俺や長門、有希への謝罪なのか………………………自分がここにいることになのか、その全てなのかもしれない。
「…………わたしは、」
 朝倉に続くように長門は静かに口を開いた。
「オリジナルの意思に従う。朝倉涼子は優秀、それはわたしも理解出来る。わたしは、あなた達のおかげで存在している、それは朝倉涼子も同様」
 それを聞く有希の肩が震えている。そうだ、全ては有希の意思に任されているのだから。
「…………辛いかもしれませんが、長門さんには決断してもらわなければなりません」
 喜緑さんの声が空間に響く。そうだ、何故あなたは、
「私は自分の決断を過ちとは思いません。それは、あなたが知らない朝倉さんを私が知っている、そう説明したはずです」
 俺の言葉を遮るように話す喜緑さんに、いつもの微笑みは無い。この人も真剣なのだ、それは確かに俺は知らない有希と喜緑さんだけが知っている朝倉がいるからだろう。
 だからといって今の状態を受け止めきれない俺がいる。何故だ、どうしてこうなってしまったのだろう?
 俺と有希を取り囲む状況の急激な変化に翻弄されながら、それでも有希の決断を待つしかない。そっと手を伸ばしても有希は固まったままだった。
 そして有希の決断を俺も受け止めなければならない。
 …………たとえそれにより長門が俺達の前からいなくなったとしても、なのか? それを俺は黙って見ているしかないのだろうか、そんな事が出来るのだろうか?
「有希………………」
 そんな事が出来る訳がない、俺が何かを言えばどうなるという訳でもないが。
「あんまり悩むな、お前がどう言おうと俺が傍にいてやるからな」
 だが有希の決断を、それを一緒に受け止めてやることくらいは出来るはずだ。何の慰めにもならなかったとしても、だ。
キョンくん…………」
「…………………」
 朝倉と長門、喜緑さんの視線が俺と有希に集中する。有希は俺の頬から離れて俺の目を見つめ、
「ありがとう……………あなたがわたしに力を与えてくれた。わたしは、わたしの命ずるままに、自分の心というものに従う。それはあなたから貰ったわたし自身と言えるものなのだから」
 力強く、凛々しいその姿はいつもの俺の愛する長門有希そのものだった。そうさ、俺の恋人はどんな時であろうと自分を信じる強さを持った女なんだからな。正直なところ惚れ直したってもんだ。
 そして有希はまっすぐに喜緑さんを見つめた。
喜緑江美里、わたしの結論を述べる」
 喜緑さんが頷き、長門と朝倉が有希の言葉に耳を傾ける。俺も有希の言葉を待った。


「わたしは…………………」