『SS』 ちいさながと そのに 22

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 誰もが有希の言葉を待っていた。有希は俺の肩の上で立ち上がると、
「わたしはどちらも選ばない。否、どちらかを選ぶなど出来ない。わたしにとって朝倉涼子長門有希も大切な存在、無くしてはならない家族のようなもの」
 それはどんな時よりも力強くこの部屋の空気を震わせた。
長門さん……………」
「ですが、それでは埒が明きません。どのように解決するつもりですか?」
 朝倉の感動をよそに冷徹なまでの喜緑さんが有希の言葉を否定するように遮る。そうだ、それが出来なかったから朝倉も長門も自らを消そうとしたのだった。そして有希自身も一度は自分を消しかけたんじゃないか。
 だが有希は喜緑さんの言葉に微笑みで答えた。いや、俺には笑っているように見えただけで表情が変わったように見えなかったのかもしれないが。
「………まだ何も考えていない」
 自信満々でそう言った有希の姿を俺は見る事が出来なかった。それよりも朝倉と長門、あの喜緑さんまでもがずっこけるなどという二度と見れない貴重な光景を目にしてしまったからである。
「あ、あのね………………」
長門さん? 一体どうしたんですか?」
「根拠が不明、オリジナルはエラーが出たの?」
 宇宙人三人は茫然自失といった感だが、俺は思わず笑い出しそうになった。そうか、お前はそう決めたんだな。俺が有希の後を接ぐように、
「そうだな、それなら一緒に考えようぜ」
 と言うと、長門だけはすぐに反応した。やはり有希の考えが分かるんだな。 
「どういうこと? いくら考えても一緒じゃない!」
 分からない朝倉がそう言ったが長門が有希の代わりに答える。
「わたしだけでは結論は同じ。あなたも同様、だからこそ我々は互いの意見を交わすべきであった。独断で行動した結果がこれならば違うアプローチこそ考慮すべき事項である」
 そう言う事だ。別にお前らの能力が高いのは分かっているが、それだからこそ自分の能力に頼って考えが固まっていたんじゃないのか? 人間のことわざには三人寄れば文殊の知恵ってのもあるんだからな、まずはどうするか話してもいいんじゃないかと思うぜ。
「簡単に言ってくれるわね……………」
 簡単じゃないさ、だから有希もここまで悩んだんだ。だけど朝倉、お前ならきっといい考えも浮かんでくれるって有希は信じてるんだよ。それは俺が有希に対して持っている信頼と同じくらい強いものなんだろうと思うぞ。
「うん…………」
 これが有希の出した結論だ。まだ諦めない、たったそれだけの事さ。
情報統合思念体に再申請をする。朝倉涼子長門有希、双方を救う方法は必ず存在するはず。情報統合思念体は我々インターフェースをどのように考えているのか、それを問いかけたい」
 場合によっては二人を守るために戦う事すら辞さないだろう、有希はすでに覚悟を決めている。
「それでも情報統合思念体の意思は私たちにとっては絶対ではなかったのではないのですか? 朝倉さんと長門さんがいても、鍵の彼が何を言っても無駄な可能性の方が高いのではないでしょうか」
 喜緑さんの言う事は正論だ。何と言っても創造主は絶対なのだろうし、鍵と言われても俺自身に何か力がある訳でもない。それでも俺は有希の力になりたいんだ、そして有希も俺の肩の上で、
「あなたが、わたしの傍にいてくれる。あなたがわたしを守るために情報統合思念体に伝えるように言った言葉を、今わたしが自分の言葉として情報統合思念体に告げる。……………許可を」
 そんなの許可なんかいらないだろ、俺が言うのはただ一言だ。
「やっちまえ、有希。俺達を舐めるんじゃないってな」
 有希は頷くと喜緑さんに向かい、
情報統合思念体に伝えて。くそったれって」
 その時の朝倉と長門の顔は見物だったぜ? 朝倉はあんぐりと口を開けてたし、長門は今まで見た事がないくらい目を丸くしてたからな。
「わたしは彼と共に過ごし、長門有希の助けを借りて今ここに存在する。そして朝倉涼子はわたしがこの世界に生まれた時から共に生きた大切な人、再構成は感謝するがそれ故に再び彼女を失いたくない」
 そうだ、ハルヒじゃないが有希は有希の幸せというものを望んでもいいはずなんだ。だからお前らの、
「その為ならば涼宮ハルヒの能力を再度借り受ける、わたしは最早躊躇わない。情報統合思念体の存在しない世界に、わたしは彼と長門有希朝倉涼子と存在する」
「な、長門さん! それは…………」
「あなたの能力だけでは不十分、だがわたしも協力は出来る」
 朝倉を制して長門は有希の言葉に追従した。いや、自分もそうする、出来るんだって事が言いたかったのだろう。
長門さん…………あなたまで…………」
「可能性としてあなたを救えるのならば、わたしはその確率を高めるだけ。そしてオリジナルの発言にはわたしも同意する」
 さすがは長門だな、既に有希と行動を合わせようとしている。
「…………………ごめんなさい………………ありがとう…………」
 朝倉は感極まったのか俯いてしまった。その目に光るものがあった、というか感動屋なのかもしれない。本来の朝倉はここまで感情豊かなヤツだったんだな。
喜緑江美里、わたしはわたしの大切なものを守りたい。あなたなら理解出来るはず、情報統合思念体には一字一句伝えてもらって構わない」
 有希は肩の上でキッパリと宣言した。
「俺も同じです、有希が守りたいものを俺も守れるようにします。確かに俺には力は無いけどハルヒを焚きつけてでも有希と長門と朝倉を守りますよ」
 手を伸ばし有希を庇うように手で覆う。俺だってこいつらを助けたいに決まってるんだ、その為なら何だってするさ。
 それをどう思ったんだ、この人は? 有希の高説を聞き続けていた喜緑さんはその笑顔を崩す事は無かった。
 何を思う、何を考えているんだ? 何よりもこの人は有希の言葉をどう聞いたのだろうか?
 俺達四人の視線を受け、沈黙していた喜緑さんが口を開いたのであった。

「そうですか…………」