『SS』 たとえば彼女へ……… 後編

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 ブラブラと歩きながら今だ消えぬネオンの海を漂えば、ちらほらとこんな時間にも関わらず開いている店舗が多いことに気付く。飲食店はともかく小さな雑貨店などとっくに閉まっていてもおかしくはない時間なのだが。まあこんな街中の商店街などは今日が最大の稼ぎ時なのだから閉めている場合ではないのだろう、せめてイルミネーションが消えるまではという涙ぐましい企業努力なのかもしれない。
 そんな中で俺達は格好の観賞スポットであろうイルミネーションのど真ん中に作られた広場のベンチをどうにか確保していた。ちなみに何箇所か同様の所もあったのだが、全てカポーに占拠されていて尚且つお子様の九曜には些か刺激の強い光景が繰り広げられていたので慌てて九曜に目隠しをして逃げ去ってきたのだった。というか九曜に目隠しなど意味があるのだろうか? だがあまり見ていいものでないのも確かなのだ。
 相も変わらないステルス能力によりいつの間にか二人分の席を確保していた九曜は膝の上にケーキの箱を置いて俺が座るのを今や遅しと待っているのであるが、ちょっと待ってもらいたい。
「飲み物買って来る」
「――――えー―――?」
 えー? じゃないだろ、ケーキだけなど食ってられるか。それに寒空でベンチに座るんだぞ、何か温かいものでもなければ無理だ。
「私は――――平気―――よ――――」
 そりゃお前はなあ、と言おうと思ったら小刻みに震えていやがる。寒いんじゃん! 体温調節出来てないんじゃん!
「ぜ〜ん〜〜〜〜〜〜ぜ〜ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜へ〜〜〜〜〜い〜〜〜〜〜〜き〜〜〜〜よ〜〜〜〜〜〜」
 新しいな、これ。震えている事が上手く伝わっているのだろうか?
「―――・―――これは――・―・―――・・――――ど―・う―――・―・―――・・―――?」
 いやそういうのは求めてないから。とりあえずもうちょっと我慢してろ、すぐ買ってくるから! 小刻みに震えすぎて局地的小規模地震を起こしている九曜を残していくのは危険な気もするが多分誰も気付かないだろうという妙な安心感もあって俺はとりあえず暖が取れるものを買うために今来た道を戻るのだった。そういやこれも俺持ちなのかよ。
 急いではいたのにこういう時に限って自販機は売り切れが続き(同じ様な状態のカポーが多かったからだが俺と九曜はカポーではない)、少々離れたコンビニでもホットがまだ補充されたままでぬるいという始末で結局かなり九曜から離れてしまってようやく俺は温かい飲み物を手に入れた。
「ヤバイな、あいつを一人にはしておけないぞ」
 大慌ててで駆け出した俺だが、何で走る羽目にまでなっちまったんだろう。と、急ダッシュの俺が急ブレーキをかけたのは、とある事情があったからでもある。
「ふむ……」
 急いではいるが遅くなってるのも確かだし、ついでっちゃついでだ。飛び込んで数秒、こういう時は直感で行動に限る。
 と、俺らしくもない行動に出たのもイルミネーションが生み出した魔力というものなのだろうか? とにかく聖夜というものは人の心を惑わすものらしい。






 バタバタと急いで戻ると九曜の周りに数人の男がいた。何事かと思えば、
「どうしたの、こんなとこに一人で?」
 って、どうやらナンパなのらしい。これは驚愕の事実だろ、あの九曜の存在に気付いたというだけで賞賛に値する。
「と、そういう問題じゃねえか」
 駆け足でベンチに近づくと男たちがこっちに注目してきた。ああ、なんか納得。いや、これでヤンキー風というか不良ならまだしも、そこにいたのはミニ谷口といった感じのどことなくモテそうもない連中だったのだ。谷口の名誉の為に言っておくがあくまでミニ谷口であって谷口ではない、モテないということについて共通しているだけだ。
 それよりも九曜だろう、あの天然ステルス娘が声をかけられるとは余程モテないセンサーが強力なのか? そういや今頃谷口は何してるんだろう。
「――――――――――――」
 しかし九曜を見て原因がこいつであることはすぐ分かった。というかこれだけ小刻みに震えていたら流石に誰でも気付くよな。つか本当に調節とか出来ないのか。
「まあいいや、待たせたな九曜」
 早くしないと買ってきた飲み物が冷めてしまう。と、俺の前に男の一人がしゃしゃり出てきた。
「なに? 君、この子の彼氏?」
 どこが彼氏だ、どう見ても保護者だろうが。まったく、九曜に声をかけてる時点でどうかと思ってたがやはり谷口の劣化版だけはある、見る目の無さと空気の読めなさは本家以上だ。俺は溜息をついて事情を説明してやろうと思ったのだが、
「――――寒い――――」
 いや、だから体温調整は出来ないのかよ。小刻みに震える九曜が両手を伸ばしてきたので慌てて抱え込む。どうする? とりあえずマフラーを外して九曜に巻いてやった。
「ちっ、何だよ見せ付けやがって」
 捨て台詞を残して男たちが去っていく。何だ、ここから俺とこいつらがケンカしたりする流れなのかと思ったのに。この辺りのヘタレっぷりも谷口っぽいな、まあよく知らないけど。
「――――情報――――解除――――しちゃう――――――――?」
 別にいいよ。
「まあ――――ついでです――――から――――」
 ということで九曜が指先を向けると男たちはキラキラと輝く砂となって冬の風に吹かれて消えていった。イルミネーションに照らされてまるで星のようだ、綺麗だな…………
「って、ダメじゃん! 宇宙能力全開じゃねえか、こんな街中で!」
 ていうか見ず知らずの人が消えちゃったぞ、どうすんだ大パニックになるだろ! しかし九曜は表情も変えずにケーキの箱を持ったまま、
「――――てってれー」
 と呟いた。そして背中から、厳密に言えば髪の毛的な部分から何やら取り出す。看板? そこには『大・成・功』の文字が。
「――――ドッキリ――――でした――――」
 え? なに? ドッキリってなんだよ。
「視覚情報を――――操作しました――――あなた以外には――――見えてません――――よ?――――」
 はあ? つまりは何だ? あの男たちは九曜が作った幻のようなもので、俺がそれを見て消えたからって慌ててたって事か? 訳が分からないので自分なりに簡単にまとめてみたのだが、九曜は素直に頷いた。そうか、そりゃ驚いた。いきなり人が消されたら誰でも驚いちゃうんだぜ、はっはっは。
「って何でそんなことしやがるんだよ! マジで何かあったのかと思っただろうが! それにこんなとこで力を使って万が一喜緑さんとか来たらどうすんだ、二人揃って命の保障がないんだぞ!」
 冗談じゃない、あの海産物が目の前に現れたら宇宙大戦が勃発する。しかも一方的に酷い目に遭わされるのは俺だけなんだぞ! 
「だって――――」
 だってって何だよ!
「――――つまんなかった――――だもの――――」
 そう言った九曜を俺はどんな顔をして見ていたんだろうか。少なくとも毒気を抜かれたのだけは間違い無い。だってそうだろ? あの九曜が拗ねてるのだから。無表情なのに瞳で語るこの沈黙の宇宙人の頬が少しだけ、数ミクロンでも膨らんでるように見えたのだからもう仕方が無い。というか謝るしかなくなった。
「待たせて悪かったよ、寒かったろ?」
 すると九曜は俺が巻いてやったマフラーに顔を埋め、
「――――――――寒かった――――の――――」
 小さく囁いた。そうだった、一人でこんなとこに残していった俺の方が悪いよな。つい九曜なら平気だろうなんて思っていたのかもしれない、それはもう一人の宇宙人に対しても同様に。それは俺の甘えなのか、それとも安心感と言ってしまっていいものなのかまだ俺にも判断がつかないのだけれども。
「すまなかった。ほら、これ暖かいから」
 買ってきたのはホットココアだった。缶を手渡すと九曜は缶に頬ずりして、
「温かい――――」
 声に喜びが籠もっているようで。その唇が僅かに上向いているように見えて俺も思わず微笑んだ。本当にこいつはお子様なのだ、表情には出にくいけど拗ねたり喜んだりと可愛いもんじゃないか。
「そんじゃケーキでも食うか」
 マフラーに顔を埋め、ココアの缶に頬ずりしている九曜の頭を撫でてやりながら視線を九曜の膝の上のケーキに向ければ、
「――――あい――――」
 名残惜しそうに缶を置いた九曜はいそいそと箱を開けてケーキを取り出すと慌てたようにココアを両手で握り締めた。そんなに寒いのかよ。
 まあいいや、とりあえず食うとしよう。ごく普通のイチゴのショートケーキを寒空の下で仲良く食べる俺と九曜なのだった。






 すっかり冷めたコーヒーの残りを一気に飲み干して俺は九曜に言った。
「そろそろ帰るか」
 ネオンは一斉に消えるのかと思えば数箇所ずつ消えていくものなのだと気付くくらいにはイルミネーションもちらほらと消えていっている時間にはなっている。
 もう帰らないと電車も少なくなってくる。ケーキも食べたしそれなりにイルミネーションの中で食べるのも乙なもんだと思ったくらいだ。あれだけうろちょろしていたカポーも次々と消えていっている、あいつらからすればここからが勝負なのだろうが俺は帰らないと妹の機嫌を悪くするだけだ。
「えー――――?」
 えー? じゃないって。もう帰らないと電車を待つ時間もあるんだからとぐずる(無表情だが)九曜を引っ張って帰る。やれやれ、いつの間にこんなにワガママな子になったんだか。
 帰りの電車の中でも、ようやく空いていたので座っていたら窓の外の景色に見惚れてるし。いいからまず靴を脱いでから上がりなさい。というか椅子の上に立とうとしちゃいけません! 数年ぶりにこんな注意してるな、今は妹ですら自重出来る様になったというのに。ていうか見た目的には同級生なはずなんだけどなあ。バタバタと暴れそうな九曜を結局膝の上に抱えて俺は電車に揺られていた。
 あ、バカップルじゃないですよ? 痴漢にも見えないでしょ? ええ、ですから俺達を見て携帯を取り出すのは止めてください。通報なんかしなくていいからーっ!
 とまあ、何故か俺が酷い目に遭いながらも無事に帰って来られたのは偏に九曜が大人しかったからなのだが、まず膝の上に座らせなくてはならなかった理由を考えると褒める気にはならない。だから頭を撫でろと言わんばかりに上目遣いの目線は無視しておいた。何でそういうとこまで妹そっくりなのだ、お前は。





 駅の改札を抜けるとすっかり暗くなっていた。こっちではもうネオンも少ないが、それでもクリスマスらしい雰囲気がかろうじてまだ残っている。今の内に帰れば家でも大目玉は喰らわないだろうし、妹も勘弁してくれそうだ。それに別に明日は休みでもなんでもない、普通に学校があるのだから流石に限界だろう。
 それに九曜も満足したのか頭を静かに揺らしている。どうやらおねむのようだ。
「ねむくなんか――――ないわ――――」
 いやもう頭ゆらゆらしてるから。それにお子様にはもう遅い時間なのかもしれない。
「――――お子様――――ちゃうわ――大人なの――――」
 うわ、反論の仕方がまんま子供だ。しかも無表情ながら両手を挙げて抗議する姿は一体幾つだお前はレベルである。
「ま――――だ――――あ――――そ――――ぶ――――の――――」
 言いながら両手をぐーにして俺の胸をぽかぽか叩いている。まさかの駄々っ子パンチだ、全然痛くもない。こいつが全力で殴ればまず間違いなく俺は死ぬけど。
 しかし九曜に恐ろしいまでの妹属性を発揮されても困るんだけど。とにかく無表情だけど行為は可愛いゼロ歳児宇宙人を大人しくさせる為に俺は頭を撫でてやった。するとパンチが止んで大人しく目を閉じているのだから分かりやすい。
 そうやって黙らせた上で、俺は九曜の説得にかかった。
「なあ九曜、お前だって明日学校だろ? 俺だってそうだし、遅刻なんかしたらうるさい奴もいるんだ。もしも九曜が遅刻したりしたら佐々木も心配するだろ?」
 学校は別かもしれないが佐々木が友人と言った相手の事を気にかけないはずは無い。そこはウチの団長も同様なのだが、とにかく心配性でもあるんだ、あいつらは。九曜は何も言わないけど分かってくれていると思う。
「それに今日は楽しくなかったか? 俺は結構楽しかったぞ」
 まあ放課後のパーティーから今までとちょっとばかり食傷気味になるくらいだったけどな。九曜も小さく首を振り、
「――――楽し――――かったわ――――?」
 まあ疑問系なのは置いておこう。
「だったらもう帰らないとな、明日もあるんだから。なんだったらまた付き合ってやるから」
「――――本当に?」
 ああ、お前さえ良かったらな。今日なんかは時間に追われたけどまあいいんじゃないか?
「――――――――そう」
 うん、それはあいつそっくりだからやめて。けれど多少は納得してくれたのか九曜は俺から離れると、
「――――今日は――――この辺で――――」
 ようやくいつもの九曜に戻ってくれたのだった。まだ頭揺れてるけど。
「おやすみ――――なさい――――?」
 やっぱ眠いんじゃん。夜になったけどまだ高校生が寝る時間じゃないって。とは言わなかったけど。
 そのまま九曜は俺に背を向けようとしたのだけど、このまま帰す訳でもなかったのだ、実は。
「おい、九曜」
「――――なに?」
 頭を揺らしながらも無表情に返事をする九曜の前に俺は小さな包みを差し出した。一応可愛くラッピングもされているのだが宇宙人から見てどうなんだろうな。現に九曜は小首を傾げ、
「――――なに?」
 と訊いてきた。さて、ここからどう言えばこのお子様を納得させる事が出来るだろうか。
「いいか、九曜。今からお前にとって少しだけ悲しい話をする。実はな? サンタってのがお前の家に来る可能性は低いんだ」
「――――ががーん――――!!」
 ががーんと口に出した九曜は愕然とその場に跪いた。いかん、ここまでショックだったとは。絶望のあまり目からハイライトが消えつつある九曜に俺は慌てて言葉を繋ぐ。
「ああ、すまん。いや、サンタのプレゼントには年齢制限があってだな? お前は高校生だから年齢的に引っかかりそうなんだよ」
「私は――――生まれて――――間もないのに――――」
 いや、それ知ってるの数人しかいないから。見た目で言えば高校生そのものだからね? 制服を脱いだら分かんなくなりそうだ、というのは心の奥に秘めておく。
「だから万が一サンタが来なかった時の事を考えて俺がプレゼントを用意してやったんだ。それがこれだ」
 実を言えば飲み物を買いに行った際に急に思いついて飛び込んだ店で直感だけを頼りに買っただけだ。でも本当にサンタを待っていて来なかった時のショックを思えばこのくらいの嘘はいいだろうし、プレゼントを貰う喜びくらいは知っておいてもいいと思う。
 九曜は俺から包みを受け取ると不思議そうにそれを見つめる。
「開けて――――いいの――――?」
 いいぞ、お前にやったやつなんだから遠慮はいらないから。そう言うと九曜は静かに包みを開いた。中身を取り出して、繁々と見つめた九曜は俺を見て小首を傾げた。一々こういう態度なんだな、お前。
「――――これは――――なに――――?」
「リボンだ」
 そう、九曜が持っているのは髪をまとめるリボンである。こいつの髪の長さやボリュームを考えて長めのやつを買ってみた。色は赤、ではなく水色だ。何となく明るい色よりも涼やかな色を選んでみた。
「お前の髪は量が多いからな、たまにはまとめたりとかして雰囲気を変えてみてもいいんじゃないかと思ってな」
 身近にツインテールもいるから髪型を変えるというのは理解出来ていると思う。いつももっさりしてるからな、たまには髪でも上げてみたら気分も変わるんじゃないか?
 などと言いながらも俺自身にある意図が無かったとは言えないのだが直接的にそれを口に出せば様々な弊害が生まれる予感は間違いが無いだろう。とりあえずはお安く手軽だけどクリスマスらしさを表してみただけ、そういうことなんだよな。
「――――いいの?――――」
 いいよ、そのくらい。リボンを真剣に見つめていた九曜だったが、それを大事そうにしまうと、
「――――ありが――――とう――――ござい――――ます――――?」
 惜しいな、そこは疑問系じゃない方が良かった。しかし俺の期待したとおり、九曜の瞳の輝きを見ればそんなことは瑣末なことだと分かってもらえると思う。
 まあ俺なんかで出来るのはこのくらいだ、もしもっと楽しみたかったら俺の親友とその周りにくっついている連中に頼んでみな。あいつらも何だかんだで佐々木と一緒にいることを選んだんだ、きっとSOS団ほどじゃないがお前を満足させてくれるくらいは出来るだろう。
「――――また――――」
 ああ、またな。気軽に次の約束なんかすると後でえらい目に遭うのが分かっていても。俺は周防九曜とまた、という約束を交わしてしまうのだ。
「大切に――――するから――――」
 そうしてもらえると嬉しいよ。次に会った時にはどんな髪型になってるんだかな。
「あなたの――――瞳は――――とても――――綺麗ね――――」
 今日のお前の瞳も綺麗なもんだったぜ。イルミネーションを丸ごと取り込んでも引けをとらないような。聖なる夜に瞳に星を取り込んだ少女は静かに両手を挙げた。
 そして一言。
「閉店――――ガラガラ――――」
 だからスベッてるって! 両手が降りて俺がツッコんだと同時に目の前にいたはずの九曜の気配が消えた。俺は思わず溜息をつく。せっかくの気分が台無しじゃねえか。
「ま、それもあいつらしいか」
 芸人でお子様で。だけど純粋で素直で。生まれたての宇宙人には色々とこの世の中は面白いのかもしれない、そう思ってもらえたら幸いってとこなんだろう。
 やれやれ、一般人がやるにはなかなか大変なんじゃないか? 未知の生命体とのコンタクトを何故か一手に引き受けているような。
 だけどな? 九曜にしても、あいつにしても俺たちとの接触をそれなりに楽しんでくれている、むしろ俺たちを理解してくれようとしている。万能でありながら何も知らない不思議な少女たちは、きっと世界に居なくちゃいけない奴らなんだと思うんだ。
 その手助けなんかを俺はしてしまっているのかもしれない。だけど誰にもこの役目を譲る気になんかなれるはずも無い。俺はあいつらの親玉がいるであろう空を見上げて一人笑った。
「さてと、来年はどうやってサンタが居ないことを誤魔化すのか、佐々木のお手並み拝見だな」
 あの冷静な佐々木が九曜に対して慌てふためくのも見てみたいかもな。もしもややこしくなったら、その時は俺も駆り出される事だろう。
「ま、いいか」
 吐いた息は白く、空へと昇ってゆく。でも少しはちゃんと説明してやってくれよ。俺は宇宙のどこかにいるだろう、九曜とあいつの親玉に心の中でそう言った。







 さて、いつもならばここで俺が何故か酷い目に遭うのだが今日ばかりはそうはいかない。何故ならば今日は聖なる夜であり、誰もが幸福を分かち合うべきなのだから。
 俺は携帯を取り出して住所録から知り合いの名前を探す。とは言え履歴でも探せるくらいだ、すぐ見つかって通話ボタンを押せば、
『もしもし? どうしたんだい、こんな時間に。まだSOS団の皆さんとお楽しみだと思っていたが既に解散しているとは意外だね』
 聞き慣れた奴の声がする。そうでもないさ、明日も学校なんだからな。
『ふむ、確かに。別段クリスマスといえど平日であることには変わりはなかったね、ハロウィンなどもそうだがキリスト教の祝日が日本においてもそれに当たるとは限らないから仕様が無い』
 分かってるじゃないか。けどな?
「ああ、お前も塾だったんだろ? そうか、今終わったところか。毎日遅くまで大変だな、ところで佐々木、この後少し時間があるか?」
 聖なる夜の楽しみを一人だけ味合わないってのも可哀想だろ? ちょっとしたお裾分けだ、いいから付き合え。
『くっくっく、まったく君ってやつは………………ありがとう』
 いいってこった。言ったろ、お裾分けだって。通話を切って暖を取る為に二本目の缶コーヒーを買いに行く。
 すまんな、妹よ。もうちょっとだけ帰るのは遅くなりそうだ。だけど親友が一人だけ仲間外れってのも良くはないよな、SOS団も九曜も楽しんだんだからお前にも少しは聖夜ってもんを楽しんでもらいたいだけさ。
 ポケットには九曜のリボンと一緒に買った小さな包みの中身は手帳。女の子に送るには味気無いが、俺の親友のような律儀で真面目な奴にはピッタリだろうと思ってな。相も変わらず忙しそうだから少しはスケジュール管理の手伝いでも出来れば幸いってもんさ。俺のスケジュールはワガママな団長様が何も言わなければ真っ白なままだろうけど。
「メリークリスマスって柄じゃないけどな」
 勉強漬けの親友が改札をくぐってくるまで、俺は缶コーヒーの温もりだけを頼りに白い吐息の行方を追っていたのだった。





























 さあ、これで終われば非常に綺麗な話だったんだ。聖なる夜のちょっとした思い出作りじゃなかったのかよ?
 俺が佐々木を待ってささやかなプレゼントを渡したところで狙ったようにツインテールと無愛想がやってきて、なし崩しにクリスマスパーティなど開かされそうになって慌てて逃げ出そうとしたら、
「――――――どう?」
 まさかの九曜再登場で、しかも俺のプレゼントしたリボンで見事なポニーテールを作って来てくれたので思わず賛辞を尽くしてしまい、俺は凍りつくような視線に体を貫かれるのだった。
「…………僕の手帳は君らしく、とても嬉しい。しかし何故九曜さんには容姿を気にしたプレゼントなのか説明してもらえないだろうか?」
 いや、安かったんだよ。お前に買った手帳の方が遥かに高いんだぜ?
「ああ、君は週末にSOS団とやらの活動で出費が多いと聞いているのに申し訳ないくらいに感謝している。ところで九曜さんの現在している髪型の意図について君の忌憚無き意見をお聞かせ願えないだろうか?」
 さあ、九曜には九曜の思うところがあるんじゃないですかねえ? いやだなあ、何でそんな目をしてるんですか佐々木さん?
「……………………僕も髪を伸ばしてみようかな」
 それはやめとけ、お前はお前だ。そう言うと、
「それは僕の容姿に何か問題でもあるということなのかな? それともあの髪型は九曜さんだけが許されているとでも言うのならば僕は女性の代表として君に一言意見せねばなるまい。さあキョン、君の正直な言葉を僕に聞かせてくれないか?」
 あれ? おかしいぞ、俺は佐々木に聖夜を楽しんでもらおうと思ってただけのはずなのに。
 何で佐々木に首根っこを掴まれて引きずられているんだろうな? 強い、強いって佐々木! 首が絞まる、ネクタイじゃないから余計に締まってる! 
 ツインテールも無愛想も佐々木の迫力に何も言えないまま、俺はどんどん引きずられていった。
「おい、九曜! どうにかして、」
 その時、俺は気がついた。そういえば俺は九曜にマフラーを貸したままだったということを。
 マフラーに顔を埋めた見事までに麗しいポニーテールの黒髪の少女は。
 無表情のはずなのに、その黒く大きな瞳に全ての感情を込めているかのごとく。
 間違い無い、九曜の奴は笑っていた。それはイタズラに成功した小悪魔のように。こんな状況なのについ見惚れちまうくらいに。
 あ、あ、あのなあーっ?!
「う、裏切り者ーっ!!」
 ものーっ! ものーっ………俺の絶叫が聖なる夜に木霊した。






 結局その日の夜に俺は帰宅することが許されず、妹には涙目で叩かれるわ、翌日も睡眠不足でハルヒに怒鳴られるわ、とどめに長門の無言の追求を放課後以降受け続けて結局二日連続徹夜となったのは一体何の呪いなのだろうか?
 それでもこう言うしかないのか? ハッピー・メリー・クリスマスってさ。
 はあ、俺のハッピーって何時訪れるんだろ…………