『SS』 たとえば彼女か……… 4

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走る、走る、俺達。流れる汗もそのままに。
「たどり着いたらあたしに打ち明けてくれるの?」
いつか、な。それよりもたどり着ける気もしない。などと小脇に九曜を抱えて走る俺とキョン子なのだが、
「いい加減九曜を降ろしたら?」
という冷静なキョン子の一言により我に返ったのであった。というか、こいつ軽いからつい運んでたけど傍目から見れば異様だろうな。だから降ろすぞ九曜。
「えー―――――」
えー、じゃありません。我がまま宇宙人をようやく地面に降ろすと、
「―――――楽しかった―――――よ―――――?」
「いや、お前完全に荷物扱いだったから」
キョン子のツッコミは正しい。何より降ろしたはずの九曜が未だに俺の腕にしがみ付くというかぶら下がっているのに重さを感じていない点から考慮してもカバンか何かみたいだし。
「アラームも鳴ってないから少し歩こうよ、走りっぱなしで疲れたし」
だから走る事になったのは誰のせいだって、もういいや。同じ人物のはずなのに口論をしても勝てる気がまったくしない。
「とはいえ闇雲に走ったから中心街を抜けちまった。この辺りの地理は俺も詳しくはないぞ」
逆に考えればハルヒもこの辺りには明るくはないはずだ、若干だが時間が稼げるかもしれない。となれば当初の予定通り食事がてらに休憩を取るのも一つの手ではないだろうか。
とはいえ、まずは店探しからとなってしまうので時間をかけたくはない。こうなれば適当に歩いた先で見かけた最初の店に飛び込もうかと思っていると、
「やあキョン、ここに居たんだ」
と意外な人物に声をかけられてしまうのだった。というか、何でお前がここにいる? しかも今の状況はまずいというのに。
「よ、よう国木田。偶然だな」
声をかけた国木田は面白そうに俺を見ている。そんな国木田と俺を交互に見たキョン子は、
「国木田? 国木田って中学の同級生の?」
不思議そうに俺に小声で訊いてきた。ん? 何だ、知ってるのか?
「だってあたしの中学にも国木田は居たもん。佐々木だって知ってるはずよ、ただし女の子だけど」
何だと? あの国木田が女になってたかよ、まあ俺が女になっている世界だから国木田が女でもおかしくはないのか。そうなると佐々木だけ性別が変わってないのは謎になるな。
「そういえばあたしの世界の国木田は北校に行ってるんだっけ」
となると北校に行ってる連中が性別が逆になっていてキョン子だけが光陽園に行ったという説が正しかったという訳だ。ということは、
「あの谷口も女になってるってのかよ」
「うわ、それは見たくないかもな」
「―――――意外に―――――いいかも―――――よ―――――?」
そうか? どうも想像出来ないけどな。などと小声で話していた俺だったのだが、
「随分仲良さそうだけどその子はキョンの親戚かな? 光陽園の人も初対面だね」
いかん、国木田は興味深そうに訊いてきた。なまじっか付き合いが古いだけに親戚と言っても信じてもらえるかどうか。それに九曜はどう言い訳する?
「あ、あー、こっちの彼女も光陽園の彼女も中学時代に知り合ったんだ。ほら、塾に行ってたろ? あの時に知り合ってな。だから佐々木も知ってるはずだ、なあ九曜?」
国木田はあの時俺達と同じ塾には通っていない。少なくとも佐々木は九曜を知っているから嘘にもならないはずだ、後々は怖いが今の時点で話が破綻さえしていなければいい。
「間違いなく墓穴を掘るような自転車操業だよね」
仕方ないだろ、上手くやり過ごして移動しないとここでハルヒに追いつかれたら一巻の終わりだ。
「ふーん、九曜さんって言うんだ。そっちの彼女は?」
「へ? あ、あたし?」
しまった、キョン子はどう説明する? 中学の塾までは良かったが名前となるとキョン子ではまずいだろ。すると意外な救いの手が伸びてきた。
「彼女は―――――キョン子―――――さん―――――」
「え? キョン子? なんでキョンと同じあだ名なのさ」
「私が―――――つけた――――塾で一緒だった―――――彼に似てたから―――――それに―――――彼女は―――――高校も一緒―――――なのよ―――――」
そう言った九曜がキョン子と腕を組んだのだ。なんと、こいつが口裏を合わせてくれるとは。キョン子も嬉しそうに頷いている。
「へえ、そんなに似てると思えないけどね」
 いや、同一人物なんだけど。とりあえず、
「じゃあ僕もキョン子さんって呼んでもいいのかな?」
 嫌とは言えないので渋々キョン子も納得する。そういえば俺は自分のあだ名を気に入っているとは言いがたいのだがこいつはどうなんだろうな。
「ん〜、最近はそんなに気にならないかな」
 そういうもんか。まあ男と女の違いなのかもしれないが。
「そうじゃなくて、キョンと一緒だからだよ。だからあたしはこれでいいの」
 うむ、同じ人物なんだから当然なのに照れくさいのは何故だろう。このままだと素直デレ代表がとんでもなく恥かしい事を中学時代からの友人に言ってのけそうなので話をずらさねば。
「そういやお前はどうしてこんなとこに居るんだ? 日曜だから出かけるのは分かるが一人でブラブラするって柄でもないだろ」
 国木田は昔から交友範囲は広く、クラスでも俺以外の友人に不足しているとは思えない。中には谷口のような調子のいい奴もいるが分け隔てなく付き合えるのはこいつの才能といってもいいだろう。
 なので一人でこんな繁華街から離れたところにいる理由が分からない。ただ独りで行動したいという気持ちは分からなくも無いのでちょっとした気まぐれなのだろうと思っていたのだが国木田は意外な事を言い出した。
「何言ってんだよ、キョンを探してたんじゃないか」
 何だって?! 何故国木田に探されなくてはならないんだ。
「何か用があったのか? それなら携帯でも連絡くれればいいじゃないか」
「いや、てっきりキョンに何かあったのかと思って慌てて探し回ってたんだよ」
 益々分からん。目が点になっている俺とキョン子に国木田は苦笑しながら理由を説明してくれた。
「実は谷口から電話がかかってきてさ。もしかしたら偶然通話状態になっただけなのかもだけど、キョンの声が聞こえて駅に行くとか何とか話してるのかなと思ったらいきなり谷口の絶叫が聞こえるじゃないか。まあ谷口だから平気かなって思うけどキョンはどうなったのかなって。だから駅まで行ってキョンが行きそうな所を探してみてたんだ」
 結局原因はあのアホか。国木田にまで迷惑かけやがって、あのまま放置して正解だったな。
「しまったわね、通話履歴まで確認してなかったもん」
「―――――存在ごと―――――消せば―――――良かった―――――?」
 物騒な事を言うな、それにしても人騒がせな奴だったな。
「すまんな国木田、あのアホが勝手に暴走した結果だ。まあ今頃は色んな意味で終わってるから気にするな、わざわざ引っ張りまわして悪かった」
 国木田は単なる被害者だ、俺の心配までしてくれて申し訳無い。実際は谷口の訳の分からない妄言が原因であっても俺は国木田に頭を下げた。キョン子も合わせて頭を下げる。九曜、土下座はしなくていい。
 まあ谷口だからね、と笑ってくれた国木田だったのだが次の一言で俺達は凍り付いてしまったのだった。
「ああ、だったらみんなに連絡しないと。もう解決したって」
 …………な・ん・だ・と? 背筋に一筋の汗が流れる。顔から血の気が引いていくのが分かる。みんなって何だ、お前何してくれたんだ?
「だからキョンを探そうって知り合いに声をかけておいたんだよ。今頃みんな探してるだろうからね」
「な、なあ国木田? その、声をかけた知り合いって誰と誰と誰と誰だ?」
「え? えーと、SOS団のみんなとクラスメイトでキョンとよく話してる人とかかな。あと妹さんだっけ、家に連絡したら出たから一応話しておいたよ」
 やっぱりか、最悪のメンバーチョイスだ! ということはさっきのハルヒも、
「あ、涼宮さんに会ったのかい? だったら何で一緒に、」
「すまん国木田! 俺とここで会った事はハルヒにだけは言わないでくれ! そしてお前はいい奴だけど今回ばかりは親切過ぎだ! だからまたな!」
 国木田の言葉を全て聞く前に俺とキョン子は九曜を引っ張って走り出していた。というのも探知機のランプが一つ点灯したからだ、しかもこれがハルヒ以外の可能性もある。それは国木田の心配症から目標設定された狩人が増えたからだ。間違いなくそいつらは俺の心配をしていない、むしろ狩る気満々だろう。
「えっ? ちょっと、キョンー!」
 戸惑う国木田を残すのは心苦しいが最早そんな事は言っていられない。鬼ごっこの規模は今ココに拡大が決定したのだ、鬼の数が増えたという事実を持って。
「えーと、どうなるんだろ?」
 知るか! もうどうなってもおかしくないぞ! 国木田情報からハルヒへの宣戦布告をもって俺達が一緒に居る事は周知の事実だ、後はどうにかして逃げ切るしかないっ!
「ふ〜ん…………まあいい機会かもね」
 はあ? 何言ってるんだキョン子、それよりランプの点灯が増えてきてるんだぞ!
「いいじゃない、こうなったらとことん逃げ切ってやるわよ! ねえ九曜、この探知機の対象って何人なの?」
「基本的には―――――四人―――――例の―――――オチ要員―――――なの―――――」
 オチ言うな、つまりは宇宙人と神様だ。それが一般人に危害を加えようとしている、何という酷い世の中なのだろう。
「そっか、それにプラス何人かがあたしの敵ね!」
 だから敵って何だよ? まあ今の状況だと鬼ではあるのかもしれないが。
「―――――私の―――――敵かも―――――?」
「そうよ、あたし達のライバルなんだから!」
 ちょっと待て! 何か勝手に話を進めてるけど俺はどうなる?!
「いいの! お前はそうね、優勝商品みたいなもんよ」
 モノ扱いかよ! というか、
「何でそんなに楽しそうなんだよ、お前ら…………」
 走りながら笑っているキョン子と無表情なのに楽しそうな九曜。俺からすれば極限状態の中で笑ってられるこいつらの神経が理解できん。
「そんなもん、あたしたちが女の子だからに決まってるじゃない!」
「ねー―――――」
 いや、分かんないって。説明になってないって! いつの間にか俺の両腕は二人の女の子にホールドされて引っ張られている。アラームが鳴る中を全力疾走する最悪のデートだ、
「そう? あたしは楽しいよ」
「―――――もなずく―――――」
「お前らなあ…………」
 ダメだ、もうこうなったらこいつらに任せるしかなさそうだ。男としてはどうなのかと思いもするが俺の周辺の女どもはそんな俺よりも遥かにパワフルなのだから。
 やれやれ、と言いかけると、
「絶対に渡さないからねっ!」
「―――――ねっ」
 こう言われて肩もすくめないって寸法だ。はあ、普通のデートに憧れるぜ。
「だったら笑っちゃダメだろ」
 だな。しっかり当ててるキョン子と九曜の温もりと、まるで子供のような鬼ごっこ(ただしリスクはでかい)に俺も気持ちが浮かれてるんだろうよ。
「単に逃げるってのは芸が無いよな?」
「うんっ!」
「―――――いえーい―――――」
 走り出した俺達は止まらない。目的地なんか決めてないが隠れるってのは却下だ、それじゃキョン子を楽しませてやれないからな。
「期待してるよ?」
 まあ努力してみるさ。九曜の瞳に星のような輝きが宿っているからな。それとキョン子の笑顔も。
 こうして俺達は全力疾走で再び繁華街へと戻って行ったのであった。
 ここからどうなるかなんてそんなもん神様にでも訊いてくれ。その神様にはくれぐれも俺達が何処に居るかなど言わないようにな?