『SS』 たとえば彼女か……… 2

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 走り出した俺達なのだが行き先は一つしかない。駅だ。まずはここからの脱出こそが最大の目的で、流石の俺もこれ以上地元に留まることの不利は理解している。
「せっかくだから、あたしの世界とどう違うのか調べたかったんだけどなあ」
 好奇心は狗も殺すぞ。それに俺の見る限りでは大した違いなどありはしない、精々俺達SOS団の性別が違うくらいだ。
「それって一番重要じゃない?」
 そうだな、俺はここにいるから他の連中も見てみたいもんだ。あのハルヒが男になってたらさぞやかましい奴だろうがな。
「…………ハルヒは女の子の方がいいんでしょ」
 何か呟いたキョン子の繋いだ手に力が入る。痛い、力入れすぎだって! 何を怒ってんだ、こいつ。
「何でもないっ! それよりもう大丈夫じゃないの?」
 気付けばランプも消え、アラームも鳴っていない。どうやら最初の嵐は去ったようだ、とりあえず走っていた足を止めて歩き出す。動きやすい服装にして正解だったな、この先何回走るのか分かったもんじゃない。
「最初に九曜に言われた時には何でって思ったけどね。せっかくキョンに買ってもらった服着て来ようとしてたのにさ」
 それは俺も残念に思う。次回はもっと落ち着いたデートにしたいもんだ。いつの間にか次回を考えるのが当たり前になっている自分の思考にも驚く物があるのだが。
「―――――次回も――――――お楽しみにね―――――――」
「なんかここで終わりそうだね」
 もうちょっとだけ続くのじゃよ。ここで終わるとそれもそれでまずいしな。それよりも、
「いつまで手を繋ぐんだ?」
「離しちゃダメだからね!」
「――――です」
 という訳で手は繋いだままで歩くこととなった。ついでに言えばキョン子は手を繋いだ上で俺の腕にしがみ付いていた。当てたいのよ、継続中のご様子である。春になり、暖かくなってきた頃なのでキョン子はシャツだったのだがなるほど感触が違うものなのだなあ。
「実は―――――着けてません――――――」
 マジで?! その、ブが最初につく胸に装着する類のアレをか?
「そんなことあるか! さすがにそこまでやる勇気はないわよ!」
 顔を真っ赤にしたキョン子が慌てて反論する。だよな、いくらキョン子のそれがささやかでも無いよな、そんなこと。
「――――――――私が」
 え? と思う間も無く九曜が腕にしがみ付く。ということはこの制服のシャツの下は……
「九曜ーっ! それは反則だろ! ずるい! それ、ずるいーっ!」
 ってキョン子が俺の腕から離れて九曜を引き離そうとする。いや、キョン子の気持ちは分からなくはないのだがそれよりも俺はどうしても九曜に言わなければならない事があるんだ。
「えーと、正直分からなかったです」
 こうかはばつぐんだ!
「ががが〜ん!」
 ががが〜んと口で言った九曜は膝から崩れ落ちた。いや、本当に当ててるのかどうかすら分からなかったものだから。 
「九曜…………可哀想…………」
 キョン子が優しく九曜の肩を抱く。やはり友達を大事にする奴だ。
「でも抜け駆けしたから罰!」
「―――いたーい―――――」
 と思ったらこめかみグリグリの刑だ、結構酷い。というか、女同士って怖いなあ。
「お前も九曜に酷いこと言うな!」
 俺も? そりゃちょっと悪いとは思ったけど。
「実際キョン子の方があるからなあ」
「そ、そう? え、えへへ、そっかあ……」
 あれ? いきなり顔を真っ赤にされた。ちょっとはにかんだ笑顔が可愛いんですけど。
「――――――――」
 いってぇ! 九曜、蹴るな! 膝裏を狙って蹴るな! 痛い痛い、俺が悪かったってば! 助けてキョン子
「え〜? でもキョンが悪いと思うな、あたし」
 そこで友情を発揮するなよ! 何で俺だけ酷い目に遭ってんだ?
「まあまあ、ちゃんとエスコートしてくれるなら許してあげるってさ」
 そう言ってキョン子がまた俺にしがみ付く。九曜も反対の腕をしっかり掴んでるし。
「やれやれ」
 そう言って肩をすくめるしかないのだろう、結局この二人にまで振り回されてるような気もするけど。
 などと思いながらも二人に両腕をホールドされたまま駅へと歩く俺なのだったが危険はすぐそこまで迫っていたのであった。というのも、
「ようキョン、どうしたんだってなんじゃそりゃーっ?!」
 などと言いながら走ってきた馬鹿がいたからだ。残念な事にその馬鹿はクラスメイトであり、ここで会ったというのも当然ながら都合が悪い相手でもある。
「ねえ、あれ誰?」
「ああ、同級生だ。今年いっぱいはそうだろうが来年の保障はないな」
 それを言えば俺も似たり寄ったりなのかもしれないが最終的に俺はハルヒ超先生がどうにか進級させそうなので来年は走る馬鹿を後輩と呼ぶ可能性も低くは無い。
 ふ〜ん、と心から興味無さそうにキョン子が呟いたところで馬鹿が目の前にやってきた。いかん、逃げれば良かった。だがもう遅い。
「キョ、キョ、キョン! おま、いた、なに、どう、っだー!」
「落ち着け谷口、それでなくてもお前は意味不明な事しか言えないんだから」
 走ってきたから息が切れてるのは分かるがキョン子が怖がるから息をハアハア言わすな。見ろ、キョン子が怯えて俺の後ろに隠れちゃったじゃないか。
「そんな事より何してるんだ、てめえ! どうしてそんなに羨ましい状態になってんだか説明しやがれ!」
 羨ましい? どこが? 単に右腕にしがみ付いているポニーテールの似合う女の子がいて左腕には無表情な女の子がしがみ付いていて、おまけに左の女の子は着けてないだけだ。
「十分じゃねえかぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 まあな。
「で? その彼女は一体何なんだよ、しかも二人も。いいから紹介しやがれ」
 と言われてもどう言えばいいんだ? 九曜は光陽園の制服だから何とでも言い様があるがキョン子はこの世界だと存在しない人物だ。まさか「異世界の俺なんだよ、こいつは」なんて言える訳ないし、親戚とでも言うしかないのか。親戚にしては親しすぎる感は否めないが欧米式スキンシップとでも言えばいいか。
 などと考えていたのだが俺はキョン子が本当に俺なのかと改めて思わざるを得なかった。それは今まで俺の後ろに隠れていたキョン子がいきなり、
「彼女ですっ!」
 と叫んだからだ。言われた谷口も当事者であるはずの俺までも呆然とする中で、
「え、え〜と、彼女っていうのはあの女性はって意味じゃなくて、その、お付き合いしているというか、今日だってデートだし、つまりは邪魔すんなって事だし、要するにあたしとキョンは恋人だったりしちゃうのかなーって、それもいいやっていうか、そうありたいような、そうじゃなきゃヤダっていうか、だってキョンは鈍感だし、こんな時じゃないとこんな事言えないから結局あたし達はラブラブなんですっ!」
 ここまでをワンブレスで言い切ったのである。えーと、何を言ったのか噛み砕いて思いだそう。キョン子と俺はラブラブでお付き合いしていてデートの最中で谷口は邪魔だと。そう言いたいんだな?
「な、何だってーっ?!」
 とんでもない事言うな、キョン子が俺の彼女でお付き合いしていてデートの真っ最中で谷口が邪魔だと? 「うん」っていい笑顔で頷くな、デートについても谷口の邪魔さ加減についても否定しないが、
「彼女ってのは言いすぎだろ、お前」
「あたしが彼女じゃ嫌なの?」
 そんな上目遣いで小首を傾げられて「いいや」って言える男がいたらキョン子の代わりにぶん殴ってやりたいね。だから黙って首を振るしかなかったのさ。
「ありがとな、キョン子
「えへへ…………」
 思わず見詰め合う二人。そこに口を挟むのは相変わらず空気の読めないこの男である。
「あ、あのな? お前らが付き合ってるのはいいんだけど、そっちの女の子は何なんだ?」
 ああ、こっちか。さっきから黙って俺の腕に胸を押し当ててる九曜は谷口の方をちらりと見ると無表情にこう言った。
「―――――二号―――――――――――もしくは――――――愛人――――――――?」
「なぁぁぁっ?!」
 驚く谷口及び俺。しかし九曜は何事も無かったかのように、
「私も――――――――ラブラブ――――――――」
 ここだけ疑問系じゃないところを含めて確信犯だな。しかもキョン子まで面白そうに、
「ねー」
「――――ねー」
 なんて言うものだから、顔が赤くなるしかないだろう。いかん、これではモテてるみたいじゃないか。
「な、なんでお前ばっかいい思いしてるんだ……」
 青ざめた顔で後ずさる谷口。いや、今はいい思いしてるけど普段はそうでもないんだから。これはご褒美みたいなものでたまにはいいんじゃないか。
「ああ、無自覚だしね」
「――――――――まあね」
 ほら見ろ、キョン子たちに馬鹿にされたじゃないか。だから何故だって。
「ぐ、ぐぐ……う、羨ましく…………あるわーっ!」
 あるんだ。涙で顔をぐちゃぐちゃにした谷口が肩を震わせて俺を睨みつける。が、鼻水を垂らしているので汚い。キョン子にも失礼だし九曜の情操教育にもよろしくないのでその顔を拭け、なんだったらティッシュいるか?
「いらんわっ! チキショーッ! ごゆっくり〜っ!」
泣きながらアホが走り去ろうとした。しかし、俺とキョン子は見逃さなかった。あのアホが泣きながら携帯を取り出したところを。このアホ、俺達をチクるつもりだ!
「九曜!」
キョン子の鋭い声に、
「――――了解――――」
素早く反応した九曜が背中、もとい髪の毛から一本の管のようなものを取り出す。そしてその管を口に咥えると、
「――――――――フッ」
吹き出した。吹き矢? と俺が驚く間も無く、
「ウギャーッ!」
と絶叫を上げ、悪のWAWAWAは首筋に矢を受けて倒れたのであった。
「グッジョブ九曜!」
「――――いえーい」
キョン子と九曜がハイタッチを交わす。何だこの連携の良さは。俺とあいつのコンビもなかなかだと思っていたが初めて敗北感を感じるぞ。
「で、あのアホは無事なのか? まあ死にさえしなければいいんだけど」
「どうなの? まあ死んでないならいいんだけど」
「大丈夫――――――――死んでない」
ならいいや。九曜曰くあの矢の先には情報操作プログラムが仕込んであって、谷口は春の陽気に誘われて町中を駆け回った挙句に全裸になろうとしてズボンを下ろしたら躓いて転んで電柱に顔面をぶつけて失神したことになったらしい。一応演出のために谷口のズボンを半分下ろしておくか。
「え〜? キョンのだったらいいけど見たくないなあ、こいつの下着」
若干不穏な言葉が入っていたが俺も同感だな、ということで頼んだぞ九曜。
「――――――――あい」
という事で今までの出来事は無かったことにして俺達は再び駅へと向かうのであった。まだアラームは鳴っていない、今のうちにここから離れなければ。






しかし、俺達は気づいていなかった。あのアホはアホのくせにアホなくらいにアホだったのだ。
まさか、あの携帯が既にどこかに繋がっていたなんて。そしてそれを知った時には俺達は全力疾走真っ只中になることをこの時の俺はまだ知る由も無かった。