『SS』 例えば彼女も……… 後編

前回はこちら


「はあーっ……はあーっ…………な、何故にこんなことに………」
 全速で街中を駆け抜けた俺がたどり着いたのはいつもの公園である。何と言うか、ここしかないんですよ。そういえば俺はここの公園の正式名称を知らないのだが。
「お疲れさま」
「―――おつ―――――」
「本当にそう思ってるなら降りてくれ」
 あれだけの全速力でも振り落とされないのは凄いが絶対に無駄な能力だろ。
「―――ほい――――」「了解」
 そこだけ素直な二人が降りてくれてやっと一息ついた俺はこれまたいつものベンチに腰掛ける。
 いや、ため息くらい吐いてもいいんじゃないか? ちょっと九曜に対して親切心を発揮した結果としてこれというのは余りにも酷ではなかろうか。
「………………わたしの存在は負担だった?」
 ああ、いやそういうことじゃないんだけどな。少し申し訳なさそうに目を伏せる長門に慌てて言い訳をする。
「いや、違うんだ。楽しかったけど俺一人では勿体なかったなと思ってさ」
 あの長門に九曜まで熱唱していた空間を俺一人が楽しむなんて勿体なさすぎるだろ。こんな二人をハルヒだって佐々木だって見てみたいと思うに決まっている。
 それを言えば朝比奈さんや古泉も見てみたいと思うよな? 佐々木側の連中は知らないが、これに鶴屋さんや谷口に国木田も参加させてやれ。
 全員で賑やかにやる方がいいさ、その方がお前らにだっていいと思うんだ。
「だから今度は全員で行こうぜ、SOS団対佐々木団対抗歌合戦なんてどうだ?」
 そうなったら俺はどちらに所属となるのだろうかね? まあ雑用はドリンクバーを往復するだけで十分さ。
 今度は違う意味で受付のおねえさんには迷惑をかけてしまうかもしれないが口だけは達者な超能力者が二人もいるからどうにかなるだろう。
「………楽しみにしている」
 そう言った長門の唇の端が俺以外でも分かるほどに上がっているのを見てしまえば次回を真剣に考えなければならないかと思うだろ?
「待ってて」
 なんだ? 長門が待てというのならば待つけど。
 すると、長門が自分の指を口に銜えた。何を、と思ったらちゅぱっと指を出す。その先には長門の、
「舐めて」
 え、このネタ引っ張ってたの? それにあれは漫画であって実際に見る長門の指先に光るヨダレは何と言うか先鋭的というか淫靡というか。
 だが、俺が長門に逆らえる訳でもなく(そう、長門が命じて逆らえる訳ないじゃないか)その光る指を咥えてしまったのだが。
『え?』
 急に顔が熱くなる。というか、顔が赤くなった。
「ど、どういう、」
「わたしは………あなたと二人でも構わない」
 それはどういう、と尋ねる前に「また、学校で」と言い残して長門は去ってしまった。
 あのさ、こういうとこまで真似しなくていいんだぞ? 変な恥ずかしさだけ残ってしまうだろうが。流石は謎の………いやだから彼女じゃないんだって!
 誰に大してなのか分らない言い訳を脳内で繰り返しながらベンチでのたうち回っていると、
「――――それでは――――またねー―――――」
 あ、お前は普通に帰るんだな。ちょっとだけ安心したような拍子抜けしたような変な気分で見送るつもりだったのだが、
「で? お前はどうだったんだ?」
 何となく訊いてしまった。勿論、真っ当な答えが返ってくるなんて思ってなかったさ。
 しかし、俺に背を向けて帰ろうとしていた周防九曜が振り返った瞬間。
「―――――楽しかったわ」
 その自然な微笑みは俺の知る九曜では無かったのだ。
「まさか情報統合思念体のインターフェースから歌い方を学習するなんて思いもしなかったけどね」
 苦笑しながらベンチに座る俺に近づいてくるのは一体誰だ? 淀みなく話す声は紛れもなく周防九曜そのものなのに、存在感が圧倒的に違う。

 まるで別人のようだ。あの九曜は何処に行ったんだ?

「あら、私も周防九曜ですよ。それはあなたが一番ご存知でしょう?」
 …………そうかもしれないけどさ。
「ここでネタバレ的なのはいいのかよ?」
「私はあくまで可能性の一部ですから。これ『も』周防九曜でいいんじゃない?」
 そういうものかね? と納得すればいいのかよ。俺の隣りに座る九曜が浮かべている笑みはお子様でも無機質でもない妖艶ともいえるものなのだが。
「あんまり心臓には良くないからさ、こういう不意打ちは止めておいてくれ」
「そうね、物語の根幹を揺るがすような展開は不本意かもしれないけど」
 楽しかったのは事実だわ、と言って九曜は俺の肩に頭を乗せた。長い黒髪が絡みつくように俺を包んでしまっている。
「それで?」
「なに?」
「どうオチをつけるつもりだよ?」
「まあ、このままでもいいのだけど――――あの私がこの私に成れるように導いて欲しいかな」
 どういう時間軸になってるんだ、この話。それに、
「お前がこうなってもあの阿呆に声かけるんだろ? お断りだね」
「あら、ヤキモチ?」
「いや、むしろ親心だな」
 手塩にかけた九曜が結果としてWAWAWAと付き合うなんぞお父さんは許しません。
「その割には必死だったじゃない、あなた」
 分かってるだろ、あいつはアホだがいい奴なんだからさ。付き合うなら真面目に、って本当に親父か俺は。
 大体俺が何でそんなこと知ってるのかとかツッコミ入れたらキリがない展開すぎるだろ、これ。
「まあ、次回会うときはいつもの私だから。周防九曜をよろしくね」
 はいはい。つまりは作品リセットですね、便利な世の中だ。
「それじゃ、また」
「おう、またな」
 九曜が立ち上がって歩いていく。俺はそれを軽く手を振って見送る。
「ねえ?」
 急に振り返った九曜が笑顔でこう言った。
「あの私と今の私、どっちがいいと思う?」
 俺は笑ってこう言ってやったさ。
「あの九曜が今のお前みたいになったときに答えを教えてやるよ」
 俺はあの九曜と付き合うのが楽しいから好きでやってるんだ、その結果がどうなるのかなんて知ったことではないね。
「―――――いじわる」
 そう言った九曜の微笑みは俺の脳内に刻み込まれるに十分なほどの破壊力だったのだが、
「まあな」
 次の瞬間には存在ごと周防九曜は消えていたのだから仕方が無い。
「ったく、毎回いきなり過ぎるっての」
 大きく息を吐く。見上げた空は既に星が輝きはじめていた。
「やれやれ……」
 毎度のことながら九曜の相手は疲れるぜ。特に今回は盛り沢山だったからな。
 それにしても長門まで参加とは話もでかくなったものである。ただのお子様教育物語じゃなかったんだ、と今の俺が思うのもどうなのか。

 だが、悪くはない。

 長門の意外な一面も、九曜の相変わらずのおこちゃまぶりも。全てを含めて面白くないとは口が裂けても言えやしない。
 それどころか宇宙人同士は案外仲がいいんじゃないかなんて思ってるのだからタチ悪い。何が不倶戴天だ、いいコンビだぞお前ら。
 まあ、お目付け役の喜緑さんに怒られない範囲で遊べたらいいんじゃないか? 九曜のお目付け役も押し付けてしまいとこだが。喜緑さんなら何とかするだろう、多分。
 かくして宇宙人同士が手を繋いだりしたら俺は功労者として称えられてもいいのではないだろうか。誰にも話せないんだけど。なーんて事を思いながら見上げた夜空に話しかけてみる。
「頼むからいい子に育ってくれよ、芸人でもいいからさ」
 俺が言うのもおかしなもんだが九曜はあのままの九曜でいいのだと思う。俺の友人を騙すような奴にはなって欲しくはないものさ。
 だから、まあなんだ? あいつとの緩やかまったりした会話を楽しみながら。
 周防九曜周防九曜らしくあってくれればいいだけの話なのだろう。その時には佐々木も残りの連中もSOS団も皆で遊べたらいい。それだけだ。

 夜空を掴むように手を伸ばし、俺は大きく背伸びをして帰る前に一息入れたのだった…………































 さて、帰るか。何だかんだと言いながらも俺だって数曲は歌わされていて喉もそれなりに痛かったりするからな。
 ということでベンチから立ち上がろうとはしたのだが、まるで縫いつけられたかのように俺の尻はベンチから浮くことは無かった。
 正確に言えば縫いつけられたのではなく押さえつけられているからだ。というか、俺の両肩が左右から押さえ込まれているっ! 誰にかって、そりゃあもう。
「あらあら、とても楽しそうで何よりね……………テスト期間中なのに」
 いや、昼で授業も終われば誰だって出かけたくなっちゃうだろ? お前だってそうじゃないか。
「いやはや、随分と余裕があるみたいで何よりだ……………僕は塾だったけどね」
 それはお前みたいな優等生とは違って俺みたいな平凡な高校生は試験休みなんて遊ぶために使ってしまうもんなんだよ、それも青春の一ページってもんさ。後から苦い想い出になるかもしれないとしてもな?
「ふ〜ん、苦いというより甘ずっぱい想い出にしかならないようだけど?」
「そうだね、女子高生二人に囲まれてカラオケに行った想い出が苦く感じる程に君は上手く立ち回れなかったのかい?」
 いやまて、何か誤解が生じている! 確かに女子高生とカラオケに行ったように見えるかもしれないが実質四歳児と三歳児の子守みたいなもんだぞ? と言えたらどんなにいいか。
 無論見た目だけならば言われたとおりなので反論すらも許されない状況の中でこれだけは訊いておかねばならないだろう。
「なんでお前らが一緒に居るんだハルヒ、佐々木!」
「あたしは自主的に不思議探索してただけよ」
「そこに偶然塾帰りの僕が合流しただけさ」
 そんな偶然あっちゃいけません!
「それでどうしようかな〜って話してたらとんでもない不思議を見つけちゃってね……」
「そう、なんと僕らの共通の知人であるところの男子高校生が女子高校生に囲まれて鼻の下を伸ばして歩いている姿をね」
 そんな不思議見たことないなあ、休日の家族サービスに勤しむお父さんなら居た記憶はあるが。だから帰っていい?
「あら、有希たちと遊ぶくらい余裕綽々なキョンですもの。当然この後はあたしたちとも遊ぶに決まってるじゃない」
 何ィ?! そんなアホな、すっかり夜も更けつつあるんだぞ!
「僕らだって今まで塾だったり忙しかったんだ、その間僕の友人である九曜さんと楽しんだのだから親友である僕とも付き合ってくれても当然だろ?」
 いやまあそうかもしれないかもだけど。
「少なくとも次の機会でいいんじゃないか? もう遅いし疲れてるだろ、それに今からカラオケと言っても俺にはもう小遣いに余裕はないぞ」
「そこについては心配無用だよ。偶然にも僕らはクーポンを持っているんだ、携帯に登録するタイプのね」
 嘘つけ、それ今手に入れただろ! ハルヒが高速で携帯操作してたじゃねえか!
「それに誘ってあげるんだから多少はこっちも出すわよ、ケチくさいこと言わないの!」
 え、ハルヒが奢りじゃなくていいなんて言うとは。何故それをもっと早くから言わないんだ、それに今言われても困る。
「正直なとこ喉も痛いし早く帰って寝たいんだ、お前らだって明日もテストだろ? だから家に帰ってだな、」
「心配ご無用だよ、キョン
 俺が呆れ半分疲労半分で話を切り上げようとすると佐々木に止められた。心配ないってどういう、と言おうとすると、
「なんと、このカラオケにはベッドが備えられているんだ」
 は? カラオケにベッド? なんだそれ、そんないい設備のカラオケボックスなんて、
「しかもお風呂までついてるのよ? それもジャグジーの!」
「それにテレビも見れるよ、チャンネルも多いみたいだね」
 待て、それって、
「コスプレ衣装もあるんだって、ここ」
「栄養剤もあるんだ、精力が付くタイプのね」
 節子、それカラオケやない……………ホテルや! しかも青少年健全育成とは真逆の方向の!
「さあ、キョン? いい声で鳴い………唄ってもらおうかしら?」
 た〜
「ほら、愉し……楽しもうじゃないか」
 す〜
「なんだったらコスプレしてもいいのよ?…………どうせ脱がすけど」
 け〜
「クックックッ、僕がコスプレをしても構わないんだよ?…………どうせ脱ぐけど」
 て〜!!!!!!!!
「はい、行くわよキョン!」
「さあ、行こうかキョン!」
 い〜や〜だ〜! などという抵抗も空しく、哀れ両腕を抱えられた俺は二人の女神に引きずられながらネオン輝く夜の街へと消えていったのであったとさ。




 結論だけ述べておく。翌日のテストは受ける事が出来なかった。但し俺だけである。理由は推して知るべしだろう、人づてに聞いたハルヒのテカテカした肌色で察してくれ。
 俺が知ったのは学業では学べない、本当に太陽が黄色く見えちゃうんだなあってコトだけなのだった。


 ……………無かったことにしてくれないかなあ、昨日……………