『SS』 イチャラブ? なにそれおいしいの?(笑)

 舞台はお馴染み文芸部室。時刻もお馴染み放課後の部活動時間。部屋に集うはこれまたお馴染みとなったSOS団を名乗る五人組という代わり映えのしない面々である。
 そんないつものSOS団の活動時間の事である、ふと思うところあった俺は団長席なる机の上のパソコンとにらめっこをしている団長閣下に声をかけた。
「なあ、ハルハル〜♪」
「なあに? キョンたん❤」
 その時、部室内に不思議な音のコラボレーションが木霊した。具体的に言えばお盆から湯飲みが落ちて割れる音と分厚いハードカバーが真っ二つに破れる音と将棋盤に顔面を打ちつける音である。
 まあそれはそれとして。
「いや、そうじゃないでしょ!」
 なんだ古泉、一体何があったんだ? お前がスマイルを崩してまで叫ぶような出来事などどこにもないぞ。というか歩が額にくっ付いてる、まるで雑魚みたいだ。
「僕の事なんかどうでもいいんです! それよりどうしたんですか、お二人とも?」
「どうしたもこうしたもなあ、ハルハル」
「そうよ、あたしたちは何もおかしなことしてないもんね、キョンたん」
 その時の俺とハルヒ以外の団員の表情を何と表現すればいいのだろう。苦虫を噛み潰したような、イタイ子を見るかのような、これは夢だと頬をつねるような、そんな顔をしていた。
「あ、あの〜、でも今確かにハルハルって」
「ぐふぁっ!」
 朝比奈さんの言葉で俺は大ダメージを食らった。
「………キョンたん」
「ぐっはぁっ!」
 長門の呟きでハルハルも傷口が深いようだ。自分たちで言ってても厳しいのに人に言われるとここまで恥かしいものなのか。
「ん? と言いますとあなたたちは分かっていてこのような事をしていると?」
 そりゃ当然だろ古泉。これは俺たち二人の仁義無き戦いなのだ。ハルハルも大きく頷いている。
「えーと、差し支えなければ何故このような状況になったのか我々にも分かる様にご説明頂けると助かるのですが、主に精神的に」
 むう、このような恥を晒すような事柄など話したくはないのだけどな。
「今以上に恥かしい事などあるとは思えませんけど…」
 いえいえ、人は時として自らを傷付けてまでもやらねばならない意地を張る時というものがあるのですよ、朝比奈さん。それが俺もハルハルも今だってだけです。
 とはいえ団員間で知らないままというのも確かに悪い気がする。ハルハルもアイコンタクトで話していいわよ、と言ったので恥を承知でここに至るまでの事情を話す事にした。
 そう、これは俺とハルハルの静かで見えない互いの意地をかけた真剣勝負なのである。
 少しだけお付き合い頂こう、この戦いの歴史に。








 話は昨日、日曜日にまで遡る。不思議探索という名の重労働を財布の中身を犠牲にしながらもどうにか越えた俺は唯一の休息日である日曜日に自分の用事を済ませるべく珍しく一人で繁華街まで出歩いていた。
 ある程度用事を済ませ、適当に店を冷やかしながらどうせ買い物は出来ないんだから帰って休むか、と思いながら適当に歩いていると、
「あっ! キョンじゃない!」
 などと今日一番聞きたくない声を大音量で聞く羽目に陥っていた。見れば恥ずかしげも無く大きく手を振る女が一人。言わずと知れたカチューシャが揺れている。くそっ、無視する訳にもいかなくなったので仕方なく手の振る方へと向かう。
「なに? あんたも休日返上で個人的不思議探索? 感心感心、あんたもようやくSOS団の団員としての自覚が出てきたってもんね!」
 嬉しそうに言うな、それにお前だって不思議探索でも何でもないだろうが。その手に持ってる紙包みは今さっき買ってきた服だろ。しかしハルヒは俺のツッコミなど無視して、
「ちょうどいいわ、この後どうしようかなって思ってたとこなのよ。それじゃ行くわよ!」
 と強引に俺の腕を掴む。おい、俺の予定をまず聞け!
「どうぜ予定なんか無いんでしょ? 帰るくらいなら付き合いなさい!」
 確かに予定など無かったので図星を指されてしまった俺は結局ハルヒに引きずられるまま付いて行くのだった。何で休日にまでこいつの相手をしなきゃならないんだ、溜息だけが俺の気持ちを分かってくれているようだった。






 場所は変わってここはゲームセンターである。不思議探索はどこに行ったんだってツッコミは無駄なのだろう。着いた途端に瞳を輝かせたハルヒはどこに向かおうかとウズウズしている。
 そこからは適当に俺の金でUFOキャッチャーをやってハルヒにぬいぐるみを取らされたり(偶然にも一回で取れてしまって無駄な才能ならあるのねぇと言われた)、リズムゲームハルヒが持ち前の才能を発揮してギャラリーが出来たりと概ね騒ぎながらも普通の遊びの範疇を越えない程度に遊んでいた。
 途中、プリクラの機械の前を通ると一組のカップルが仲睦まじく騒いでいた。それを見たハルヒが、
「ああいうのってどこが楽しいのかしら? 単にイチャイチャしてるのを見せ付けたいんだったら他のとこでやればいいのに」
 などと言い出したので、
「別にプリクラくらいいいだろ、友達同士で撮ってる奴らも多いんだし。まあ男の俺にはイマイチ理解出来んが親睦を深めるという意味でもいいんじゃないかと思うぞ」
 別段俺も興味がある訳じゃないがカップルに罪はないのでフォローだけはしておいた。
「ふ〜ん、それならみくるちゃんや有希とやってもいいかなあ……」
 と言ってるが大して関心も無さそうなので、いいんじゃないかと言いながら俺たちはプリクラのコーナーを通り過ぎたのだった。
 よくあんな人前でイチャイチャ出来るもんだ、と思いながら。





「あーっ! それナシ! ハメじゃないの、汚いわよキョン!」
「何を言うか、勝負は勝負だ! さっきノーダメージでフルボッコにされた恨みだ、持ちキャラにした俺に勝てると思うなよ?!」
 格闘ゲームで騒ぎ立てる俺とハルヒ。筐体でのゲームが減ってきたというものの、やれば盛り上がるのものだ。というか今日一番の盛り上がりだ。伊達に中学時代からこの手のゲームはやっていない、普段と違いハルヒ相手でも互角以上の勝負が出来るからな。
 という事で一進一退の攻防を繰り返しながら何度目か忘れた対戦を終えると、
「あ、もう小銭が無い!」
 俺が真っ青な顔になると筐体の向こうから顔を出したハルヒも変わらない表情である。まさかお前もか?
「ふ、不覚だわ…………予定外すぎる出費よ、この後どこにも行けなくなっちゃった……」
 これがゲーセンの恐怖である。あと一回、と思っているうちにコインは吸い込まれていくのであった。二人して間抜けな顔で、
「帰るか……」
「うん……」
 情けなくゲーセンを後にしようとする。と、途中で例のプリクラゾーンを通ったのだが。なんとまあ、さっきのカップルがまだ撮影中だった。どんだけ撮りたいんだ、こいつら。
 しかも相も変わらずのキャッキャウフフぶりである、見てる方がうんざりもしてこようというものだ。羨ましいかといえば若干は、と答えると思うが。でもあそこまでは無理だな、理性というものが俺には確かに存在する。
 だがしかし、理性というものの存在を危ぶむかのような女が俺の隣にはいたのである。そいつはキャッキャウフフのバカップルを農道でトラクターにひき潰されたカエルを見るかのような目で見ていたのだが、急に俺のほうを向くと、
「ねえ、ああいうのってどっちが楽しいんだと思う?」
 とまあ答えの見つからない質問をぶつけてくるのだった。
「そりゃどっちもだろ。そうじゃなきゃ恥ずかしすぎて逃げ出したくなるはずだ」
「そうかしら? どっちか一方は無理してる可能性だってあるじゃない」
 そうかもしれんが、だからどうした? 話の目鼻がついていない状態での会話は焦燥感を煽る。何かとんでもない事を言い出す前兆に違いないからだ。そしてハルヒは悪い方向の予感だけは的中させてくれる。しばらく考え込む様子を見せていたのだが急にポンと手を叩くと、
「よし! 勝負しましょう!」
 などと言い出した。は? 意味が分からない、何の勝負をするんだ?
「ほら、さっきのゲームの決着がついてないじゃない。だから別の勝負よ!」
 ゲームの決着? ああ、確かに勝敗は同点だったような。それと別の勝負っていうならやってやらなくはない。俺自身も中途半端なとこで終わったのですっきりと勝ちたいからな。
「ふん、随分強気じゃない。あたしに勝つなんて一億と二千年は早いって事を教えてあげるわ!」
「で、何の勝負だよ?」
 するとハルヒは待ってましたと言わんばかりにプリクラマシンというかバカップルを指差し、
「あれよ!」
 とだけのたまった。うん、意味が分からん。
「どれだ?」
「だからあのバカップルだって!」
 お前までバカップルって言ってやるなよ。しかもアレが勝負だなんて意味不明すぎてツッコミも入れられない。
「分かってないわねえ、あいつらは好きであんなことしてるんじゃないのよ。ちょっと頑張ってしまったら引っ込みがつかなくなっただけ、絶対どっちかは止めたいと思ってるに違いないわ!」
 いや、だからそうとは限らないだろ。世の中には俺達の想像を超えた連中も確かに存在するんだ。と言っても今のこいつにはもう通用はしない。
「そこであたし達もバカップルの真似事をやってみるの! そんで恥ずかしさのあまり素に戻った方の負けね」
 なにィ?! あ、あのバカップルみたいな事を俺にやれっていうのか? しかも恥ずかしげも無く。素に戻ったら負けって素になっちゃうだろ、あんなの! それにお前だって嫌だろ、あんなの。
「ふっふ〜ん、怖気づくのね? まあチキンキョンにあんなバカップル行為なんて出来っこないから当然だけどねー」
「カッチーン!」
 カッチーンときた。さっきまでのゲームがちょっと思い通りにならなかったからって何という言い草だ、しかもやってもないのに勝ち誇ったような顔も気に食わん。
「よーし、そこまで言うならやってやろうじゃねえか!」
「なによキョンのくせに! ちょうど良かったわ、いつかあんたをギャフンと言わせてやろうと思ってたとこよ!」
「ああ、俺こそお前に参りましたって言わせてやるよ!」
 ゲーセンのど真ん中で睨みあう俺とハルヒ。何事かとプリクラからバカップルが出てくるが知ったことか。
「さあ、ルールを決めるわよ! いつもの喫茶店………………は予算的につらいからハンバーガー屋でいいわね?!」
「お前百円でどんだけ粘る気だ!」
「大丈夫よ、こんな事もあろうかとDS持ってきてるから!」
「そういう問題じゃねえ!」
 こうして騒ぎながらゲーセンを後にした俺たちはその勢いのまま某ハンバーガーのチェーン店にて綿密にルールを設定し、気付けば夕暮れも迫っていたのでハルヒを家まで送ってから帰るのであった。そういえばハルヒの家に行ったのは初めてのような気がする。だがそんな事よりも、
「明日から勝負よ!」
「おう、吠え面かかせてやんよ!」
 とまあテンションだけが妙に高くなっていたのは間違いない。結局冷静になれないままに俺は帰宅後もハルヒをどうやって羞恥にのた打ち回らせるかと計画に勤しむのであった。結局一日中ハルヒの事しか考えられなかったな。