『SS』 イチャラブ? なにそれおいしいの(笑) 中中編

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 そこからはハルハルと俺のボーダーラインすれすれの攻防が続く。授業中は完全にハルハルのターンだ。何故ならば俺は真面目に授業を聞かねばならないのに対し、成績優秀なハルハルは授業そっちのけで俺に攻撃を仕掛ける事が出来るからである。基本スペックに差があることは否めないが授業よりも俺を優先するハルハルは可愛いものじゃないか、しかも成績は落ちるような気もしない。完璧超人の全能力は俺と共に過ごす為にあるんだなあ、とまで言うと言いすぎだろうか。
 しかし俺としては少しでも授業に集中したい。そうでなければハルハルと同じ学年に留まれるか怪しくなってきてしまうではないか。いや? これを餌にハルハルと一緒に勉強するという手も無くはないが。数瞬でシュミレートしたがヘタレな俺よりも妨害にも負けずに頑張る俺の方がハルハルは萌えるだろうと判断して俺は授業に集中しようとした。
 まあハルハルが許してくれるはずもないのだが。背中に感じる指の感触。シャーペンではない、ハルハル本人の指先だ。後ろの席だとはいえ結構距離はあると思うのだが身を乗り出して俺の背中に触っているようだ。それでも教師に何も言われないのは今までのハルハルの言動に係わるべからずという空気が職員室を支配しているのかもしれない。こうなってしまえば俺にもハルハルにも好都合といったところか。
 という事でハルハルの細くしなやかな指が俺の背中をなぞるという微笑ましい光景が繰り広げられているのであった。…………微笑ましいよな?
 鼻歌さえ聞こえてきそうなくらいに楽しそうに俺の背中に指を走らせるハルハル。授業中でさえなければいきなり振り返って抱きしめてやろうかと思うほどだが、せめて背中の感触だけでも楽しむとするか。ゆっくりと、分かりやすく動く指先で書くのは『す♡き♡』だったり、『だーい☆すき』だったり『LOVE❤』だったりもするのだが。
 いかん、授業になど集中出来ないじゃないか。『らぶらぶ☆キョンたん』なんて書かれて大人しくしてなどいられない。当たり前だろ、俺だってらぶらぶハルハルなのだから。などと思っていても抱きしめてキスをするわけにはいかないのだ、ハルハルの為にも俺は進級を危ぶまれる成績をキープしている場合ではないのだから。
 こうなればハルハルに大人しくなってもらうしかない、その為の手段としてハルハル必勝ダイアリーの五十二ページのネタを使うことにする。方法は簡単だ、ノートの切れ端に一言書いてからハルハルにソッと渡すだけの話である。
「?」
 ハルハルがメモをいそいそと広げる。
「ひゃあ?!」
 そしてボンッという音が聞こえそうなほどに顔を真っ赤にしたハルハルが慌てて机に伏せてしまってようやく俺は授業に集中出来るのであった。
 ちなみに何と書いたかって? こういう時はシンプルに限る。メモにはただ一言、『俺もだぞ、ハルハル❤』とだけ書いたのさ。



 ついでに言えば、このようなやり取りが授業中毎時間繰り返されていた事も付け加えておこう。



 授業が終われば短い休み時間があるのは何処の学校でも変わりはないと思うが、この貴重なる時間は主にトイレに行ったり友人と話したりとで潰れる事が多い。今までの俺もそのように無為に過ごしていた事も否定はしない。
 だが今日からは違う。授業中ですら暗闘を繰り広げていた俺とハルハルがこの時間を利用しないワケがないだろう。つまりは授業終了のチャイムと同時に俺は椅子ごと後ろを向かねばならないのだ。板書をノートに写したいところでもあるのだがハルハルはいつの間にか綺麗にノートをまとめていて嬉しそうに見せてくれたので何も心配はいらないという寸法である。こういう時には改めて能力の高さに感心するな、俺の背中にメッセージを書くだけじゃないんだから恐れ入る。しかも、
「だってキョンたんの顔を正面から見てたいんだもん」
 と言ってくれるのだから嬉しいじゃないか。俺だってハルハルの顔をずっと見ていたいよ、だからありがとうな。
キョンたんの背中も広くて眺めてるだけでも好きだけどね」
 眺めてるだけじゃなくて散々触ってるじゃないか。
「見てるだけじゃ我慢出来ないんだもん」
 うむ、俺の進級がかかっているのだが許す。何故ならば俺もハルハルに常に触れていたいからだ。ということで向かい合った二人が机の上で手を繋いでいるのは当然の話なのであって周囲の連中のうんざりした視線こそがおかしいのである。俺とハルハルは変わらずに見詰め合っているだけなのに何でお前らが疲れきっているのか教えてくれよ。
「ねえ、キョンたん?」
 何だ、ハルハル? 見詰め合ったままのハルハルが少しだけ視線を落とすと繋いだ指をもう一度しっかりと絡ませてきた。何かあるのかと思えばモゴモゴと口ごもっている。ハルハルは恥かしがりやさんだなあ、ってあまりにもキャラと違うような気がするが。
 それでも頬を赤く染めてしおらしく俯くハルハルはいつもの強気は影を潜め、むしろ恥かしそうに伏せた目は睫毛が長くて綺麗だ。思わず見惚れそうになるというか、とっくに見惚れているのだが見惚れているだけで終わるワケにもいかないので恥じらいの理由を訊いてみる。けど、やはり見惚れてるだけでもいいんじゃないだろうか。いや、ハルハル可愛いし。
 だが可愛いハルハルが可愛く恥らっているだけでは、それもそれでいいんだけどそうもいかない。という訳でどうしたんだ、ハルハル?
「えっと、あのー、そのー、ね?」
 いや、ね? って言われても。どうもハルハルらしくない歯切れの悪さだ、今回の選択は内気なキャラらしいのだが正直ギャップに萌える。このままではハルハルが何も言わないのに土下座して服従の意思を示してしまいそうなので俺の方から促すしかないのだろう。
「ね? じゃ分からないぞ。はっきり言うのがハルハルのいいところじゃないか、ちゃんと話してくれないか」
 するとハルハルは伏し目から少しだけ上目遣いで俺を見るという凶悪な破壊力のコンボで、
「あ、あのね? ほら、さっきキョンたんが…………おあずけって言ったから………その、もう休み時間だし、ね?」
 なんて可愛いことを言ってくれるのだ。いや、可愛いだろ、可愛すぎるだろハルハル! 何だよ、おあずけされてて我慢出来なくなったって言うのか? そう言いたいんだな、ハルハル? やばいだろ、それ。
 多分ハルハルに尻尾があったら滅茶苦茶振ってるに違いない。いや? ハルハルは犬というよりも猫な感じなので猫は確か嬉しい時に尻尾は振らないはずだ。そういえばハルハルがネコ耳をつけていたら凶悪なまでに可愛いに違いない。今でも可愛さならば地球に並ぶ者はいないだろうが、ネコ耳に尻尾まで付けてしまった日には全銀河の中心で俺は愛を叫ぶしかなくなってしまう。
 誰か助けてくださーい! 俺のハルハルが可愛すぎまーす!!
 よし、今日の帰りにでもネコ耳を買って帰ろう。もしくはSOS団の部室のパソコンからネットで通販してもいいかもしれない。だがそれだと日数がかかるな、俺は今すぐにでも学校を抜け出してネコ耳を買いに行きたい衝動を必死に抑えているというのに。
キョンたん?」
 はっ! いかん、意識が別世界に飛んでいた。大事なハルハルを目の前にしながらネコ耳ハルハルを想像して萌えているワケにはいかない。それはまた後で本人にやってもらえばいいのだから、今はハルハルが待ちきれずに俺の手の甲を爪でカリカリと掻いているのを優しく制してあげねばならないのだ。
 どうする? 一番はハルハルを抱きしめてキスをすればいいだけなのだが。でもそれは流石にまずいだろう、衆人環視の中でキスするなんて。
 そうすればハルハルも素に戻って俺の勝ちで勝負も決するのではないかとも思うのだが、逆にここで俺の方が恥かしさに耐え切れなかったら敗北が決定する。危ない橋は渡らないに限るのでキス以外の手段を模索した方が正解なのである。決して勝負を長引かせようとは思わない、ただ勝利を得る為には周到な用意と確信が必要なだけなんだ。
 かといって何もせずにおあずけのままなど出来そうも無い。ハルハルは瞳を潤ませて朝の続きを待っているのだ、これに応えられなければ男として失格だろう。よってハルハル対策ファイルその三十で対応するしかないのだ、こんな事もあろうかと準備しておいてよかった。
 俺は椅子から立ち上がると期待感で頬が上気しているハルハルの首に両手を回した。うなじに手が触れるとハルハルの肩がビクッと震える。どれだけ期待してたんだよ、そこも可愛いけど。
 しかし期待に全ては応えられない。代わりに俺は互いの鼻先が触れる距離まで顔を近づけ、
「もうちょっと、昼休みまで我慢しろよ」
 言葉としてはこう言った。するとハルハルの瞳にみるみる涙が浮いてくる。おまけに小さく頬を膨らませて、
「う〜、キョンたんのいぢわる…………」
 なんて言うものだから、本気で今のは嘘だよーって言いそうになってしまった。ダメだ、いじけるハルハルの可愛さに流されるんじゃない! ここは心を鬼にしてプランを実行しなくては。
「すまないハルハル、その代わりと言っては何なんだけど」
 言いながらハルハルを引き寄せる。そして俺の顔はハルハルの顔の真横にくるようにして。目の前にきた無防備なハルハルの耳たぶを。
「これで勘弁しておいてくれ」
 優しく唇で銜えた。そのまま歯を立てずに甘噛みする。だってさっきからハルハルの耳たぶをカプッとしたかったから。と、
「ふゃぁぁぁぁぁん?! そんなの、ダメぇ!」
 やはり耳は弱かったか。ハルハルは嬌声を上げると一気に力が抜けてしまったようだった。力無く机に伏せたハルハルに、
「これであとちょっとは我慢してくれるか?」
 と訊くと、
「うん…………我慢するぅ」
 弱々しく呟いた声にキュンときて頭を撫でてしまっていた。ごめんな、これでも俺もかなりの我慢をしているんだぜ? 今だって抱きしめたいという衝動を堪えて頭を撫でるくらいで勘弁してやっているんだ、あんな声を聞いて我慢しなければならないなんて作戦ミスだったかもしれん。
 とにかくこれでハルハルはどうにか我慢してくれて、授業中は俺の背中に文字を書くくらいでいてくれたのだった。



 ちなみにこの休み時間のやり取りも毎時間行われていたことは言うまでもないだろう。本当にハルハルは甘えん坊さんなんだから。
 あ、それとクラスの連中の舌打ちの音がうるさかった。何にイライラしているのかは知らないがカルシウムは取っておいた方がいいんじゃないかと思う。




 まあ四回ほどハルハルとささやかな会話と触れ合いを繰り返すとようやく午前の授業が終了する。
 チャイムが鳴れば待ちに待った昼休みだ、ここが今日の山場の一つであることは間違いない。
 さあハルハル、お互いにウォーミングアップは終わっただろ? ここからが本当の勝負だ、絶対にお前に参りましたと言わせてやるぜ。
 こうして火花散る後半戦がここから開始されたのであった。