『SS』 イチャラブ? なにそれおいしいの(笑) 中中中編

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 昼休みを告げるチャイムが鳴れば、いつもなら後ろの席から勢い良くダッシュをする気配がした時にはもう本人がいないというのが常だっただが、今日はそんなこともない。何故かと言えば俺の後ろに座っているハルハルが俺を残して教室を出て行くことなど教室に爆弾がセットされていて、そこに俺が椅子に縛られていてもありえない。ハルハルならばどうにかして俺を救出してくれるだろうし無理だったら死ぬときは一緒だ。それもないという確信もある、ハルハルを死なせるなど俺が許さん。
 つまりは俺とハルハルは二人でいることが当然なのであって、だからこそハルハルはダッシュなどしないのだ。それどころか席を立つこともなく俺の動きを大人しく待っているのだ。多分おあずけされているからなんだろうけど可愛いよな、もちろん後で可愛がってやる。
 ではハルハルは如何にして昼食の時間を過ごすのか? 何となく予想は出来るのだが対応をどうするべきなのかが問題だろう。数パターンある選択肢の中からしばし熟考(この間数秒)してから今回は『素っ気無い態度でいつも通り過ごす』を選択した。弁当箱を持って席を立ち、国木田達が用意しているいつもの席に行こうとする。するとハルハルが慌てて立ち上がるのだ、本質は我慢が苦手な奴なのであるからして当然だろう。
「ちょ、ちょっと待ってよキョンた〜ん!」
 そう言いながら弁当箱を二つカバンから取り出す。ん? 二つ? 一つは間違いなくハルハルのものであることは確定的なのだがもう一つはって予想するまでもないだろうが。しかし俺を迎えに来るまでにここまで仕込んでいたのかと感動してくるな。いや、いかん! これこそがハルハルの罠なのだ、弁当くらいは用意する手間など厭わないのがハルハルの真骨頂ではないか。
 顔をニヤケさせてはいけないのでハルハルの方を向かずに国木田達の席へと歩く。当然のようにハルハルも後を続くのだが大人しそうに見えて俺の制服の裾を掴んでおくのも忘れない。しかもグイっと掴むのではなく親指と人差し指で小さく摘むのがポイントだ、振り払えばあっという間に離れそうなのに離す事なんか出来るはずもないだろう? なのでハルハルが付いてきやすそうに歩幅を考えて歩くのだった。二〜三歩で着きそうな友人の席まで必要以上に時間がかかっているような気もするのだが気のせいだな。決して見せ付けているワケではない、ハルハルが健気で可愛いからだとしか言い様がないじゃないか。片手に弁当箱、もう片手は俺の服の裾を摘んではにかむハルハルは可愛すぎて正直たまりません。
 ということで、まずハルハルの為に椅子を用意してから自分の分の椅子を机の前へ。まあ当たり前かもしれないが俺とハルハルは隣同士である。というか他に場所があるはずないだろう。
 こうしてようやく席に着いて昼食となったのだが、いつもとどうも雰囲気が違う。国木田は笑顔がデフォルトなのだがどこか爆笑を堪えているように見えるし、谷口は俺達が席に着く前から死にそうな顔をしている。お前、それでなくても不景気な顔してるんだから少しは気を使え。ハルハルにそんな顔を見せるんじゃない、まるで汚物を見るような目で見られてるじゃないか。
「まあいいや、飯にしようぜ」
 谷口は放っておいて国木田にそう言うと、俺は自分の弁当を広げようとした。あくまでも俺の立場は分かっていても素っ気無い態度だ、ツンデレのツン部分だと思えばいい。そしてハルハルは分かっていてもこう言うしかないのである。
「あ、あのね? 今日はあたしがキョンたんの為にお弁当作ってきたから、その、ね?」
 あからさまに見せていた二つ目の弁当箱をそれでも恥かしそうに俺の前に置くハルハル。はっきり言おう、女の子が朝から手作りした弁当が俺の目の前にあるのだ。しかも作ったのは愛しのハルハルであり、その味は保障済みなのである。いや、正直味の問題ではない。何度も言うが女の子が、しかも美人で可愛い女の子が俺の為だけに弁当を朝早くから作ってくれて恥かしそうに差し出してくれているという意実に感動しかない。もしこんな状況でなければ泣いて貪り食ってもおかしくはないと確信する、例えばWAWAWAならそうしているに違いない。
 だが俺が選択したのはクールなキャラだ、いうなればSだ。しかもドSだ。そのキャラとしての俺としては迂闊に喜びを表すわけにはいかないのだ。それにここはチャンスでもある、ハルハルがキレたら即ち勝利という。強気に出るしかない、俺は覚悟を決めているんだ! 見ていろ、俺のハルハル操作マニュアル八十三ページの威力を!
「悪い、せっかくだが親の作ってくれたヤツを残すわけにもいかないからな。弁当を作ってくるなら昨日でも一言言ってくれれば良かったのにさ」
 心の中で俺は泣いた。何度も脳内の俺が土下座する。しかし間違ってはいない、俺は正しい選択をしたはずなんだ。
 さあ、ここでキレたらお前の負けだ。俺の胸倉でも掴めば今までの幻想は全て崩壊する、そしてお前は周辺に恥を晒して俺にひれ伏すのだ! くっくっく、それに伴い俺は肉体的には多少のダメージを負うのかもしれないというか瀕死の状態までいくかもしれないが、それでも勝利への渇望は耐えがたきものがあるのだ。
 む? 何だ、この胸の痛みは? ズキズキと心臓が痛むのだが、これは勝利への過剰な期待がもたらした幻覚なのか? そうだ、そうに違いない。俺は罪悪感なんか持っていない、これは純粋な勝負なんだ! 誰に言い訳してるんだ、俺は。
 しかし、ハルハルは俺の予想を超えてきた。違うな、いつもこいつは俺の想像を超えてくる。しかも俺の心臓に悪い方向で。
「ご、ごめんね……」
 震える声。
「あたし、あたしキョンたんに…………喜んでもらいたかったのに……」
 溢れる涙が一筋頬を伝う。それを手の甲で拭っているのは涼宮ハルヒなのである。つまり。
 ハルハルが泣いている。
 うわあ、ダメだ! 最悪だ、ハルハルを泣かせてしまうなんて! 死にたい、罪悪感で死んでしまいたいっ! やっちまった、選択は失敗だったのだ! ああ、そうだ、朝比奈さん! 今すぐ朝比奈さんに頼んで十分程前の時間に戻らねば! そしてその場にいる俺をボコボコにせねば気が済まない、よくも俺のハルハルを泣かせやがったな! 泣かせたのは俺だが許せん! 今すぐに教室を飛び出し朝比奈さんのクラスまで駆けつけたかったのだが、最後の理性はどうにか俺を押し止めた。
 待つんだ、ここで俺が飛び出してしまえば残されたハルハルはどうなる? それに朝比奈さんに頼むってどんな理由で十分前に行きたいなんて言うんだよ? 頭に血が昇りすぎて混乱していたようだ、落ち着け、冷静になるんだ俺。そう、素数でも数えて呼吸を整えるんだ。
 この間わずか数瞬、俺は生涯で一番頭が回転したと言えるだろう。そして俺の選択はこのキャラを押し通す事だった。大丈夫だ、まだ挽回の余地はあるはずだ。取り乱している場合ではないんだ、利用するんだ! 俺はまだハルハルに負けるわけにはいかないんだーっ!
「しょうがないな、ハルハルは。団活の時に俺の弁当も片付けるから手伝ってくれよ?」
 そう言いながら最大限の微笑みで優しくハルハルの髪を撫でる。これで間違っていたら俺は教室の窓から飛び降りるつもりなので後の事は頼んだぞ、古泉。世界が崩壊したら俺のせいだ、ハルハルを泣かせてしまうなんて数十回死んでも罪を償えるとも思えないからな。
 遺書を書かなかったことを後悔しながら死を覚悟した俺だったのだが、今回の選択は正解だったようだ。
「ううん、ごめんね。あたし何も聞かないで我が儘ばっかり言っちゃって。でもね? キョンたんに美味しいって言ってもらえるように頑張ったからね!」
 涙で曇った顔が晴れやかに笑う。うわ、何コレすっげえ可愛い。まるで春の息吹を感じて開く花のような。まだ少し涙を堪えているのに健気に微笑むその姿は可憐にして清楚であって、本当にハルハルの後ろには花が咲いているようだった。つまりは可愛い。すっごく可愛い。綺麗で可愛い。可憐で可愛い。要するにハルハルは可愛い、これ真理。
 しかもまた涙が一滴。それを軽く拭ったハルハルは恥かしそうに、
「えへ、今度は嬉しくって…………変だね、あたし」
 なんて笑顔を見せるもんだからさー。
 どうしよう、抱きしめたい。人目を憚らずに抱きしめたい。今すぐに抱きしめたい。ギュウギュウに抱きしめたい。抱きしめてキスしたい。人目を憚らずにキスしたい。今すぐにキスしたい。何度でもキスしたい。
 いいんじゃないか、もう? いっそ抱きしめてキスしてもいいんじゃないかなあ。それでハルハルが怒ったらやだなあ。怒られるのかなあ。怒られないんじゃないかなあ。ちょっとだけやってみちゃおうかなー。ということで俺の本能の全てがハルハルを求め、それに俺の肉体が正直に応えようとした瞬間だった。
「ところで時間はいいのかい? 早くしないと食べる暇も無くなると思うんだけどな」
 冷静な声に我に返った。国木田は半分以上食べ終わった弁当箱を見せながら苦笑している。ああそうか、俺は弁当を食うんだったよな。
「それじゃ食べようか、ハルハル♪」
「うん❤」
 こうして俺達は無事に昼食を取る事と相成ったのである。ところで谷口は何してるんだ? 思い切り頭を机にめり込まそうとしているんだが。何やらギリギリと歯軋りの音がするんだが行儀悪いぞ。それを見た国木田がアレはアレだから放っておいていいよ、と言ったのでそのまま放置しておくことにした。
 まあ俺は今からハルハル特製弁当を頂くのでどうでもいい話だしな。





 
 というやり取りを経て俺の目前にはラブラブキョンたんの為のハルハル特製弁当、略してラブハル弁当があるわけなのだが。
「なあ、ハルハル?」
「なあに、キョンたん?」
「弁当を食いたいのだが」
「あたしもお弁当を食べて欲しいわよ」
 そうだよな、俺も今すぐにこの弁当を食べたい。しかしだな?
「箸がないんだけど」
「あるわよ、ここに」
 そう言ってハルハルは自分の弁当箱から箸を取り出した。うん、間違いなく箸だ。しかし一膳だ。弁当は二つあるのに箸は一つ。これでは弁当を食する事が出来ない。
 まさかと思うが箸を忘れたのだろうか? あの完璧主義のハルハルがありえないと思うのだが、意外と天然でドジっ子な属性も併せ持つ子猫ちゃんならありえるかもしれない。そこもまた可愛いんじゃないか。 
 仕方ない、自分の箸を使う事にしよう。そう思った俺は自分の弁当箱から箸を取り出そうとしてハルハルにその手を止められた。何だ? と思うとハルハルはフルフルと首を振っている。ああもう、可愛いなあ一々。
「これでいいのよ」
 何がだ、箸が足りないじゃないか。そう言うとハルハルが笑う。
「だって最初から箸は一つしか用意してないもの」
 それは小悪魔の微笑みだった。わざと用意してなかったのかというのか、こいつは。だが何の為に? 箸が無ければ飯は食えないのは自明の理ではないか。しかし、ハルハルは戸惑う俺に嬉しそうに、
「だってキョンたんには箸はいらないのよ?」
 そう言うと俺の分の弁当を開き(とても美味そうなおかずと一口サイズに握られたおにぎりだった。どれだけ芸が細かいのだ)から揚げを一つ箸で摘むと、
「はい、あ〜ん❤」
 と俺に差し出したって、やられた! これがハルハルの手だったのか! 「あ〜ん❤」だと? これを俺にやれというのか?! 目の前で揺れるから揚げを見ながら俺の心もグラグラと揺れる。敵は精神攻撃に長けていた、しかも効果的に。
 ここで食べないという選択は無い。その時点でゲームオーバーだ。かといって嬉しそうに「あ〜ん❤」が出来るほど俺の理性はぶっ壊れてはいない、はずだ。現に今だって混乱中だし。ハルハルの作り出す男が望む理想的シチュエーションを前に俺は羞恥心と葛藤せざるを得なかった。
 落ち着け、冷静になって考えてみろ。ここは何処だ? 教室だ。クラスの視線は今や俺とハルハルに釘付けだ。その中でハルハルは唐揚げを俺の口元まで持ってきていて「あ〜ん❤」なんて言っている。この後の俺の行動次第によれば室内で暴動すらおきかねない状況だ、どれが正解なのだかさっぱり分からないが。と、とにかくここで上手く誤魔化すには、と思っているとハルハルと視線が合ってしまった。
 期待に満ちて輝く瞳。早く、と言いたそうに開いた唇。自らの大胆さに恥らう頬。これがあの涼宮ハルヒなのだろうか? いや、これはハルヒであってハルヒではない。むしろハルハルだ、こいつは涼宮ハルハルなのである。どう違うのかと言われれば返答に困るが、一つだけ言える事がある。それはハルハルが俺にぞっこんラブ! だという事実であり、俺もハルハルラブだという事なのだ。
 よし、覚悟は決まった。こうなれば毒を喰らわば皿まで理論だ、とことんまでやってやろうじゃねえか。という訳で、ついに俺はハルハルの差し出した箸から唐揚げを一口で食べてしまったのだった。何故か周囲で巻き起こる歓声、そのほとんどが女性だったような気もするがどんだけ注目されてたんだ俺達。
「ど、どう、かしら?」
 オドオドと返事を待つハルハル。口の中で咀嚼するたびに味わいが広がる唐揚げ。冷めていても十二分に美味い、冷凍物じゃない事が分かるその唐揚げは言った事もないはずなのに俺の好みの味付けそのものだった。完璧だ、どこまで完璧なのだ、このハルハル。これでまずい、などと言えるワケがない。そんな事を言うヤツがいたら俺が叩きのめす。よって俺は、
「美味いよ、ありがとなハルハル」
 と言って出来る限り最高の笑顔を浮かべた。そんな俺を見てハルハルもえへへ、と笑う。ああ、やっぱハルハルの笑顔は可愛いなあ。
「よかった……あ、もっとあるから食べてね?」
 言いながらまたもおかずを取り出すハルハル。一度やってしまえば抵抗感など無くなるものだ、俺も素直にハルハルに従った。つまりは「あ〜ん❤」って言われて差し出されたおかずを「あ〜ん❤」って言って食べてるだけなんだけど。しかもハルハルの料理の腕は既に立証済みで何を食べても美味いとしか言い様が無い。それにどれも冷凍食品などではなく手作りなのだから感動も一入なのである。
「いいのか、朝早くから大変だったろ?」
 これで俺を迎えにまで来たのだから本当に寝てないんじゃないか? 半分だけ素に戻って心配のあまり言った俺に、
「ううん、だってキョンたんに喜んでもらいたかったんだもん❤」
 なんて言われてみろ? これでキュンとこなかったらそいつは神経が無いんだ。少なくとも人じゃない。はにかみハルハルの可愛さはそれはそれはもうたまらないものがあるんだぜ?
「そんなことより、ほらあ〜ん❤」
 あ〜ん❤ってことで非常に美味い昼食を食べているのだが。
「…………」
 どうした? ハルハルが自分の弁当を箸を交互に見比べている。何かあったのか?
「へ? いや、何でもないわよ? あー、うん……」
 やがて何かを決心したようにハルハルは自分の弁当を一口食べた。途端に顔が真っ赤になる。何だ、自分の分はまずいとかなのか・
「ううん、美味しいわよ? とっても」
 ならば何故そこまで赤面しているんだ? と、ここで閃いた。
 今、俺とハルハルの弁当には箸が一つ。それはハルハルが俺に「あ〜ん❤」をする為に、正確に言えば俺を羞恥に悶えさせる為の作戦だった。しかしそれは諸刃の剣でもあったのだ。
 箸が一つしかないということは即ち自分の弁当を食べる時も同じ箸を使わなくてはならない。俺が「あ〜ん❤」と言って口に含んだ箸を、だ。要するに間接キスというやつだな、キスなんてレベルでもないけど。
 というかそこまで考えが至らなかったのかよ? 自分でやっておきながら真っ赤な顔で俺の使った箸で弁当を食べているハルハルは、その、何というか、可愛かった。意外にドジというか詰めが甘いやつなのだ。そこで俺は反撃に出ることにする。照れているハルハルから箸を取り上げ、一つおかずを摘みあげると、
「ほら、あ〜んってしろよハルハル」
「なっ?!」
 うっかり箸を奪われた挙句に先程の反撃を食らったハルハルが驚いて目を丸くしている。しかし俺は反撃の手を緩めず、
「食べてくれないのか?」
 と訊いてみる。するとハルハルはわたわたと、
「そ、そんなことっ! うう〜、あ、あ〜ん❤」
 それでも大人しく食べてくれるのだ。それどころか多分開き直ったのだろう、鳥の雛のように口を開けて次を待ってさえいる。俺も段々楽しくなってきてハルハルに食べさせていた。しかもハルハルが口を開いて待つときに目を閉じてしまうのが誘われているようでたまらない。二人で一つの箸を使っているという恥かしさはいつの間にか消え去り、むしろこうしているのが当然のように思えてきた。攻守処を変えて互いに弁当を食べさせあう、その際は「あ〜ん❤」も忘れない。
 あー、食べてるハルハル可愛いなあ。口を開けて待ってるハルハルにわざと目の前でパクッと食べちゃったりすると拗ねちゃうのも可愛いなあ。逆にやられてムッとした顔をすると慌てて次のおかずを「あ〜ん❤」って差し出すのも可愛いだろ。もうハルハルにコントロールされているのか俺がハルハルをコントロールしているのか分からない。どっちでもあると言えるし、どっちでもいいというものでもある。とにかく言える事は、最高に楽しい食事だったというだけなのだ。
「ごちそうさま、美味かったぞハルハル」
 時間をかけたスローフードだったせいか、量の割には満腹感を持って俺は言ったのだがハルハルは名残惜しそうに箸を見つめて、うん、とだけ言った。その顔が少し沈んでいるのに戸惑ったが、すぐにどうすればいいのかは分かった。何故なら、俺も同じ事を思ったからだろう。だったら後はそれを態度で示せばいい。
「また明日も頼むな、今度はちゃんと親にも言っておくから。弁当、忘れないでくれよ」
 ハルハルの髪を撫でながらそう言うと、名残を惜しんで沈んだ顔が一気に輝いた。あっという間に満面の笑顔になったハルハルは、
「うんっ! 明日はもっと頑張るからね!」
 なんて言ってくれたものだから俺も期待するしかないだろう。いそいそと弁当を片付けるハルハルを見ながら俺は幸福感に浸っていた。アレ? こんなに幸せでいいのか? だってハルハルが明日も弁当作ってくれるって言うからさー。
 気付けば昼休みも終わろうとしていた。いつの間にか俺達を囲んでいたギャラリーたち(クラスメイトだが何人か他のクラスからも来ていたんじゃないか)も満足げに席へと戻るって何で見世物になってんだ? 阪中、泣きながら拍手しないでくれ。良かったのね、涼宮さんってお前はオカンか。
 それといつの間にか谷口が消えていた。何でも床に頭をめり込ませ過ぎて頭部が陥没して首が詰まったらしい。道理で床に穴が開いていたワケだ、しかし何だってそんなアホな事をしていたんだろう? 保健室に運ばれた谷口はその日教室に戻ってくることはなかったのであった。
「あ、キョンたん? ほっぺにご飯つぶついてる」
 ん? そうか? ハルハルに食べさせてもらってたからそんなとこにつくはずないんだけどな。と指で取ろうとしたら、
「待って」
 とハルハルの顔が近づいてくる。何を、とも言えなかった。
「んっ❤」
 俺の頬に感触が。というか舐められたというかキスされていた。あ、いや、キスされた?! 何で?! キャーッという女生徒たちの悲鳴というか歓声。そりゃそうだろう、ほっぺにちゅーされてるんだから。誰がって? なんと俺なのだ。
「えへへ❤」
 いやそんな照れ笑いされても。可愛いだけだぞコンチクショー! なんでキスして照れてんだ、それならやるな! いや、むしろやってください! どちらかと言えば積極的にやっていただく方向で! 違う、何言ってんだ俺?!
「あ、う、え〜?」
 ダメだ、このままではハルハルの思うがままだ。そうあっても構わない、じゃなくって! 何か少しでも反撃を、と俺が口を開きかけた矢先に。
 無常にも昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り響き、ハルハルは何も無かったように席に戻って座っていたのである。いつの間に、と思うまでもなく五時限目の授業の教師が教室に入ってきてまだ騒がしい生徒を叱る。主に俺なのだが。まだ席に着いてないし。
 呆然としつつ自分の席に戻り座ろうとしたらハルハルと目が合った。するとハルハルは小悪魔の笑顔で声に出さずこう言ったのだ。 
『お・あ・ず・け・❤』
 …………やられた。今回は完敗だ。美味かった弁当の味や頬に残る唇の感触が忘れられそうもない。おまけに目を閉じても脳裏に浮かぶのは照れ笑いをしているハルハルなのだ、もう完全に頭の中がハルハル一色に染められてしまっている。
 くそう、どうする? どうすればいいんだ? これじゃまるで俺がハルハルに首ったけじゃないか。
 リセットだ、一回頭をクールダウンさせるしかない。俺は机に伏せて何とか冷静な自分を取り戻そうとしたのだが。
「…………てへ❤」
 ああそうかい、そんなこと許してくれないよな。背中に感じる『大好き❤キョンたん❤』というメッセージに頭が沸騰する俺なのだった。