『SS』 幸せ家族計画! 第二話

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車を走らせる事しばし。まあ有希はともかく九曜はお休みモードに入りつつあったので駐車場に着いた時には少々ご機嫌ななめ気味だったのはご愛嬌だろう。なにより、
「まあ予想していたとはいえ駐車場で渋滞とは些かここに来るという事を軽く考えすぎていたようだね」
という次第なのだ。九曜がウトウトしても仕方なかったんだろう。という事で、俺達がショッピングモールに着いてまず最初にしたことは、
「はい、有希、九曜、行くよ」
ここもまた渋滞覚悟なのだ。俺といえば先にもう済ませているしな。携帯を片手に何となくつまらなそうにしている同類のお父さん方と同じく女子トイレの前で大人しく家族を待つしかない俺なのであった。
やれやれ、なかなか喜び勇んでとはいかないもんだな。まあ佐々木はこういうところは気が付く女性なのだ、娘達も我慢したりしやすいので判断としては正しいのさ。ただ……………お父さんはちょっとだけ寂しかったりするんだよ、うん。
そんな時間がある程度過ぎて、ようやく俺達は買い物ということになったのだが。
「…………あっち」
こらこら、どうしてお前は一直線に本屋を目指すんだ。いつの間にか店内配置図を理解した有希はふらふらと歩き出そうとする。
「有希、はぐれるから勝手に歩くんじゃない」
まったく、人が多いんだからダメじゃないか。俺は有希の手をしっかり握った。
「…………ほんやさん……」
そんなに悲しそうに言わなくたって後で行くから。すると九曜が有希の反対の手を握り、
「――――はぐ――――れる―――?」
そう言って有希の目を見たのだ。さすがの有希も何も出来ない。
「そうだよ、有希はお姉ちゃんだから九曜を心配させちゃダメでしょ?」
佐々木が微笑んで有希に注意する。母親に言われてしまえばお終いだ、有希は俯いて、
「………ごめんなさい」
小さく謝ったのだった。いやいや、別に怒ってるわけじゃないぞ?
俺が困った顔をしたのが分かったのか、佐々木は笑って、
「怒ってるんじゃないよ、先に有希と九曜のカーテンを買わなくちゃね。ほら、お部屋のカーテンはどんなのがいいのかな?」
有希の背中を軽く押してやる。有希も自分の部屋の事だから顔を上げて、
「…………わたしがえらぶ」
言うなり俺と九曜を引っ張るように歩き出した。おっと、九曜がバランス崩しちまう。そこはすかさず佐々木が九曜の側に回る。
「ふむ、みんなで手を繋ぐのも悪くはないが。しかしそうなると少々広がりすぎで周囲の迷惑にもなりかねないね」
まあいくら真ん中二人が小さいとはいえ四人で手を繋げばそうなるかもな。すると九曜はどこか一点を見つめている。なんだ?
「――――あれ――――」
「ふふっ、九曜はよく見てたね。あれに乗りたいのかい?」
九曜は小さく頷いた。しかし姉妹揃って親である俺たちにしか分からない程度の反応だよな、まあ俺達が分かれば十分だけど。
「有希はいいのか?」
「いい」
あまり興味はないようだ、それともお姉ちゃんだから歩くと言いたいのかもな。
ということで、ショッピングモールの備え付けの自動車型ベビーカーに乗った九曜を佐々木が押し、俺は有希の手を引いて目指す生活雑貨の店まで歩くことになった。
「―――――――」
「…………………」
ほら有希、羨ましそうに見るくらいならお前も乗るか?
「いい。わたしはあるくほうがすき」
こういうところは変に頑固な娘である。俺は苦笑しながら、
「それじゃ頑張って歩こうな」
少し大きく握った手を振ってやった。九曜がそれを見て自分も大きく手を振る。
「九曜、あんまりはしゃがないで」
そうは言うが全然困っていない顔の佐々木。有希も表情は変わらないが楽しそうだ。さて、店ではどうなることやら。



何だかんだで雑貨店のカーテンコーナーである。しっかりサイズをメモしていた佐々木はどうやら値札に目がいっているご様子なのだが、まあお手柔らかにお願いしたい。
「大丈夫だよ、ある程度はリサーチはしてあるさ。我が家の経済状態も考慮してあるよ、だがキョンのおかげで余裕を持って購入は出来そうだね」
そう言ってもらえて光栄ってやつか。ウチの奥さんの財布の紐はしっかりしているしな。後は娘達にお任せするとしよう。
「そうだね、有希、九曜、好きな柄を選んでみようか?」
ああ、言わなくても大丈夫だ。見ろよ、さっきまで本屋に一直線だった有希ですら表情こそ変わらないが、その瞳は左右に動いて目移りしている事間違いなしだ。おい、九曜がふらふらしてるからしっかり手を繋いでくれ。
こっちも有希の手を繋いでおかないと何処かに迷いそうだな。まったく、ウチの娘達は好きなものにはふらふらとしてしまうのが特徴だ。
こうしてお互いに一人づつ娘の手を繋いでふらふらすることしばらく。どうやら娘達の気持ちも決まったようだ。
「それでどうするんだ?」
いい加減同じとこをぐるぐる回っていた俺が少々疲れ気味に訊くと娘達は小さいけれどしっかりした声で答えてくれた。
「………ねこ」
「――くまさん――」
あー、そうか。これはしまったぞ? 佐々木も困った笑いになっている。まあ姉妹で同じ好みと言うわけにはいかなかっただろうけどな。
「さて、どうしようかキョン?」
おい、そこでこっちに振るのかよ?! どちらも頑固なウチの姉妹は譲る事もなさそうに見詰め合ってるし。あー、ケンカは………してくれるなよ?
「―――くまさんが―――いいの―――」
「ねこがかわいい」
こらこら、有希もお姉ちゃんなんだから…………とは言えないか、双子だしな。似てなくても頑固なとこだけは同じなのが困ったもんだ。
「あねのいうことにしたがうべき」
「おねえちゃんは――――ずるい――――」
ほら、有希もそういう言い方しない、九曜が泣きそうだろ? 俺の後ろに回り込んでしまった九曜は完全に俺を楯にしているんだから。
「ふむ、お父さんばかり頼られてしまってるね。お母さんはどうしたらいいのかな?」
そう思うならどうにかしてくれよ、九曜が足元にしがみついて離れそうにないんだ。それを見た有希はどんどん詰め寄ってくるし。
「くっくっく、好かれているね、お父さん。だが僕のキョンが困ってるのを黙って見ているのも忍びない、それが例え相手が娘であってもね」
そう言って佐々木は俺から九曜を離すと、有希も手招きして呼んだ。並んだ二人の頭に手をやって、
「分かった、それじゃ半分づつにしようね。窓の右側が有希、左側が九曜でいい?」
妥当な折衷案だな、しかし想像すると部屋のバランスとしてはどうなんだろう? しかし子供達にとっては十分魅力的な提案だったようだ。
「…………それでいい」
「――――ありがとう――――おかあさん――――」
「そう? それじゃ決まりだね」
結局お母さんが決めてしまったよ、流石にコントロールが上手いな。あっという間に両手に娘を引っ張るとレジカウンターで注文を始める嫁さんを見るとウチの要が誰なのかよく分かるな。
といった訳で無事? カーテンは買ったのだが。
「…………どうも多いようなんだが?」
というか間違いなく多い。どう考えてもカーテンが二部屋分あるよな?
「仕方ないんだ、流石に半分づつの販売というのはしてもらえなくてね」
まったく仕方無さそうに笑うなよ、結局出費が増えただけじゃないか。それに結構重いんだからな。
「それなら半分持とうか?」
おい、それより子供達を見といてくれよ。ほっとくと何処に行くか分からん。
「ああ、九曜は手を繋いでるから………」
「………ほんやさん」
そうか、もう有希の関心はそこになるんだよな。しかしちょっと待ってくれないか?
「…………どうして?」
いや、そんなに悲しそうな目をしないでくれ。佐々木も分かってるなら有希に言ってくれよ、頼むから。
「くっくっ、パパにお荷物を持たせたままじゃ可哀想でしょ? お荷物を車に積むだけだから我慢してね」
「…………わかった」
小さく頷く有希を見ると悪い気持ちになってきてしまう、なんか買ってやろうか?
「おやおや、簡単に約束しない方が身の為だと思うけど?」
…………のようだったな。有希、そんなに瞳を輝かせないでくれ。え? 九曜まで?
「―――おねえちゃんと――――いっしょ――――?」
はいはい、分かりましたよ。ほら見ろ、みたいに笑うなよ佐々木。
「やれやれ…………」
荷物を車に入れながら、ついつい長年愛用の口癖を呟いた。ため息もセットなのはしょうがないよな? 
だから背中に刺さるような期待を込めた視線は勘弁してくれないか、なあ娘さん達よ?