『SS』 長門有希の食いしん坊万歳!!

わたしの個体名は長門有希。対有機生命体コンタクト用インターフェースにして、人知れずグルマン。
わたしは全国各地の美味なる物を求め、それを食してきた。その活動をここに報告すると共に、真の美食とは何かを知って欲しい。



一日目。

長門さーん、ご飯よー」
わたしの部屋に入ってきたのは朝倉涼子。わたしのバックアップを自認する彼女は、とても優秀。
彼女の力により、わたしは室内に居ながらにして全国各地の美食を味わえるのだ。
「はい、今日は…………おでんね!」
目の前には湯気を立てる鍋。
「いつものやつなんだけど」
この場合、いつものという表現で表されるのは関西風おでんという事である。薄い色合いながら濃い味が伝統的とされ、我々の居住区域に於いてはこれが一般的とされている。
「でもね? 今日は奮発しちゃったんだから!!」
そう言って興奮気味に鍋をかき混ぜる朝倉涼子。このような事態は珍しい、一体おでんに何があるというのか?
「ジャーン! 見て!!」
得意げにお玉を上げたその中にある具材に、さしものわたしも感嘆を禁じえない。そこにあったのは鯨の舌。以前は関西のおでんには欠かせない具であったが、商業捕鯨禁止以降は一部の高級店でしか口に出来ない。
「さえずりなんて売ってる事さえ珍しいからね」
素晴らしい、流石は朝倉涼子。わたしは具材に感謝しながら美味しくおでんをいただいた。

二日目。

長門さーん、ご飯よー」
わたしの部屋に入ってきたのは朝倉涼子。わたしのバックアップを自認する彼女は、とても優秀。
彼女の力により、わたしは室内に居ながらにして全国各地の美食を味わえるのだ。
「はい、今日は…………おでんね!」
目の前には湯気を立てる鍋。
「今日は趣向を変えて関東風ね!」
関東風………濃い色合いで薄味という関西風と対照的な一品。何と言ってもスジが牛肉ではないという点がユニーク。関東風のスジは筋蒲鉾と呼ばれ、鮫の軟骨を含む白身魚の練り物の一種。はんぺんの残材から作られるので、とても経済的。
「そうそう、これを忘れちゃいけないわね」
朝倉涼子が取り分けてくれたのは、ちくわぶ。ちくわ型をした生麩の一種で東京おでんには欠かせない。
練り物系の充実したラインナップに、わたしは満足した。

三日目。

長門さーん、ご飯よー」
わたしの部屋に入ってきたのは朝倉涼子。わたしのバックアップを自認する彼女は、とても優秀。
彼女の力により、わたしは室内に居ながらにして全国各地の美食を味わえるのだ。
「はい、今日は…………おでんね!」
目の前には湯気を立てる鍋。
「今日は凄いわよー、ちょっと最近注目の青森おでんよ!」
青森おでんはツブ貝、ネマガリダケ、大角天(薩摩揚げの一種)など独特の具が入ったおでんに生姜味噌だれをかけて食べる。2005年には「青森おでんの会」が発足したとのこと。
確かに魚介が豊富な東北ならでは。しかもわらびやふきなどの山菜もアクセントとして独特。
「本当は青森じゃないけど、これも試してみてくれない?」
朝倉涼子が取り出したのは、マフラーと呼ばれる北海道独特の練り製品。さつま揚げに近いと言われるが、さつま揚げを食べていない事が悔やまれる。
「ごめんなさい、先にさつま揚げを用意しておくべきだったわ………」
詰めが甘いのは仕様。わたしは次回さつま揚げが用意してある事を期待する。

四日目。

長門さーん、ご飯よー」
わたしの部屋に入ってきたのは朝倉涼子。わたしのバックアップを自認する彼女は、とても優秀。
彼女の力により、わたしは室内に居ながらにして全国各地の美食を味わえるのだ。
「はい、今日は…………おでんね!」
目の前には湯気を立てる鍋。
「今日は富山県のおでんにチャレンジしてみたわ」
塩と昆布の出汁で煮たおでんに、玉子、焼きちくわ、焼き豆腐、かまぼこなど入れて煮込み練り辛子かおぼろ昆布を添えて食べる。
シンプルながら具材の味を生かしている。ところで昆布といえば、
「―――――――呼んだ――――――?」
「何で呼ばなきゃいけないのよ!!」
朝倉涼子の的確な指摘。わたしには不可能。しかし昆布に罪はない、わたしは美味なるものの前では寛大。
「まあいいわ、富山おでんだけど具材は追加してみたの」
朝倉涼子が追加したのは加賀巻である。キャベツを中心とした野菜がさつま揚げ状に揚がったもの。同様に紅生姜・枝豆・タコ・イカげそ等がそれぞれさつま揚げ状に揚がったものもある。
「さつま揚げもあるからね」
流石バックアップ、前回の轍は踏まない。
「くるま麩もあるんだから」
ちくわ型の焼き麩の一種で新潟・北陸ではおでんの具として用いられるが、それまでも用意するとは。
「―――――美味――――――しいわ――――――――――」
美食の前に対立はない。我々は共通認識として美味なるものを堪能したのであった。

五日目。

長門さーん、ご飯よー」
わたしの部屋に入ってきたのは朝倉涼子。わたしのバックアップを自認する彼女は、とても優秀。
彼女の力により、わたしは室内に居ながらにして全国各地の美食を味わえるのだ。
「はい、今日は…………おでんね!」
目の前には湯気を立てる鍋。
「ううーん、やっぱり変り種といえば愛知よね!」
愛知県のおでんと言えば味噌おでんであろう、八丁味噌をベースとした甘めの汁でダイコン、こんにゃく等のを煮込こむ。
「どて串もあるからね」
それは豚もつを串に刺したもの。名古屋を中心とする味噌味のおでんによく用いられるからやはり定番。
そして味噌の煮汁には豚のモツやバラ肉を入れてどて煮にしたり、味噌カツのたれにされることも多い。
「分かってる、材料は揃えてあるから」
味噌カツもいいがどて煮も捨てがたい、わたしは思考の海を漂おうとする。
「味噌田楽も出来るわよ?」
だし汁ではなく湯で茹でた後、味噌をつけて食するというあれの事だろうか?
わたしは思考の迷宮に入り込んでいったのだった…………

六日目。

長門さーん、ご飯よー」
わたしの部屋に入ってきたのは朝倉涼子。わたしのバックアップを自認する彼女は、とても優秀。
彼女の力により、わたしは室内に居ながらにして全国各地の美食を味わえるのだ。
「はい、今日は…………おでんね!」
目の前には湯気を立てる鍋。
「今日は四国風ってことで統一してみたわ」
確かに四国は県により付けるものが違うようだ。
「まずは香川からどうかしら?」
茶色く甘い味噌だれ、黄色い辛子味噌などを添えられる。わたしは食しながら、しかし何処か物足りない気持ちを覚えた。
「ふふっ、流石ね、長門さん」
そう言って朝倉涼子が持ってきた物。それは白く輝くうどんだった。
「はい、釜茹でよ。生醤油と卵で食べてね」
あなたはやはり優秀。わたしはうどんを三口で食べきった。
「それと愛媛風よね」
からしの代わりにおでん用の味噌を付けて食べる。また違った味覚に箸も進むといえる。
「やっぱり四国風といえばこれよね」
朝倉涼子が持っているのはじゃこ天。愛媛県名産。
「そして愛媛ならこうよ!!」
目の前で行われているラーメンが出来上がるまでの間、わたしはじゃこ天を味わいつくしたのだった。

七日目。

長門さーん、ご飯よー」
わたしの部屋に入ってきたのは朝倉涼子。わたしのバックアップを自認する彼女は、とても優秀。
彼女の力により、わたしは室内に居ながらにして全国各地の美食を味わえるのだ。
「はい、今日は…………おでんね!」
目の前には湯気を立てる鍋。
「うん、何でも外しちゃダメなものってあると思うの」
そのおでんは濃口醤油を使い牛スジ肉でだしを取った黒いつゆを使用する。はんぺんは焼津産の黒はんぺん、すべての具に竹串を刺し、上に「だし粉」と呼ばれるイワシの削り節や鰹節、青海苔をかけて食べる。
これは「静岡おでん」(発音は静岡市周辺での「静岡」の読み方にならって「しぞーかおでん」)と呼ばれている。
葵区にはおでん店だけが軒を連ねる飲食店街があり、多くの駄菓子屋でもおでんを販売している。
あの黒はんぺんが今わたしの前に。その優雅ともいえる佇まいにわたしの身も自然と居住いを正さんとする。
「うふふ、黒はんぺんだけじゃないわよ?」
朝倉涼子がわたしの目の前に差し出したもの。
「!!!!」
それは!?
かつおのへそよ!」
カツオのへそ、それは鰹の心臓のこと。串に刺して用いる。焼津地方に特有。
それを食せるというこの幸福感。わたしは貴重なるこの食材に無限の感謝を込めたのだった。



このようにわたしは全国各地の美食を味わい、その素晴らしさを知らしめて…………
「なあ長門?」
なに?
「お前、おでんしか食ってねえじゃねえか!!」
…………………え?
「というか朝倉は何やってんだか………」
それ以外に沖縄ではテビチ(豚足)がメインとなっており………
「やっぱりおでんだー!!」