『SS』 ちいさながと お月見・続

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「はい、キョンくんお茶です」
「ああどうも、ありがとうございます」
 この会話でおわかりであろうが、ここは文芸部室、時間は放課後部活の時間である。とは言っても俺たちが行っているのは学校非公認の活動であり、内容も文芸部室に籠もってダラダラ過ごすだけなのだが。
 とはいえ世界は平和そのものである。朝比奈さんが淹れてくれた甘露なるお茶を飲みながら勝敗がほぼ決まってしまった将棋盤を眺める。窓際を見れば二人の少女が読書の真っ最中である。二人? 間違いじゃないぞ。
 窓辺で分厚い本を読んでいるのはお馴染み長門有希であり。その肩の上で同じく読書中なのは俺の恋人の長門有希なのである。最近はSOS団の活動時は主に長門の肩で共に読書をするのが常となった有希なのだが、若干俺の右肩が寂しかったりしているのは秘密だ。
「そういえば涼宮さんは遅いですね、何かご存知ではありませんか?」
 勝敗が決まったからという事でもあるまいが古泉が今更のように聞いてくる。まさか本当に忘れていたなんてないよな?
「まさか、てっきり掃除当番だろうと思っていたから訊かなかっただけですよ」
 まあ普通はそうだろうな。だがハルヒは掃除当番ではない、それは俺も知っている。
「どうしたんですか、涼宮さん?」
 朝比奈さんまで気になったのか訊いてきたので俺としては見たままを伝えるしかなかった。
ハルヒなら朝倉と話し込んでたんで置いてきたんですけど」
 そう、すっかり仲が良くなったハルヒと朝倉は休み時間などは何か話している事が多くなった。とはいえ他愛の無い話ばかりで、せいぜいカナダでUMAを見たかだとかナイアガラから樽で落ちるための具体案だとかそんな類の話である。実行さえしなければ概ね平和な話題だと思う、その際はパスポートだけは作らないようにしよう。
「そうですか、朝倉涼子と……」
 おいおい、まだ朝倉を疑ってるのか? 顎に手を当てて思案顔の古泉に呆れてきたのだが、
「いえ、少々心当たりがあるものですから」
 などと言い出したので今度は俺が思案する羽目に陥った。
「おい、お前朝倉と何か話したのか? まさか放課後の体育館の裏で愛の告白でも受けたのか? それとも下駄箱にラブレターでも入っててそれが朝倉以外の女で修羅場にでもなったか」
「ひゃわわ〜、こ、古泉く〜ん」
「そんな訳ないじゃないですか、それは全てあなたになら当てはまるでしょうけど。ああ、下駄箱の件についてなら若干心当たりがない訳でもないですが」
 さりげなくモテてるって言いやがったな。まあいい、それと俺は告白を受けるようなモテ状態になんかなった事がないぞ。それに俺が告白などされようものなら世界のピンチだ、主に俺の。
「…………浮気者
 このいつの間にか俺の肩に戻ってきている恋人に何されるか分かったもんじゃないからな。それと古泉の妄言であって浮気なんかしてません。
 どうしてくれるんだ、いきなり生命の危機じゃねえか。だが俺と長門以外には有希は見えないのだから危険を伝える術も無い。助けて長門、と思ってたら目で『自業自得』と言われた、何故だ。
「種明かししますと朝倉涼子から電話があったのです。何故僕の携帯番号を知っていたのかというのは既に愚問なのでしょうけど。そこで、」
 古泉がペラペラと説明しようとした時にグッドタイミングで部室のドアが開く。ノックも無しで蹴り開けられたのだから誰が入ってきたのかはお分かりであろう。
「おっまたせーっ! ねえねえ、聞いてよ、さっき涼子からいい話聞いちゃった! あ、みくるちゃんお茶!」
 一気に話しながら団長席にどっかと座り込むハルヒに朝比奈さんが慌ててお茶の用意を始める。古泉の話が中断してしまったが恐らくハルヒ自身から話し出すことだろう。それに、
「お邪魔するわね、私もお茶を頂いていいかしら?」
 古泉とハルヒを唆した原因までもやってきたのだから何らかのイベントでもやるのだろうと俺は早くも覚悟していた。長門は無関心のままだけれど俺の彼女は興味深げに肩の上で朝倉とハルヒを眺めている。
「なあ有希、お前は何も」
「聞いていない。長門有希はまたわたしに内緒にしていた模様」
 そういいながらもどこか楽しそうなのは何故なんだ?
長門有希朝倉涼子の関係は良好。それはわたしにとっても喜ばしいと感じる、わたしに話してもらえないのは若干の寂寥はあるが」
 有希は瞳に光を宿し、
「あなたと共に驚愕したり興奮を共感出来る。それは好ましい」
 ………そうかい。一緒に喜ぶのはいいけど少しだけ長門の成長が寂しかったりするのはどうした心境だろうな。それに有希までハルヒ菌が移ったようでちょっと怖い。
「さて、古泉くん? あなた昨日涼子と電話で話したでしょ?」
 朝比奈さんの淹れてくれたお茶を一気に飲み干したハルヒが一息ついたとばかりに古泉に話しかけた。古泉も慣れたもので、
「ええ、何か面白い事があるかもしれないとは伺いましたが。今回はそれですか?」
 するとハルヒは机を叩き、
「それよ! まったくあたしとした事がこんな重要な事を見落としてたなんてね。涼子がいなかったらすっかり忘れてるとこだったわ」
 興奮するのはいいが人を指差すな。朝倉もそれはどうも、みたいに頭を下げるな。のんびりと湯飲みを傾けるこいつがハルヒに何を言ったのか心配になってくる。
「なあ、それはいいんだが結局朝倉は何を言ったんだ? 話がさっぱり見えてこない、古泉はともかく俺と朝比奈さんには分かるように話してくれ」
 ついに手を挙げて発言してみるとハルヒは100万ワットの笑顔でこう言い放った。
「お月見よ!!」
 さあ、どうしよう。朝比奈さんもどうしていいのか分からないようだし、古泉と朝倉は分かっているようだが。長門と有希は、分かってるのか?
「今、理解した」
 そうなのか、俺にも分かるように説明してくれないか?
「それは彼女が」
 だな。団長閣下のお言葉でも聞くとしよう。言われなくても嬉々として説明するに違いないからな。
「いい? 月見っていうのは十五夜と十三夜の二回あったのよ。十五夜は旧暦の八月十五日、十三夜は旧暦の九月十三日ね。でも十三夜は日本独自の風習らしいわ、十五夜は中国から来たのよ。それでね? とにかく日本人は二回お月見をする権利を有してるのよ! それならやらなきゃ損じゃない! ということでSOS団でお月見をすることにするわ!」
 なるほど、いらん事を教えたもんだ。つまりは朝倉は月見を忘れてたハルヒにリベンジの機会を与えてやったというところなのだろう。古泉に連絡したのは下準備といったとこか。
「なるほど、流石は涼宮さん。我々も十五夜は承知していましたが十三夜は失念していました。折角なのでこれを機に古からの風習を踏襲するのもよろしいかと」
 な? 上手い事話を合わせた古泉があれよあれよという間にハルヒと話を詰めていく。気付けば今晩学校に集合という話になっていましたとさ、やれやれ。
「それじゃ今日は解散! キョン、遅れんじゃないわよ!」
 言いながらもう部室を飛び出したハルヒは頭の中は準備の事でいっぱいなのだろう。一体何を用意しでかすやらだ。おい、お前はどうするんだ?
「さあ? いざ十三夜と言われましても何をしていいのか。とりあえずは薄など用意しておけばいいかと思ってますけど」
 意外と適当だな。と言っても俺も何をするのか知らないが。
「それなら私が涼宮さんと準備するから大丈夫よ。そうだ、朝比奈さんにも手伝ってもらおうかな」
「え? あたしもですか?」
「うん、ちょっと作るものもあるから。長門さんもいい?」
 本から視線を上げた長門が頷いたのを見た朝倉が満足そうに、
「それじゃ行きましょう。また夜にね」
 そう言って長門と朝比奈さんを引き連れて帰ってしまったのだった。多分後からハルヒと合流するのだろう。
「今回は女性陣にお任せした方がよろしいようですね。どうやらご相伴には預かれるようですし」
 そうだな、何をするのか分からんがおかしな事にはならなければいいさ。こうして俺は古泉と男二人で帰る羽目になってしまった。
「………わたしがいる」
 そうだな、何で長門についていかなかったんだ?
「あなたと共にいる方を優先した。それに、彼女達が何か料理をするならばわたしも楽しみ」
 うーむ、一緒にいて嬉しいような女の子としてはどうなんだろう、みたいな複雑な気分だ。また喜緑さんにからかわれないだろうか、などと思いながらも俺達は時間まで家でゆっくりと過ごしたのであった。










「遅い! 罰金は次の週末に持ち越し!」
 奢り決定かよ。とはいえ有希と二人で過ごす時間が惜しかったので遅れてしまったのは否めない。最早最後になるのが規定事項ならば焦るだけ損しているような気もするし。
「あまり回数が多いと涼宮ハルヒの機嫌を損ねる」
 なんという我がままだ、結局奢らせるくせに。
「だけど二人で過ごす時間が長いのは嬉しい」
 だよな。ということで奢りは必要経費として考えるようにする。それはいいとして、また今回は面子が多いな。
「こんばんは、キョンくん。今日は発案者って事で御呼ばれしたわ」
 と言っている朝倉は当然として、
「やあやあ、随分と風流なコトしてるじゃないかっ。後月見なんてやるならみくるが手伝って欲しいって言わなくても押しかけちゃってたよ」
 まさかの鶴屋さんまでご登場である。この方から見れば月見の風習などは承知済みだったのかもしれないので、この場にいても違和感は無いのかもしれないが。とにかくSOS団にプラス二名の大所帯である、それが夜中の学校に集合しているのだから実際やばいのではないだろうか。
「ああ、その件については既に許可を得ています。天体観測の名目で生徒会の認可を貰っていますので」
 如才なく答える副団長に、よくやったわ! でもあの生徒会の許可ってのが気に入らないわね、などと言っているハルヒはさておき、どうせ出来レースなのだ。何も心配はいらなかったな。
「生徒会書記さんの抵抗は激しかったのですが」
 何やってんだ、あの海産物。どうせからかうネタ作りなんだろうけど。有希に分かってるだろ、と肩を叩かれたが本当にな。
 とはいえ堂々と校内に入って文句も言われない立場となった俺達はいざ月見と屋上に繰り出したのであった。ちなみに荷物は全て俺持ちである。
「ほらキョン、ちゃっちゃと用意する!」
 屋上のドアを蹴破りそうになったハルヒが開口一番言い放った。へいへい、了解しましたよ。有希が作業の邪魔にならないように長門の肩に飛び移り、俺は面倒ながら用意する。
 シートを敷いて、三方を置き、花瓶に薄を生けて見た目は完成である。この辺りは十五も十三も関係はないのだろうか。基本的な装いと思っていいのかもしれない。
「団子が足りない」
 うわっ! いつの間に飛び乗ってたんだ有希?! 言われなくても朝比奈さんが用意しているからもうちょっと待ちなさい。
 飾りとして月見団子が三方に乗せられたところで準備完了って事でいいのか? 疲れたのでシートに座り込み、団子に向かおうとする有希を止めながら一番知ってそうな朝倉に聞いてみる。
「うん。でももうちょっと用意するものがあるから私達は一回下に降りるわ。男子禁制だからゆっくりくつろいでおいてね」
 それだけ言うとハルヒ達を引き連れて行こうとしたので、つい呼び止めた。
「頼みがある、団子だけ多めに置いていってくれないか?」
「なんで?」
 黙って肩の上に視線を向ければ朝倉にだけは分かるだろう。朝倉も苦笑して、
「はいはい、ちょっとだけ置いておくから」
 と言ってくれたので人の肩の上でフラフラと揺れないでくれ。バランスを崩して落ちる心配は無いが見た目が怖い、そんな有希の様子を気にしている間にハルヒ達は用意とやらで降りてしまった。
「一体何を用意するんでしょうね、僕も十三夜の月見というものは初めてなのですが」
 それを俺に聞かれても。俺なんか十五夜すら忘れかけていたくらいだ、今年は月見をしたらしいのだが。どうもこの辺りの記憶が曖昧なんだよな、思い出そうとするとこめかみに何やらが突き刺さるような痛みが走るし。なあ有希、お前心当たりないか?
「知らない」
 いやに素っ気無い態度で古泉に見つからないよう団子を齧る恋人に若干の違和感を感じながらも見上げた先には月が輝いている。十五から十三になったところで見た目に大きな変化は感じない、綺麗な満月だ。
鶴屋さんもおっしゃってましたが確かに風雅なものですね。若干の肌寒さが月を際立たせるといいますか」
 まあな、ただ相手がお前だというのが興に欠ける。こういう時は綺麗な女性と差しつ差されつというやつだろう。
「おや、なかなか言いますね。確かに後月見というものは平安時代に貴族たちが集まって、月を見て詩歌を詠んだのが始まりといわれていますが、風習として定着したのは江戸時代の遊郭においてのようですしね」
 結構知ってるじゃねえか、そう言うと、これも任務ですから、と肩をすくめられた。慌てて調べたんだろうな、苦労は分かる。だが遊郭はまずかった。
「…………わたしがいる」
 ああ、そうだとも。有希がいて差しつ差されつで団子を食べてるじゃないか、だから遊郭なんか行きませんから! 今有希に殴られたら古泉が何事かと怪しむから止めてください。
 などと濡れ衣だけで命が危なくなりながら待つことしばし。やがて屋上のドアがけたたましく開け放たれると、
「はいはい、そこどいて! 並べちゃうから!」
 主語をすっ飛ばした大声でシートから追い立てられた俺達と古泉が見ている目の前でハルヒ鶴屋さんが手際良く料理を並べていく。いつの間に、と思っていたら、
「ちょっとだけ調理実習室を借りたんだけど、あの二人が居ればどんなところでも高級ホテルの厨房に変わるわね」
 手伝う事が無さそうな朝倉が苦笑しながら話しかけてきた。本当に有機生命体なのかしら、とインターフェースの宇宙人に呆れて言われてしまう程に完璧超人の二人が協力しているのだ、あっという間に用意は整ってしまった。どうやら団長閣下のご機嫌はすこぶる快適らしいな。 
 そして朝比奈さんが淹れてくれたお茶が最後に置かれて、晴れてここにSOS団主催の月見(十三夜)大会が開始される運びとなったのである。若干一名フライングで月見団子を食べているのは目を瞑っていただきたい。
「さあ、ジャンジャン食べなさい! あ、でも月を見るのは忘れちゃダメよ、匂いに誘われて何か来襲してくるとも限らないからね!」
 そんなもん飛んできたら朝倉に迎撃を頼まなきゃならないじゃないか。あの結晶の槍で全部叩き落してくれ。その後で俺がハルヒにいらんこと言うなって叩くから。
「大丈夫よ、涼宮さんも冗談で言ってるだけだから」
 それが冗談にならないところが恐ろしいんだけどな。ともあれ、まずは料理を頂こう。目の前に並べられているのはホクホクと湯気の上がる栗ご飯と煮豆、それに味噌汁である。何でこのチョイスなんだ?
「元々十五夜芋名月って言ってサトイモの料理を食べるんだ。それに対して十三夜は栗名月、豆名月っていうことで栗や豆の料理を食べるって訳なんだよっ」
 解説してくれたのは煮豆を担当したという鶴屋さんである、今日は解説役が多いので長門の出番が少ないな。ちなみに有希は食べるのに夢中なので元々期待はしていない。
「栗もうっとこの山で取れた新鮮そのものだからね、どんどん食べとくれっ!」
 ありがたく頂いてます、主に有希が。そろそろセーブしてくれないと俺が大食いに思われてハルヒの不審を買いそうなんだがね。
 まあ有希のおこぼれながらも頂いた栗ご飯や煮豆は流石の旨さだった。元々ハルヒの料理の腕は保障済みだが鶴屋さん、朝比奈さんに朝倉だって負けず劣らずだ。長門も最近は朝倉の手伝いをするようだし、有希は……………まあやれば出来る子だ。
 兎にも角にも俺と有希、それと古泉は今回ばかりはSOS団女性陣のスペックの高さに感謝しかなかったのだ。たまにはこんな日があったっていいさ、のんびり飯でも食って月なんかを眺めてさ。
 と、思っていた俺が甘かった。いや、油断していたのだろう。俺はともかく有希や古泉すら食事の旨さに気を取られていたとしか言いようがない。
「さあ、メインディッシュに行くわよ!」
 ハルヒの号令一過、またもぞろぞろと階下へと降りてゆく女性陣を何とはなしに見送ってしまったのだから。思えばあの時、朝比奈さんが怯えていたような気もするが全ては後の祭りなのである。
 残った俺と古泉は別段頼まれた訳でも無いのに食器などを片付けていたのだが。
「いやあ、それにしても涼宮さんが満足しているようで何よりです。どうやら女性同士で賑やかに楽しむ事が良かったみたいですね、これなら何の心配もなく僕も楽しめます」
 妙にしみじみと古泉が言うものだから、つい何かあったのかと訊いてみると、
「実は十三夜とは日本独特の風習なだけでなく、昔は十五夜と十三夜のどちらかだけ月見をするのは『片見月』と言って大変縁起の悪いものだとされていたようなんですね。ですから涼宮さんがこれを知れば十五夜まで時間を巻き戻しかねないなと思いまして」
 それはハルヒには内緒にしとけよ、本気で時間を巻き戻しかねん。なるほど、なかなかタイトな月見だったんだな、実は。とりあえずはハルヒの機嫌がいいのが救いってとこなのか。
「まあこれも廓の女郎達が上物のお客を何度も呼ぶ為に広めたという説もあるので信憑性については何とも言えませんが」
 なるほど、またそっち方面か。有希さん、何度も言うが敏感に反応しないでくれ。俺は何もしてないだろうが。
 しかしこの古泉の話は為になる無駄知識ではなく、壮大な前振りになっていたことに当の本人も気付いていなかったのだ。すなわち、
「おっまたせー! どうよ、せっかくだから月見にふさわしい衣装にしてみたわ!」
 などと言いながらやってきたハルヒ達を見てしまえば誰だってそう思うだろう。というか、俺の周りの女の子は月と言えばそれしか連想しないのか?
「何ブツブツ言ってんのよ、どう見たって素晴らしい萌えでしょ?」
 ああそうかもな、だが萌えと言うよりエロだな。発想がオッサンだろ、お前。
 だが俺の溜息も目の前のウサミミにはまったく通用しないようだ、何でバニー服を着てるのかなんてのは疑問にすらならないらしい。
 そう、目の前のハルヒは最早定番となりつつあるバニースーツに身を包んでいたのだ。しかし相も替わらずスタイルだけはいいな、こいつ。あまりに堂々としているので色気は感じない、というか感じた瞬間に俺が死ぬ。だから大人しく食べてていいぞ、有希。
 しかしハルヒがバニーなのだ、もう次の展開は読めている。そしてこういうお約束は裏切られた試しが無い。
「あ、あ、あの〜、本当にこの格好じゃなきゃダメなんですかぁ?」
「……………」
「まあちょっと肌寒いわよね」
 この反応でお分かり頂けるよな? なんと俺は生きながら死んだらしい。何故なら俺の前に極楽浄土が広がっていたのだから。
 麗しい朝比奈さん、肉感的な朝倉、美しい長門がそれぞれ色違いのバニースーツに身を固めている光景を前に何も思わないのなら、そいつは性的に不能なのか男性にしか興味がないのかどちらだな。
 しかーし、古泉は相変わらずニコニコとしているだけでいいのだろうが俺はそう言う訳にはいかないのだ。何故などとは言わない、もう食事すらしていない俺の肩の暗黒オーラを見破れるのが宇宙人しかいないのが残念なほどに。そうだ、俺には有希しかいない! そうじゃなきゃ死んじゃうから!
「さて、続きといくわよ!」
 分かった、それはいいから胡坐を組むな。狙ってないか、お前?! ということも無いのだろうが。しかも何故かこういう時に限って、
「はい、キョンくん暖かいお茶です。やっぱり少し冷えますよね」
「体内の温度の低下防止の為に味噌汁を摂取するといい。わたしが作った」
「ねえ、やっぱりどこかおかしくない? ちょっと見て欲しいんだけど」
 俺に妙に気を使われてしまうのは何故だ? 後、朝倉は他の人に見てもらえよ。まあ適当に相手はするが、俺はここでも平常心を保っていた。
 即ち俺にはこの天国のような罠に耐えうるだけの耐性を身に付けているという自信があったのだ、決して有希が怖いだけではない。何と言ってもハルヒや朝比奈さんのバニーは結構な数を見ているのだ、慣れというものは存在する。それに朝倉と長門もこの間見たばかりだぜ、あれ? 俺見たことあったっけ? だが大丈夫、心は動いていない。
 有希、安心してくれ。俺はお前だけだ、お前オンリーのキョンだ。もみあげを引っ張らなくても視線を向けたりなんかしていない。
 なーに、後少しもすればハルヒだって寒いから着替えようと言い出すさ。それまでは月でも眺めてれば………
「やあキョンくん! めがっさモテモテじゃないかっ! おねーさん、ちょろんと羨ましいにょろよ〜?」
 ああ、鶴屋さん。そういえば鶴屋さんもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!
「え? どうしたんだい、キョンくん?」
 どうしたも何もないですよ! 素晴らしい、どうして俺は貴女を視線から外してしまっていたのでしょうか! 何という尻尾、それこそが神の生み出したもうた奇跡というやつなのですね?! ここまでポニーテールが似合うだなんて思いもしてましたけど、本当に見られるなんて!
「んん〜、そうかい? ちょっとアクセントにって思っただけなんだけど。どうかな、似合ってるっかな?」
 最高です! 似合ってるなんてレベルで語るのがおこがましい、貴女の為に月は輝いているんです! だってそうでしょう? その金色に輝くバニースーツ! 何気無くハルヒよりも細い腰! 胸は朝比奈さんとは比べられませんがそれでも谷間がしっかりと主張してるし! 何よりも朝倉のようなムチムチではない引き締まった太ももにスラッと伸びた足は足首がキュッと締まっててハイヒールがお似合いです!
「おおっ! キョンくん言ってくれるじゃないかっ! これはおねーさん照れちゃうっ!」
 何をおっしゃいますやら、そのスレンダーに引き締まったボディと流れる長い黒髪、しかもそれを一箇所でまとめてくれているなんて涙が溢れて止まりませんよ! 何故神はポニーテールを作ったのか、それは貴女がこの世に生まれたからに相違ありません! というかそれ以外の理由は俺が許さん! む? 誰だ携帯を鳴らしてる奴は。この鶴屋さんの素晴らしさを讃えずして何をしてやがる! それとも写メか、それなら取り急ぎ俺へ転送しろ!
「あ、あの、キョンくん? もうそろそろ……」
 いえ、あのポニテの美しさ、言葉では言い尽くせそうにありません。しかし俺にはポニテの素晴らしさを後世に伝えるという荘厳な使命があるのです! そう、バニーガールである上にポニーテールという素晴らしき美の女神をこの目に焼き付けねば!
「いやいや、もうお腹いっぱいだよ! 本当にキョンくんは上手いなあっ、あたしも嬉しいよ!」
 ええ、あの満月にウサギがいるなんて信じられもしませんが、鶴屋さんならば在り得そうです! 何故ならば宇宙規模の素晴らしさを誇っているのですから! 貴女こそあの月から光臨した女神です、もう何も思い残す事はありません!
「そう、思い残す事はないのね………」
 え、ええ? あ、れ、ハルヒさん? どうしたんですか一体…………
 うん、我に返ってしまった。そこにはもう泣いている朝比奈さんとそれを慰める朝倉、無表情ながら絶対零度の瞳をした長門、大爆笑だが照れて顔が真っ赤な鶴屋さん。そしてウサギじゃなくて鬼がいた。あ、古泉がいない、逃げたのか? じゃなくて強制退場だな。すまん、古泉。
 あははー、どうしよう? そうだな、
「ほ、ほら、先輩を立ててだな?」
 全ては言えなかったよ。だってもうハルヒのハイヒールの裏が俺の目の前に来てるからー!


「死ねー!!」



 ……………何だろう、体の節々が痛い。おかしいな、帰ってから寝てたはずなのに………そういえば有希はどうしたんだ? 俺は痛む体に鞭打って起き上がった。しかし寝違えたにしても酷い痛さだ、まるで学校の屋上から飛び降りたかのような。
 俺が有希を探して左右を見回すと(これだけでも首が痛い)、
「こっち」
 窓辺から声がする。どうした、もう遅いから読書は止めておけと言おうとして俺は息を呑んだ。
 輝く月光、その冴え冴えとした光を背に受けた美しきウサギがそこにいた。まるで月からやって来た女神の遣いのごとく。
 白いエナメルのバニースーツは細身の有希の体つきを強調させながらも清冽な色気を醸し出している。ああ、これが俺だけのものだなんて世界中に、いや、宇宙中に自慢したってお釣りがくるぜ。
 その有希に誘われるように窓から外を見てみると、
「おお……」
 別の意味で息を呑む光景だった。白く光り輝く満月、今日は一際浮き出して見えるようだ。
「十三夜、今日も月を見る事で月見は完成する。十五夜と十三夜、どちらか一つだと片月見ということで縁起が悪い」
 そうなのか、それでわざわざ俺に月を見せてくれたんだな。有希の心遣いが嬉しいものだ、俺はしばし月に見惚れてしまった。
 しかし流石は有希だ、よくこんなもの覚えていたな。そう思って礼を言おうと振り返ると。
「なあ有希?」
「なに?」
「なんでそんなもん持ってるんだ?」
「杵」
 そうだな、杵だ。だが持っている理由が分からない。
「月でウサギが餅を突いているのが定説」
 そうか、だから有希も杵を持ってたんだな…………………………なんだ、このデジャブ。
 そういえば杵を有希が持っているが餅とは杵だけで突けるものではない。杵の相方といえば臼であり、その臼はどこだ?
「臼はない」
 有希にしては珍しい、忘れていたのだろうか。
「必要無い、突くものには不足していないから」
 おや? 益々持って既視感が拭えないんだけど何でだろう。で、何でジリジリと近づいてくるのですか有希さん? 無言ですか、そうですか。
 えーと、俺は何かしたのか? そうじゃなくて無言で杵を持った恋人に迫られる理由なんか無いよな。だから止めて、迫ってこないでー!
 おまけに体中が痛いから上手く動けない。気付けば俺は部屋の隅まで追い詰められていた。あれ? 待て、こんなとこまで身に覚えがあるぞ、俺?!
 そして有希が杵を持って振りかぶる。
 瞬間、走馬灯のように今までの出来事が脳裏を駆け抜けた。いや、俺ちょっとだけポニーテールという髪型に一家言持ってるだけだって! 確かに暴走気味だったけど悪気はなかったんだ!
「わたしにはポニーテールは出来ない」
 そこはそれだろ、俺はショートカットのお前が好きなんだから!
「言い残す事はそれだけ?」
 ああ、もうダメなんだな。俺は黙って目を閉じた。泣いてない、泣いてないからな!
「…………浮気者
 衝撃が脳天を貫き、俺は意識を失った。







 これだけは誓おう、もう月見なんて二度とするか。