『SS』それはまるで恋のように 中編

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さて、『機関』にはメールも送りましたし、これで何も言ってくることはないでしょう。何と言っても『鍵』の関係者たる少女の接待です、本来なら最優先事項に挙げられてもおかしくありませんからね。
と、これもこちらの都合というやつですか、彼女にはまったく関係の無い話なのですから。
男一人が水着に着替える時間などたかが知れています、妹さんを待つ間にメールを送った僕はプールサイドで彼女を待っているのでした。
しかしまさか彼がこのような室内プールの入場無料券を持っていたとは意外でした。妹さんいわく、商店街のくじ引きで当たったそうですが、そこで涼宮さんではなく妹さんを誘ったという事をどう考えればいいんでしょうね?
やれやれ、あの二人の先はまだまだ長そうだ……………軽く溜息でもつきたくなってきますね。それともそれを望むのは僕だけなんでしょうかね、特に長門さんを見ているとそう思えてしまうのですが。
まあ色恋沙汰で世界が変わるというのも妙な話だと僕が今いる世界の脆さを危惧したくなってきつつあるところに、
「ゴメーン、お待たせー!!」
ああ、プールサイドで走ると危ないですよ。そんなに待っていませんから。
楽しみを爆発させたような勢いで走ってくる妹さんを僕は苦笑して迎えます。片手に持っているのは……………浮き輪ですかね、膨らませる前の。
「えへへ〜、ゴメンなさい」
そんなに笑顔で謝られてもまったく反省の色を感じませんけどね。しかし気持ちが高ぶるのは仕方ありませんか、僕だって多少は楽しみでしたし。
しかし、妹さんも当然水着なんですが、そのー、何と言いますか…………
「ええと、つかぬ事をお伺いしますが………」
「なに?」
「その水着はどなたの選択で?」
「え? 自分で選んだよ?」
そうですか、それはそれは……………どうしてスクール水着を選んだのか、学校で使っているものとは違うんでしょうね。ゼッケンとか付いてないし。
シンプルなスクール水着ですが、妹さんには良く似合ってしまっています。まあ小学生だから当然か、とは言え違和感の無さが逆に怖いんですけど。
えーと、詳しくは知りませんがそれは所謂旧スク水じゃなく新スク水ですかね? いやまあ、知らないですけど。というか知ってたら怖いじゃないですか!
しかし…………少々周囲が気になりますね、やはり。妹さんくらいの年齢の方もいますけど、スクール水着はいませんから。
それに親子連ればかりですし、僕らは兄妹にでも見えてくれればいいんですが。おっと、僕の気の回しすぎですかね、こういうのも。
とは言え誤解されないようにしないと彼にも迷惑でしょうし、一応妹さんにも了承してもらっておきましょう。
「すいません、今日は僕とあなたが兄妹ということで過ごしたいのですがよろしいでしょうか?」
「なんで?」
なんで? と言われると僕の名誉というか、まあ関係ないでしょうけど。僕が気にしすぎなんですかね?
「せっかくですから、彼のように接していただければ僕も嬉しいので妹さんさえ良ければ」
まあ兄の気分を味わいたいというのもあるかもしれません、このような機会でもなければ僕には無縁そうですし。すると妹さんは満面の笑顔で、
「わかった!! 今日はよろしくね、一樹おにいちゃん!!」


こうかはぜつだいだ!!!


………………あれ? なんだ? えーと、お、おにいちゃん? なんでしょうか、この破壊力は。大体普段彼の事はおにいちゃんなんて呼ばないじゃないですか!
おかしいな、僕には妹属性なんて無いはずなんだけど? なんで言われたこっちが恥ずかしいんでしょうか?
「おにいちゃん?」
うわ、なんでしょう?! 余程ボーっとしてたのか、妹さんに顔を覗き込まれてしまいました。だからその上目遣いが危険なんですってば!
「どうしたの、おにいちゃん?」
「い、いえ何でもありませんよ? 少し驚いただけですよ」
少しどころじゃないですけどね、そこまでは顔に出てないはずです。しかしここぞとばかりおにいちゃんを連呼されているような。
「ならいいけど……………やっぱりあたし迷惑?」
しまった! 俯いた彼女に僕は何という事をしてしまったんだろう。もし彼女が無理をしていたら……慌てて僕はフォローに入りました。
「そんなことありませんよ! ほら、ちょっとビックリしただけですから! 僕も妹が欲しいと思ってましたし!」
我ながら下手な言い草ですね、しかし少しでも彼女の気持ちが治まってくれるのなら。
「ほんと?」
「もちろんですよ、僕こそ迷惑ではありませんでしたか?」
すると妹さんは笑顔で、
「そんなことないよ! 一樹おにいちゃんと遊べるから!!」
そう言ってもらえるならこちらも嬉しいですよ。何故だろう、こんなにも彼女の表情に一喜一憂する自分がいるとは思いませんでしたね。
「ねえ、おにいちゃん? 浮き輪膨らませて?」
はいはい、かしこまりました。このくらいお安いものですよ、僕は浮き輪を膨らませます。ポンプなんかは流石に持ってませんので自分の息ですけど、結構早かったんじゃないですかね? 期待に満ちた瞳に見守られながらだったからかもしれませんけど。
「わー、ありがとう、おにいちゃん!」
半透明のピンクの浮き輪をした妹さんは年相応かはさておき、とても可愛らしいものでしたよ。おにいちゃんというのは変わらず面映いものでしたが。
「じゃあ、泳ご?」
はい、ですがその前に。
「?」
準備運動はしなければいけません。
「えー? 一樹おにいちゃん、キョンくんみたいー」
心配だから言うんですよ、僕も彼も。それは分かってもらえませんか?
「むー、でもわかった! ちゃんと準備だね?」
はい、お願いします。妹さんは素直に従ってくれたのですが。
「はい、おにいちゃんお願い」
あー、そうか。準備運動ということは当然僕もやらなければいけなかったんですね。
それで僕は大きく足を広げて座る妹さんの背中を押しているというわけで。思った以上に柔らかいなあ…………いや、妹さんの体がですよ? いやいや、そういう意味じゃなくて!!
「今度はおにいちゃんの番ね!」
なんですと?! しかし言われるままに座って足を開き、妹さんに背中を押されるしかないんですよね。
まあ僕の場合は別にそんなことしてもらわなくとも十分体は柔らかいつもり………………
「やっぱり背中大きいね、エイッ!!」
ちょ、ちょっと待った!! 今背中になんか重みがかかりましたよ?! というか乗られてる?
「これならいいよね?」
何がいいんですか?! いや待て、何を意識してるんだ? 大体兄妹ならありえるパターンですし、なにより妹さんにはそんな意識がある訳もない。
「ヨイショ!」
いや、これ無理! 何だかんだ言っても柔らかいものが背中に当たってるし! 水着一枚しかそこにはないんですから!
あててんのよ?」
はい?
「だってそうじゃなきゃ一樹おにいちゃんの背中押せないもん」
ああ、まあそうか。そうですよね、体重かけないといけないんですよね?
「てへっ!」
分かってやってるんですか?! と、とにかく準備運動も終わったところでようやくプールへ、ってほら走っちゃダメですって!
「はやくー、一樹おにいちゃーん!!」
やれやれ、どうやら思ったよりも大変そうだ。元気と無邪気が形となったかのような小さなお姫様に急かされながら僕はそんなに悪い気はしませんでしたよ?
それが妹というものだからか、それとも彼女だからなのかは僕も分かりませんが、それでもこの時間を貴重なものに思ってくれればいいんですけど。
そう思いながら僕は妹さんの後を追うのでした………