『SS』 月は確かにここにある 39

前回はこちら


 消灯時間も過ぎ、すっかり暗くなった病室で俺は何も見えない天井を眺めていた。何かいい夢を見たような気もするのだが曖昧にして覚えていない。段々と闇に慣れてぼんやりと浮かぶ天井にはエアコンと電灯以外に見るものも無いのだが。
 それでも俺は眠ることが出来なかった。さっきまで寝ていた、というのもあるが、そうじゃなくても寝る事は無かっただろう。
 理由は簡単だ、待ち人未だ来たらずってやつだ。横を向けば長門が置いていった林檎が置いてある。上半身を起こして手を伸ばし、林檎を一つ手に取った。袖口で軽く拭ってから一口齧ろうとすると、音も立てずにドアが開く。ようやくのお出ましか、俺は林檎を籠に戻す。まあそのままで食うよりも切ってもらった方がいいよな、あいつは得意みたいだしさ。
 しかし、ドアは開いただけだった。いや、その向こうにあいつは必ず居る。ったく、躊躇するようなキャラじゃないだろうが、お前は。
「いいから早く入って来い」
 ドアの外の暗闇に俺は声をかけた。一々促さなきゃならないのかよ、ある意味めんどくさい奴だぜ。
「…………どうも」
 ようやく入ってきた古泉一樹はいつものように笑っているつもりなのかもしれない。けどな? そんな顔色で笑ってるつもりかよ。憔悴したハンサムは、一気に数歳年を取ったかのようだった。
 だが、俺はそんな事はお構いなしに力無く椅子に座った古泉へ林檎を差し出す。
「ほらよ」
「え?」
「林檎。切ってくれ、ウサギにしなくてもいいぞ。ナイフなら長門が置いていってるはずだ」
 言われた意味が分からないのか、しばらく呆然と林檎を握っていた古泉だったが、「……わかりました」と応えて傍らのナイフを手に取り、何故か丁寧に林檎の皮を剥き始めた。
「………………」
 沈黙の中、ショリショリと林檎の皮を剥く音だけが病室に響く。俺も古泉も何も言わなかった。少なくとも俺から声をかける気は無い。分かってるだろ、俺はお前が話すのを待ってるんだぜ。
 やがて沈黙に耐えられなくなったのは俺ではなくやはり古泉だった。皮を剥く手を止めないまま、俺に訊いてきたのだ。
「どうなっているのか、あなたの口から話していただけないでしょうか?」
「こっちも訊きたい事がある。まずはそれに答えろ。古泉、お前はどこまで今回の件を把握している?」
 返答はまたも沈黙であり、その様子は奴がどれだけ把握しているかを雄弁に語っていた。即ち、
「…………すみません。僕には事情がまったくといって良いほど理解出来ていないのです」
 重く開いた口から出たのは困惑なのである。まあそうだろうな、古泉一姫は古泉一樹ではなかったのだから。
 だが、古泉一姫は古泉一樹がいたからこそ生まれた。それもまた事実なんだ、俺はそれを知っているし、お前もそれを知らなければならない。



 それが彼女が居たという証しなのだから。


 
「俺は今まで閉鎖空間に居た。そう言えばお前は理解出来るか?」
 音が止まり、林檎に視線を落としていた古泉の顔が上がる。意外、とも納得とも言える表情だった。
「お前は、」
「恐らくですが、そこに居たのですね?」
 この言い方でも分かるだろう。俺も予想通りの反応でもある。やはり古泉はあの世界での出来事を覚えていなかったのだ…………古泉一樹は古泉一姫では無かったんだ、それが証明された。
 そして、それがこいつを苦しめているという事もまた分かるのだ。
 俺は探りを入れてみる。あの世界に入り込んだ時、古泉の意識は確かにあったはずなのだが。
「お前は閉鎖空間に行った記憶が無いんだな?」
「ええ。通常は閉鎖空間の発生を感知して行動に出るのですが…………閉鎖空間そのものを感じないままに僕の記憶だけが消えている、とでも言うのでしょうか」
「最初からか?」
「最初?」
「いや、何でもない。俺の頭ではまとめ切れてないだけだ」
 古泉の意識が一姫に同化したという訳では無かったということか? それとも初めから古泉一樹の意識が無いままに古泉一姫が演じていただけなのだろうか。今となっては確かめる術はないが、古泉にとって記憶が無いのは良かったのかもしれない。少なくとも俺の精神的には助かる、あの古泉一姫が間違いなく女性であったということは。
 しかし、古泉一樹という人間には何も慰めにはならないだろう。奴には負わされた責任が大きすぎるのだから。
「…………僕は一体何をしていたのでしょうか」
 古泉の顔に笑みはない。憂いを帯びた表情でもそれなりに見えるのがこいつらしいが、真面目な顔ってのも見慣れないもんだ。本人には悪いが、今の俺はそのくらいに思っている。
「今の僕に分かるのは自分の記憶が無い事、そして…………あなたが危険な目に遭ったという事だけです」
 落とした視線が何を見ているのか、ただナイフが林檎を剥く音だけが聞こえてくる。
 ああ、またか。長門に続いてこいつまで無口になりやがって。この病院に居ると俺の友人は無言になってしまうらしい、病院には罪は無いが二度と来ないように誓わないとな。
 どうしようもない沈黙などどうでもいい。俺からすれば、こいつが無口だなんて気持ち悪いだけだ。
「お前が思うような危険な目には逢ってねえよ」
 ナイフで刺されたけどな。だが、原因も分かっているし、もう慣れた。慣れるなんておかしいけれど、人生で二回もナイフで腹部を刺された高校生活を送っていれば将来もどうなることやらだ。それもこれも自分で選んじまった道なのだから文句すらも言えやしない。
「まあ、いつもどおりだ」
 俺が選んだいつもとは、非日常であるということだ。何処か普通で、何処かトンデモない、そんな世界だ。そんなトンデモワールドに望んで暮らしてしまえば、こんな出来事の一つや二つはあってもおかしくないと思うようにしておいてやるさ。
 無言だった古泉は皮を剥き終わった林檎を器用に六つに切り分け、皿の上に置いた。何処に置いてあったのか、爪楊枝まで刺している。
「………そうですか」
 一言そう言うと、また無言のまま俯いてしまう。憂いを帯びた姿ですら絵になるってのが剛腹ものだが、野郎の落ち込んだ姿なんぞを隣りに置いて寝ていられる程、俺の心は広くないぞ。
 沈黙と重い空気が室内を包む。窓の外と同じように雰囲気までも暗い、古泉と二人きりの病室。思わず背筋が寒くなる、いっそのこと帰ってくれないか?
 おまけに次にこいつが言う台詞が予想出来てしまったのだ。前回、長門が病室に居た時と全く同じ空気まで醸しだしやがって。


 だが、俺はお前には優しくないぜ。あの何も知らない、知らされる事も無かった長門と違い、お前は俺と同じ時代を、俺と同じ世界で、俺と同じ常識の下で生きてきたはずなんだからな。


「何時だ?」
 古泉の肩が小さく動く。俺はそれを無視してもう一度古泉に問いかけた。
「『機関』のやり口は分かってるつもりだ。お前は何時転校させられるんだって訊いてるんだよ」
 正確に言うと、お前らの親玉連中のやり方ってやつだ。宇宙人も超能力者も、未来人だってそうだ、上にいる奴らってのは何でも自分たちの思い通りというか計画通りにいかなきゃ済まないんだろうよ。それはこちらの世界も向こうの世界も同じなんだろうさ。
 だから古泉が夜を待って一人で来た時点でピンときた。誰にも見られずに俺に会いに来るなんてな。悲しい事に命令される側の行動は一致してしまうのだろう。あの日の長門も何も言わないまま俺の横に佇んでいた。
 けれど、お前と長門は違う。それも決定的に。
「…………ふざけんなよ」
 俺は何も言えなくなっていた古泉の胸倉を掴んでいた。落とした視線にすらムカついてくる、被害者面でもする気か、てめえ。
「お前はそれでいいのか、古泉っ!」
「………………我々にとって『機関』の命令は絶対なのです」
「そんな事を訊いてんじゃねえっ! お前は、古泉一樹はそれでいいのかって訊いてんだ! 分かっていてはぐらかすんじゃねえっ!」
 頭に血が昇ってくるのが分かった。それでも尚も冷静なふりをしようとする目の前のこいつの態度に腹が立ってくる。 
「どうしろ、と言うのですか……」
 重く暗い声。
「僕はあくまで『機関』の一員に過ぎません。確かに転校となれば涼宮さんに多少の影響はあるかもしれませんが、代わりの者が、」
「うるせえ!」
 俺はそれ以上言わせなかった。乱暴に掴んでいたシャツを離すと古泉は力が抜けたように座り込む。
 馬鹿だ。どうしようもないくらい大馬鹿だ。『機関』も、古泉も。こいつらはまだ涼宮ハルヒを、俺達を分かっちゃいないんだ。
「いいか、SOS団の団長は卒業まで、いやそれ以降も団員が誰一人欠ける事なんて望んじゃいない。長門も、朝比奈さんも、当然お前もそうだ」
 謎の転校生が再び謎の転校をする、なんてやり方はもう遅いんだ。それほどまでに古泉一樹の存在とは涼宮ハルヒにとって欠かせないものになっていると何故気付かない?
 感情というものを与えられず、初めて芽生えた自我に戸惑った挙句に世界まで変えちまった長門と違い、お前にはハルヒの気持ちってのが分かっていたはずじゃなかったのかよ?
「しかし……それでも僕が閉鎖空間で行ったであろう行為が消えてしまった訳ではありません。僕の存在が後に危険を齎さないという確証がない限り、あなた達の傍に居る資格などないのですから」
 淡々と言っているつもりなのだろう。だが、お前の握られた拳が全てを物語っている。今の俺はそれに気付いてやれるんだ。
 だから、俺が言ってやる。お前の心を。
 あの世界で、古泉一姫が残してくれた古泉一樹のささやかな願いを。
 それだけが、あの消えていった世界に残された少女の想いを叶えてやれる手段なのだから。
「それでいいのか?」
 いい訳がない。
「俺にとって『機関』なんてもんはどうでもいい。ハルヒに纏わり付いている連中くらいにしか思えないからな。けどな、古泉? お前は違う。俺達の仲間で、SOS団の副団長なんだ。ハルヒが決めた、SOS団で二番目に偉い立場なんだとよ。そんなお前が黙って消えていくのを黙って見ていられる程、俺も馬鹿じゃないんだ」
 はあ、と大きく息を吐く。どうにも、俺らしくない。思い切り頭を掻いて髪をかき乱す。
 けれど言わなきゃならない。伝える言葉がなければ、思いとは伝わらないものなんだ。以心伝心を実現するのは朝比奈さんの時代になってもまだ困難なのだから。
「…………『機関』のアホどもに言っておけ。古泉一樹を転校という形で俺達の前から消そうとするなら、俺はハルヒに『機関』の存在をぶちまけるとな。信じない、なんて思うなよ? 『悪の組織』に捕まった副団長を救うなんてあいつが一番好きそうなシチュエーションだぜ。もしも抵抗するなら、ハルヒだけじゃなく長門の力も借りるからな。あいつは、お前が思っている以上にSOS団の繋がりを大事に思っているって事を見せ付けてやる」
 朝比奈さんだって心配するに決まっている。あの天使のような先輩の眉が悲しみで下がるような事になるならば、『機関』なんて無くしちまった方がマシだぜ。
「俺にはハルヒ長門を焚きつけるくらいしか出来ないかもしれない。だが、走り回ってお前を助けることくらいなら出来るんだ。いいか、SOS団を舐めるんじゃない! 俺達はお前を救う為なら『機関』と正面切って戦えるんだ!」
 それが俺の覚悟だ。ハルヒを、長門を、朝比奈さんを、そして古泉、お前と一緒にこの非日常的な高校生活を過ごすと決めた俺の覚悟なんだ。
「いいか、一字一句間違いなく伝えろ。俺達SOS団の団員を…………俺の親友に手を出すなら容赦しないってな!」
「!」
 古泉が顔を上げた。驚きに見開いた目に半ば開いた口がいつものあいつらしさをかき消している。
「何だ、その顔は。お前が言ったんだろ、親友だって」
 いきなり転校してきて、超能力者だなんて告白されて、SOS団なんぞに入りやがって、野球だ合宿だ映画だなんてやりながら閉鎖空間にまで連れていかれちまった挙句の果てに、ここまで一緒にやってきたんだ。
 そんな奴を何て呼ぶか? 親友以外にあるのかよ? お前は茶化したつもりでも、俺が古泉一樹を称するにはそう言うしか無くなってしまっているんだ。
 だから、だ。親友なんてもんは簡単に作ろうと思って出来るもんじゃないんだ。それを都合が悪いから転校させるなんて言われて黙っておけるか! 俺はSOS団の一員として、古泉一樹の親友として、『機関』なんかの思い通りなんてさせてやるかと決めているんだ。
「確かにお前は『機関』の一員かもしれない。けど、俺には気の合う仲間であり大事な友人でしかないんだ。訳の分からん連中なんかに好き勝手されて堪るか! 何度でも言ってやる、お前がどう思おうとも古泉一樹は俺の親友だってな! お前の親玉連中に言っておけ、あんまり俺を舐めるんじゃねえってな!」
 人間よりも遥かに高度な次元とやらに居る長門の親玉とは違い、同じ人間である『機関』が人間の意思を蔑ろにする。
 その感覚が気に食わない。てめえらが世界を守っているつもりだろうが、やってることは単なるイジメだ。俺の親友を、俺達のSOS団をぶっ壊そうとする奴らには俺は意地でも抵抗するって事を覚えておきやがれ!
「だから、古泉。お前は転校なんかする必要はない。ハルヒが居て、長門が居て、朝比奈さんも、当然俺とお前もそこには居なきゃならないんだ。それがSOS団だ、俺にとっての日常そのものなんだよ」
 言いながら顔が赤くなるくらい小っ恥ずかしい。恥ずかしいが、言わなければならない。それがあの世界で彼女が、古泉一姫が望んだ俺の言葉なんだ。
 伝えなければ、伝わらない。ただそれだけの話が自分の都合や小さなプライド、周囲の目だの何だのでいつの間にか言えないままにかき消されていく。
 いや、そんなに大袈裟なもんじゃない。ハルヒに対して、古泉に対して、他の奴らにも。
 俺は何も言わないままに格好をつけていただけなのだろう。言わなくても分かるなんて、言わない奴の言い訳にしか過ぎない。長門が世界を改変する切っ掛けすら見逃したくせに何を言っていたんだって話だ。
「いいから、お前はお前のままでいろ。ハルヒの妄言に頷きながら卒なく準備をこなしたりしておけ。時たま俺に胡乱な事を言うのは控えて欲しいが、お前が横にいないっての落ち着かん。顔はもう少し離しててもいいけどな」
 頼んだぜ、親友。
 俺はそう言うとベッドに横になる。言いたい事は言い尽くした、恥もかいたがスッキリした。
「………………分かりました。一字一句間違い無く『機関』には伝えます。きっと…………僕の処分どころの騒ぎでは無くなるでしょうね」
 当たり前だ、俺だって堪忍袋の尾が切れるんだぜ。理不尽に押し付けるだけの連中に一々従う筋合いは俺にはない。
「ありがとう………ございます…………」
「敬語で言うなよ、堅っ苦しいだろうが。ダチのピンチに何とかしようってのは当たり前の事だろ? お前はあんまり気にすんな」
 『機関』の連中には十分反省してもらいたいけどな。長門の親玉ですら口出ししてこなかったのだから日本語が通用することを祈るぜ。
「あなたに……SOS団に会えて良かった…………今、僕は心からそう思いますよ………」
 一々大袈裟過ぎるんだよ、お前は。けど、それが古泉一樹なんだよな。俺が知る、俺の親友の古泉一樹って男はこんな奴なんだ。
 やれやれ、結局最後にやったことは男相手に恥ずかしい親友宣言かよ。なんて羞恥プレイなんだ。
 俺は大きく息を吐いて、古泉に背を向けた。何も聞かないように布団を頭から被る。
 とにかく疲れたんだ、もう寝かせてくれ。
「…………ありがとう………」
 それに、俺は野郎の泣き顔なんて見る趣味は無いんでね。
 だから、微かに聞こえる嗚咽なんて知らなかった事にしておいてやる。俺が起きるまでには元に戻っておきやがれ。





 目を閉じて、脳裏に浮かんだ彼女に呼びかける。
 これでいいんだよな?
 月光の光に照らされた優しい微笑み。
 ああ、お前は、古泉一姫は確かに此処に居る。
 俺の記憶に。
 胸の中に確かに居るのだから。
 そして俺の意識はゆっくりと静かに沈んでいった……………












 



 目が覚めるとそこには誰も居なかった。
 俺は背伸びをして傍らを見る。剥かれていた林檎は綺麗に片付けられていた。
 その代わりに一枚のメモ用紙。誰が書いたのかは一目瞭然だった。意外に乱暴な筆跡でただ一言。
『部室にてお待ちしています』
 見上げて室内の時計を確認する。今から退院すれば丁度放課後には間に合いそうだな。
「やれやれ、人使いが荒いぜ」
 放課後の部活の為に退院早々登校するなんてな。苦笑しながらベッドから起き出し、着替えを終えた頃には母親が退院の手続きにやって来たのだった。



 簡単な手続きを終え、開放された俺は親が気を使って休めと言うのを、宿題がどうだとか普段では絶対に口にしないような言い訳で押し返して、帰宅後すぐに制服に着替えた俺はいつもの坂道を登っている。
 しかし何日も経っていないし、入院理由はでっち上げなので体力もあるはずなのに相変わらずきつい坂道だぜ。
 何で登らなきゃならないんだ? 明日でもいいじゃないか。頭ではそう言っているのに足だけは前へと進み続けている。
 予想通りに放課後になっていたので帰宅中の生徒とすれ違いながら、俺は真っ直ぐに北高へと辿り着いていた。脇目も振らずに校舎に入り、通い慣れ過ぎた道程を旧校舎へと歩く。
 きっとあいつらは手ぐすね引いて待ち受けているに違いない。そう思うと足取りが早くなる。
 朝比奈さんはいつものメイド服で少しだけ泣きそうになりながら。
 長門はいつもの窓際で分厚いハードカバーに視線を落とし。
 ハルヒは団長席でふんぞり返って100万ワットの笑顔で。
 ついでに、古泉はもう戻ったであろう胡散臭いニヤケ面で俺を待っていてくれればいい。今日は退院記念で何らかのサプライズなんて考えてるのかもしれないけどな。
 まあ、それも含めて俺の日常だ。騒がしくも楽しい、と言える当たり前には少しばかり刺激の強い俺の高校生活だ。
 俺は今のSOS団を、今の生活を守りたい。この非日常に囲まれた日常でやっていきたいんだ。
 だが、少しだけ変化したい。いや、変化しなければならない。
 そうだな、落ち着いたらハルヒと話をしよう。あの世界で見たハルヒに、本当の俺の気持ちを伝える為に。あいつもそれまでには少しでも素直になっていて欲しいもんだけどな。
 きっと今とは違う、けれど今のような俺達で。そうなれると俺は信じる、信じておくさ。その時はフォローは頼むぜ、親友? お前がベラベラ喋ってくれれば俺の株も上がるだろうさ。






 けど、まずは帰ってきた挨拶からだ。ハルヒプロデュースのサプライズが待っているだろうから心づもりだけはしておかなくては。
 …………きっと伝えるよ、俺もハルヒも。それが彼女の居た証しになるのだろうからな。
 優しく微笑む超能力者の少女の顔を想い、俺は部室のドアをノックした。






 ここからまた、新しい俺達の日常を始めるのだから。