『SS』ながとゆき。さんさい。 そのろく

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とりあえずの土産も買ったし後はどうするかと俺が考えるまでもなく、
「有希ちゃん、こっちー!」
と妹に引きずられておもちゃ売り場へ。
さすがにここでの出費は出来んぞと思っていたのだが、そこは妹も分かってると見え、
「有希ちゃんはこれ見てる?」
「みてない」
「えー? おもしろいんだよ、あのね…………」
どうやら長門に自分が見ているアニメの説明などしているらしい。
これで長門がそっち方面に興味を示しだしたら部室はどうなってしまうんだろう、ゲームやDVDに占拠されるのもちと勘弁して欲しいとこだが。
とはいえ買わないんだからな、そんな目で見ても無駄だぞ?
キョンくんのケチ」
「けち」
無茶言うな、長門はともかくお前はお袋からまた怒られるぞ。
「ぶー」
「ぶー」
はいはい、次行くぞ。
その次というのは、こういうデパートでは最上階か屋上にアミューズメントコーナーがあるのがほぼお決まりとなっているものだが、ここもその例に漏れてはいない。
なので子供連れの場合はこのような施設を最大限に利用するのが退屈させないための常套手段であるのだ。
とは言え、今だにコインを入れたら前後にしか動かない飛行機っぽい遊具や子供が中に入って遊べるトランポリンドーム、こういうのは動物なんかが外見モチーフに多いな、などが現役であるのを見ると俺の年齢ですらノスタルジーを感じてしまったりするものだな。
「キャー!」
「きゃー!」
中でピョンピョン飛び跳ねる長門と妹を見ればそう思えてくるさ、妹の場合は年齢的にどうなんだという疑問に目をつぶりさえすれば。
とにかくその間に俺がしなくてはいけないのは、千円札を両替してくる行為なのだった。
そしてその行為が三回目を迎えなければならなくなりそうな時に俺は土下座する勢いで二人を止めなくてはならなくなったのだった。
替わりに、と妹が言って撮ったプリクラを長門が大切に仕舞ったのを見たからまあこれ以上追求しないことにしておこう。
そして散々遊んだらお腹もすいてくるという分かりやすい行動を示す子供達に再び引きずられながらレストラン街のゾーンへ。
俺の財布の中身は無限じゃないんだ、そろそろ分かってくれないかマイシスター?
「でもキョンくんがケーキ食べていいって」
「けーき」
…………それはお前らの目の前のスパゲティーやらハンバーグやらの皿が無ければの話だったんだがなあ。
しかし長門が三歳児と同様の胃袋になっていてくれて助かった、これで食欲だけは変わらなかったなんてオチは破産フラグ一直線だぞ。
ということで三歳児の長門は三歳児らしく、
「ほら口の端にケチャップついてるから」
「もごもご」
「あー、手で取っちゃいけません!」
「もごもご」
キョンくん食べないのー?」
食えるか、忙しい。何より予算的にまずは削るのはいつも自分の分だ。
「こら長門! テーブルに落ちたのは食べちゃダメだろ!」
「もぐもぐ」
どこまで三歳児を再現しとるんだこいつは? とにかく叱ったりナプキンで顔を拭いたりと慌しい事この上ない。
挙句に、
「もういらない」
何だと?! そこに残されたのはスパゲティーだったと思われる残骸だけだった。
「……………」
「……………のこってる」
「……………キョンくん?」
そうだな、残すのはよくないよな。
伸びきってソースが皿中に飛び散っているパスタの残骸を俺は黙々と自分の胃の中に片付ける作業に終始した。
うん、世の中の親御さんは皆こういう苦労を経て我が子を育てるんだろう、だが高校生の俺にその役割はまだ早すぎないだろうか?
とりあえず味の事など評価出来るはずも無い昼食を食った俺は黙ってナプキンを差し出した。
あっという間に空っぽになったな、ナプキン入れ。
「いいか、まず手と顔を拭きなさい」
「わかった」
えらいぞ長門
「わかったー」
お前はもう少し綺麗に食べろ、妹よ。
「じゃあケーキだね!」
「けーき」
……………そうなんですか、まだ食べるんですか。
というか長門は残したんだからお腹一杯でしょ?
「べつばら」
……………誰だ、いらん知識ばかり長門に教えたのは?
そうして二人の子供は大変美味しそうにケーキを頬張り、何故ケーキだけは綺麗に食べ終わるんだ長門
俺は微妙に膨らんでしまった胃と微妙な感触の口の中をコーヒーで洗い流す事も出来ずにレストランを後にするのであった。
どこまでも休日というものは俺の財布を軽くするらしいな、どうすんだよこの後?


さあ、遊んだし腹も膨らんだ。その後子供はどうなるか?
「………………むう」
「ふぁ〜あ…………」
そうだよ、分かりやすくて申し訳ないくらいに絶賛おねむ状態なのだ。
「たく、ほら背中に乗れ長門
「…………へいき」
首をカックンカックンさせながら言うんじゃない、とにかく乗れ。
「…………あたしもー」
無理言うな、お前はお姉ちゃんなんだからちゃんと歩きなさい。
「はーい」
「……………」
背中に乗った途端に静かになった長門を背負ったまま俺たちはデパート内を歩く。
「どうする? 一応土産は買ったぞ?」
「ん〜?」
どうやら妹としては何かまだ足りないようだ、眠そうな目をこすりながらも色々探している様子だ。
「あ!!」
どうした? 何かを見つけ出したのか、急に走り出す妹に長門を起こさないように気をつけながら付いて行く。
「ねえねえキョンくん、あたし有希ちゃんにこれ買ってあげる!!」
そう言った妹の手には髪飾りが握られている。
「あたしも買うからお揃いだね」
今つけてるやつもそうだろ? 
「うん! だけどあたしのお下がりだから新しいの買うの!」
そうか、それは長門も喜ぶだろうな。
背中で寝ている長門はきっと嬉しそうに笑ってくれるだろう、その顔は無表情とは程遠いに違いない。
小学生の平均からすればきっと低いだろう背を伸ばし気味にレジで支払いをする妹を見ながらつい微笑んでしまう俺だった。
驚く物は買えなかった。申し訳ないくらい安物かもしれない。
だがきっと長門は、記憶が無くなっても長門はそれを大切にしてくれるだろう。それだけは俺が保障しよう。



買い物も終え、帰りの電車の中。
長門がまだ寝ている為に背負って立ったままの俺に、前で座っていた妹が小さく呟いた言葉。
「……………有希ちゃん、帰っちゃうんだねぇ…………」
寂しそうな声が夕焼けに溶け込むようで。
思わず俺は妹の頭を撫でて、
「なに言ってんだ、ちょっと帰るだけだろ? また遊びに来るんだからな?」
そう言うしかなかったんだ。
それが後から罪悪感しか湧かないようなものであっても、だ。
「うん、今度は遊園地とか行きたい!!」
「それはお前が行きたいだけだろうが」
そうだな、ジェットコースターとかは無理だろうけどそれなりに長門が楽しんでくれればいい。
俺もそんな事を思ってしまう、それが叶わないと分かっているのにな。
小さな長門の重さと温かさは背中に感じているのに……………