『SS』 以心伝心

ハア、とため息を尽きつつも、俺はいつもの坂を足取りも重く登りながら学校へと向かう。その息が白くなってることからも季節が冬なんだと実感させられるな。
やれやれだ、何で俺はこんなことをしてるんだか………などと思っても仕方が無い。とにかくまずは教室に行ってからだな、俺はひたすら坂を登るのだった。


「………何なのよ、それ?」
教室に入るなり目ざとく見つけるのは当然俺の後ろの席の奴なのだが、今回はこいつにも関わりがある事なので、
「まあ放課後までのお楽しみだ」
と言ってとりあえずは手に持っていたビニール袋を机の横にかけておいた。
ハルヒは色々追求してきたがどうせ放課後には見せるからいいだろ、と言っておき、幸い教師からは何も追求される事もないままに無事放課後を迎える事となる。
「さあ、その袋の中身が何なのか白状してもらうわよ!!」
昼休みが終わる前からウズウズしていたハルヒは、俺が鞄と荷物を持つが早いかネクタイを引っ張り部室へ走り出していた。いいからまずその手を離せ、本当に死ぬから!
「みんなー! キョンが何か持ってきたわよ!!」
勢い良くドアを蹴り開けた第一声がそれか。ようやくネクタイから手が離れたので息を整えながら見れば俺たちよりも先に全員来ていた様だ。とにかく朝比奈さんが着替えてなくてよかった。
「おや、それは珍しい」
「何を持ってきたんですか、キョンくん?」
「…………」
長門が本から視線を上げるほど注目されてしまったのだが、別にたいしたもんじゃないぞ。ほれ。
二重に包んでいたビニール袋の口を解くと柑橘系の香りが部屋に溢れてくる。
「あら?」
「これはこれは…」
「みかんですかぁ〜」
「…………」
「まあ田舎から送られてきたんだが流石に多くてな。それならSOS団にでも持っていくかと思ったんだよ」
毎年この時期に送ってくれるのはありがたいのだがダンボール一杯のみかんにはいつも処理を苦労させられていた。妹や俺も結構食べるのだが、それでも家族全員分よりも多いからな。
それなら腐らせるよりも食べてくれる人数を増やした方がいいだろう、それに元手がタダで喜んでもらえるならいいことだしな。
「まああんたにしちゃいい心がけじゃない、せっかくだから食べちゃいましょ!」
ということでハルヒも団長席に着くこともなく長机を囲んでいるわけだ。中央には俺の持ってきたみかんが鎮座している。各々勝手にそれを取って食べているといった感じだ。
「あ、思ったより甘いわね」
「美味しいですね」
「瑞々しいです〜」
そうか、それは良かった。田舎の爺さん婆さんも喜んでくれるだろう。思った以上に好評なのでこっちとしても重い荷物を抱えてきた甲斐もあったってもんだ。
しかしこういう食べ物系統の話の時には必ず中心にいるはずの人物のコメントがまだないぞ?
「あれ? 有希は食べないの?」
そんなはずはないだろ、あの長門だぞ? だが確かに長門の手は止まっている。何でだ、みかんは嫌いか?
「……………これ」
ああ、そういうことか。俺は長門のみかんを取り、皮を剥いてやる。
「ほら、こうやって食べるんだ」
長門に渡してやると、
「……………これ」
「ああ、白いのは別に取っても取らなくてもいいぞ。まあ取った方が苦味はなくていいかもしれんが」
俺は面倒だからやらないが長門なら大した事でもないだろうしな、どうせ食べるなら旨い方がいいだろう。自分の分のみかんを取って皮を剥き、長門にも分かるように白いとこを取って見せる。
「こうやるんだ、分かったな」
小さく首肯したので分かって貰えたんだろう。あっという間にみかんを綺麗に剥いた長門は一切れづつ分けながら食べ始めた。おお、やっぱ食べだすと早いな。
無事長門も食べだした事なので俺もついでにいただくとするか、と適当に割ってみかんを口に運ぶ。うん、確かに甘いな。
「……………ねえ?」
ん、なんだ? まるで長門みたいな話し方をするのはウチの団長なんだが一体どうしたってんだ? そんなに顔を赤くしなくてもいいだろうに、どれか酸っぱいみかんでもあったのか?
と、見ればどうにも雰囲気がおかしい。朝比奈さんまで顔を赤くしてるし古泉は笑顔が凍りついている。どうなってるんだかは分からんが、俺と長門だけがその空気にはじかれてるみたいだ。
「あんた何で……」
ハルヒが何か言おうとしたのだが、その前に長門が食べる手を止めた。
「……………これ」
おいおい、なんでそんなことだけ知ってんだ? 俺はつい笑ってしまう。
「まあ確かにみかんを食うときはコタツの方がいいだろうけどな。だが部室に持ち込む訳にはいかんだろ?」
それでも長門は俺を見ている。
「……………これ」
「分かった分かった、お前の家にはコタツがあるもんな。持って行ってやるからそれでいいだろ?」
「……………そう」
「なっ?!」
何を驚いてるんだハルヒ? まあ長門がそこまでみかんを好きになるとは思わなかったが。それにしても情報なんたらというのは何で中途半端な教え方を長門にしてるんだか。
とりあえず長門にみかんを全滅させられる前にもう一個は食いたいところだ。そう思って手を伸ばしたら思いっきり掴まれた。誰に? そりゃこいつだろ。
「ねえキョン?」
だから何だよ、なんでそんなに力を込めて俺の腕を握り締める? あのなあ、お前の馬鹿力だと折れちゃうかもなんだけどね? というか折れる! 何この力?!
「ちょおっとあんたに問い質したい事柄がありやがるんだけどコンチクショウ」
おい、語尾おかしくないか?! というかまず手を離してください!! ええと、助けて!!
しかし朝比奈さんはすでに気を失いかけてる、まずは頼れるとも思えなかったが。古泉は…………駄目だな、あの野郎がハルヒを止めるとは思えん。むしろこの状況ではあいつはハルヒの味方でしかないな。
ならば頼みの長門は!! 絶賛お食事中ですか、そうですか。
という訳で俺は理不尽な暴力の前にこの身を晒しているのですが俺はどうしたらいいのでしょう?
「いやあねぇ、あたしはなんであんたがそんなに有希と目と目で通じ合っちゃうような関係なのか訊きたいだけなんだけど?」
はあ? 何を言ってんだ、こいつ?
「だーかーらー! 何であんただけが有希の『……………これ』だけで話が分かるのか訊いてんのよ!? いつの間に有希をたぶらかしやがったんだこのスケコマシ!!」
待て待て!! ちょっとおかしい! 俺は痛みを堪えてハルヒの握った手を反対の手で掴む。
「おいハルヒ、お前まさか長門が何を言ってるのか分からなかったのか?」
「へ?」
お、ハルヒの力が緩んだ。とりあえず腕は離してもらおう、どうにか折れずに済んだようだし。
ん? ハルヒはともかく朝比奈さんや古泉まで何ポカーンとした顔してんだ? ああ、長門は気にせず食ってていいぞ。
「まったく、やれやれと言いたいぜ……」
何度か腕を振って無事を再確認した俺はハルヒに向き合った。
「な、なによ………?」
なによ、じゃないだろ。まさか俺がこんな事を言わなきゃならんとは思わなかったぞ。
「なあ、俺達がここに集まるようになってもう一年だ」
「そうね、それがどうしたっていうの?」
「という事は俺達の付き合いも一年以上になる。いくら長門が無口だからといっても多少は会話だってしてきただろ?」
「そ、そりゃ……」
「それなら仲間だし、友人ならある程度は相手のことも分かろうというものだ。団長のお前がそんな事でどうすんだよ」
「う…………」
まあ確かに俺は長門と過ごした時間は長いが、それでも勘のいいハルヒならもう少しは長門と打ち解けてると思ったんだが。
「ま、まああたしだって有希とは親しくしてるわよ! そうよ、あんたなんかよりよっぽど有希の事分かってるわ!!」
それならいいんだ、別にそんなこと争うもんでもないしな。
「そうね、それを言うならみくるちゃんだって………」
「……………」
「あ、おかわりですか? ちょっと待っててくださいね」
…………分かってらっしゃるみたいだが?
「あ………………」
それから放課後の間、ずっとハルヒ長門にくっ付いたままであり、長門は気にせず本を読みながらみかんを食べていた。ように見えるのだが。
あー、ハルヒ? さすがに長門も困ってるぞ?
「なっ? そ、そんなの分かんないわよ!」
「……………そう」
ほら、みかんが食べにくいってよ。
「あ、あたしが食べさせてあげるから!!」
そうかい。




それからしばらくの間、まるで貴族と従者のように長門の後ろをついて行くハルヒが目撃されたようなのだが何を考えているのやら。
で、あれから古泉を見かけないんだがどこ行ったか知らないか?