『SS』ごちゃまぜ恋愛症候群 9

9−α

午前中に散々迷惑をかけておきながら習性のようにいつもの店へと入って行った俺達だが、なんとメニューを決めることなくハルヒがクジを作り出してしまった。おいおい、まだ昼飯も食ってないんだぞ?
などと愚痴りたくなるものだが、上りきったハルヒのテンションは下がる気配がない。さすがに、
「せっかく入ったのですから何か注文はしておきませんか?」
という古泉の言葉がなければ一気にクジを引いて飛び出していたかもしれん。そんなにハルヒコといるのが楽しかったかよ、そう思うと憮然としてくるのだが。
そんなことはもちろんお構いなしのハルヒはアイスティーを一気飲みすると、
「ほら、こうしてる間にも不思議はあたし達の目前を油断して通り過ぎるかもしれないのよ?!」
ああそうだな、この状況以上の不思議があるならお目にかかりたいんもんなんだが。そう思いながらクジを引く。
長門の操作については間違いはないはずだ。俺が出した条件はキョン子と一緒になる事、これで説明出来る。それとどちらかの長門と組み合わせる事、とにかく俺達の現状把握のためにはどちらも欠かせない。出来れば解説役が欲しいところだが、4人組があっさりできるのも不審がられそうだし女古泉はまだ信用できん。そのため3人でも我慢するしかないだろう、後は長門の判断に任せるしかない。
そしてクジの結果は、
ハルヒ、朝比奈さん(♀)、古泉(♂)
俺、キョン子長門(♀)
ハルヒコ、長門(♂)、朝比奈さん(♂)、古泉(♀)
となってしまった。まずい、少々露骨すぎないか長門? 
俺の心配どおり、
「なによ、これじゃいつもの探索と変わんないじゃない!」
ハルヒが喚き始めた。なに言ってやがる、いつもはそんなこと言わないくせに。まるで誰かと離れたくないみたいじゃねえか、俺と別行動の時だって何も…………………いかん、何考えてるんだ俺は。
とにかく俺としては組み合わせを替えられる訳にはいかん、しかし下手に口を出せばまず俺とキョン子が離される確率が高い。それを思うと躊躇せざるを得ない俺に古泉(♂)がフォローを入れてくれた。
「まあまあ、逆にこれだけの人数から同じSOS団同士になる可能性を考えれば十分不思議に値すると思うのですよ。ですからこれを機に探索へ乗り出せば結果も良いものになるのではないでしょうか?」
上手いぞ、あいつとしても確率の不思議などと言われれば俺なんかには計算出来ない確率とやらに興味を持つに違いない。現に、
「そう言われればそうね……………」
と考えだしている。これでなんとかなるかと思われたのだが、そうは問屋が卸さなかったのはハルヒが一人じゃなかったからだ。
「でもやっぱりつまんねえよな」
そう言ったのはハルヒコである、馬鹿野郎いらん事言うんじゃねえ!! せっかくハルヒが納得しそうだったのに、
「そうよね、それじゃ面白くないもの!」
前言を撤回しちまった。なによりあいつの言葉にあっさりと首肯するハルヒの態度が気に食わない。人の意見なんかに左右されるような奴だったのか、お前は?!
つい声を出しかけた俺の袖を長門(♀)に引かれる。なんだ? 
「冷静に。あなたの心拍数が増大している」
何言ってんだ、俺は常に冷静沈着だぞ。それよりあの馬鹿女がコロコロ意見を変えるのをどうにかするべきだ、このままじゃもう一回クジとか言い出しかねないぞ?
「あなたは普段そのような言葉遣いはしない。落ち着いて」
落ち着いてるさ、あの浮かれてる奴よりかはな! 見ろ、俺と長門が話しているのにも気付いてない。
「これはあなたの袖から振動を鼓膜に直接送り込んでいる。音声として認識しているのはあなただけ」
そうなのか?! 確かに長門の手は俺の服の袖をしっかりと持ったままだ。
「あなたなら気付くはずの事。それすらも認識出来ないあなたが何か言うのは我々には不利にしかならない」
……………わかったよ、長門の言うとおりだ。どうも俺は頭に血が上っているらしい、原因が目の前の奴のせいだとは思いたくもないが。
しかし、だからと言って事態が好転するとは思えない。と思ったら意外な人物が声を上げた。
古泉(♀)が、
「それなら私と古泉くんが交代しませんか? 私も女性同士でお話してみたいと思っていましたし」
などと言い出したのだ。そう言われれば女性としてハルヒも、
「そうねえ、女の子だけってのも悪くないわ」
となり、ハルヒコもこれもあっさりと、
「それなら俺達は男同士で盛り上がるか!!」
っと、これは意外だったかもしれん。ハルヒコはごねると思ったんだが、これは俺が邪推しすぎたのかもしれないし、何故邪推しなければならないのかを考えてしまえば俺が自滅しそうだ。
結局のところ、
「それじゃ女の子だけで不思議探しね! 他の連中になんか負けないわよ!!」
「ひゃい! よろしくお願いします……」
「こちらこそよろしくお願いしますね」
という並んで歩けば男性に取り囲まれて進めないんじゃないか(まあハルヒの威嚇に勝てる勇気のある男がいればだが)という美少女グループと、
「よっしゃ! バシッと不思議発見といくぜ!!」
「よ、よ、よろしく…………お願いしま………す………」
「………………」
「ははは、これを機に皆さんと仲良くなりたいものですね」
これまた逆ナンパの波に攫われそうな(特に朝比奈さんが)美男子のグループに取り囲まれ、
「いい?! 両手に花なんて思ってんじゃないわよ! あんたがしっかりリードしてSOS団の凄さを見せつけなきゃならないんだからね?!」
などと訳の分からん事を言われる俺と、
キョン子! お前が俺達の代表だからな! いいとこ見せて俺達のカッコよさを見せてやれ!」
「どうすりゃいいのよ………」
訳の分からんことを言われて嘆息するキョン子と、
「………………」
我関せずの長門(♀)の3人がどういう訳か最初にあいつらに見送られながら出発したのである。なんだか旅行というか、戦地に向かうようだな。
「………………ねえ?」
今まで黙っていたキョン子が急に口を開いた。なんだ?
「ううん、なんでもない」
どうやらこの先の事を考え不安になってるのかもしれない。無理も無いだろう、午前中に話を聞いてる俺だって内心は動揺しまくりだからな。
「大丈夫だ、とりあえず長門の話を聞いてくれ。心配すんなよ、そっちのあいつもそうだろうが長門は信頼できる奴だからな」
せめてもの慰めにそう言うと、
長門さんは…………信用されてるんだね…………」
ん? 当たり前だろ? お前だって姿こそ違えど長門の事は分かってるはずだろ?
「うん、そうだね…………」
それだけ言うとキョン子は俯いてしまった。どうしたんだ? やはり俺とはいえ女の子には負担がかかり過ぎたのだろうか。
「…………………」
落ち込んだ様子のキョン子長門が静かに近づき、
「大丈夫」
そう言ってその肩を抱くように寄り添った。キョン子もどちらかと言えば小柄な部類に入るので、その姿はまるで妹を慰める姉のようだった。
「……………うん」
それを見てやはりこの世界は間違っている、俺はそう確信した。少なくとも俺じゃなくキョン子にとっては。
その時の俺にはそういう風にしか見えなかったんだ。






9−β

とにかくあいつと一緒にいられるということだけは分かったあたしは喫茶店でのやりとりには大して興味が無かった。それが不謹慎と言うかあたしの立場として間違っているのは分かってるんだけど、もう一人のあたしが何とかすると言ってるんだから信じていいはずよね?
そしてクジの結果として確かにキョンと一緒だった。分かっているのに嬉しかった。
何かハルヒが言ってたことであいつが不愉快そうにしていたのが気にはなったけど、それ以上にあたしが気になったのは、
「…………………」
なんで長門(♀)なのかってこと。頭では理解している、あたしに事情を説明する為には長門が必要だってことは。でも納得しきれないあたしがそこにはいた。長門なら男だっているのに。
ううん、あいつが何かを頼むなら自分の良く知ってる長門に頼むのは当然なのに分かってるはずなのに長門が女の子なのに納得しきれない。
それなら別に組み分けが変わってもいいや、などとあたしが思ってしまっていると向こうのグループで古泉同士の交代があったらしい。
このときのあたしには本当にどうでもいいことだった、その事に気付けなかったのはキョンも、あの長門ですらそうだったんだから。
とにかくグループ分けは終わり、あたし達はそれぞれ別れた。事情を話さなければならないキョン長門に促される。
キョン子! お前が俺達の代表だからな! いいとこ見せて俺達のカッコよさを見せてやれ!」
そんなハルヒコのセリフに、
「どうすりゃいいのよ…………」
と答えるしかないあたし。それどころじゃなくなってる自分の心にため息しか出なくなってる。
それでも先を急ごうとするキョンに聞いてみたい、なんで女の子の長門を選んだのかを。あたしだけじゃなくて他の女の子がいることを。
「………………ねえ?」
そういえばキョンと話したのは午後になってから初めてだ。それだけであたしが浮かれそうなのを、こいつはどう思っているだろう?
「なんだ?」
何もなかったように聞き返してくる。それはそうなんだけど、あたしと居ても何も思わないのかなあ…………
「ううん、なんでもない」
ついそう言ってしまった。途端にキョンの顔つきが変わる。そうだった、こういう言い方をして平気な顔できる人間じゃないんだったわ、こいつは。
「大丈夫だ、とりあえず長門の話を聞いてくれ。心配すんなよ、そっちのあいつもそうだろうが長門は信頼できる奴だからな」
慰めてくれてるんだろう、キョンは優しくそう言ってくれた。でもそれは長門への信頼感への裏返しであって、あたしには胸の痛くなる言葉だった。
長門さんは…………信用されてるんだね…………」
「当たり前だろ? お前だって姿こそ違えど長門の事は分かってるはずだろ?」
うん、分かってるし長門の事は信用している。だけど今いる長門は女の子なんだよ?!
「うん、そうだね…………」
それだけしか言えなかった。あとはあいつの顔も見れない。絶対に心配そうな顔してるから、あたしのせいで。
情けなかった。こんなキャラだったのか、あたしは?
俯いてるあたしに長門(♀)がそっと近づき、
「大丈夫」
優しく肩を抱かれた。あたしの知ってる長門よりも小柄なんだけど温かい。
「あなたの気持ちは理解できる。わたしにもそれは否定できないから」
!!!!
向こうには聞こえないような声で長門があたしに告げた言葉はとても優しく、哀しそうで。
「……………うん」
何も言えなかった。分かってる、この世界が間違ってるってことは。
でもその中で生まれてきたこの気持ちは何なんだろう、それがあたしにこの世界を終わらせることへのブレーキをかけていく。






早くこの話を終わらせなければならない、俺はそう思っていた。
終わらせたくないのかもしれない、この世界を。あたしはそう思い始めていた。