『SS』ごちゃまぜ恋愛症候群 14

14−α

「とにかく向こうの意思は統一されてはいないようです」
古泉の意見はこうだ。
「少なくともこちらの涼宮さんの方が優位性が高いことは、僕の感覚として理解できます。もしもお互いが対等ならば、あちらの涼宮さんの心理状態などを僕も把握できるはずなので」
なんでだ?
「涼宮さんの能力によって力を与えられている我々なのですから、対等なポジションに涼宮さん同士がいた場合、閉鎖空間なども共有される可能性が高いのです。つまりなんらかの理由であちらの涼宮さんが閉鎖空間を作ったとすれば、」
お前達もそこで神人退治をしなきゃならんということか。
「それは逆もしかりです。しかし現実としてそのような事は起こっていません、この事でも長門さんの言うこちらの涼宮さんが中心であるという仮説は成り立つのではないかと」
それなら向こうの古泉はどうなんだ?
「彼女はあちらの涼宮さんに関してはエキスパートでしょう。しかし涼宮さんにはなにも影響を与えられる力はないでしょうね」
それならあいつはハルヒコ限定の能力者ということか。古泉は頷いた。
「ほぼその認識で間違い無いかと。まだあちらの涼宮さんが閉鎖空間を発生させているかどうかは分かりませんが」
要は閉鎖空間同士で繋がったりはしないってことだろ? あんなもんが二人掛りで広げられたら目も当てられん。
「そうですね、そうなれば向こうの僕とも共闘といったところなのでしょうが」
むう、なにかしっくりこない。お互い腹の探り合いで終わりそうだな。古泉は苦笑しながら、
「なんとも反論のしようがありませんね、それに、」
急に真顔になった。笑顔が数パーセントも入っていない古泉の顔なんか見たことがあっただろうか?
「正直に言って、向こうの古泉一姫の考えが読めません。僕も涼宮さんに対しては賛成を旨とするように心がけてはいますが、彼女の場合は思惑を秘めているような気がします」
似たもの同士、というかもう一人の自分だから分かるのだろうか。その古泉の言葉に、柔和な笑みしか浮かんでこない女古泉が何か薄ら寒く感じた。
情報統合思念体は、」
と、俺達の話を聞き続けていた長門が急に口を開いた。思わず二人が注目する。
「自らと同様でありながら異次元に存在する思念体に脅威を感じている」
なんと衝撃だった。まさか長門側からは脅威の存在だったらしい。
涼宮ハルヒの創生能力の中では予想は出来た。ただし多次元における自らの存在、という事象は展開が想像できるものではない。同等の能力を持つもの同士の接触というものを情報統合思念体は予想していなかった」
つまりはどういうことだ?
「涼宮さんが別次元の扉を開く可能性は想定していたが、そこに自分までいるとは思わなかったということですか?」
古泉の質問に長門が頷く。よくよく思えば間抜けじゃないか、長門の親玉さんは?
「それだけ今回の出来事は異常と言えるのかもしれません。涼宮さんは確か異世界人との接触を述べていたではないですか?」
そう言えばそうだ。あいつの目的の中にそんなワードがあったことを思い出す。
「しかしその願望にしてはあまりにも我々は近すぎる。ここに涼宮さんの今回の願望の基があるのではないでしょうか? そしてそれ故に我々は接近しすぎているのではないかと」
あー、つまりはハルヒ異世界人とまではいかないが、あまり会え無さそうな何かに会いたかったと。それで鏡の世界のあいつを呼んでしまった、ということでいいのか?
「あなたの推論はほぼ正しいと思われる。だが、その涼宮ハルヒの能力で起こされた事象の矛盾を統合しようという流れと反発する流れが起きている」
長門の言葉に再び混乱する俺。せっかく分かりかけたと思ったのに何なんだよ、ったく。
「……………あなたはもう一人の自分を別人格として認識しつつある」
なんだ? 何故そこでキョン子の名前が出る?!
「わたしもそう。そして、」
長門の目線が古泉へ。その古泉はもはや笑顔などどこにもなく気まずげに、
「そう言われればそうかもしれませんが、それは涼宮さんの能力による迎合だと?」
小さく、確かに長門は頷いた。古泉の顔色が変わる、どうしてだ?
「………………そうですか」
俯く古泉なんか見たくもないんだが、長門の言葉はそれほどの衝撃だったようだった。
分からん、まったくもってこの二人のやり取りが理解不能だ。しかし長門は関係無く話を続ける。
「我々はこの世界を受け入れようとしている。恐らくは向こうの世界の我々も」
そんな?! 長門が言ったんだぞ、このままじゃ世界が消滅するって!!
「理解はしている。しかし涼宮ハルヒが望み続けている限りは流れに逆らう事は出来ない」
お前ですらもか? 長門の肯定は俺を絶望の淵まで追い込んでいくものだった。
「だが逆らう流れもある。それがあなた」
俺が? そう言われても俺なんかが何が出来るんだ、それに俺だってキョン子は別の人間だと思ってるぞ。
「あなたは眼の前の現実をそのまま受け入れた。その上で自己の意見で成り立っている。それが出来ているのはあなただけ」
よく分からないが長門は俺に何かを期待しているのだろう、まったく分からないのだが。
「要するに、だ。ハルヒの我がままを俺が止めりゃいいんだな? そう捉えるぞ、長門
長門は珍しくはっきりと頷いた。古泉といい、こいつといい、今回は何かお前らのキャラが違いすぎて俺がおかしくなる。
「……………あなたはどうするのですか?」
今まで俯いていた古泉が搾り出すように呟いた。何か疲れたような声に俺の方がギョッとする。
「まあいつもどおりさ。とにかくハルヒの奴と話をする、それからだろうよ」
「………………………………彼女は……………」
ん? なにか言ったか、古泉?
「いえ、なんでもありません。またあなた頼みかと思うと少々心苦しいのですがね」
そう言った古泉はいつものスマイル野郎だった。どうやら立ち直ったらしいな、人任せにしやがって。
「それではどのように涼宮さんと話されますか?」
どうもこうもないだろう、この後ここに集まるし、それ以外にだって話はできるさ。
「そうですね。それではそろそろ授業も始まります、我々も戻りましょうか」
おっと、もうそんな時間か。古泉は一足先に部屋を出た。お前はどうするんだ、長門
「心配ない」
いや、お前が間に合わないとは思えないがな。それじゃ俺も先にいくぞ。
「………………」
本を拡げている長門がきっと俺が五組の前を通る時にはクラスの椅子に座っているんだろうな、などと思いながら俺は部室を後にして午後の授業に間に合うように急ぎ足でクラスに戻ったのだった。
結局、この時の俺は甘すぎたんだ。安易にハルヒと話せばいいなんてな。
そして古泉があれだけ真剣な顔をしていたことも、長門が、
「時間は、ない」
と呟いたことも知らなかったのだから。








14−β

「少なくとも涼宮さんの機嫌は戻ると思いますよ」
古泉はお茶を飲みながら、あっさりとそう言った。何かしたのか?
「まあ少しだけ。とは言え我々にはほぼ影響が出ないでしょうが」
それほどのカードをどこに隠し持っているんだ、こいつ? また『機関』とやらが何かお膳立てをしたのだろうか?
「いえ、『機関』も私も特に何も。ただ電話番号を教えただけです、涼宮ハルヒの」
なんだって?! なんであんたがハルヒの電話番号なんて知ってんのよ!?
「あの不思議探索の時に少々聞きだしまして。これで涼宮さんの興味があちらに移るのでしたらと思えば聞き出した甲斐もあるものです」
まあハルヒコのことだ、嬉々として電話をかけるに違いない。いや、いくらハルヒコでもいきなりそんな行為をするとは思えないはずなのに、ハルヒコが電話する姿が目に見えるようだ。
きっと相手もそうだろう、それを苦虫を噛むような顔であいつが……………なんか嫌だ、それ。
「はっきり言いましょう。我々はあちらの涼宮ハルヒの能力に引きずられているといっても過言ではありません」
どういうこと? 向こうのハルヒってのがそんなに凄いわけ?
「まあ簡単に言えばそうなります。恐らくこちらの涼宮さんは無意識下で彼女に惹かれるようにでもなっているのではないでしょうか」
あのハルヒコがねえ、そんなんい意志薄弱な奴じゃないでしょうに。
「ですから彼女の力が涼宮さんよりも上ではないかという推論が成り立つのです。もちろん涼宮さん本人もどこかで望んだ状況なのかもしれませんが」
ハルヒコが女の子と仲良く話すのを望んでる? まさか、あいつは恋愛は精神病みたいなもんだと笑ってた奴よ?!
「ですが、涼宮さんだって健康的な一男子なんですからそのような感情は無いとは思えませんがね」
それはそうなんだろうけど。でもあたしにはどうも想像できないでいた。
「しかし彼が本当に彼女を望んでるとは私も思ってません。むしろ何かを補完するために涼宮ハルヒがいる、と言った方がいいでしょうね。これは向こうもそうなのかもしれませんが」
何言ってんだ、こいつ。つまりはハルヒコは女の子と話したい願望の為にどこか別次元で同じ様な事考えてたハルヒと呼び合ったとでも言うわけ?
「私はそう予想しているのですが」
アホか、それならあいつなら正面から堂々と話にでも何でも行くに決まってるでしょ?
そう言うと古泉は笑顔の中に微妙な光を湛えた瞳をあたしに向け、
「そうですね、それが出来れば一番良いのですが。なかなかご本人もお相手も難しい方々でして」
などと言っている。たしかに変人のハルヒコが相手にするような奴だ、相手も余程奇妙な奴に違いない。
「そうですね、私にもよくわかりません」
古泉が苦笑しながら答えた。しかしなんであたしから視線を離さないんだ、こいつ?
情報統合思念体は、」
あたし達の会話を傍で聞いていた長門が急に口を開いた。思わず二人で注目する。
「多次元に存在する亜種である統合情報思念体に関心を持ち始めた」
よく分かんないけど、長門の親玉は向こうに居る長門の親玉に興味があるってこと? 長門は頷き、
「自らと同等にして涼宮ハルヒの能力下における優位性を持つ異性体について情報統合思念体はその観察及び情報統合の可能性について思考を開始した」
ちょっと待って、観察はなんとなく分かるけど統合ってどういうこと? 長門はそれには答えず、
「それにはまず涼宮ハルヒコの能力の覚醒、いや拡大が必要と判断される」
というとんでもない事を言い出した。ハルヒコのトンデモ能力のパワーアップをするっていうの?
「待って、長門! それは、」
「我々もほぼ同等の結論に達しましたよ。もちろん目的は違いますが」
古泉、お前まで?! 古泉はいつものスマイルを崩さずに、
「だからこそ涼宮さんの安定の為に涼宮さんが必要と言うのは何かの皮肉のようですがね。彼女も自分の能力を自覚していません、そこが我々としても助かっていますよ」
こいつは向こうのハルヒハルヒコの為の道具か何かだと思ってるのか?! あたしの頭に血が上るのが分かる。
「お前ら! そんなことが、」
「あなたのためでもあるんですよ?」
古泉は冷酷といっていい目であたしを貫いた。な? あたしが何を…………?
「これで涼宮さんはハルヒさんに興味を持ち、向こうもそう思ってくれれば、あなたと彼を邪魔する存在はいなくなると思いませんか?」
な、何を! 彼って誰のこと?!
「いやはや、あなたもそこまでとは。別に構いませんが、とにかく私は涼宮さんさえご機嫌ならそれで構いませんから」
そう言うと古泉は席を立った。言いたい事は言ったといわんばかりの態度が気に食わない。
「そういえば彼の電話番号はご存知ですか?」
いきなり古泉が聞いてきた。キョンの番号なら見合いの時に交換したから知ってるわよ。
「それならば連絡をしてあげた方が宜しいですよ、彼も落ち込んでいるかもしれませんし」
……………悔しいけど、ハルヒが笑ってる横であいつが眉間に皺を寄せてる顔がすぐに想像できた。
「私はあなた達を応援していますよ、ではまた放課後に」
古泉は部室を出る。残されたのはあたしと、
「…………」
ねえ長門? 古泉の言ってる事は正しいの?
「分からない。だが古泉一姫の意見には容認できるものはある」
そういう長門は文庫本から目を離そうとしない。
でも何か納得できない、もう一人の長門もそう言ってたし。長門自身だって世界崩壊の可能性をキョンに告げたはずだ。
「事態は流れている。この世界ともう一つの世界は融合を始めた」
長門は文庫本から顔を上げた。眼鏡が反射でキラリと光る。
「私は統合情報思念体の意志に逆らうわけにはいかない。思念体の意思は現状からの進展、そのための涼宮ハルヒコの力の増大。古泉一姫が行っている行動に私が干渉出来る余地はない」
淡々と告げる長門の顔からは何も意思が読み取れない。
「それでいいの?」
あたしはついそう聞いた。長門は文庫本を手に立ち上がり、
「私個体の感想はまだ言えない。それよりも君はどうするのか?」
あたし? あたしは…………………何か答えようとして何も声が出せないまま、長門も部室から消えていた。
ハルヒコとハルヒが笑っている。その横できっとあいつは不機嫌な顔だ。でも、でもあたしがそこにいたら…………
午後の授業を告げる予鈴の音であたしは取りとめの無い思考から抜け出した。
早くクラスに戻らないと。
何故だろう、あたしはどうしたいんだろう? ただあいつの声が聞きたい。
きっと機嫌がよくなってるハルヒコよりも、あたしはあいつの顔が見たかった。
あたしは躊躇っている。この世界よりも魅力を感じてしまっているもう一つの世界に。
それが流れというものに作られたものだとしても、あたしは自分の感情に押しつぶされそうになっているのだった。






まだ俺は知らない。世界が俺を取り残そうとしていることに。
まだあたしは知らない。世界はあたしを飲み込もうとしていることに。