『SS』ごちゃまぜ恋愛症候群 11

11−α

キョン子が起きてくるまでの時間について何も語ることはない。長門はいつもどおりの読書で、俺は横になっていた。行儀が悪いとは思うのだが、とにかく俺だって休みたかった。
「すまんな、起きようか?」
「いい。あなたにも休養は必要」
そう言うと長門は本に視線を落とす。そのまま沈黙の時間が続くんだが、長門とのこの時間にも慣れたもので俺にとっては安らぐ空間となっている。
すると不謹慎というか、やはりというべきなのか、俺は段々睡魔に襲われてくる。
「心配ない、時間前には起きてもらうから」
そうか、何から何まで悪いな。落ちてくる目蓋の重力には逆らえず、俺はそのまま意識を遠ざけるのであった。





11−β

目が覚めると同時に、長門の姿が視界に入る。もしかしてずっといたの?
「時間凍結のタイミングに合わせただけ。狂うと周囲と時間がずれてしまう」
そうなの?! さりげなくとんでもない事言うわね、この宇宙人は。どうやらあたしは浦島太郎にはならずに済んだようだけど。
しかしそこは長門だ、何事も無く部屋を出るので、あたしもなんとなく後について行く。
するとさっきまでのリビングではなく洗面所に連れて行かれた。
「髪を」
ああ、髪をほどいたままだったわね。
「ごめん、それじゃちょっと借りるわね」
長門は頷くとリビングへ戻っていった。なんだか気を使わせてばっかりいる気がするな、女の子同士だからって言うのはあたしの気のせいなのかな?
鏡を見れば、結構酷い顔してるあたしがいた。とにかく顔を洗わせてもらおう、タオル勝手に借りてもいいのかな?
それでも顔を洗ったら少しはスッキリする。結局タオルは勝手に借りたけど、後で長門には謝らないと。
でも何か眠たげな目をした顔を鏡で眺めながら髪をまとめる。いつもと同じポニーテール。
と、急に手を止めた。うん、なんだか気に入らない。ちがうわね、もう少し可愛くできそうで。
そんなこと考えたこともなかった、楽だからしていたはずなのに。
何となくなんだけど、あいつが好きそうだから。
あたしは鏡の前で何度も髪を上げ、自分で納得できたのは五回目でだった。うん、これならあいつもって何やってんだろ、あたし。
そんな悪戦苦闘を勝手に繰り広げていたあたしが、結構な時間を使ってしまったと思いながらリビングに戻ってみたら、そこには分厚いハードカバーの本を拡げている長門と。
間抜けな顔して眠りこけてるキョンがいた。
はあ、やれやれ。呑気な寝顔を見てたら、さっきまであたしがクヨクヨしてたのが馬鹿みたいに思えてきちゃう。
長門もまったく動く気が、と思ったら何故か台所へ行ってしまった。
……………これはあたしが起こすしかないってことなのか?
「まあ、しょうがないのかな?」
そう言いながらキョンの肩を揺すってるあたしが笑ってるのもしょうがないないのよ、多分。






11−α2

ゆっくりと肩が揺らされ、俺は目を覚ます。長門にしては優しい、いや長門に起こされた事などないんだが、とにかくこんなに優しく起こされたのなんて俺の人生において何回あっただろうか? などとまだ起きる気配のない脳細胞が呑気に思い出の糸を手繰ろうとするのを、
「起きた?」
えらく可愛い声で中断され、これはまだ夢の中かもしれんと現実が認識できないままに目を開けてみれば。
えらい美人がそこにいた。
ってこれキョン子だろ?! なんだ、さっきより正直可愛く見えるのは何故だ!?
「あ、ああ! すまん、寝ちまってたな! いや、てっきり長門がいるものだと思ってたらな?」
なんだか分からんが慌てて飛び起きる俺。それを見て、
「やっぱり寝起きは悪いんだ」
と笑うキョン子。あれ? ちょっとは調子が戻ったのか? それにしても寝たらもう笑ってるというのがよく分からん。女心っていうのはこんなもんなのか?
「しっかし寝顔が間抜けよね」
ほっとけ。それよりお前は大丈夫なのか?
「うん、長門にはお礼の言葉もないわ」
そうか、それならいいさ。長門には俺からも礼を言っとくよ。
「それより、あたしお腹すいてんだけど」
そりゃ何も食わないで寝てたからな、というタイミングで台所からの香りが。これは………
「食べて」
ということでキョン子は只今カレーと格闘中だ。さすがにお前じゃないんだからこの量はないと思うぞ、長門
そんなスプーンの動きにポニーテールが合わせて動くのを、なにかほのぼのとした気分で眺めながらも長門は俺にしたような説明をキョン子に繰り返していた。
「そういう事になってんだ、それならハルヒコの態度も分かる気がするわ」
まだ半分も減っていないカレーに諦めたのか、話の展開にあきれ果てたのか分からんため息を大きくついてキョン子はスプーンを放った。こら、行儀悪いぞ。
「問題はハルヒなんだろうけどハルヒコの奴も関係あるなら、そっちはあたしが何とかするしかないのかしらね」
どうやら俺よりも理解が早そうだな、これも異性だからなのか長門が二回目の説明で分かりやすかったのかは、二回目を聞いた俺は相変わらず頭痛がしそうになったとこから前者のようだ。
決してキョン子の方が理解力がある、ということじゃないよな? もしキョン子が成績優秀な優等生だったら、俺は反転している事実とそれに伴う結果に絶望してしまうかもしれん。要は俺はそこまで馬鹿なのかと。
「ねえ、そろそろ時間やばいんじゃない?」
聞くに聞けない疑問を頭で反芻する俺にキョン子は声をかけてくる。
そうなのか? 携帯を開けば、確かに集合時間も迫っていた。長門、もう少し早く起こしてくれてもよかったぞ。
「それでお前は理解できたのか?」
長門キョン子の残してしまったカレーに丁寧にラップをかけて台所へ片付けに行ったので、俺はキョン子に聞いてみる。
「ううん、多分半分くらいしか分かってないかも」
っておい! それでよく平気な顔していられるな。
「うーん、なんとなくなんだけど長門も大丈夫そうだし、それに、」
キョン子は笑顔で立ち上がった。
「あたしもだけど、あんたが何とかしてくれるんでしょ?」
その動きに合わせてゆれる髪を見て。
ああ、こいつはポニーテールが似合ってやがるな、などと俺は思ってしまったのだった。






11−β2

長門が後片付けを手伝おうとするあたしを制して食べかけのカレーを冷蔵庫にしまい、あたし達はとりあえずマンションを出ることにする。
待ち合わせ場所に向かうまでに、あたしとキョンはあたしが古泉(♀)と話をすること。ハルヒコとハルヒに探りを入れてみること。朝比奈さんには事態がある程度収拾するまで事情は話さないでおくことなどを打ち合わせた。
長門にも了承を得て、今後長門のマンションを作戦会議室とすることも決まったんだけど、
「男の長門には何も言わないでいいだろう」
キョンが言ったのは何でだろう? まあ長門ならとっくに分かってる事だからだろうけど。
待ち合わせ場所には当然のように全員揃っていて、
「この馬鹿キョン!! あんたのせいで有希まで遅くなっちゃったじゃないの!!」
と怒鳴られるあいつが、
「やれやれ、こっちはそれどころじゃなかったんだが。まあ寝てたからそうも言ってられないか」
と、あたしに向けて肩をすくめてみせた訳なのね。
まあまあと古泉(♂)と朝比奈さん(♀)がハルヒを宥め、
キョン子、お前も責任あるぞ! そんな奴、首根っこ掴んででも引きずって来い!!」
などと何故か不機嫌になってるハルヒコをこっちの古泉と朝比奈さんが宥めている。ちなみに長門は両方とも我関せずである。
「とにかく今日はこれで解散だけど、そっちはどうすんの?」
「こっちも解散するか、それじゃまた明日学校でな! 遅刻すんなよ、キョン子!」
こら、ここで名指しするな!
「あんたもよ、キョン!!」
「わーっとる」
ハルヒハルヒコが調子を合わせれば、キョンの機嫌は見る間に悪くなるのに何でハルヒは気付かないんだろう?
それを見るあたしだっていい気がしないのに。
「それでは僕らはここで」
「あら奇遇ですね、私もこちらなんですよ」
当たり前だけど同じ方向に向かう古泉たち。
「あたし達もこっちですよね」 
「はい、よろしくお願いします」
すっかり仲良くなった朝比奈さんたちも帰宅へ。
「なに? あんたもこっちなの?」
「おう、途中までは一緒みたいだな」
ハルヒコたちと別れる時に一瞬だけキョンの眉間に皺が寄ったのを見てしまい、少しだけ落ち込みかけた時に、
「なあ、あいつらは厳密に言えば一緒の家に帰る事になるんだろ? 俺とキョン子もそうなんだが、この矛盾はどうなってるんだ?」
キョン長門たちに聞いていた。ハルヒハルヒコと一緒なのが気になるんだろうな、言わなくても微妙な変化で分かってしまう。
「問題は無い、彼らの帰り道には分岐点がある」
男の長門がそう答え、
「その場所を通過することにより彼らは自分達の世界に戻ることが出来、彼らには途中で別れたという認識だけが残る」
女の長門がそう補則した。
「なるほど、それであの時に男の長門は一瞬消えたのか」
どうやらその瞬間を見ていたらしいキョンがそう呟く。
二人の長門は同時に頷き、
「それは涼宮ハルヒ涼宮ハルヒコが同時に空間に存在することで生まれる矛盾を自らの能力で解消した結果」
なるほど、途中で別れたら同じ学校にいるなんていう矛盾もなくなるわけね。
「……………また明日」
長門たちとも別れ、あたし達は二人で家路についた。
「なあ、俺達のルートの分岐点ってのはどこにあるんだろうな?」
なんとは無しにキョンが聞いてくる。
「さあ? 長門だったらマンションのエントラスみたいだったようだけど」
「そうか、せめて長門に聞いとくべきだったかな?」
そうね、聞いておけば良かった。急に目の前からあんたが消えるなんて、あたしには耐えられるか分からない。
「まあ多分玄関くらいじゃねえか? いや、それなら急に消えるからそれはないか。どこか途中の道なんだろうがな」
それがどこなのかあたしには分からない。なんだろう、あいつがいなくなると思ったら不安になってくる。
「そうだな、でも来週にはまた会えるさ」
キョンはあっさりそう言った。なにその自信は?
ハルヒが世界を完全に変えていない限り俺達はまた会うしかないのさ。その間、出来る限りの情報は集めておこう」
そうね、わかった。でもそれより今あんたと離れたくないんだけどな、あたしは。
そんな会話をしながらこの角を曲がって家まで、という時に。
一瞬にしてキョンが消えた。そんなにいきなりなの?!
ただ呆然と立ち尽くすしかないあたし。向こうもそう思ってるかしら。
「………………あたしの出来る事しなくちゃ」
そうすればまたキョンに会える。あたしはそれだけを信じて、後ろ髪を引かれる思いで家路を急ぐのだった。






一人帰り道を歩きながら、俺はハルヒに何を言えばいいのか悩みながら歩いた。
一人になった帰り道で、あたしはハルヒコを問い詰めてやろうと考えていた。