『SS』ごちゃまぜ恋愛症候群 32

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32−α

もう夕日も落ちかけ、宵闇が迫る中を朝比奈さん(小)を背負った俺と朝比奈さん(大)が歩く。
朝比奈さん(小)は決して重いとは思わないが、それでもそろそろ限界だぞ、ハルヒを緊張しながら尾行した疲れもあるしな。
するとそれを察したかのように、
「ここでいいですね」
朝比奈さん(大)が声をかけてきた先には小さな公園があった。いつもの川沿いのベンチまで歩かなくてもいいようだ。
公園の中のベンチに朝比奈さん(小)を降ろし、その横に座る。朝比奈さん(大)も俺の隣に座る、これで話を聞く準備は出来たってことだ。
一息つく間もなく俺は朝比奈さん(大)に話しかけた。
「どうなってるんです? どうして朝比奈さんがここに?」
焦り気味の俺に対し、朝比奈さん(大)は冷静そのものだ。傍らで眠っているお方と同一人物とは思えないほどにな。
「まずはどこから話せばいいのかしら? キョンくんが聞きたい事は沢山あるでしょうし」
当たり前だ、あまりの多さに俺もどこから聞いたらいいのか分からなくなっている。
「そうですね、まずわたしがここにいる理由からお話しましょうか」
優雅といった様子で膝に手を置いて座る女神のような女性は静かに口を開いた。
「わたしがこの場所で分かると思いますけど、涼宮さんの作った時間障壁はもう存在しません」
それなら朝比奈さん(♂)を探しに、
「彼なら大丈夫です、そうでなければわたしがここに存在出来ない事になるんですから」
そうなのか? だが朝比奈さん(大)がここにいる事が規定事項ならば朝比奈さん(♂)が助かっていなくても影響がないのじゃないか?
「いいえ、ここからわたしとキョンくんが帰る為には彼の、朝比奈みつるくんの存在が必要だったんです」
どういうことだ? 最早俺なんかの脳味噌では理解不可能なんだが。しかし朝比奈さん(大)は当然のように、
「まだこの時点では彼の行動が影響を及ぼしている訳ではありません。ですけど、みつるくんの事だけは心配いりませんから」
「すいません、ここまで聞いても俺はサッパリ分かりません」
むしろ混乱が深まり、イライラが募るばかりだ。まるで手のひらの上で弄ばれているような感覚に、俺は年上の女性に対するにしてはキツ過ぎる口調になっていてしまったとしても仕方がない事だろう。
だが大人の余裕なのか、それともこれも規定事項なのか朝比奈さん(大)は微笑みを崩す事もなく、
「とりあえず朝比奈みつるくんは無事である事、これだけはわたしが保証します。キョンくんも信じてください」
静かにそれだけを告げた。多分これ以上の追求は無駄足だろう、俺もここまで言われたら信じる、というよりも彼女の言葉に従うしかないといった形だ。そこにも不満はあるんだがな。
「分かりました。それじゃあ朝比奈さんは何故ここに来たのか教えてもらいましょうか」
「はい、まずキョンくんにはわたしの存在を見せる事で事態が収拾しているということを認識して欲しかったの」
それは分かる、つまりは未来は朝比奈さんのいる未来であり古泉(♀)の側の機関の目論見とやらは崩れ去ったということだ。
「そうです、未来は正されました。涼宮さんと涼宮くんの世界は別れ、わたしはここに来る事が出来たのが証拠です。そしてわたしの役目はそれをキョンくんに伝える事、それと……」
朝比奈さん(大)は静かに、事実のみを告げた。
キョンくんが涼宮さんに会わないように足止めすることです」
それを聞いた俺はどんな顔をしてただろうか? 恐らく自分でも笑えるくらい間抜けな顔をしていたに違いない。
朝比奈さん(大)は尚も話を続ける。
「今はキョンくんが涼宮さんと会う事はありません。わたしはその為にいるんですから、そしてキョンくん?」
その微笑みが俺を捕らえている、だが何でだ? 何でこうなってるんだよ!? 俺はあいつに、ハルヒに伝えたい事があるんだ!!
「分かってほしいの、あなたが伝えるべき言葉を。その意味を。そして……………」
分かってるつもりだ、さっきまでのハルヒを見てりゃ分かるんだ。だからこんなとこに居られないんだよ!!
「まだ駄目なの! 今の涼宮さんにはキョンくんの言葉が届かないの!!」
駆け出そうとする俺を朝比奈さん(大)の手が掴む、どうしてなんですか?! なんでハルヒに俺の言葉が届かないなんて言えるんだよ!
「それは…………今は言えません。いいえ、本当はわたしにも分かっていません。ただ、キョンくんが涼宮さんに会えない事が規定事項なんです………」
朝比奈さん(大)にも分からないだと? そんな曖昧なことでいいっていうのか?!
「曖昧なんじゃないんです、今こうしている事も全ては決まっている事なんですから。でも涼宮さんを今説得するのはキョンくんじゃないんです」
そんな馬鹿な、言いたくはないがこの状態を理解出来ている奴は俺しかいない。それにハルヒが話を聞くのも俺しかいないだろう、自惚れじゃなくそう思う。
「朝比奈さん、あいつは!」
「分かっています、でもこの世界は涼宮さんが作り出した物なんです」
朝比奈さん(大)の言葉の意味が分からない、ハルヒが作った世界だと?
「わたし達の未来に続く為にこの世界はループするんです、始まりはここからであり、終わりもここなんです」
「分かりません! あなたが何を言ってるのかが! 俺とハルヒが会わなくてこの世界が救われるんなら何で俺はここにいるんだよ!!」
馬鹿にするな、自惚れじゃなく俺はハルヒに会いにここにいるんだ! それを邪魔しておいて訳がわからない事を言うのがあんたの言う規定かよ!!
しかし朝比奈さん(大)は悲しそうに目を伏せ、
「もう少し………もう少しだけ待ってください……………お願いですから……………」
その声が震えている。俺を掴む手も同じように。
一体何をやってるんだ、俺は? 未来から来たこの人を悲しませるだけじゃねえか。
「……………俺は何をすりゃいいんですか…………」
一気に力が抜け、俺はベンチに座り込む。結局俺には何も出来ないだけなのかよ…………
「………今、涼宮さんはある人と会っているはずです」
朝比奈さん(大)は小さく呟いた。ハルヒが誰かと会っている? 一体どういう事なんだ?
「その人は…………」
声が小さくて聞き取れない、だが。
泣いていた。朝比奈さん(大)が。
「ねえ、キョンくん?」
涙を止める事も無く朝比奈さん(大)が俺を見た。
「………………忘れないで、今日あなたが見た事を。あなたが話した言葉を。あなたが聞いた全てを…………わたしにはそれしか言えません」
それはどういう事なんだろうか、今の俺には分からない。ただ泣いている朝比奈さん(大)の言葉が俺に深く突き刺さっていくのだった…………







32−β

閉鎖空間の中の部室であたしは長門(♀)と向かいあっている。さっきから二人とも何も言えない、あたしには言う言葉もないけど。
そして長門が沈黙を破った。
「あなたは…………彼の事が好き?」
直撃だった。余計な理屈がないのはどっちの長門も一緒なんだよね、でもあたしも今ならすぐに答えられる。
「うん、あたしはキョンが好き。どうしようもないけど、それでもあいつが好きなんだ」
言いたいけど言えなかった事が素直に口をついて出る。あたしがこう言えるのは古泉くんのおかげだろう、それなのにあたしが選ぶのはやっぱりあいつだった。
「……………そう」
長門が小さく呟いた。
「あなたの気持ちはあなたのもの。だが彼と遭遇しなければ生じなかったもの」
そうだろう、あたしも自分の中にこんな気持ちが生まれるなんて思わなかった。
「わたしも…………彼には好意を抱いている。それはわたしという個体が女性であるという事で生まれたもの」
長門はあたしを見つめ、はっきりとそう言った。
不思議なくらい驚きはなかった。あたしにも分かっていた気がする、長門の想いに。だからあたしに接した時に長門はああ言ったんだろう。
その時はあたしの気持ちがまだ曖昧なだけだった。
「ねえ、長門はあいつのどこが好きなの?」
なんとなく聞いてみた。おかしいな、自分の好きな人を同じように好きだって言ってるのに長門に対してライバル心なんて浮かばない。
ただあいつの事を好きだって言う長門もあたしは好きだ、一緒の感覚を共有しているような。
「どこ、とは?」
長門は小さく首を傾げた。何だろう、あたしから見てもすっごく可愛かった。そうだね、あいつのどこが好きかなんてあたしにだって分かんない。
「そうだな、見た目だってああじゃない? それでもあいつが好きな理由を知りたいなって」
聞きたいんだ、あたしの好きな人を好きな訳を。長門は首を傾げたまま考えてくれて、
「明確な理由付けは不明。ただし彼の外見のみをわたしは嗜好している訳ではない」
それは分かるわ、まあ別段カッコいいってキャラでもないし。
「でも、彼といればわたしには理解できない程の安心感を覚える。それは心地よい」
ふーん、長門でも安心するんだ。そっか、あいつってそういうヤツだもんな。あまり知ってるはずじゃないんだけど、凄く理解できてしまう。
「わたしとあなたは共通した意識がある。それを繋ぐのは彼の存在、今こうしてそれを理解した」
あたしにもはっきり分かった、だから長門とこうして普通に話せてる。不思議だな、嫉妬しなきゃいけないんだけど長門があいつを好きでいてくれる事が嬉しいなんて。
「あたしが、ね?」
あたしも言いたい、あいつが好きな理由。
「あたしがあいつを好きなのは、あいつといると暖かくなるんだ。別に他の人だっていいはずなのにさ、だけどあいつはいっつも自分のことより人の事考えちゃってるから」
だからほっとけない。うん、あたしはそんなあいつを見たら放っておけるはずないから。そんなあたしをあいつはやっぱり心配しちゃうんだろうけど。
「わたしも、そう」
そうだよね、なんだろ? どうしてあいつの事を考えちゃってるんだろう? なんであたしはこんなに好きになっちゃったんだろう?
「それはあなたが彼ではないから」
当たり前でしょ? いくらあたしが世界が変わったあいつだとしても、あたしは女なんだし。
「それもある。だがそれだけではない」
どういうこと? それを言った長門の顔は………………さっきまでと違って少しだけ、悲しそうだった。
「それがこの世界とあなたの世界を繋いだ理由。わたしがここに来た理由」
長門が此処に来た? それってここから出るためじゃ……………
「あなたは彼ではない。この世界とあなたの世界は鏡ではなかった、それを証明したのは古泉一樹
古泉くんが? なんで彼の名前が出てくるの?
「彼はあなたに好意を持った、それならばあなたの世界の古泉一樹は?」
ウチの古泉がキョンを? うーん、何でだ? まったく想像がつかない。
そして長門の言ってる意味もそうだ、何で古泉くんがあたしを好きだって言ってくれたこと、とあたしとあいつが違うって事になるのよ?
涼宮ハルヒは願った。その願いは彼女にとって非常に重要。でも叶えられない願い」
ハルヒが? それと世界が繋がった理由が一緒な訳?
「そう。叶えられない望みを少しでも解消する為に世界は引き寄せられた、それがわたしの出した推論。そして古泉一樹の行動により推論は確定となった」
厳粛さすら感じさせる長門の声に、あたしは何も言えなくなった。古泉くんの行動? あたしを好きだって言ってくれた事が何で長門の確定になったんだろ?
涼宮ハルヒは会いたかった。それは再会の約束。しかしそれは叶えられ、叶えられなかった。涼宮ハルヒは気付きながら理解できなかった」
どういうことだか分かんない、長門が何を言いたいのか。でもどこかで、あたしの頭の中で警鐘が鳴っている。これは聞いちゃいけないんじゃないかって。
「だから涼宮ハルヒは望んだ、いるはずのない誰かに。そしてそれに呼応したのが涼宮ハルヒコ」
ハルヒコが? そういえばあいつも、
涼宮ハルヒは彼の代役として涼宮ハルヒコを選択した。彼もまたいるはずのない女性をどこかで探していたから」
あたしの脳裏に一つの光景が浮かんでくる。それは夜の学校、佇んでいる男の子。
「その名前はあなたしか知らない」
長門の視線に射抜かれた気がした。ハルヒハルヒコが探しているのは、キョンであり、あたしだ。それをハルヒは強く願ったのだろう、会えるはずはないけど近くにいる人に会いたいと。
涼宮ハルヒの力の方が優位性がある為に涼宮ハルヒコの力は制限されている、それにより彼の立場は確定した」
どういうこと、と聞く前に長門は言った。決定的な言葉を。
涼宮ハルヒコは彼の代わり。つまりあなたの世界での彼は涼宮ハルヒコであると断言できる」
ちょっと待って! おかしい、それはおかしいじゃない?! もし長門が言ってるのが真実なら、
「そう、あなたが彼に惹かれる理由もそこにある。すなわち、」
言わないで!! それは聞きたくない!! 信じたくなんかないんだ、あたしは!!
「あなたは涼宮ハルヒなのだから」
長門の言葉は、あたしを、絶望に陥れるには、十二分な程に、心に響いて、あたしは、そんな事を思うまでもなく、ただ呆然とそれを聞くしかなかった…………











ここまできても俺には分からない。世界が、ハルヒが何を望み、俺がどうすればいいのかを。
ここまできて知ってしまった。世界が、ハルヒが何を望んでしまったのかを。あたしだけがどうすればいいのか分からないままに。