『SS』 俺の妹がやっぱりこんなに(以下略) 7

前回はこっちだよっ!

「おい、どうしたんだ、こんな時間に。家で待ってろと言っただろうが」
 とにかく俺は妹がここに居るというだけでも参っていたが、あいつはそんな事もお構いなしに真っ直ぐ俺たちの元までやってくると、
「…………」
 いきなり俺と鶴屋さんの間に入り込んできたのだ。それも俺の腕をガッチリとホールドして。
「おい、こら! いきなり何してるんだ、まず鶴屋さんに挨拶しろよ」
 目上の人が居るにも関らず失礼だろ。当然のように注意したのだが、妹は聞く耳を持つどころか鶴屋さんを睨みつけている。あの鶴屋さんを、だ。失礼を通り越して無謀だ、俺は妹の頭を押さえつけてでも謝らせようとしたのだが。
「ありゃりゃ、こりゃ参ったね。そんな顔されちゃうと、おねーさん困っちゃうなあ」
 まったく困っていなさそうな鶴屋さんが『気にしてないよ』と目配せしてくれたので、俺の方が内心で頭を深々と下げる事になってしまった。それなのに妹は相変わらず鶴屋さんを睨んだままで、う〜う〜唸っている。一体何しにきたんだ、こいつ?
 しかも、さっきからグイグイと俺を押している。意外と強い力にバランスを崩しかけたが、踏みとどまった。
「ほら早く! 一緒に帰るの〜!」
 いや待て、何を言ってるんだ? 俺は鶴屋さんを送ってから帰らないと、
「だ〜め〜な〜の〜! あたしと帰るの〜っ!」
 って、無茶苦茶だ。こんな夜道を一人で歩いてきただけでも怒るべきところなのに、鶴屋さんを置いて帰るだと? そんな事出来る訳がない。これは流石に許す訳にはいかないだろう、
「いい加減にしろ! 大体何で勝手に出歩いてるんだ、待ってろって言っただろ! それを何だ、鶴屋さんにまで失礼だろうが! そんなに帰りたいなら一人で帰れ!」
 俺は妹を怒鳴りつけた。ビクッと身体を硬直させるが、そんな事で済むと思うなよ。どうやら少し甘やかしすぎたようだな、だが高校生にもなって今のような態度は許されない。俺はともかく、鶴屋さんだから笑って許してくれているんだぞ。
「あ……キョンく、」
「行きましょう、鶴屋さん
「え? ちょっと、キョンくん?」
 俺は妹をその場に残し、鶴屋さんの手を引いた。戸惑う鶴屋さんは妹を気遣ってくれているが、そんな必要ないですよ。
 正直なところ、俺は怒っていたのだ。鶴屋さんに対する態度もそうだが、何よりも夜遅くに一人で勝手に出て来た。しかも俺に会えるかどうかは分からないのに、だ。
 そんな危険な事を俺が許すとでも思っていたのか? 甘えるのと調子に乗るのは違う、そのくらいは分からせておかねばならないだろう。
「ねえ、本当にいいの?」
「いいですよ、少しは反省させないと」
 少し見えなくなったところから電話でもすればいいだろう。その為にも早く鶴屋さんを連れて離れようとしていたのだが、
「やだぁ…………」
 俺は足を止めてしまう事になる。
「行っちゃやだ…………やだよぅ……」
 消え入りそうな小さな声。隣の鶴屋さんが、しまったという顔をする。恐らく俺も同じ様な顔をしていたに違いない。
 愕然と振り返ると、そこには。
キョンくんが……いないの…………やだぁ……」
 大粒の涙を流しながら泣きじゃくる妹がいた。止まらない涙を袖で拭いながら、
「ひとりにしないでよぉ…………ヒック…………キョンく〜ん……ごめんなさい……ごめんなさぁい…………」
 しゃくり上げながら泣いている。ただひたすらに謝りながら。
 それは、見ているこちらの方が胸にくる姿だった。寂しそうに、哀しそうに、俺の妹が泣いている。
 さっきまでの怒りなど、とっくに吹き飛んでしまっていた。代わりに湧き上がるのは罪悪感だけだ。泣かせるつもりは無かった、少し反省してもらいたかっただけなのに。
「ちょろんとお灸が過ぎたようだね」
 動揺する俺の肩を鶴屋さんに叩かれる。まったくだ、怒り出すかと思っていた妹が大泣きするなんて思ってもいなかった。鶴屋さんに促されるように、俺達は泣いている妹の傍に戻る。
 何か言おうとする俺を、目で制した鶴屋さんが泣きじゃくる妹の肩に手を置いた。
「ねえ、妹ちゃんはキョンくんのことが心配だっただけなんだよね?」
 泣いている妹の目を覗き込むように、優しく声をかけている。妹も素直に頷いていた。
「だったら、帰ろう? あたしも一緒に帰るからさ。あたしを送ってくれたら二人で帰ったらいいさね」
 キョンくんもそれでいい? と言われたので頷いた。頷かざるを得ない、というのもある。
「はい、これでお終いっ! さあ、帰ろうっ!」
 暗くなった雰囲気を吹き飛ばすように鶴屋さんが明るい声を上げる。本当にこの人の持つ天性の明るさは、こんな時だからこそ際立つのだ。
「…………」
 しかし、鶴屋さんに腕を引っ張られても妹は微動だにしなかった。俯いてしまって立ち尽くしている。
 どうした、と声をかける前に妹が小さな声で呟いた。
「…………怒ってない?」
 え? と思う間も無く顔を上げた妹が涙混じりに捲くし立ててきた。
「ほんとに怒ってない? もうあたしを置いて行ったりしない? キョンくん、怒っちゃやだよ……」
 ああ、また泣きそうだ。鶴屋さんが慰めるように肩を抱く。それでも愚図っている妹を見ると申し訳ないというか、悪い気にもなってくる。
 俺は妹の頭に手を置いて、少し乱暴に撫で回した。
「怒ってないから帰るぞ。早くしないと鶴屋さんの家の人も心配するだろうからな。それにお前も、明日も学校だろ?」
 大人しくされるがままの妹は、
「うん。一緒に帰るの」
 そう言うと頭の上に置かれた俺の手を握った。鶴屋さんがそれを見て笑う。
「そんじゃまあ、帰ろっか!」
 俺の手を掴んでいる妹の、反対の手を取った鶴屋さんが元気よく振り回す。
「うんっ!」
 お、やっと笑ってくれたか。まだ頬は赤いままの妹が声に力を取り戻して元気に返事をしたのを聞いて、ようやく俺も安堵した。やっぱりこいつには笑っていてほしいからな。
「行こう、キョンくん!」
 鶴屋さんと妹に引っ張られ、俺はやれやれと苦笑する。まあ帰ったら妹にはもう一度釘を刺しておかないとな。そんな事を思いながら。





 鶴屋さんの家までの帰宅中、いつの間にか泣き止んだ妹は鶴屋さんと楽しく談笑していた。さっきは睨まれていたにも関わらず、鶴屋さんも親しげに話してくれている。この辺りは流石だな。
 妹も姉に頼るような感じで学校の事などを話している。正直なところ、学業面での相談事には乗ってやれる自信もないので助かるな。
 それに、相談するならやはり同性の方がいいのかもしれない。鶴屋さんのお姉さんとしてのスキルの高さもあるが、兄よりも姉の方が話しやすい事もあるだろう。そう思うと、二人が話している姿はとても仲が良く、本当の姉妹のようにも見えてくる。喜ばしい反面、少しだけ寂しいものがあるな。お兄ちゃんとしては。
 妹がまだ繋いでいる手をそっと握り返してやる。こうして甘えてくるだけいいのかもしれないが、兄としてもう少し頼られる存在になりたいものだ。
 こうして鶴屋さんの家に着くまで、俺たち三人は手を繋いで帰ったのだった。
「ありがとね、わざわざ送ってもらっちゃってさ」
 鶴屋家の正門の前で妹の手を離した鶴屋さんは、俺に向かって軽く手を振った。
「いえ、すいません。何か妹まで出てきて、話し相手にまでなってもらいましたし」
 こちらの方が恐縮してしまう。鶴屋さんほどの懐の深さがなければ揉めに揉めていただろう。しかし、大人物である鶴屋さんは、
「気にしなくていいよん、あたしも久しぶりに妹ちゃんとゆっくり話せたしね」
「ね〜」
 ねー、じゃないだろ。散々迷惑をかけておきながら二人で笑い合っている姿は仲がいいとしか思えない。そんな笑顔を見れば呆れてため息を吐くしかない俺の気持ちも分かってもらえるよな?
「まあ珍しい事もあったってことでいいんじゃないかな? あたしは楽しかったしね」
 そういうものだろうか、俺はやたらと疲れただけだったのだが。
「でも、ちょこっとだけ残念なのだ」
 は? 何を、という前に鶴屋さんが下から俺を覗きこむように、
「さっきの答え、欲しかったんだけどね〜」
 なんて言うものだから、俺の顔は赤くなるし、妹は俺と鶴屋さんの間に入り込んでくる。
「もう! 鶴にゃ〜ん?!」
「あははは、ゴメン! ちょろんとからかいたくってさ」
 からかうって、さっきの一連の流れは冗談だったんですか?! すると鶴屋さんは、
「そいつはナイショの禁則事項ってものなのだ!」
 と、見たもの全てを笑顔にしてしまいそうなウィンクをして見せてくれたのだ。って、あなたまで使うんですか、そのフレーズ。しかも、
「ま、チャンスはまだまだ転がってるかんね」
 と言って妹にまた睨まれた。どこまで本気かまったく分からないな、鶴屋さんに関しては。
「それにしても、妹ちゃんもなかなか大変だねぇ」
 うんうん、と頷きながら妹の頭を撫でる。「まあね」なんて言っているが、大変なのは俺の方だろ。すると今度は、
キョンくんも難儀な運命を背負っちゃってるもんだ」
 などと言われてしまった。確かに難儀な連中には囲まれているが、自分がその一員であるという自覚はないのだろうな、このお人の場合は。
「ま、それはそれで面白いんだけどね。これも若さゆえの特権ってやつなのかなあ? いやあ、青春だねっ!」
 いや、あなたと俺は一つしか年齢は変わらないんですけど。それでも勝手に納得してしまった鶴屋さんは、
「色々な意味で応援は出来ないけど、頑張れ!」
 妹の肩をバンバン叩いてから、さっさと門をくぐってしまったのだった。その帰り際、
「あーあ、ハルにゃんも大変だぁ」
 わざと聞こえるように言いながら。分からん、何でそこでハルヒの名前が出てくるんだ? 俺は鶴屋さんの残した言葉に不可思議さを感じてしまい、、
「…………負けないもん」
 という妹の呟きは聞いていなかった。鶴屋さんの言葉が俺に対してのものでなかったというのは、後から気付くことになる。
「帰ろう、キョンくん」
 ずっと握ったままの手を引かれ、「ああ」と答えただけでそのまま家へと先導されてしまった。家までの間は無言だった妹に笑顔はなかった。それを鶴屋さんと別れて寂しかったんだな、などと思っていた俺はやはり鈍いと言われても仕方ないのかもしれない。






 帰宅後。それでもある程度は酒を飲んでいた俺は、鶴屋家までの道のりを歩いたりした影響が今頃出てきたのか、ようやく酔いが回ってきたと見える。帰宅したという安心感もあるのだろうが、とにかく眠気が酷くなり、着替えてからシャワーを浴びることも無く早々と床に就いたのであった。
 適度な疲労も手伝ってか、早くも意識を失いかけているところにドアをノックする音がブレーキをかける。何だ? こんな時間に親がわざわざ部屋を訪ねてくるとは思えない。となると、残りは一人しかいないのだが、そいつはノックなどしないはずだったのにな。
「なんだ? 開いてるぞ」
 俺の声が聞こえたのか、いつもとは違って静かにドアを開けたのはやはり妹だった。こいつはちゃんとシャワーを浴びたようで、髪がまだ少し濡れているように見える。パジャマに着替えているのは分かるが、何故枕を抱えているんだ? というのは聞くまでもないよな。
キョンくん、一緒に寝ていい?」
「ダメだ」
 予想通りのおねだりに、用意していた答えをぶつける。高校生にもなって一緒に寝れるか、常識的に考えても分かるだろうが。先日、一緒に風呂に入ったのだって痛恨事だったのに。
 だが、俺の答えも予想通りだったのだろう。妹は枕を抱えたまま動く気はないようだ。
「あのなあ、」
「ダメ?」
 疑問系で話すな、後ろ手にドアを閉めながら。それでもいきなり飛び込んでこないのが、妹なりの自制なのかもしれないが。疲れも手伝ってベッドから動く気になれない俺と微妙な距離で立ち尽くしている妹。このままだと埒は明かないよな。
「部屋に帰りなさい。今日は散々迷惑かけただろ? それについては何も言わないでおいてやるから、明日遅刻しないように寝てろ」
「…………やだ」
 まだ我が侭を言うのか、と言おうとして、妹の瞳に涙が溢れているのを見てギョッとする。今から説教するつもりだったのが、先に泣かれてしまったらどうすればいいんだよ? 
「鶴にゃんと二人だった…………あたしも一緒じゃないとやだ」
 また愚図りながら、妹は枕を抱きしめている。
「一人にしちゃやだよ、ずっと一緒に居たいんだよ……」
「一緒の家に住んでるだろ」
「そうじゃなくて! もっと、あたしを見て欲しいの!」
 見て欲しいと言われても。こいつが生まれてから今までほとんど目を離した事など無かった気がする。ずっと俺の後ろを追ってきてくれたし、それを嬉しく思わない訳は無い。少なくとも小学生の時などは妹を連れて歩くのは俺の役目だった。何よりも俺自身が妹というものを可愛がっていたと思う。
 そうやって、ずっと一緒に居たのだ。しかし高校に入ってから俺の生活は一変し、妹と過ごす時間は少なくなった。それなりに俺達の活動に参加などしてきたとはいえ、兄が取られたように思ってしまったのかもしれない。俺が大学に入り、妹も高校入学してから互いの共通する時間は高校生活以上に減った。それも妹が寂しいと感じた原因なのだろう。
「今までは一緒に寝てくれてたじゃない! あたしが大きくなったから? だったら成長なんかしたくないもん! キョンくんと一緒に居たいの、ずっとそうだったんだからこれからもそうなのっ!」
 涙が頬を伝うのを拭いもせず、枕がずり落ちそうになっているのもそのままに、妹は理不尽な理屈で俺の傍に居たいと言う。泣きじゃくりながら自分の言いたい事だけ言ってる姿は、俺の記憶の中にある幼い日の妹のままだった。
 こいつが生まれて、俺の妹になってから長い月日が経っているはずなのだが、妹は妹のままで幼く甘えたがりで我が侭なのだ。そして、俺は些か甘い兄貴として妹の我が侭を聞いてやってしまうのだった。
 よく言うじゃないか、泣く子と妹には勝てないってな。それに、もう言い合いをするのもベッドから出て妹を部屋から追い出すのも面倒なんだ。
 それでもささやかな抵抗として、ため息を一つ。
「あんまり夜中に騒ぐなよ、分かったから。ほれ、こっちなら空いてるぞ」
 布団を捲ってベッドの端を叩く。少しだけ寝ている位置をずらせば何とかもう一人くらい寝れるだろう。
「いいの?!」
「遠慮するくらいなら部屋に帰れ、俺はもう寝たいんだ」
「え? あ、待って!」
 いそいそとベッドまでやってきた妹は、
「おじゃましま〜す」
 と、返事も待たずに布団の中に入り込む。押された俺は結局ベッドの端に追いやられた。誰のベッドだと思ってるんだ、まったく。
 元々シングルサイズのベッドに、小さい頃ならともかくそれなりに育った妹と二人では狭すぎるのは自明の理なのであって、二人がそれなりに姿勢を整えて寝れる体勢になった時には何故か俺が妹を腕枕しているという事になっていた。
「えへへ〜、キョンくんと一緒だね」
 ああ、そうだな。どのタイミングで妹の頭を降ろせば俺の腕が痺れずに済むのか考えているが、お構いなしの妹は鼻先がくっ付きそうな近距離で満面の笑顔である。
キョンくん、だ〜いすき!」
 はいはい、早く寝なさい。それと、いい加減お兄ちゃんと呼んでくれ。
 妹が嬉しそうにしがみ付いてくる中で俺は目を閉じる。いい加減睡魔にやられて意識が飛びかけているんだ、長々と話し込むつもりなどない。
「…………本当に、好きなんだからね」
 妹の呟きも、俺にはそうか、と思うだけだった。



 だが、抱きつかれた柔らかく温かい膨らみも、絡みつかれている太ももも、翳める吐息の甘さも、髪から香るいい匂いも、妹とは思えないほどだったのだが。
 何を考えてるんだ、相手は妹だぞ? 甘えたがりは問題だが、もう寝息を立てているこいつは何も考えてないに決まっているだろ。平常心だ、いつもの事だ。俺はそう思いながらも少しでも妹と距離を開けようとしたのだが、狭いベッドに脚まで絡められて動けない。それどころか、
キョンく〜ん……」
 無意識なのか、胸を押し当ててくる妹にドギマギしている場合じゃない。ったく、どうしろってんだって寝ろよ、俺!
 などと自己嫌悪に陥る寸前のツッコミなどしていたら、いつの間にか寝ていたらしい。酔ってた割には持った方なんじゃないだろうか、主に妹のせいなのだが。





 そして翌朝、気付けば俺に跨ってキスしようとしていた妹の頭にチョップを入れて、
キョンくんがいじめる〜」
 と言われてしまう日常が始まってしまうのだった。何でだよ、一緒に寝てやったじゃねえか。
「うんっ! キョンくん、大好きっ!」
 そう言えば誤魔化せると思ってるのか? しかし、
「分かったから着替えて学校に行け、遅刻するなよ」
 それだけで許してしまう俺は、妹に甘すぎるのだろうなあ。
「その前に、一緒に朝御飯食べるの〜」
 妹に強引に腕を引っ張られ、二度寝も許されずに立ち上がらされた俺は、それでも朝からテンションの高い妹を見て苦笑する。




 やはり笑顔のこいつには敵わない、そう思わされたのだった。