『SS』 涼宮ハルヒの別離 2

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 本当に深く眠ってたみたい、結局授業なんか聞くこともないままに時間だけは過ぎていって。あっという間に放課後になって、あたしはキョンと一緒に文芸部室に向かうの。
 いつもみたいにあいつの手を引いて、でも少しだけいつもよりゆっくりと歩きながら。黙ってついて来てくれてるけど、おかしいと思われてないのかな? でも、何でだろう、いつもみたいに走れない。
 変よね、だけど二人とも何も言わないままで手だけはしっかり引っ張ってて、あたしはあたしの居場所に、SOS団の部室までやってきた。キョンがノックしようとしたけど、構わずドアを開ける。みくるちゃんならもう来てるわよ、あたし達はいつもより遅いくらいだもん。
「あ、涼宮さん、こんにちは」
 ほらね? もうメイド服に着替えてるみくるちゃんはお茶の用意をしてくれてるもの。だからそんなにホッとした様な残念そうな顔してんじゃないわよ! そんなアホな顔したキョンの手を放し、あたしは団長の席に着く。
「みくるちゃん、お茶お願い!」
 あたしもいつものようにみくるちゃんにお茶を頼んで、はあいっていつものように可愛く答えてくれるみくるちゃんを眺めながら、視線はキョンから離せない。あいつもいつもみたいに古泉くんの前に座ってボードゲームの用意をしてる。
 うん、いつもと同じだ。まるでキョンがいなくなるなんて嘘みたいで………………
「随分と遅かったですけど何かあったんですか?」
 古泉くんがキョンに聞いてる。あたしがゆっくり歩いていたからなんだけど、キョンはそんなこと言わなくて。
「ん〜、まあたまにはハルヒも歩く事もあるさ」
 なんて言っちゃってさ。まるであたしがいっつも走ってるだけみたいじゃない!
「そのまんまじゃねえか」
 なんですって?! あたしは抗議の声を上げようとしたけど、その時に笑ってるキョンの顔が凄く優しく見えちゃって。だから何も言えなくなって、
「フンッ!!」
 悔しいからみくるちゃんが淹れてくれたお茶を一気に飲み干しちゃったの。黙って湯飲みを差し出したら、みくるちゃんはお替りを注いでくれたけど。
 その時だった。キョンはまるで明日の予定をみんなに告げるように、
「そういやここも後何日かだな、まあ朝比奈さんのお茶が飲めなくなるってのは痛恨極まりないが」
 それはあまりにも当たり前すぎて。だから誰も何も言えなかった。キョンだけが、しみじみと頷いてるのに。
「…………え、それは?」
「嘘…………」
 古泉くんが呆然と、みくるちゃんが愕然とキョンの言葉を反芻するようにそれを聞いている。
「すいません、それはどういうことですか?!」
 あの古泉くんが少しだけ興奮気味にキョンに詰め寄ってる、いっつも笑ってるはずのその顔に笑顔はなくて。なのにキョンは、
「急に転校が決まったんだよ、ついでだからここで報告しておくか」
 そう言って立ち上がり、
「あー。みんな、すまないが親の都合で俺はこの北高から離れる事になった。それでSOS団の活動についてだが、何しろ遠いんで週末だけでも参加できるかどうか分からん。何にしろ週末までは俺もちゃんと活動には参加する、みんなもよろしく頼む」
 頭を下げるキョンが現実味を感じない、まるで朝の時のように。
「それは………いつ決まったのですか?」
「正式に決まったのは一昨日ってとこだな、こっちもいきなりだったから妹を宥めるのに苦労してるんだ」
 ため息と共にそう打ち明ける。そっか、妹ちゃんは可哀想よね……………いきなり友達とお別れなんて……………でも、それなら、あんたはどうなの? あんたは、キョンはあたし達と………
「そうですか…………」
 古泉くんは俯いて黙ってしまった。爽やかなハンサムが台無しになっちゃってる、そんな顔してる古泉くんなんか見たくなかったのに。
「う、嘘ですよね? キョンくん、そんなのって………」
 みくるちゃんは何故か耳に手を当てて天井に向かって聞き耳を立ててるみたいで。
「え? そんな………これって!!」
 どうしたんだろ? みくるちゃんが泣きそうになってる。
「キ、キョンくん………」
 みくるちゃん、何を言いたいの? でもキョンは、
「いいんですよ、朝比奈さんが泣きそうになる必要なんてありませんから」
 まるで全部分かってるみたいな表情でそんな事言うなんて。みくるちゃんにはそれが分かるんだろうな、それが通じ合ってるってことなのかな? あたしには…………キョンと、何か通じているのかな…………
 そして、誰もが沈黙してしまい。あたしは何か言わなくちゃって思って。
「そうよ! キョンが転校するなら、その前にちゃんと送り出してあげなきゃ! ほら、さっそく企画を考えないと!」
 思わずそう言ってホワイトボードを引っ張り出した。
「はい、みくるちゃんが書記ね!」
 マジックをみくるちゃんに渡す。戸惑いながらも受け取ってくれた、でも何書いたらいいのかは分かってないだろうな。
「それでは、キョンの為のさよなら企画を考えたいと思います!!」
 あたしは意識してわざとホワイトボードを大きく叩く。古泉くんもみくるちゃんもまだどうしていいのか分からないみたいだけど、キョンは苦笑いで、
「おいおい、まるで追い出されるみたいだな」
 なんて言ってる。そんなつもりなんかないけど、でもあたしにはこんな言い方しかできなくて。だから、
「何よ、平団員を暖かく見送ろうって言ってんだから感謝しなさいよね!!」
 そうして笑うしかない。あいつも笑ってる、だってあたしが笑ってるから。でも、肝心なことは聞けないままなのに。
 



 色んな企画が飛び交って、鶴屋さんも谷口や国木田も巻き込むことにして。みんなでキョンを送り出してあげるんだって、思い出に絶対残るようにって。
 あたしは張り切ってアイデアを出して、古泉くんが頷いてくれて、みくるちゃんの筆が追いつかなくなって、キョンが聞きなれた口癖を呟いた。
 だってSOS団はこうじゃないと、これがいつものあたし達なんだから。
 だから、ねえみくるちゃん、お願いだから目を伏せないで。
 古泉くん、あなたは笑っていて。
 お願い、キョンに…………………あいつに今までのあたし達なんだってところを見せていてあげたいの。
 そう思ってた時点であたしも普通じゃないんだろうけど。
 だからあたしは気付いていなかった。

 
 
 あの子が、有希だけが本当にいつものとおりに本から視線も上げずに読書を続けていた事を。