『SS』 たとえば彼女の……… 3

前回はこちら

「で? どれを観ればいいんだ?」
「そりゃお前が観たことあるやつだろ」
 それはそうか、と思いながらもさてどうするかと悩む此処は映画館の前。何故か両手を女性二人にしっかりと握られて看板を眺めている俺はどれだけ勝ち組なのだろう。などと言っても、片方は俺と同じ人物だしもう片方は保護者みたいなもんだしな。何と言うか、残念な気分なのは否めない。
 それにしても問題は映画だ。最近は不思議探索だので出費が激しく、映画館で映画などほとんど見ていない。もっぱらテレビでしか見ていない俺にとって、なかなか厳しい選択だったのを今更ながら知ったのであった。
「なに? 映画観てないの?」
 キョン子に可哀想な目で見られてしまうが、仕方ないだろう。何しろ財布はいつも火の車なのだからな。
「はあ、しょうがないなあ……………今日はあたしが選んであげるから、その後で同じタイトルを見に行く事!」
 まあそうしかないわなあ、だがそれをお前が知るにはどうするんだ?
「九曜がいるじゃないの」
「――――へい―――任された――――」
 なるほど、便利…………なのか? 何か否応なくお前らに巻き込まれていくような気がしなくもないのだが。
「いいから! はい、決めたから行くよ!」
 っておい! 引っ張るな! 何なんだ、これじゃまるっきりハルヒと一緒みたいだぜ。こいつは俺であってあいつじゃないよな? それとも、
「―――似たもの―――同士―――」
 やめてくれ、このままじゃ俺は首を吊った方がマシな気がしてきた。俺は普通に暮らしたいだけなんだよ、なんで俺がハルヒなんかと似たもの同士じゃなきゃならないんだ?
「あたしだってハルヒコなんかに似てるなんて言われたくないわよ!」
 まったくだ、あまり知らないけどハルヒコっての。まああの性格で男ならかなりムカつくと思うな、ハルヒは女だから許されてると思うぞ?
「それにあたしは、お前だから楽しいんだからね?! そこんとこは分かってほしいな」
 そう言って笑うキョン子はえらく眩しい笑顔だった。明るい表情にポニーテールが揺れて、その姿に釘付けになる。そう、それは俺から見てもとても可愛くて、って待て! こいつは俺だよな? 間違いなく俺が女になってるんだよな? なんでこんなに可愛いんだ? 
「あ、あー、そうだな……………」
 くそう、何でか知らんが顔が熱くなってきやがる。お前、それこそ反則じゃないのか? そんな俺を見たキョン子の目がキラッと輝いた気がして、
「さあ行こっか!」
 おい、腕を組むな! 感触が、ほんのちょこっとだけどちゃんと感触あるからさ! それにこういうのを自分たち同士でやっても不毛だぞ、だからそんなにギュッと俺の腕を抱え込むな!
「ほら、映画始まっちゃうぞ?」
 分かった! 分かったから引っ張るな! おい、九曜は何処に行った?
「―――――実は――――ここに――――」
 うわ、いつの間にか反対の腕を九曜に抱え込まれてる! しかしこっちはまるで人形にしがみ付かれてるみたいだな。ていうか、お前ぶら下がってないか? 一昔前に流行ったらしい抱っこしてる人形ばりのくっ付き具合である、恐らく振っても外れないだろうな。
「はいはい、分かりましたよ…………」
 今度は両腕を女の子に抱え込まれたまま引きずられるように映画館の中へ入るはめになってしまったのであったよ。いいですかー、そこで生暖かい目で見てるみなさーん、これ引きずってる女の子も俺ですからね? 別に俺はモテキャラでも修羅場ってるわけでもないですからねー!? って誰に言い訳してるんだろうね、俺は。






「ほら、買って来たぞ」
「お、サンキュ」
「――――ベリーマッチ――――」
 九曜、そっちじゃない。そう言いながらコーラを渡す。
 あの後席に着いたはいいが、どこか居たたまれなくなった俺は飲み物を買いに行くフリをしてその場を離れた訳なのだが。
 ところが売店のお姉さんまでさっきの俺達を見ていたらしく、妙に優しい視線でコーラを買うのを見ていたのが逆に恥ずかしい。結局慌てて席に戻るしかなくなっている俺なのであった。
「あ、お金は…」
「いいよ、流石にこのくらいは奢ってやるさ」
「奢り慣れてるんだね」
 うっさい、そんなにいい笑顔で受け取っておきながら言ってんじゃねえよ。どうにも調子が狂ってくる、キョン子は何でこんなに楽しそうなんだ?
 とにかく映画だ、俺は席に着くと後は始まるまでは大人しくしておくことにした。当たり前のように俺を挟んで両脇に女性陣がいることはこの際気にしないことにする。
 隣で嬉しそうにパンフレットを読んでいるキョン子が何を考えているのかは分からんが、とりあえずはさっきから笑っているのだから満足はしているのだろう。そう思えば来た甲斐もあるのかもしれないな。
「なに?」
「なんでもねえよ。ほら、始まるぞ」
 ブザーが鳴って館内が暗くなる。ところで九曜が溶け込みすぎて見えなくなってるんだが。
「―――います―――よ――――?」
 いや、それは分かってる。いいからスクリーンを見てなさい、俺も映画に集中するから。ということで映画は始まったのであった。




 さて、映画の内容なのだが。
 これがなんと恋愛映画である。何でも携帯で読める小説が原作とのことなのだが、高校生の男女が部活動を通じて恋をするというある意味ベタな展開である。
 ところがこれが、部活どころかいきなり家庭の事情でバイトを始めるわ、女の子の方は怪我で入院するわ、ライバルは次々と登場してくるわと試練至難の大安売りである。こんなにトラブル続きなら部活なんかするなよってツッコミはしてはいけないのだろうか?
 まあそんなトラブルを乗り越えようとするたびに臭いセリフが飛び交う訳なのだが、これはむずがゆい。というかだな? いくら一目ぼれとはいえ開始十分も経たなくて愛を囁きあう初対面の男女なんていねえよ。
 しかしキョン子も何故こんなアホな映画を選択したのやらと隣を見れば、
「……………」
 なんとも真剣な顔なのである。おいおい、こんな非現実的なのが面白いのか? 女だからって俺がこんなもんに興味を持つとは思えないのだが。
 こっちは館内の暗さも手伝って、そろそろ瞼も重くなってくる頃合である、横を見ればどこを見てるのか分からない九曜もいるし。俺もそっと目をつぶろうとして、
「……………」
 肘掛に乗せていた手に温かみを感じてしまったので、見ればしっかりと手が置かれている。誰の? などとは言えない。
「……………」
 画面から目を離さないくせに顔だけを赤くしているポニーテールの女の子は気が付いているのかね? 画面の向こうでは何度目か分からないが主役の男女が抱き合っている、スキンシップが好きらしいけど周囲の目は気にならないのだろうか。まあそれが映画ってもんだろうな。
 しかしスキンシップを求めているのは現実も変わらんらしい。そっと置かれた手が何かを探るように動いて。
 いつの間にか指を指を絡ませて、しっかりと握られた手を見るわけにもいかないので俺もスクリーンに注目することにした。九曜にもこっちの手は見えてないよな?
 

 まあ手のひらの温もりに気を取られて、まったく映画の中身が頭に入っていかなかったんだが。


 それでもラストで主役のカップルがキスを交わした瞬間の、顔を真っ赤にしながらも真剣な顔でスクリーンを見つめていたキョン子の潤んだような光る瞳は暗い館内でもしっかり俺の網膜には焼きついてしまったのだったよ、思わず見とれてしまったのがばれていなければいいけどな。
 握られた手にも力が入り、
「…………好き、か………」
 小さく呟いたその唇が妙に色っぽかったりしているのも映画の悪影響だと思いたい。こんなに可愛い女の子が俺と同じだなんて思えなくなってくるからな、いかん意識すると顔が赤くなるのが分かる。

 
 結局館内が明るくなるまで二人とも手を握ったままで、
「―――――ラブい――――」
 という九曜の声で慌てて手を離してしまい、
「あ…………ゴメン…………」
 なんてキョン子が顔を真っ赤にして俯いて言うものだから、
「いや、こちらこそ…………」
 とまあこっちまで頭を下げるしかなかったわけだ。何と言うか、映画の二人に比べてかっこ悪いことこの上ないな。
「やっぱり―――――ラブい――――――」
 言うなって。ほらキョン子も顔を上げてくれ、モジモジしながら手で口元隠したりするな。いや、俯いたままで裾を掴むんじゃない、可愛いから!
 いかん、完全におかしいぞ? なんだこの甘ったるい雰囲気は! しかも可愛いとはいえ、これは俺が俺に対してドキドキしているようなもんだろ! 待て、それに俺は何でこんなにキョン子に可愛いと連呼してるんだろうか?
「ほ、ほら! もう終わったんだから行こうぜ」
 気を取り直して映画館を出た俺達なのだが、
「ん…………」
 どうして俺の手を握って離してくれないのでしょうか、キョン子さん? そして分かってやってるのか? 反対の手を握る九曜さん? 何なんだよ、この傍目からは羨ましいはずなのに妙に疲れる状況は。
「はあ、何と言うか………」
 やれやれ、なんだよなあ。まあそれでも手を離せないでいる俺にも何か問題があるのかもしれないな、そんなに自己愛が激しいタイプだとは思わなかったんだけど。
「…………分かってないんだな…」
「―――それが――――いい――――」
 何でお前らがため息をついてるんだよ? 奇妙な三人組はこの先どこに向かうのであろうか、などと現実から逃避もしたくなる俺なのであった。