『SS』わたしと共に朝食を

AM05:00
室内の電話機がコール音を発生する起動を察知し、わたしの全感覚が休眠状態から再起動する。
2秒のタイムロス、2コール目に通話可能状態になる。
「………」
『あー、もしもし長門か?』
声帯による人物検索の必要、なし。わたしが彼の声を間違えるはずはない。
体内の心拍数増加。彼に気付かれないよう、声帯のみ命令系統の変更。
「そう」
『実は頼みたいことがあるんだ』
あなたは頼まなくていい、命令で構わない。わたしがあなたに従わない事などありはしないのだから。
「なに」
『今日、俺とお前がペアになるように仕組んでくれないか?』
わたしと? 思考回路停止。0.003秒で復帰。
何故? わたしと共にありたいから? 
わたしに異論はない、それこそがわたしの望む全て。彼は当然の帰結としてわたしを選んだ、それだけの事実。
エラー。わたしの記憶中枢から忌まわしいデータが流出する。
あの肉体のみで男性を篭絡しようとする浅ましい雌牛。
朝比奈みくると彼との邂逅。
わたしがあの瞬間に与えられた衝撃は世界をもう一度変更しても埋められない。彼はわたしを利用し、他の女と会っていたのだから。
しかし彼は謝罪し、わたしへの信頼を改めて語りつくしてくれた。
ごめんなさい、あなたの愛を信じられなくて。
あれは雌牛が己も知らずに無駄な手間をあなたにかけてしまった結果。それだけで死に値するほどの愚鈍。
それなのにあなたは馬鹿な牛を手伝ってあげた、その優しさはわたしにだけ向けられるべきもの。
だが優しい彼をわたしは十二分に理解している、許せないのはそこにつけ込んだあの牛。
わたしは彼のためにも邪魔な雌牛の排除を決めた。
彼とわたしの未来に牛は存在しない。
だから安心していい、わたしは最早いなくなるであろう牛の事などどうでもいいのだ。
ただし、可能性は出来うる限り消去する。わたしは沈黙を破った、ごめんなさい、わたしの声を聞きたかったであろうあなたを待たせてしまうなんて。
「……朝比奈みくると逢い引き?」
『ぶっ!な、なにを言ってるんだお前は!』
分かっている、あなたがわたしとだけ時間を過ごしたいということは。でも少しだけ彼にも反省してもらおう。
「前回はそうだった。朝比奈みくるの異時間同位体とあなたは逢い引きするために私を利用した。今回もそうだと私は推測している」
『あ、あれについてはすまなかったと思ってる。それに謝っただろ、後から。今回は純粋に長門と一緒になりたいんだよ』
一緒に…………? 溢れ出す膨大なエラー。
彼はわたしと純粋に一緒になりたいと。それは生涯を共に過ごしたいという発言。
人間でいうプロポーズだと理解した、わたしはやはり選ばれた。
わたしには返答のパターンは一つしかない。
「そう、わかった」
末永く、あなたとわたしの時が終わるまで。
『それじゃそういうことで頼むよ』
了解した。不束者ですが、と三つ指をつかねばならないのだろうが電話の為に省略する。わたしはいつでも準備が出来ている。
集合時間までは残り4時間24分28秒。
わたしはこれからの彼との生活をシミュレートする。
まだ彼は学生、将来を考えればわたしのマンションでの同居が主となる。寝室の改装と家具は…………彼に選んでもらおう。
もちろん食事の面ではわたしが中心にならねば。わたしは情報統合思念体から最高級の料理人のパーソナルデータをダウンロード済み。
栄養面、経済面を考えて様々な人物のデータも入力した。これであなたの稼ぎが悪い時でも、わたしはあなたに安定した食事を供給できる。
それに…………わたしは情報統合思念体の監視の目をくぐり、ある情報操作を自らに実行していた。
それを使える時がいつかは来ると確信しながら。
わたしには彼の遺伝子を後世に伝えるという役目があるのだから、妊娠・出産という機能は必要だったのだ。それが情報統合思念体にとって不必要なものでも。
そっと腹部を押さえ、小さく呟く。
「卵巣内に卵子の発生を確認、わたしの有機生命情報のトレースに成功」
これで彼の精子を迎え入れる準備も完璧、わたしは彼の妻として彼の子を産むのだ。
となれば性行為のシミュレーションも必要。わたしは彼の容姿を脳内に出現させ、その肉体がわたしに行うであろう行為全てを受け入れるようにならねばならない。
「………………ふっ………」
脳内の彼がわたしの胸部を荒々しくまさぐる。その手に込められた力の強さに男性体としての彼の強さを感じながら。
わたしは自らの手を胸部へ。彼が行うであろう手つきを少しでもシミュレートしないと………
「っく……………」
胸部の頂点、乳頭に刺激を受けた瞬間に衝撃が走る。これが彼の手だったら…………
「……………はぁ…………」
吐息。わたしにこのような感覚があるとは。
脳内の彼が手を少しずつ下方へ。わたしの陰部から液体が分泌されているのが分かった。
これが愛液、とよばれるものだろうか? わたしの情報の中のデータと肉体が体験しているデータが一致している。
わたしの手も股間に伸び、自然とそこに触れる。
「!!!!!」
理解の範疇を超える快感、これが人間の持つ快感?!
わたしのデータが焼き切れそうな衝撃に自動的にセーフティがかかり、わたしは力なく倒れこむ。
シュミレートでこの結果ならば実施された場合にわたしの肉体、精神は耐えられるのだろうか?
だがきっと彼の腕に抱かれてわたしは幸福の海に溺れるのだろう、シミュレートを越えた現実がそこにあることを誰であろう彼に教えられたのだから。
その瞬間だった。
もし。
万が一あの雌牛があの時に彼を誘惑していたら?
彼はわたしだけを愛し、わたしの肉体以上のものを求める事はありえないだろうが、地球上の男性を篭絡するためだけに未来からやってきたような女だ。
どのような手段を用いて彼を誘惑するか分かりはしない。
「ゆ……るさ………な………い…………!!」
わたしの愛する彼を汚そうとする存在をわたしは容認出来ない。
心拍数呼吸数脈拍数が上昇。
わたしの頬が紅潮といえる状態であることは容易に理解できた。
朝比奈みくるは最早この地球上に存在する必要も理由もない、わたしは本日をもって朝比奈みくるの生命情報連結の解除を決めた。
幸い本日は朝比奈みくるはSOS団の活動に参加しないことは昨日確認済み。それを最後に今後とも朝比奈みくる、いや雌牛の顔を見ずにすむのだ。
「……………彼はわたしだけを見ればいい」
その時、わたしには初めてといっていい表情を得ることが出来た。
わたしは…………笑う、という事を覚えたのだ……………



茶店にてカプチーノを暴飲する涼宮ハルヒ。この女、いや雌猫も彼を混乱させ、疲労させるだけのくだらない存在。
情報統合思念体の観測対象としてしか存在する必要もないこの雌猫から彼を守る事もわたしに課せられた使命。
その能力だけは無駄にある女が作成したクジなどわたしには意味のない行為だ、軽く情報を操作する。
くじ引きの結果は彼の望んだものと一致し、涼宮ハルヒ古泉一樹、彼とわたしのペアになった。
愛する二人が常に共にありたいと願うのは当然。
朝比奈みくるの欠席も確認、彼との初夜を過ごした後に排除できるようにしておかねば。
だがこの組み合わせに雌猫はどうやら不満を覚えたらしく、彼とわたしを交互に見ると同時に、
「デートじゃないんだからね。わかってるわよねキョン!」
などと戯言を言い出した。誰が見てもデートと呼ばれるものであることは一目瞭然、いや、わたし達は夫婦なのだから。
「……………この立場を譲る気は俺には毛頭無いんでね」
やはり彼も不快に感じたようだ、愛するわたし達に無粋な声しかかける事の出来ない低脳な雌猫など無視しておくに限る。
もしあなたが望めば今すぐにでもこの馬鹿猫も排除してあげるのに。
「と言うわけだ長門。早速だが図書館行こうぜ。」
いかにも不機嫌そうにコンクリートを踏みしめる雌猫とその横の人間に彼が手を振って一時の別れを告げた後、その横顔に見とれていたわたしに声をかけてくれた。
だがその選択肢はどうなのだろうか? わたし達は今から共に愛し合い、これからは共に生活をしていくのだから。
まずは時間帯こそ異なるが食事にでも誘ってもらいたい。わたしのデータでは愛し合う男女としては定番、とあった。
しかし女性からそのように積極的なのは彼も恐らく望まないだろう。わたしは彼の行動パターンを考え、且つわたしの望む展開に導く最良の会話を選択する。
「私は今日、朝食を摂っていない」
実際にわたしはシュミレーション及び雌牛の削除内容の吟味に時間を費やしすぎ、朝の栄養摂取に失敗している。
迂闊、万が一栄養が足りない状態で彼との行為に支障をきたしてしまえば元も子もない。
だからあなたの為にもわたしは食事をしなくてはいけない。
「なんだ飯食ってないのか?珍しいな、どうかしたのか?」
心配をかけてしまった、わたしのミス。だがやはりわたしの身体を案じてくれる彼は優しい。
だからわたしは素直に答えた。
「した」
すると彼は当然、わたしの身を案じてくれる。わたしの夫はわたしだけの事を考えてくれる優しい人。
「む、なにか聞き捨てならないな。教えてくれ」
あなたに尋ねられてわたしが答えないことはないから。
「あなたと二人になるこの状況を想定したときに心拍数呼吸数脈拍数が上昇し、あまつさえ顔の紅潮が確認された。それはつまり、」
「……それはつまり…………?」
「前回のSOS団休日活動において朝比奈みくるとあなたが行ったであろう愛し合う男女の休日の過ごし方を脳内でシミュレートした結果だと予想される」
嘘は言っていない。あなたに抱かれたいと思い、朝比奈みくるを排除する事を決めただけ。
それでも彼は優しいので、わたしにすぐに真実を告げてくれる。
「勘違いしているみたいだから言うけどな。俺と朝比奈さんは愛し合っていないし、そんなどこぞのカップルみたいなことはやっていない。あくまで俺と朝比奈さんに来た未来からの指令を果たすべくだなぁ……と言うか長門、お前の所に朝比奈さん(大)だって来ただろう?なら俺たちがやってたことだって解るはずだ」
朝比奈みくる(大)? あのホルモン異常のこと? あれももうあなたの前に現れないから安心して。
でも愛する妻に隠し事をした事についてはお仕置きしておかねば。
「あなたと朝比奈みくるの異時間同位体が虚偽の発言をしている可能性もある」
「……なぁ長門。もしかしてお前、怒ってるのか?」
当然。夫婦間に隠し事は厳禁。
「怒ってない。私は至って冷静」
感情レベルで不快な事は確か。だがあなたは悪くない、悪いのは雌牛なことはもう承知してるから。
でも彼はわたしの予想通りに、
「じゃあなんだ。つまりはまず朝飯に連れてってほしいと」
わたしの心を理解してくれる彼。それが嬉しい。やはり愛されている。
「そう」
ようやく食事にも誘われた、これが第一歩。その後はわたし達の愛の生活が始まる。
喜びに逸るわたしの後ろを付いてくる彼。
出来れば手を繋いで欲しかったのだが……………その分、後から可愛がって貰おう。




食事の場所は決めていた。
「…………なんで俺たちはカレー屋にいるんだ長門?」
「朝食」
わたしにとってはディナー。あなたと二人で食べるのは初めてではないが、一緒に暮らす事を決めた後では最初の食事。
「なるほど………」
と聞こえたとほぼ同時に彼の瞼が落ちていく。どうやら半睡眠状態。
目の前の妻に対して無防備なのは嬉しいが、ここは公共の場。少しはわたし達の愛を見せ付けておきたい。
わたしは単純な方法で彼の睡眠を妨げた。
「ぐおぁっ!」
変な叫び声を上げてる彼。だがわたしがいる前でそのような態度をとるあなたが悪い。
勿論、二人きりの時にはいくらでもあなたの寝顔を見つめていたいのは分かってくれているはず。
カレーの量はまだ半分にも到達していなかったのだが、彼は驚愕した表情をしていた。
どうやら食事が終了したと勘違いした模様、彼は表情で判断しやすい。訝しげな視線でわたしを見ている。
だがそれもわたしの食事の時の様子を理解した上での事、彼はわたししか見ていないのだから。
それでも多少心外。わたしはそのような浅ましい女ではない、それは彼も理解している。
だからわたしは慎ましやかな女性として当然のように彼にも食事を勧める。
彼もわたしと同じ喜びを分かち合わねばならない。
「ここのカレーはとても美味しい」
彼にも分かって貰わねば、これはわたし達の新たなる門出の食事である事を。
「うん、良かったな長門。で、何をしたいんだ? わざわざ臑を蹴ることないだろうに」
その点は謝罪する。ごめんなさい、あなたに危害を加えるつもりはなかった。でも、
「是非あなたにも食してもらいたい」
全てを分かち合ってこその夫婦。
「いや、おれはいいよ。朝っぱらからカレー食う気にならないし。お前一人で全部食ってくれ。なんならおかわりしてもいいからな」
わたし達の間にそのような謙遜は不要、それよりもこの後わたし達が存分に愛し合うためにも栄養補給は必要。
ここでわたしは気付いた、そうか、彼はわたしに望んでいるのだ。
「でもあなたは注文していないためにここのカレーを食すことが出来ない、それはあなたの人生においてとても損になる。だから私のカレーを少し分けようと思う」
まったく、このような関係になっても彼は照れてくれている、そこが可愛い。わたしは彼の望むとおりに自分のカレーを一口すくい、彼の前へ。
「あーん」
すると彼は何故か慌てて、
「さすがにそれはないんじゃないか長門? いくらなんでもそれじゃ周りの人に俺たちの関係を誤解されてしまうだろう? わかったらそのスプーンを降ろしてくれ」
そう言いながらわたしの手を押し戻そうとするではないか。
…………………ここまで来て焦らされるというのか、それも彼の望むプレーならばわたしも応えるしかない。
普通に見ても解るであろう範囲でわたしは悲しそうに顔を歪める。
「そう、給仕活動をする朝比奈みくるの厚意は受け取れても美味しいカレーを食べさせようとする私の厚意は受け取れない、あなたはそれを行為で示した。そういうことなら仕方がない。私は一人寂しくカレーを食すことにする」
このような演技が彼の所望する行動、こうして少し喧嘩風に見せかけて周囲の注目を浴びたいのだ。
わたしと彼が愛し合っている事を見せ付けるため。
やはり彼は分かっている、
「いやいやそうじゃなくて! なんだ、そんなに悲しかったのか? 馬鹿だな長門! 俺がシャレの通じない相手だと思うか?!」
半狂乱になった芝居をしながら、わたしにもう一度「あーん」をしてもらうように促すが、
「もういい。あなたの様子を見れば仕方なしにやっているということが解る。そんな辛い思いをして食べてもらおうとするほど私は子供じゃない、気にしないで」
もう少し付き合ってあげてもいい。勢いよくでわたしはカレーを食べ始めた。
少しヤケに見えるように、表情を悲しげにする事も忘れない。
今にも泣き出しそうな表情が上手く出来た事に満足したのか、彼はわたしのスプーンを奪い取ってカレーをすくい、
「悪かったよ長門、ほら、あーん」
ようやくプレーも終了。彼も最初からこうすればいいのに。
だが彼が満足ならそれがわたしの幸福。わたしはまじまじとスプーンを見つめ。
慎ましくそれを口にした。
ようやく彼も夫婦らしく振舞う気になったようだ。
頬が紅潮していて、少しだけ微笑するわたし。
その顔を見て、彼の顔も赤くなったことはわたしにとって当然。何故ならば私たちは愛し合い、これからも愛し合うのだから……………

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………………やっぱりやってくれたわね、あの雌猫。最初っからキョン目当てだったのはお見通しだったのよ。
さも部室を譲ってあげましたよ、みたいな面してキョンに近づこうなんて浅ましいにも程があったんだけど、キョンがどうしてもっていうからペット代わりに置いといたら調子に乗って。
大体キョンはあたしだけを見てるあたしだけのものであって、あんたみたいな獣臭い雌猫がおいそれと近づいていいものじゃないの。
それにキョンはあたしだけを見てるからほら、あんたがくっ付いてきて迷惑そうな顔してるじゃない。顔が赤いのは怒ってるからだよね?
あんたみたいな動物風情がちょこちょこ近寄るからあたしはキョンをそんな汚いものに触れさせないように苦労してるってのに。
今日だってキョンに色目を使う牛女を団長権限で近寄らせなかったのに、そこを点くなんて雌猫のくせに賢しいことすんじゃないわよ。
そうね、もうあんた達いらないわ。牛女にはクビでいいとして、あの猫だけは許せない。
あたしのキョンを困らせる馬鹿猫め。
あんなのいなくたって、あたしにはキョンがいるもの。
何か隣で鳴ってる。携帯? なんで?
別にいいわ、そんなの。誰か何か言ってるけどあたしには関係ないし。
それよりもケモノの分際で人間様が入る店にいるあの馬鹿猫を始末しないと。
あー、どうしよう? あの猫早く始末しないとキョンが可哀想。
待ってて、今あたしが助けに行ってあげる。
何かないかな、と見れば鉄パイプが落ちてた。ラッキーだわ、これなら馬鹿猫も一発ね。
ずっしりと重いそれを持ってあたしは店内に。
うん、キョンのためだもん、早く猫を始末してあたし達はどこかに遊びにいきましょうね。
あたしはまるでヒーローみたい、キョンを助けにいく正義のヒーロー。
うふふ、ほんとは立場が逆なのに。でもあたし達らしいかも。
さあキョン、早く片付けて行くわよ。
なにか騒がしい店内、こんなとこにキョンを1秒も居させたくないわ。
ハルヒ?!」
驚くキョン、うん、ごめん。あたしがいるのに大変な目に遭わせちゃって。
その横には冷たい目をした雌猫。その目が前から気に入らなかったのよ、何でも知ってる顔するな。
「……………」
猫なら猫らしくニャアって言ってればよかったのに、それさえしないダメ猫。もっと早くこうすればよかった。
「おいハルヒ! 何やってんだ、やめ…………」
あたしは目の前の雌猫に思い切り鉄パイプを振り下ろした…………

















「アンタナンテイラナイ…………」