『SS』ごちゃまぜ恋愛症候群 31

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31−α

俺と朝比奈さんはハルヒの後を追い続ける。それにしても東中からハルヒの家までは結構距離があるようだ。
ハルヒの健脚ならまだしも、俺や横を歩く朝比奈さんは尾行する緊張感もあってか疲労の色が濃い。
「大丈夫ですか、朝比奈さん?」
思わず声をかけてしまったが、
「平気です、それよりも涼宮さんを追わないと」
気丈にも真顔で返されてしまった。その意気込みが逆に疲労を呼んでいる気がするのだが。
だが今の朝比奈さんは使命感の塊であり、それ以上何を言っても聞かないだろう。
しかし、このままただハルヒを追うだけでいいのだろうか?
もし何もないままにハルヒが家に入れば、古泉や長門ならともかく俺たちのような特殊能力のない人間には何も出来ないで終わってしまうのではないか?
とりあえずは朝比奈さんにも聞いておかねば、俺は先を急ぎすぎてハルヒの視界に入りそうになる朝比奈さんを止めるように話しかけた。
「朝比奈さん、このままだとハルヒは単に帰宅するだけなんですが」
「そうですね、でも……………これだけで今の状態が起こったとは考えにくくないですか?」
朝比奈さんの言う事は分かる。
集団で帰る小学生を見て、自分の母校を覗いて見た。
簡単に言えばハルヒがやったことはこれだけだからだ。
だが、ぼんやりとだが俺の頭の中ではこれらの出来事が繋がってきている。それはあいつ自身の思い出と、それを共有してしまった俺との。
間違いではなければ、これはあいつのこれまでを語っているからだ。
ということは…………………?
そうだ、あいつの今までの行動は全て、
「え? 涼宮さん?」
どうしたんですか、朝比奈さん?
少し気を取られていると朝比奈さんの足が止まっている。
見ればハルヒも足を止め…………………何を見てるんだ?
そこにあったのは何の変哲もない光景だ。
単にどっかの家庭が引越しするのか、トラックが止まって荷物を運び出している。それだけなのに。
何でだ? 何故そんな顔してんだハルヒ
そこから見て取れるのは…………そうだな、寂しさというか哀しみというか、まあ何にしろ見たことがない表情。
どうしてハルヒが他人の引越しを悲しそうに見なくちゃならないのか、知り合いならまだ分かるが……………





待て! 何かが繋がっている! 突然俺は気がついてしまったんだ!

小学生の時は笑っていた。
中学生での謎のメッセージ。
そして………………別れ。
そうだ、ハルヒの中ではもうあいつとは会えないんだ。
そう、あいつは………………
その時だった。
「あ……………」
急に俺の背中に重みがかかる。何だ?!
「………くー………」
あ、朝比奈さん? さっきまで俺のすぐ横でハルヒを見ていた朝比奈さんが急に俺にもたれかかってきたのだ。
何故だ? 朝比奈さんには何の変化も………………
とは言えない。俺はこれと似た状況すらも味わったことがあるのだから。
しかし夕暮れも迫ってきたとはいえ、こんな時間帯に周囲の目もあるかもしれないのにな。
いや、誰も見てないからこそか。俺は背中に朝比奈さんの感触を背負ったまま、後ろにいるであろう人物に声をかけた。
「どういうことですか、朝比奈さん………」
こんなことしてる場合じゃない、もうハルヒは俯いたまま歩き出そうとしてるんだ。
だがその俺を止めるのも、
「ごめんなさい、キョンくん。でも、わたしの話を聞いて欲しいの」
どうして今なんだ? そして何故あなたが『ここ』に居る事が出来るんだ?!
「………………答えてもらえるんでしょうね?」
俺は背後に立っている女性に声をかける。朝比奈さんを背負い直しながら。
「はい、そのためにわたしがいるんですから」
その微笑みは普段の俺ならば必ず魂を飛ばされていたに違いない。
朝比奈さん(大)はその美しい微笑みで俺たちを見つめていた。
近づいた答えは正しいのか、恐らくこの人は知っている。
俺は朝比奈さん(大)に促されるままに朝比奈さん(小)を背負って歩くしかなかったんだ……………







31−β

あたしが思いきり泣いた後、少しだけ空白のような時間が訪れた。
古泉くんも何も言わずにただ腕を組んで座っている。あたしも涙も拭いたし、同じように座ってるだけ。
何とも言えない沈黙。どうしよう、長門♀が来るまでまだかかるのかな?
沈黙に耐え切れなくなって、あたしはつい口を開いた。
「ゴメン………………シャツ、汚しちゃったね………」
うわ、自分でも情けない。なんでこんなことしか言えないんだろ、あたし。
すると古泉くんは一瞬だけキョトンとした顔(こんな顔もするんだ)になり、そしてクスクス笑い出した。
なによ、たしかにおかしいかもしれないけどさ。
「いえいえ、あなたらしいですよ」
そういう顔はなんと言うか、とても古泉くんらしい笑顔だった。
「ですが気にしないでください。何故なら、」
ここで一度言葉を切ると、
「女性の涙はすべからく美しいものなのですよ、あなたのものならば特に、ですね」
その爽やかなスマイルは多分女の子なら誰でもドキッとしてしまうかもしれない。たださっきの古泉くんを見ちゃってるあたしは、
「あははは!! 何言ってんのよ! それはちょっとカッコつけすぎじゃない?」
思わず笑ってしまう。古泉くんも、
「ええ、ですがこれも僕のキャラですから」
スマイルを崩さずにそう言った。それも面白くて。
二人で思い切り笑った。さっきまで泣いてたくせにね。
「……………あなたにはいつも笑っていて欲しいですから」
ありがと、全部わざとなのは分かってるのに。
……………古泉くんはどこまでも優しかった。



そして、
「………どうやらお迎えのようです」
古泉くんが部室のドアに視線を向けた時。


静かにドアが開いた。
「………………見つけた」
そこにいたのはあいつの世界の宇宙人。
「時空異性体の情報開示能力が著しく規制されている」
それはこっちの長門のこと? 長門♀は小さく頷く。
「その上でわたしは異時空上の情報統合思念体の関与を避けつつ移動していくしかなかった。その為に捜索が遅れた、謝罪する」
長門とは思えない角度で下がる頭にこっちの方が悪い気がしてくる。
「いいよ、だってあたしを守る為に仕方なかったって長門も言ってたんでしょ?」
そうよ、あたしなんかの為にこっちの長門だってかなり危ない橋を渡ってるようなんだし。
「やはりこの閉鎖空間は彼の作り出した擬似空間、という認識でよろしいのでしょうか?」
古泉くんが長門に質問する、どうやら長門の解説が聞きたいようだ。
「概ね、そう。この空間はわたしが持つ涼宮ハルヒの能力データを長門有希がインストールして作り出した世界」
「ですが何故長門さんはあちらの長門さんに協力を?」
情報統合思念体は同時に存在する時空異性体に脅威を感じている。その排除の方法として、」
長門の視線があたしへ向く。
「あなたの存在に着目した」
つまり、あたしはあんた達の親玉の不安材料を取り除く道具ってことか。
「……………そう、でもある。だがわたし個体の意見としても、あなたはいなくてはならない」
どういうこと? 長門♀は何が言いたいの?
古泉一樹
ふいに長門が古泉くんを呼んだ。
「はい、なんでしょう?」
「あなたに言った事を覚えてる?」
「…………ええ、はっきりと」
「では、わたしの意図は理解できるはず」
「納得は出来かねますがね……………」
何を言ってるんだ、この二人? だがあたしを無視するように、
「あくまで推論の一つ。証明の方法がない」
「それは当然です、そこまで人間は愚かではありませんよ」
古泉くんの口調に苛立ちが混じる、それはさっき見た本当の彼だからだろうか?
「だからこそ、わたしは彼女と話したい」
「それは?!」
驚く古泉くん、あたしだってそうよ! 長門は何を話したいの?!
「時空から脱出する前に確認したい。古泉一樹、あなたには席を外してもらいたい」
「……………………」
黙り込む古泉くん。あたしは、あたしはどうしたいんだろう…………?
「わたしは、彼女を信じている。彼と同じならば」
「!!!」
その言葉に息を飲むあたし達。長門、あんたは………
「…………わかりました。では僕は部室から一旦出ることにしましょう、空間を出るときに声はかけてくださいね」
「了解した」
それだけ言うと古泉くんは部室から出てしまった。
最後に視線を交わしたときに、
『あなたの意思はあなたのものです』
間違いなくそう言ってくれた、と思う。
「で? あたしに何を聞きたいの、長門?」
「……………」
あたしは本当にあいつの事を好きだ、それを長門に伝えないといけない。
そして長門はどういう気持ちなのかを、あたしも知りたい。
あたしと長門は先程と同じように向かい合って座ったのだった………………








どうしてだ、何でまだ俺はたどり着けないんだ?! 焦る心を抑えることが出来ない。
どうして? 何で長門はそんな事を聞くの?! あたしの心が逸っていく。