『SS』四角四面の五里霧中

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さてまずは状況を説明させてもらおうか。
えー、まずはSOS団の活動が珍しく開店休業だったんだよな。
ハルヒと朝比奈さんは買い物。
古泉はなんか知らんが打ち合わせ。
長門はコンピ研に遊びに。
といった次第で一人部室にいた俺に、急な来訪者の鶴屋さんがやってきた。
それから何がどうなったのかは詳しく話せないが、
「ねえダーリン? なんか緊張してないかいっ?」
と言われる関係? になった鶴屋さん宅の一室に居る訳だ。なんでこうなったんだろう?
「い、いえ緊張は…………ちょっとしてますけど」
そりゃそうだろ、あの鶴屋さんの大邸宅の中で、しかも奥の一室だぞ?
俺らのような庶民には一生お目にかかれないと思ってたんだがなあ……………
「そんなに畏まらなくていいよ、ここはダーリンの家だと思っていいからさっ!」
いや、俺が就職して一生働いてもこんな家には住めませんから!
「んー、ならダーリンが建ててくれる家で一緒に暮らせればいいよ」
いや、俺が家を建てられるかどうかって、もう結婚前提?!
「あ、あの鶴屋さん?」
「なーに? ダーリン?」
「そのダーリンてのはちょっと……………」
「えー、いいじゃない? あたしはお嫁さんになったら相手をダーリンって呼びたかったんだ!」
まだ結婚してませんよ?! それに鶴屋さんにダーリンを連呼されると、頭の中で電撃を浴びてる俺の姿が浮かんでしまうのは何故だ?
あ、鶴屋さんの虎縞ビキニは似合いそうだ、でもそれって俺はかなりナンパな男扱いじゃねえか?
「男の人はいくつも愛を持ってるもんなんさ!」
あー、それをあちこちにばら撒いて鶴屋さんを困らせるんですね。
「って俺そんなキャラなんですか?!」
「だって、あんまりソワソワしてるから」
「そりゃいきなりこんなとこ連れてこられたら緊張もしますから!」
ダメだ、部室からこの方、鶴屋さんのペースに巻き込まれっぱなしだ。どうにかしないとは思いはするが、あの鶴屋さん相手に俺になにができるというんだよ?
しかも自分だけ制服から私服に着替えた鶴屋さんは清楚なロングスカートに純白のブラウス。
和風な室内ながら、まさに深窓の令嬢そのものである。
そのお嬢様オブお嬢様が俺の真横で俺の肩にアゴを乗せ、囁かんばかりに耳元で話しかけるのだ。
俺の理性がここまでまともな対応をしている事に我ながら感心するというか逆におかしいんじゃねえか? というか。
「ん? あたしは婚前交渉もアリだと思うよ?」
真顔でそんなこと言わんでください。まるで俺の方が貞淑な人間みたいじゃないですか。
「そ・れ・な・ら〜」
しまった! どんどん近づく鶴屋さんの顔。
さっきの部室の光景がフラッシュバックしてきて。
俺の理性は遥か天空に旅立ったのか、いつのまにか鶴屋さんの肩を抱いていて…………
そう、まさに互いの唇が重ねあおうとした瞬間だった。


ドッカーン!!


轟音とともに壁が崩れていった。って!! ここは鶴屋さん家だぞ?!
「うわっ!!」
とっさに鶴屋さんを庇ったものの、俺は飛び散った瓦礫を存分に浴びる。
濛々と土煙が立ち上がり、やがてそれも少しづつ収まってくる。
「………つっ………鶴屋さん大丈夫ですか?」
「うん、あたしは平気だけどダーリンは?」
あー、ダーリンはやめて欲しいんですが、
「大丈夫です、でも何なんだ?」
もう土煙も収まった壁の方を見てみれば、そこには見慣れた人物が。
「って長門?!」
「あー、思ったよか早かったね」
はあ? なんで笑ってるんですか鶴屋さん
しかし長門はそんな鶴屋さんを一顧だにせず、
「…………………」
俺を睨みつけている。いや、表情は変わらないように見えるかもしれないが俺には分かる。
ええと………………なんで怒ってらっしゃるんでしょうか、長門さん?
っと、それよりも、
「おい長門! お前、鶴屋さんの家で何してんだ?!」
ここは情報空間とやらではなくて、ただの壁なんだぞ?
「……………緊急手段」
「まあいいさ、後で言っとくから」
それで通用するか、長門。あっさり言わんで下さい鶴屋さん
「そんで有希っこはわざわざウチに何の用かな?」
これだけ散らかった部屋の中で、俺が庇ったからというのもあるが無傷でブラウスに汚れすらついていない鶴屋さんが明るく笑う。
かたや俺は瓦礫を被ったせいで埃まみれだ、しかも腰だって抜けそうだぜ。
おまけに見下ろされる長門の視線。
何故だ? 俺が何かしたのかよ?!
しかし俺を無視したように長門は、
「……………彼を……………返してもらう…………」
「彼ってダーリンのことかなっ?」
そう言って俺に抱きつく鶴屋さん、いや汚れますって!
「あたしを守ってくれたんだから気にしないよ! ねっ、ダーリン!」
はは、ありがとう………………

ゴオッ!!

という音が聞こえてきそうなオーラの塊が前方から吹き付ける。
「あ? 怒ったのかな?」
って長門?! なんだ、お前その殺気は!! 朝倉と戦った時ですらそんなオーラは出てなかったぞ!!
「……………ターミネーターモード。パーソナルネーム鶴屋を敵性と判定。当該対象の有機情報連結を解除する」
ちょっと待てい!! お前何言ってんだ?!
慌てて鶴屋さんを引き離して長門の肩を掴む。アホか、ここをどこだと思ってやがる!
「…………モードの変更は不可能」
いいから座れ。
「了解」
あっさり座った長門をやれやれと見下ろし、俺も傍らに座る。
「おや? 有希っこはダーリンの言う事なら良く聞いちゃうんだねっ」
…………話を交ぜ返さないで下さい、それと当たり前のように俺の膝に乗ろうとしないで下さいよ。
ほら長門、いいからまず落ち着け。と言うかその呪文を呟くな。
「まったく、一体どうしたんだ長門? いつものお前らしくないぞ」
これだけ破壊された部屋で落ち着いて話すのが既におかしいんだが、まあ鶴屋さんも何も言わないので置いておこう。
「……………メモを見た」
そう言って長門は少しだけ鶴屋さんに目線を向ける。
「あ、見てくれた? そんで有希っこはどうしたいんだい?」
一体何を書いたんですか鶴屋さん? ニコニコと笑ってますけど、あなたの家も破壊されるようなメモってなんなんだよ?!
しかも二人はまるで真剣勝負のように今はお互い向かい合っている。
一方は笑顔で。
一方は無表情なまま。
だがこの空間の重たさは何だ? まるで見えない空間で斬り合いでも行われているような。
ここからは俺なんかが口を出せそうにない、というか俺は何故ここにいるんだろう?
「…………わたしは………わたしには権限がない………」
「ふーん、それで?」
「だが彼は鍵。それを守るのがわたしの役目、生きる意味」
「それって有希っこはダーリンがいなきゃダメってことなのかな?」
小さく頷く長門
「でもダメだね! そんな鍵とか何とか言う子にはダーリンは渡せないな!!」
ちょ、鶴屋さん?! だが鶴屋さんの目の中にある真剣さは、さしもの長門にも何も言わせないものがあったのか、
「あたしは周りからみんなを見てて、そんでも自分の気持ちに嘘がつけなかったんだ! あたしは、あたしだから好きな人と一緒にいたいだけっさ!」
それは率直すぎるほど率直な言葉で、聞いた俺の方が顔が赤くなりそうだった。
「…………わたしは………………」
長門はそれを聞き俯くしかなかった。なんだろう、その長門の姿はあまりにも小さく、弱弱しく見えた。
長門…………」
思わず声をかけそうになった俺を鶴屋さんが目で制する。どうしてだ? 何がしたいんですか鶴屋さん?!
「あたしが聞きたいのは有希っこ自身の気持ちさ。それも言えないなら何でここに来たんだい?」
「わたし……………わたしは……………」
ゆっくりと長門が顔を上げる。それは俺が今まで見たことのない長門だった。
そう、決意に満ちた表情。そんな顔をお前は出来たのか。
「わたしは任務として彼と接していた。わたしの中での情報に彼に関するデータは全てインプットされている」
おい、そういう言い方は鶴屋さんに聞かせていいのか?
「だが彼と接しながら、わたしの中に理解不能なデータが蓄積されていった。彼はそれを感情、と呼ぶものと教えてくれた」
「うんうん、最近の有希っこはあたしから見ても楽しそうだよ!」
分かるんですか、鶴屋さん? 俺以外にここまで長門の事を見抜く人間がいたのも驚きだが、鶴屋さんならありえそうでもある。
「感情を与えてくれた彼に感謝したい、それも彼がくれたもの。わたしは……………」
一瞬だけ長門が息を飲んだ。ように見えた。
「わたしは、わたし個体の感情として彼と共にありたい。彼がいない事にわたしのデータは耐えられない」
そして長門の視線は俺の顔に。それはとても澄んだ美しい瞳だった。
「………………長門……………」
見詰め合う俺たち。そうだ、長門はいつも俺を助けて、俺たちを守ってくれていた。
俺はただそれに甘えていただけなのに。
それなのに俺といたいと言ってくれる長門に俺は何を言えばいいのだろう?
長門、俺は…………」
だがその雰囲気は、
「アッハッハッ!! よく言ったね有希っこ!!」
鶴屋さんの大笑いで吹き飛んでしまった。
しかも、
「でもね? はい、そうですかっていかないのが鶴にゃんさ!!」
と言って再び俺にしがみついてきたのだ!! つ、鶴屋さん?!
「有希っこがそこまで言うダーリンをあたしがそう簡単に渡すと思うかい?」
「…………負けない」
お、おい長門?!
鶴屋さんがしがみつく反対側に長門までくっついてきたんだよ!!
というか何だこの状況?
瓦礫が散らばった部屋。
ぽっかり穴の開いた壁。
へたり込む俺にしがみつく二人の女の子。しかもどちらも美少女。
ああ、これは夢だな。そうだ、そうに違いない。
だって右を向けばロングヘアーで八重歯も可愛い先輩が笑顔で。
左を見ればショーットカットの無口な同級生が無表情なのに頬を少し赤らめて。
しかもどちらも密着してるから色んなとこが当たってる感触が全身を包んでるんだぞ?!
ってか二人とも足を絡めるな! 長門、制服のスカート短いから!! 鶴屋さんもロングスカートなのにそこまで太もも露にしないで!!
「ねえダーリンはどっちがいい?」
「……………わたし」
ダーッ!! 両側から耳元で囁くなー!! 息をソウッと吹きかけないでー!!
長門、背中をなぞるな!!
鶴屋さん、さりげなく制服の上着から手を入れないで!!
ねえ、これ何の拷問? 俺の理性はここまで試されないと天国には行けないの?
というか既に昇天しかけてますけど!!
誰でもいい!! この状況を打破してくれるなら神にでも土下座する!!
もうダメだ、さよなら理性。こんにちは欲望。
いいさ、ここから先は禁則事項だー!!!!


「なにやってんのよ、このエロキョーン!!!」
状況を打破してくれたのは神でした。ドロップキックで。
左右を抑えられた形になっていた俺は見事に顔面にハルヒの足の裏の感触を感じながら吹っ飛んでいったんだとさ。
いや、気がついた時には朝比奈さんに扇がれていたんでな。
膝枕じゃないのが残念だとか思う間もなく、
「さて、なんでこうなってるのかしら鶴屋さん?」
と、鶴屋さんを睨みつけてるハルヒを見ちまったんだから。
「お、起きたかい、ダーリン?」
「だ、ダーリン?!」
「……………あなた」
「あなたぁ?!」
ちょっと待て!! 鶴屋さんもアレだが長門までどうした?!
「彼女がダーリンと呼称するので、わたしも」
そんなとこまで張り合わんでいい! ってハルヒ
「ふ………ふふ…………あんた達……………な・に・を………やってたのよー!!!」
で、俺かよー?! ハルヒの右フックが俺のアゴに綺麗にヒットし、俺は再び意識を失った……………


「いいから起きなさい、キョン!!」
今度はあまり寝てられなかったようで、ハルヒに叩き起こされた。
というかお前のせいじゃねえか!
まだクラクラする頭を振りながら俺はようやく体を起こして座った。
そして俺の置かれている立場に絶望することになる。
ええーと、俺から見て右前方にハルヒ。左には鶴屋さん
その横、というか俺から見れば右後方に長門。ということは左には朝比奈さんということになる。
つまりは俺は四人の女の子に四方を囲まれた、という事で。
「さて、弁明があるなら聞いてあげるわよ?」
というハルヒの声にまったく弁明の余地を感じないのだが。
なによりも俺が何が起こってるのか把握しきれてないんだ、弁明どころの騒ぎじゃない。
「ダーリンは悪くないよ! あたしが好きだって言っただけなんだ!」
「……………わたしも彼に好意を抱いている、それを伝えた」
「ちょ、鶴屋さん! 有希まで?!」
うわ、そう言われると照れるよりも困る。思いっきりハルヒの怒りにガソリンをぶち込むようなものじゃないか?
「そういうハルにゃんとみくるはどうしてここに来たんだい?」
え、それさっきも長門に…………
するとハルヒも朝比奈さんも、
「え〜、あの〜…………」
「なっ?! あ、あたしはそう、鶴屋さんを助けに…………」
二人とも赤くなって俯いてしまった。
あれ? なんでだろう、傍目からは幸福そうなのに当事者だけは嫌な予感がしてしまうのは。
それで朝比奈さんがおずおずと口を開く。
「あ、あたしは……………キョンくんの事が気になって…………それで…………」
あ、朝比奈さん? それって?
「あたし鶴屋さんみたいに素直になれない、というか素直になっちゃダメなんです。それは…………」
チラッとこっちを見る朝比奈さん。やはり美しいが、でも俺には分かっている。
彼女には自分に素直になれない理由があることも。
ところが、
「でも長門さんを見て思いました、あたしだって自分の気持ちを押し殺しているだけじゃダメなんです!」
って、朝比奈さーん?! それって禁則とか関係するというか、未来はどうなるんですかー?!
「あたしも…………キョンくんが好きでしゅ!!」
「みくるちゃん?!」
うわー、言っちゃったぞ朝比奈さん、言われたぞ俺!!
嬉しい、嬉しいはずなのに何故俺は「あ、死んだな」って思わなきゃならないんだ!!
と、とにかく俺は三人の美少女に告白されたんで……………
「そんでハルにゃんはどうなのさ?」
つーるーやーさーんー!!!!
もう助けて、替わりたいなら替わってやる!! 
いいか、羨ましいとか言ってる奴! お前は見た目で騙されるタイプだ、この空気の中で呼吸するだけでどれほどのエナジードレインか分からんだろ?!
しかも、だ!!
ハルヒが、あの涼宮ハルヒまでもが、だ!!
「う………うぅ……………なによ! あたしだって! あたしだってキョンの事が!!」
なんて涙目で言い出したんだぞ?!
うわーい、俺って幸せ者だー。
だってここには四人のそれぞれが魅力的で個性的な美少女がいるんだぜー。
その四人に俺は取り囲まれてんだぜー。
それに四人とも俺のことが好きだって言ってくれたんだぜー。
なのにーなーぜー俺は死にそうな予感しかしないんだーろーうー。
「ねえダーリン?」
「…………あなた」
「ご、ご主人様?」
「あ・な・た・?」
ははは、皆さんそれはどういう意味でしょう、特に朝比奈さん。
「いーや、」
「単に」
「言ってみたかった」
「だけよ?」
それぞれが満面の笑顔なのに。
どうしてどうして俺たちはー出会ってしまったのだーろー。
「運命?」
「必然」
「規定事項です」
「赤い糸があるのよ!!」
何本あるんだ俺の糸!! そして笑いながら黒いオーラを漲らせるな四人とも!!
え、えーと…………………どうしよう……………………
保留………………「ほ」の時点で殺されそうだな。
さてどうする? というか選べる奴がいたらマジでお目にかかりたい。
何か、何かないのか、ここから逃げる方法は?!
「そ、そうだ! 部屋もこんなだから場所を変えないか?」
そう、ここは鶴屋家の一室だが先程長門に壁が破壊されて内部は滅茶苦茶である。
これしかない、これを利用するしかないんだ!!
「そうね、何か埃っぽいし」
「お掃除しましょうか?」
「……………迂闊」
「まあダーリンが言うなら移動しよっか! あ、片付けはウチのもんがやっとくから」
ふう、なんとか空気がゆるくなってきたぞ。
「それじゃどうしよっか?」
「うーん、あたしお腹すいてきたかも」
「同感」
「あ、あたしはそんなに…………」
ん? この流れは………………
「そんじゃ外食にでも行こっか!」
「賛成!」
「了承した」
「わ、わかりました〜」
そうか、こうなるんだよな。
「もちろん、奢ってくれるわよね? あ・な・た・?」
何でだ?! という言葉はここでは飲み込むしかあるまい。
そうだ、ここで上手く話を流してしまえば何とかなるかもしれない。
「ああ、仕方ないがな……………」
結局酷い目にしか遭ってないんだけど、これでいいのだろうか?


まあ、前を歩く四人が楽しげな様子なので良かったとしておこう。
そうじゃないとまずい。

こうして俺たちは仲良く? 食事に向かったのであった…………………
いつかは答えを出さなきゃいけないのだろうが、今はまだこうさせておいてくれないもんかね?
などと都合のいい事を思いながら。
























最終的に俺はこの判断を心から後悔する。
まさかだぞ? たまたま行った店に、
「クックック、君は高校生活を十二分に満喫されているようで羨ましい限りだ。ところで、親友の僕の席は君の隣でいいのかな?」
などと言い出す奴がいるなんて思わないだろ?
結局四角が五角形になっただけの話はまた別の物なのだろう。
というか、本当に勘弁してくれ………………