『SS』 ちいさながと

毎年この季節になれば、いたいけな少年少女がいる一般家庭に不法侵入しては入手先不明のプレゼントを置いていく赤服のじいさんの存在なんぞはまったくといって良いほど信じていなかった俺なのだが、それでも高校生になって謎すぎるプロフィールを持った集団に囲まれて日々を過ごしてしまえば万が一にも赤い鼻のトナカイくらいはいてもいいんじゃないかと思えてくるものである。
しかして俺の知っている赤鼻のトナカイを生み出しそうなインチキ神様はもしかしたら赤服じいさんの存在を未だに信じているかもしれないので迂闊な事は言えないのだ。
という訳で、俺は何も言う事もなく黙って赤鼻のトナカイの被り物を被っているのだよ。うん、非常に不本意だ。
「似合っている」
あんまり嬉しくないなあ、それにお前は去年も見てるだろ?
「去年も似合っていた」
それは去年の内に言って欲しかったぜ。俺はいつものように右肩の上にこっそりと話しかけていた。肩の上にはいつものように座っている俺の恋人がいる。
「…………そう」
長門有希は小さくなって今年のクリスマスを迎えていたのであった。まあ俺にしか見えないんだけど。
「ほらほら、キョンくんしっかり食べないと有希っこに全部食べられちゃうにょろよ?」
いやー、結構食べてますよ? 鶴屋さんに鍋から次々に野菜を放り込まれながら苦笑すると、
「こらバカキョン!! 名誉顧問に注がせるなんて雑用が贅沢なことしてんじゃないわよ!!」
などと人の名誉を傷つけ、鶴屋さんの好意をまったく無にする事を言い放つのが我らが団長様である。
「いやー、ゴメンね! ハルにゃんは自分でキョンくんに取り分けてあげたかったんだよねー?」
「ちょ、ちょっと鶴屋さん?! なんであたしがそんなこと…………」
まったくだ、ハルヒに任せたら俺のお碗だけ闇鍋状態になりかねない。というか今現在の時点で、
「………………」
右肩の上から絶賛非難中なのであったりするのに。いや、どうしようもないじゃないか?
「わたしが……栄養バランスとあなたの食欲は把握しているのに……」
うん、俺だってその方がいいに決まってるんだが何しろ今は無理だ。SOS団主催のクリスマスパーティは今年も部室で華々しく行われていて、有希は当然のようにステルスモードなのだから。
「そう……」
さっきまでは俺が隠しながらハルヒ特製鍋のご相伴に預かっていた有希なのだが、逆に落ち込ませる結果となってしまい非常に申し訳ない。すると、
「………これを」
「へ? 有希?!」
「おお、有希っこ積極的だね〜」
ちょうど食べたいと思ったタイミングでから揚げを持ってきた長門に感謝する、さすがは長門だ分かってるな。
「………わたしが作った」
そうか、レトルトじゃなくお前が作ったというのが貴重だな、ありがたくいただくとするよ。から揚げを摘んで一口食べる、うん、旨い。
「…………」
あれ? なんで空気が固まってるんだ? というか何故菜ばしを笑いながら折ってるんですかハルヒさん? 鶴屋さん、笑いすぎです。朝比奈さん逃げないで、古泉どうにかしろ!!
そして、
「………………」
いやだから長門を褒めたんだけど? だからもうちょっとその凍えるオーラは抑えていただけないですか、有希さん?
とかなんとかありながら、最終的に俺は昨年と同じくトナカイを被ったまま一発芸を披露して、鶴屋さんのみの爆笑の中を真剣に窓ガラスを越えようとしてしまった。
「ユニーク」
いやそれって芸の事なのか、それともお前を肩に乗せたまま窓枠から半分身を乗り出したこの状況の事なのか?!
「あなたはわたしが守る」
うん、いいセリフだけどそれって俺が飛び降りてもいいってことかな?
「いい。傷一つ付ける事はない」
それはそれでハルヒ辺りからどんな追求を受けるか分かったもんじゃないな。ということで飛び降りはキャンセルした。
まあとりあえずは楽しかった、間違いなく俺の肩に乗る有希もそうだったと思いたい。




  
長門のマンションに移ってSOS団団員のみの二次会も開かれたのだが、ここは割愛してもいいんじゃないか? 長門が何も言わないのをいいことに占拠してるのは部室に限らずなんだしな。
とにかくまあツイスターゲームとかはしてた気がする。ハルヒとやった時に有希が出した的確すぎる指示のおかげで上手くハルヒの体に触れずに回避できたので態勢がどうのこうのと文句を言われず済んだと安心していたら逆に不機嫌になったのは何故だ? それと朝比奈さんがハルヒとやって必要以上に胸を揉まれていた。古泉、読み手だけじゃ寂しくないか?
そんなこんなでほぼ真夜中に解散となる。もうこっちとしては青色吐息だが、ハルヒと朝比奈さんはこのまま長門の家に泊まるようだ。あの三人で何を話すのか興味がないでもないが、それよりも優先したいことが俺にはある。
「僕はあの三人が何をお話しになるか分かる気がしますけどね」
そう言いながらタクシーに乗り込むニヤケ面には一言言いたかったんだが。
「……………」
そうだな、それより帰ろう。いかんな、団員と遊ぶほどに二人でいたい欲求に勝てなくなりそうなんだ、何故ならこの場に有希は参加できないからな。一緒に居られるんだけれど有希がどう思っているか分からない俺じゃない。
大急ぎで家まで帰り、散々構ってくれと言いたそうな妹をどうにか明日一日遊んでやると言いながら振り切って部屋の中へ。
「やれやれ、ようやく二人になれたな」
とりあえず有希を肩から降ろす。途中で気付いていたが俯いたままの俺の彼女は、
「……………ごめんなさい」
小さく呟いた。分かってたとはいえ、こっちも身を摘まされる。なあ、お前にそんな顔をして欲しくはなかったんだよ。
俺は上着を脱ぎ、改めて有希を手の上に乗せる。黙っている有希に俺は話しかけた。
「寂しかったのか?」
「………………………………………少しだけ」
そうだろうな、俺がそばにいるとはいえお前は一人だった。それは団活の時いつも感じたことでもある。
「それもある。けれどそれ以上にあなたの傍にわたしが居る事を知って欲しいという要求が強い」
つまりはどういうことだ? 同じような事を言ってると思った俺を有希はその美しい黒瞳で見据え、
「………あなたは、わたしのもの」
はっきりと、そう言った。その言葉がストンと胸に落ちてくる。
「常に傍にわたしはいる。あなたと共に過ごし、あなたと共に生きたい。それがわたしの望むもの」
その瞳に宿る決意のような揺らぎ。有希が込めた想いはただの寂しさじゃなかった。
そうだな、手前味噌で申し訳ないくらいだが、有希が言っているのは、そのまあ、なんだ? 
「…………だからわたしを見て欲しい」
うん、嫉妬といわれるものじゃないだろうか。ハルヒや、もう一人の自分であるはずの長門に対してさえ。それは有希が人間らしく成長したと言えるのかもしれない。


なんてな。


違う、そんなことどうでもいいんだよ。やばいな、俺は今間違いなくニヤついてるに違いない。
「………………?」
あーもう、その傾げた首の角度まで可愛く見えるぜ。
分かってるのか? 俺は嬉しかったりするんだぜ? お前がその感情を向けるのが俺だけだっていうことにさ。
だから態度でそれを示す。俺は小さな有希を包み込むように抱きしめた。
「十分だぜ、有希。こっちこそゴメンな、二人でいたかったんだろ?」
小さな肯定。それが嬉しい。
「とりあえず遅くなったけどメリークリスマス」
「…………メリークリスマス」
きっと有希にとってはクリスマスなんて大した事じゃない。俺にとってだってそうだ。
だがその大した事の無い日が俺と有希とが二人で居る事の喜びを再認識させてくれた。そういう日なのかもしれないな、クリスマスってのも。




















ちなみにその後の事を少しだけ語ろう。
「…………プレゼント………」
有希が申し訳無さそうに呟く。そういう有希には人形用の小さな本棚をプレゼントした。俺の部屋の一角はすっかり有希の部屋になってるな、親に見つからないように何か工夫せねばならないだろうか?
「気にするな、俺は有希がいてくれるのが一番のプレゼントさ」
うわ、我ながら恥ずかしい事言ってるな。
「…………そう」
まあそうなんだからいいだろう。有希も喜んでくれてるみたいだし。
「………待ってて」
なんだ?
「後ろを向いて」
よく分からんが従う。すると背後からシュルッと衣擦れの音が。
「おい、」
「…………もういい」
何となく予想が出来たので期待しながら振り向く。そこには有希が全裸にリボンを巻いた姿で…………
「プレゼントは、わたし」
何と言うベタな。
「…………どうぞ?」
いただきます。

ということで何か疲れたような気がしたクリスマスだった。毎年こうあればいいという願望もあるけど、な。