『SS』ごちゃまぜ恋愛症候群 30

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30−α

そうして俺と朝比奈さんの尾行は再開されたんだが、どうもおかしい。
俺たちの存在がばれてるとは思えないのだが、ハルヒが歩いている方向はどう考えても家に向かっているとは思えなかった。
どこに行こうとしてるんだ、こいつは?
といった俺のクエスチョンマークはすぐに解消された。何故ならば、俺はこの道を知っているからだ。というか、一度通った経験がある。
だがあの時は暗かったし、なにより朝比奈さんを背負っていたから、その事に気付くのが遅れてしまったが。
「え? ここって…………」
どうやら朝比奈さんにも覚えがあるようだ、といってもあの時は気を失っていたので情報として知っているだけなのかもしれないが。
そこにある何の変哲もない学び舎は、すでに黒く重い門によって行く手を遮られている。
それは時間こそ違え、俺はこの光景を間違いなく見ているのだ。隣にいる朝比奈さんと共に。



涼宮ハルヒは、自分が卒業した中学校の校門の前で、あの5年前と同じように立ち尽くしていたのだった。
唯一違いといえば私服じゃないってことだけか、とにかくタイムスリップした気分だ(実際してるんだが)
思わず日付を確認したくなった。分かってる、今は七夕なんかじゃない。あの時とは違うんだ。
それなのに何故ここに来たんだ、ハルヒ
遠目からだから分かりにくいが、きっと門を睨みつけているに違いないハルヒが校門をよじ登らない内に詮索されることを覚悟で止めなければならないだろうかと俺が考え出した時。
「………………」
あのハルヒが何もせず、何も言わずに歩き出した。もう後ろを振り返る事もない。
「涼宮さん……………」
朝比奈さんの呟きも耳に入らなかった。肩を落とすハルヒは俺が知るいつものハルヒではない。こんなハルヒを見たかった訳でもない。
その小さなハルヒの後ろ姿に、俺は何かを言いたかった。ハルヒ、お前は!
「まだです、もう少しだけ待ってください!」
飛び出しかけた俺を朝比奈さんが制する。何で止めるんですか?!
「……………もう少しだけ、様子を見ましょう。今、涼宮さんは何か考えてるようですから」
冷静な朝比奈さんの声に俺の頭も少しはクールダウンしたようだ。確かに今ここで俺が出て行って何かできる訳じゃない。
きっとハルヒは何かを思い出し、それがこの世界には存在しない事を悟ったんだ。
そうだ、そしてそれこそがこのややこしい状況を生み出す原因なのだろう。
何となくなのだが、朧気にあいつの気持ちがわかるような気がしてきた。
それが確信になるためにも、俺は朝比奈さんに頷き、ハルヒの後を追う。
待ってろ、きっとなんとかしてやる。
俺はハルヒの後ろ姿にそう心の中で呟いた。






30−β

何も言えないまま、何も言わないままに過ぎていく時間。
古泉くんは時間がないことも分かっているのに、あたしの言葉を黙って待ってくれている。
その顔に笑顔はないけど。真剣な彼の顔は、こんな時に不謹慎かもしれないけど綺麗だな、と思った。
「そこまで見つめられると照れますね」
ああ、この人はそれでもあたしの為にこんな事を言ってくれる。優しく微笑みながら。
だからこそあたしは……………


「ゴメン」


頭は下げない、彼の目を見ながら。それがあたしに出来る精一杯の誠意、だと思うから。
「古泉くんの気持ちはすっごく嬉しい。きっとあたし以外の女の子で拒否する子なんていないと思う。でも、あたし………」
言いながら頬を涙が伝わるのが分かった。
そうなんだ、好きになるよりも好きだと言ってくれる人を傷つける方が辛く、哀しい事だったんだ。
そんな気持ちなんか知る事は無かった、今までは。
でも、それでもあたしは言わなくちゃ駄目なんだ、それがあたしの選んだものなんだから。
「…………泣かないで下さい、キョン子さん」
古泉くんの言葉が静かに、優しくあたしの耳へ滑り込んでくる。
その微笑みを絶やさないままに。
「あなたの想いを知りながら、それでも僕は自分の気持ちに嘘をつけなかった。ただ、それだけなんですから」
僕の仮面も脆いものですね、と自嘲するように。
ううん、そんなことない。ほんとの古泉くんが見れて、あたしは嬉しいと思うよ。それなのに…………
「いえ、僕はあなたに想いを打ち明けられた。それで十分です」
微笑みに嘘がない、それが逆にあたしの罪悪感を突き上げていく。
「それに……………キョン子さんの想い人に、僕が勝てるとも思えませんしね」
今度こそ間違いなく苦笑いする古泉くん。諦めと、羨望を交えたような、と表現したらいいのかもしれない笑顔。
キョン子さん、あなたが好きなのは……………『彼』なのですね?」
フラッシュバックのように浮かぶ、あいつの顔。
皮肉屋で理屈っぽいくせに、変に間が抜けたりしてる。
それでもいつも皆の事考えてる、優しい笑顔の男の子の顔。
「うん、あたしは……………キョンが好きなの…………」
小さく、でもはっきりとあたしは言った。偽りのない気持ちだったから。
「そう、ですか…………」
それだけ言うと、古泉くんは倒れこむように背もたれに身体を預けた。

ギシッ、とパイプ椅子が悲鳴をあげる。

そのまま天を仰ぎ、彼は大きく息を吐き出した。
「ふう、分かっていても辛いものですね、こういうのは…………」
今まで、それでも最小限守ってきた礼儀の良さもどこかへ追いやったように。
それから古泉くんはあたしに聞かせる為ではなく、自分に言い聞かせるように話し始めた。
「……………最初は何故『彼』なのかと思いましたよ、何故かって『彼』は彼女が一番嫌った普通そのものでしたから」
どこを見るでもない目線、あたしも何も言わずに聞いている。
「ですが『彼』と接しているうちに、その理由が分かってきたような気がしてきたんです。『彼』はどんな非日常の中でも自分を見失わず、彼女を導き続けているのですから」
思い出したように、古泉くんはクスッと笑った。
「僕も、いや長門さんや朝比奈さんもですから僕ら、でしょうね、そんな彼と共に過ごしす事に一種の満足感を覚えるようになりました。SOS団こそが僕の居場所なのだと本気で思えるようになったんですよ」
そうだね、それはきっと楽しいものに違いない。古泉くんの笑顔にはそんな嘘はまったくないから。
「だからこそ、僕は『彼』の事を親友だと、秘密の共有ということではない親友だと思っています。きっとこの先、何があろうとも」
ふいにあたし達の世界の古泉の顔が浮かんだ。
ねえ、あいつも『機関』とあたし達との板ばさみで悩んでいたのかもしれないのかしら?
「そうですね、彼女はある意味僕自身ですから。『機関』の命令とはそれだけ絶対なものとして僕らの中にはあるので」
そうか、それなのにあたしはただ疑って…………
「いいえ、キョン子さんに罪はありませんよ。それもまた世界が選ぶべき道なのですから」
それはハルヒが? ハルヒコが?
「……………世界が、です。神は神だけで世界を構築しているわけではない、としか言えませんね」
また自虐的に古泉くんは笑う。
ゴメン、そんなつもりはなかったのに。
「いいんですよ、それは僕らの勝手です。それに巻き込んでしまって僕らが謝らなきゃいけないのですから」
そして古泉くんは話を戻すように、
「だから長門さんの言葉に僕は衝撃を受けました」
大きくため息をついて。
「僕がキョン子さんに対して芽生えた感情は作られたものだと彼女は言っていました、世界の矛盾を消すために」
何故そうなのかは分かりませんが、と言いながら古泉くんは背もたれから身体を起こす。
「信じたくはありませんでした。だがどこかに納得してしまう自分がいた、世界の為だからと」
一瞬だけ悔しそうな顔をして、古泉くんはまた笑顔に戻った。
「でもあなたに会えて、想いを告げて、それでも作られたなど言われたくはありませんね。僕は間違いなくあなたが好きなのだと言えるのですから」
そう、でもあたしは、
「それも含めて、ですよ。僕は満足しています、あなたが好きで、あなたが『彼』を好きなことで」
ああ、この人も優しい。あたしは色んな人の優しさでここにいる、それだけのものなのか? あたしは?
「……………ですが、恐らく長門さんが言いたかったのは別の事なのでしょう。僕よりも重要な人物がいるのですから」
え? 古泉くんからまた笑顔が消えた。本当の彼はこんなに表情豊かなんだ。
「あなたは………キョン子さんの気持ちは本当に作られたものではないのか、と長門さんは言いたかったのではないでしょうか?」
!!そんな?!
「あ、あたしは…………」
そんなはずはない、断言する。あたしの想いは誰かに作られたもんなんかじゃない!!
「そうです、だからこそあなたに聞かなければいけないことがあります。あなたは、キョン子さんはこの世界を正しく戻したいですか?」
それは……………!!
そうだ、この異常な世界は正されないといけない。その為にあいつも頑張ってる。
でもそうなったら、あたしはどうするんだろう?
あいつがいない世界を、好きな人がいない世界をそれが正しいからって受け入れられるんだろうか?!
「あたし……………」
何も言えなかった。何も考えたくなかった。
ただ頭の中であいつの姿だけがグルグルと浮かんでは消えていく。
「…………この空間から出たら、『彼』に会いましょう」
古泉くんが立ち上がる。
「間もなく長門さんがここに来るでしょう、そうしたらあなたは『彼』に会わなくてはいけない。それは涼宮さんとは違う意味で世界を正すために必要なのでしょうから」
そう…………なんだろうな、そして何となく分かる。

あたしはハルヒにも、もう一度会わなきゃいけない。

でも、それは全てが終わる事。それがあたしにとってどんな結果でも。
そう思うと怖い。怖くて逃げ出したい。
何か全身が小刻みに震えてくる、嫌だ、あたしは…………!!
「大丈夫です………」
ふいに古泉くんに抱きしめられた。
その暖かさに触れて。
「僕にはもう何も出来ませんが、それでも今くらいは僕があなたの支えになれれば、いえ、なりたいんです」
古泉くん…………ありがとう…………ごめん…………
ちょっとだけ、長門が来るまでだから。
あたしは古泉くんの広い胸の中で思い切り泣いていた。
その優しさに、それに答えて上げられないあたしに。
それでもあいつが好きで、でもあいつといられないかもという不安に。
あたしは泣く事しかできない、他に何もできなかった…………



お前のそんな姿を見るためにここにいるんじゃない、俺はお前に笑ってほしいんだ。
あたしはこんなに弱い、あいつの前で笑っていたいだけなのに。