『SS』ごちゃまぜ恋愛症候群 29

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29−α

走った甲斐もあったのか、俺と朝比奈さんが長門のマンションの前に着いた時にはまだハルヒ達の姿は見えなかった。
俺も多少息を切らせていたが、朝比奈さんは肩で息をしている。朝比奈さんの運動能力を考慮すれば全速力と言ってもよかったのかもしれない。
そして俺たちは解散場所がギリギリ見える位置取りでまた物陰に隠れる。もう少し見やすいところが良かったのだが、SOS団の連中の能力を考えればこの辺りで妥協するしかないだろう。
また同じ体勢だ、いい加減腰にくるぞ。と思いはするものの隣の朝比奈さんも何も言わないのに俺だけが文句を言ってもしょうがない。
と、今回はそんなに待つまでもなくハルヒ達がやってくるのを確認する。
道端で何か話をしている5人の高校生。
まあ帰り道の学生としてはあまりにありふれた光景なのだが、今の俺にとっては懐かしさすら覚えてくる。
そういえばあの時、ハルヒはどんな話をしていたのだろう? 当たり前すぎて思い出すことすら出来ない。
だがハルヒは笑っていたはずなんだ、それだけは間違いないと言い切れる。
俺たちは、SOS団はなにも変わりはなかった、はずだったんだ。
やがて古泉が小さく会釈をする。声は遠くて聞こえなかったが、どうやら解散らしい。
それぞれが自分の帰るべき方向へと歩き出す。
ここからだ、俺は思わず息を飲んだ。
「行きましょう朝比奈さん」
隣にいる朝比奈さんに声をかけて俺は歩き出した。少し後ろに朝比奈さん。



ハルヒが見えるギリギリの距離で俺と朝比奈さんは後を追う。
緊張感に包まれながら、ハルヒの帰り道を尾行することになるなんてな、そういえば俺はあいつの家なんか知らないぞ。
そんな俺たちの後ろから、
「キャッ!」
朝比奈さんにぶつかりそうになりながら小学生の一団が通り過ぎていった。
騒がしいもんだ、大丈夫ですか朝比奈さん?
「え、ええ。別にぶつかられたわけでもありませんし」
もし朝比奈さんに当たりでもすればガキ相手でも俺は容赦しませんよ。
おっと、こんなことに気をとられてハルヒを見失ったら目も当てられん、俺はまた意識を前方に向ける。
すると、さっきの小学生軍団がハルヒの真横を通り過ぎるところだった。おい、朝比奈さんならともかく、そいつの側を通る時は鞄が当たったりしないように気をつけろよ。
などという俺の杞憂などよそに、子供たちとハルヒがすれ違う。
と、なんとハルヒが自分から避けてしまった。まあ当然ともいえるのだが、あのハルヒだぞ? てっきりお前らが道を譲れとばかりに不機嫌オーラを噴き出すもんだと思ったんだが。
まあそんな問題ではない。それどころか、まるで楽しそうな子供たちを見送るようにハルヒはその場に立ち尽くしてしまったのだ。
おいおい、何を考えてんだお前は?
「涼宮さん…………寂しそうですね………………」
朝比奈さんの言葉に俺は目を見張った。ハルヒが寂しそうだって?!
そう言われれば何かを考えるように立ち尽くすハルヒには何とも言えない孤独感のようなものを感じてしまう。
もし朝比奈さんの言うとおりなら…………………何故ハルヒはあんな子供たちを見て寂しがるんだろうか…………
フッと脳裏に過ぎるハルヒの言葉。
そうだ、あいつは確か小学生の時に……………
「あ! 涼宮さんが歩き出しました!」
なんだ? 俺は今、何か重要な事を思い出しかけたはずなんだ。
だが、ハルヒが歩き出してしまったので俺は考えを中断させざるを得なかった。朝比奈さんが慌ててハルヒの目に付かないように庇いながら距離を取りつつ。








29−β

二人だけしかいない閉鎖空間で、あたしと古泉くんは向かい合って座っている。
「どうでしょう、ゲームでもやりませんか?」
間が開くのを恐れるように古泉くんが部室の棚からボードゲームを取り出す。手馴れたものね、ついあたしはそう言った。
「勝手知ったるなんとやらです」
苦笑しながら古泉くんはオセロをテーブルの上に置いた。そのまま自分は黒のコマを取る。
あたしたちは灰色の空間でオセロをする、というかなりシュールな絵を描いていた。
静かな空間にコマを置く音だけが響くようで、なんだかあたしが夢を見てるみたい。
「夢であって欲しいですか?」
この後にあたしに全部ひっくり返されそうなところに黒いコマを置きながら古泉くんが聞いてくる。
考える間もなく小さく首を振った。それでもあたしは、現実にここにいるんだから。
「そうですか…………」
優しい微笑みのまま古泉くんはそう言った。とても自然な微笑みだったな。
あたしの置いたコマが黒を全て白くしていく。
その様子を見ながら、
「僕は夢であってもいいと思いましたよ」
微笑んだまま目の前の男の子はそう言った。動かしていた手が止まる。
「あなたと、キョン子さんと会えたのならば、僕はこれが夢でも構わないと思ったんです…………」
どういう、とはあたしには聞けない。なんとなくではなく、判っちゃったから。
「話は変わりますが、あなたから見てこの世界はどうなっていくと思いますか?」
あたしが途中で止めてしまったコマをひっくり返し、自分のコマを置きながら古泉くんが尋ねる。
いきなりそう言われてもあたしには答える術はない。ただ、これが間違いなのだと思ってはいるはずなのに。
長門さんいわく、世界は融合に向かっているそうです」
そう言えば長門はそう言っていた。衝突ではなく迎合、そういうふうに仕向けているとも。
「その中で、例えば我々の感情ですら書き換えられようとしている、と言えばあなたはどう思われますか?」
古泉くんが置いたのは角。少ないけど確実に白が黒に変わる。
そんなことよりも、あたしには今の言葉が信じられなかった。あたしの気持ちが作られている?!
頭の中にあいつの、キョンの姿が浮かぶ。この想いも誰かに書き換えられたものだっていうの?!
「…………あくまでも可能性の問題です。実際に人の心まで変えられるほど涼宮さん達の力が高まっていたとしても、僕らにはそれを知る術はないのですから」
もはや盤上で動く手はない。ただあたし達は向かい合っているだけ。
「本当に世界が彼女が思うままに創造されようとするならば、まず我々に変化が起こってもおかしくない事も理解は出来るのです」
そんなこと、信じられる訳ないじゃない! あたしの心は、あたしの想いは間違いなく自分だけのものなのよ!
「そのとおりです」
古泉くんは力を込めて言った。まるで誰かに言い聞かせるように。
「自分の想いが誰かの都合で作られた、など言われても信じられない、信じたくはないんです!」
笑顔のない真剣な顔で、古泉くんはあたしの目を見つめている。
「もしも…………もしも僕の気持ちが作られたものならば…………僕は神に対してすら怒りを覚えるでしょう」
その瞳に映る確かな決意。
「僕の想いは、僕自身で決めたものなのだと。そう思うことはおかしいのでしょうか?」
そんなこと、ある訳がない。そうだ、あたしの想いだってあたし自身が決めた事なんだから。
「そうですか…………」
それだけ言って古泉くんは立ち上がった。なにを、などと言う間もなく、
「もうすぐ長門さんもこの空間に気付くでしょう。その前にキョン子さんにだけは僕の、古泉一樹という人間の本当の気持ちを知ってもらいたいのです」
言いながらも息を飲みそうになる古泉くん。ここまで真剣な、いや本当の彼を誰も見たことはないような気がする。
「聞いてください、僕は、僕は……………あなたが…………キョン子さんが好きです。友人ではなく、一人の男として」
神人相手でもここまで緊張はしていないだろう。まるで力を使っているかのような赤い顔。
「こんな僕の想いすら、世界の融合のために作られたものなんですか?!」
悔しそうに、そう、泣くのを耐えるように古泉くんが叫んだ。
そこにいるのは謎の転校生でも、笑顔の似合う副団長でも、『機関』に属するエージェントでも、閉鎖空間限定の超能力者でもない。
古泉くんが。
古泉一樹という男の子がそこにいた。
そして彼は、あたしなんかに好きだと言ってくれた。
他の誰かを想うあたしを分かっていて、それでも好きだといってくれた。
あたしは……………
ここまで想いをぶつけてくれた彼に、あたしはどうすればいいんだろう…………
何を答えられるんだろう、そう考える事すらもしかしたら失礼なのかもしれない。
もう時間が無いこともわかっているのに。
あたしの心は嵐の中の小船のように揺れていた…………




大事な事は近そうで遠い。俺はまだそれを見つけられない。
大事な事を掴めないまま、あたしは何も見つけられない。