『SS』ある晴れた日曜日

そうですねえ、僕はこの『僕』という呼称が嫌いなわけではないんですが、こればかりを使っているわけでもないんですが。
まあ皆さんが知る『僕』が本当に僕であるかどうかは僕自身ですら曖昧になりつつありますから。なににしろこれがあなた方の知る古泉一樹なのですから僕はその古泉一樹でありたい、あり続けようと考えてはいます。
そんな僕の日常は皆さんもご存知のとおりだと思いますが『神』の、涼宮さんのご機嫌さえよろしければ別段普通の高校生とは変わりはないかと思います。
そうですね、例えば日曜日の朝に
『結婚します』
などという招待状が届くほどには。



『機関』が所有するマンションの一室を借り受けて一人暮らしをしてからそろそろ一年。仕事とはいえ高校生が親元を離れ、見ず知らずの高校で学生生活を送らなければならないのですから今の状況が幸福かどうかは第三者の意見を伺いたいものですね。
まあスポーツ推薦を受けたと思えば、寮などではなく自由な生活も悪くないんですけどね。
そんな僕の朝は必ず四紙以上の新聞の読破から始まります。これは別に社会情勢が気になるのではなく、涼宮さんが望む知識溢れる副団長を演出するためとその彼女がどのようなイベントを探し出すのか、ある程度予想する為に必要なことだからです。
自分で淹れた大して美味くもないコーヒーを啜りながら新聞に目を通す高校生。目の前には自分で焼いたトーストにこれも自作のハムエッグ。優雅とは程遠い一人暮らしの侘しい食卓。
それも今日が休日だからの余裕であって、平日なんかは新聞を読み飛ばしながらシリアルに牛乳をかけたものを流し込んでいるんですから、僕はサラリーマンとしてやっていける自信はありますね。
虚しい朝食も終わり、食休みがてらにネットでも繋いで神の興味を引きそうな事例でも探してみるか、などと別にどうでもよさそうな事を思いながら新聞受けに目をやると一通の白い封筒が。
「ふう、またか……………」
ため息をつきながらも封筒を手に取ります。何も考えずに封を開ける、これはここが『機関』のマンションであり、正直DMなど届くはずがないのです。もっとはっきり言えば、封筒に爆弾が入っていても不思議はないんですから。そういうところに僕らはいるのですよ。
だからこそ我々の連絡手段は電話やメールなどに限られますし(それさえも特殊な電波を使ってるんですよ)手紙なんて家族からでもない限り(当然検閲済みですが)来る事はありません。
よって、これは異常事態であるはずなのですが、あいにく僕にとってだけは異常ではないのです。
そう、こういうことを好んでやりそうな人を僕は知っているから。その人はしなくてもいい事をするのが大好きなんですよ。
封筒の中身は招待状。
『結婚します。つきましては下記の場所にて式を行いますのでご参加下さい。



                              森 園生』
それと簡単な地図。あのー、もう少し招待状なら凝った作りじゃないでしょうか?
それに日付が今日で参加の確認すらないって強制的に参加しろってことじゃないですか?!
「はあ……………」
まったくこの人はなんでこうなんだか。僕はため息を何度つけばいいんだろうと思いながらも、それなりに正装しないといけないのものか、しばしクローゼットの前で悩まねばならなくなったのです。




結局高校生らしさを優先させて制服姿で出かけました。決して悩むのが馬鹿馬鹿しいと思ったわけではありませんので。
『機関』のタクシーで見知らぬ教会へ。
中に入れば結婚式らしく一堂に参加者がいます。どうやら僕が最後のようで、席がポツンと空いていました。それはそうでしょう、他の人にはメール等で連絡が行っているはずですから。
隣の人に軽く会釈してから自分の席に着きます。タイミングを合わせるようにウェディングマーチ
ちょっと狙いすぎじゃないですか? などと僕が考える間もなく教会の扉が開き、新郎新婦が入場してきました。
シンプルなウェディングドレスを纏った新婦は、普段は括っている髪を下ろしているせいもあってそれは清楚で美しかったです。これで話さなければ、という注釈付きですが。
新郎はまあ普通でした。知らない人ですが今後は知り合いになるのでしょう。
とにかく新婦から外したくとも外せない視線に我ながら理不尽を感じつつ、式はつつがなく進行してゆき、いよいよ指輪の交換といったところで轟音が周囲に響きました。
とっさに僕は新婦の下に駆け寄り、自ら被さって落ちてくる瓦礫から彼女を庇います。
しかし彼女は、
「古泉! 邪魔!!」
僕を軽々と跳ね除けたどころか、そのドレスを破いて白く美しい腿も露に、
「遅いのよ!!」
その腿に付けられたホルダーから拳銃を取り出し、扉の方向へ2発。
悲鳴も聞こえる事もなく倒れる男達がそこにいました。見れば先程の参列者たちは全て拳銃や自動小銃を手に、入り口付近で銃撃戦を開始しています。
「はい、あんたは下がる! ここは閉鎖空間じゃないんだから!!」
森さんに蹴飛ばされるように後ろへ下げられた僕は成り行きを見守るしかなくなった訳ですね。なんでしょう、接近戦なら自信あるんですが。
その内に外から再び轟音。
「どうやら陽動はうまくいったみたいね」
はあ、決着はついたんですか。こちらの被害はほぼないようですね。
瓦礫などが多少飛び散っていましたが、ほとんど建物にも被害はないようですし、誰も怪我らしい怪我もないようです。
「大丈夫か?」
新郎の衣装を着た人に声をかけられました。僕は服の埃を軽く払うと、
「いえ、なんでもありませんでしたよ」
と笑うしかありませんでした。新郎は、
「いや、森が急に君を呼び出すから心配したのだが。君は能力者であってこのような仕事は我々の管轄だからな」
そういうことです。これは全て『機関』とそれに反発する組織との勢力争いの一抗争なのです。どういう経緯かは知りませんが、今回はたまたま結婚式というシチュエーションが必要だったのでしょう。
「私が結婚して『機関』を抜けるという嘘の情報を流布させたのよ。そんなのに引っかかる馬鹿はいないと思ったけど」
いましたねえ、馬鹿。
「そうね、小物だけど今の内に叩けて良かったわ」
そうですね、ところで僕は何故こんなところに呼ばれたのでしょう?
「あら? あんた、私が結婚するって聞いてショックじゃないの?」
あのですねえ、それならもっと以前から連絡してください。第一あんな招待状で信じろって方が無理がありますよ?
「むー、しょうがないじゃない。時間がなかったんだから」
それならメールとかでいいでしょう? わざわざ手紙なんか使わないでください。
「それじゃ古泉を驚かせられないじゃない。せっかく「森さんが結婚してしまう! これは僕が行かなくては!」とか言ってキスしようとした時に扉がバーンッ! てのを想像したのに」
それじゃ作戦が滅茶苦茶じゃないですか! まったく、そんなに人をからかって楽しいですか?
「あはは、まあ高校生には不必要なくらいの経験が出来たんだからヨシとしなさい」
いりませんよ、それなら閉鎖空間で嫌っていうほどしてますから。
「まあまあ。はい、これあげるから勘弁しなさい!」
そう言って森さんは手に持っていたブーケを僕に向かって投げたのでした。ついキャッチする僕に、
「受け取ったんだから幸せになりなさいよね!」
それは女性限定なんじゃないですか? でも彼女の笑顔を見たら何も言えないんですが。
まあこうして僕は日常に限りなく遠く、しかし普通と言ってしまえる日曜日を過ごしたのです。彼じゃありませんが、
「やれやれ」
と肩をすくめてもいいんじゃないでしょうか?




さて、ここで大問題が発生してしまいました。僕は森さんから「幸せになりなさい」とブーケを受け取ってしまったのですが、幸せにしたい相手からブーケを受け取ってしまった場合はどうしたらいいんでしょうかね?
まあ森さんが破いてしまったウェディングドレスよりもお似合いな、彼女らしい美しさを演出できるドレスを提供するために僕はバイトに励まなくてはならない訳ですね。
できればその隣には僕がいるように。