【SS】なちゅらる・1
人間とは日々成長する、若しくは成長を望むべく努力を重ねる生き物である。
例えばこの国においてだとオギャーと生まれ落ちてから一定の年齢に達すれば学校なるものに通って社会常識というものを身に付けてから生活をせねば生きられない(というのが一般的らしい)。
つまりは漫然たる日常を過ごしているように見せかけておいても何らかの知識や経験を学んでいるのが人間なのだろう。
そうでなければ生きられないのだ、この世界は。
翻って俺自身を見てみると、ただ漠然なる毎日の中で確実に学んだ事があるというのに気付く。
それも高校生、名門でも何でもない公立高校に入学したというのにだ。
にも関わらず一生を左右しかねない真理にたどり着いたのは僥倖というべきなのだろうか。
要するに何が言いたいのか?
はっきりと言おう。
世の中は自分の思った通りにはならない。
むしろ自分の預り知らぬ所で動いた何かに操られるように、引きずられるように自分も動くしかないのだと。
あの涼宮ハルヒなる女に遭遇した故に、しかも逢うべくして逢った(何と四年前から決められていたというか決めさせられた)という事実が突きつけられれば誰もがそう思わざるを得ないだろう。
しかも一連の流れは俺が知らないところで進んでいたはずなのに、いつの間にか当事者そのものになってしまっている。
もう引き返す事も出来ず、進むしかなくなっている。
河の流れに逆らわずただ流される木石の如く俺もまた今日も今日とて、明日も明日とて厄介事に巻き込まれていくしかない。
などと韜晦しながら俺はバッグに詰め込まれた衣装を引っ張り出しながら溜息を吐いていた。
どうしてこうなったのか、などと振り返る気力も無くなるほど毎度訪れる面倒な展開を今回も唯々諾々と従う己に多少の戸惑いを覚えながら。
きっかけというものは唐突にやって来る。
押しかけてくるというのが正しいかもしれない。
その日、土曜日はいつものようにSOS団恒例の不思議探索であった。
ついでに言えば俺は結局最後に集合場所に到着し(十五分前だったのに)、ハルヒの一喝を喰らってお茶代を奢らされた。
ここまで含めて恒例にさせられるのだけはどうにかならないのか?
答えはならない。であり、これもまた逆らうことの出来ない流れなのだそうだ。
だがこの日は多少の変化があった。
午前中を長門と図書館デート(俺は寝ていただけだが)に費やして午後は出来るだけ朝比奈さんとの逢瀬を楽しみたいと希望していた(古泉とゲーセンでも可)俺なのだったが、予想は覆され、
「……………ふう」
「何よ、団長自ら雑用係と探索してあげてるのに不満があるわけ?!」
まさかの団長のお供であった。
というか、本当に珍しい。
ハルヒと一緒に行動など滅多にないばかりか、こいつと組む時は何故か必ず二人きりなのだ。
おかげで俺は大量の紙袋を抱えているのだが。
「いや、この手に下げている紙袋の中身が不思議とどう関係しているのか気になっただけだ」
「それはみくるちゃんの衣装とあたしの服だから不思議でも何でもないわ。それより今は周囲に気を配って目を皿のようにして注意しておきなさい」
お前ら(午前はハルヒ、朝比奈さん、古泉が一緒だった)何してやがったんだ?
まあハルヒのイエスマンと麗しの着せ替えドールなので推して知るべしなのだろうけど。
それを含めてへいへいと頷くのが正しい雑用のお仕事なのである。
「それよりキョン、あんた明日暇でしょ」
「疑問系ではなく断定で暇と言うな」
「じゃあ何か用があんの?」
「おう、土曜日の朝に取れなかった分の睡眠を日曜日に加算しないと月曜の学校に遅刻しちまうからな。円満なる学校生活を迎えるに必要不可欠な一大事だ」
「つまり暇なのね」
いやだから暇ではないだろう?
「いいから明日はあたしに付き合いなさい!」
「謹んで断る」
「団長命令!」
全てがそれで済まされると思うなよ?
「ということで明日は少しマシな格好で来なさいね」
済まされた。
俺の人権というものは団長閣下にとって如何程のものであろうかと再度民主主義の意味について考えてみたくはあるのだが、
「マシな格好ってなんだ? SOS団で集まるんじゃないのか?」
もしくは鶴屋さん関連の何かだろうか。
それよりも俺のいつもの格好がハルヒの中でどういう評価なのかも気になる。
だが俺の抗議めいた疑問に対して団長は驚くべき言葉を告げたのであった。
「明日はSOS団の活動じゃないわ。…………ちょっと野暮用で昔の知り合いと会うことになったから雑用が必要になっただけなんだからね」
「なんだそりゃ? 野暮用ってのも分からんし昔の知り合いって誰だよ?!」
第一こいつに昔の知り合いってのが居たのが信じられない。確か中学時代は一人で居ることが多かったと聞いているのだが。
「平たく言えば中学の頃の同級生よ。たまたま家の方に電話があったからつい取っちゃったのが悪かったわね」
ハルヒにしては珍しくバツの悪そうな顔だ、そんなに話したい相手では無かったのか?
「携帯だったら着信拒否するのに。って言ってもあいつらに番号なんか教えて無かったけど」
………あいつらねえ。つまり複数の人間がいるということか。
それがわざわざハルヒの自宅に電話をかけてきて、どういう流れでそうなったのか明日対面することになったということのようだ。
ふむ、我ながら状況を把握するのが上手くなったもんだ。いいか悪いかは別にしておくが。
「だが俺がその見ず知らずの同窓生に会わねばならん理由とはなんだ?」
「だーかーらー! あたしがやってるSOS団の輝かしい活動を見せつける為に雑用係のあんたを連れていくって話になったの! どぅーゆーのーあんだすたん?」
意味がわかりません。いや、英語の意味ではなく。
「俺は賛成したくもないがSOS団の活動とやらの宣伝だったら俺よりも古泉の方がいいだろ。あいつは副団長なんだし」
「わざわざ副団長まで駆り出す必要なんて無いわよ! あいつらには雑用で十分なんだから!」
「それならば男の俺より長門か朝比奈さんがいいと思うぞ? 朝比奈さんの愛らしさならば同窓生とやらのお眼鏡にも適うだろうさ」
「分かってないわね、ここでみくるちゃんや有希なんて主力を連れていってもあいつらには凄さが理解出来るわけないじゃない。あんたくらいで丁度いいのよ」
凄まじく低い評価を本人と同窓生に叩きつけながら胸を張る(本当に胸もあるから始末に終えん)ハルヒに「知るか!」と言って無視してもいいのだろうが、それで世界が崩壊でもされては敵わない。
それに俺自身もSOS団なるものに関わり続けて早1年、何だかんだで愛着もある。
中学時代のハルヒの評判はお世辞にもいいものではないのだし、高校に入って変化があったのならばそれはSOS団のおかげでもあるのだろう。
だとすれば中学生だった頃のハルヒしか知らない連中に今のハルヒを知ってもらうのも悪くはないのかもしれないな。
となれば、この傍若無人を絵に描いて額に飾って美術館のメインルームに展示しているかのようなハルヒのキャラクターを多少なりとも中和というかブレーキをかけなければならない人物がいるわけだ。
そして残念なことにSOS団内におけるハルヒのブレーキと言えば雑用である俺しか居ないことで(ほとんど効かないが)。
「はあ、つまりは消去法で俺しか居なくなったってことか」
「そうよ、あんたじゃないと駄目なんだから!」
そういうもんかね。俺が考えた結論をグッと堪えながら同意してみせただけで笑っていやがるんだから団長様も単純なものである。
「それじゃ明日は遅刻せずにくること!」
一度たりとも遅刻をした記憶はないがな。
「さて、そろそろ帰りましょっか。古泉くんか有希が何か見つけてたらいいんだけど」
間違いなく何もしてないと思う。いや、今後のハルヒ対策に関して各陣営で何らかの打ち合わせはあったかもしれない。
詳しくは分らないし知りたくもないのだが。
とにかく俺は明日も否応なく出かける予定を入れられてしまったので憂鬱になっただけである。
やれやれと思いながら解散時ハルヒに見つからないように衣装係に声をかけておき、少々時間を潰した後にバッグを受け取って帰宅。
と同時に鳴り出した携帯の画面を見てうんざりする。
本当にこいつは俺を監視してるんじゃないのか?
『ああすみません。衣装のサイズはよろしかったでしょうか?』
「今帰ったばかりで中身なんぞ見てないわ」
衣装係兼副団長の声を聞きながらバッグを開けて中を見る。
そこにはシャツから上着、ズボンと靴下、ご丁寧に時計や靴まで揃えた衣装一式が入っていた。
「とりあえず着られそうだが、これって俺がいつも着ている服と変わらないんじゃないか?」
あんまりにも派手だったり格好つけた衣装というのも嫌だが代わり映えしないのもまずいのではないだろうか。
『実のところを言えばあなたの好むデザインを踏襲しつつ全て高級品といいますか、値段が高いものを用意してあります』
「おい、まるで俺が安物しか着てないみたいじゃねえか」
『そういう訳ではないのですが、微妙なデザインのセンスや縫製のレベルなど女性は意外なところを観察しているものなのですよ。それに多少高級なものを身に着けることにより本人の意識も衣装に合わせたものになっていくものなのです』
「………そういうものなのか?」
『だからこそ高級ブランドというものは存在出来うるのではないでしょうか。ブランドが人を育てるといった面は確かにありますから』
どことなく腑に落ちないが普段の俺には手が出せない値段の服が着られるということで納得するしかないのだろう。
「わかった、ちゃんと洗って返すからな」
『いえ、全部クリーニングに出すと結構な出費になるますからそのままお返し頂いて結構ですよ』
………なるほど、高いものってのはそういうもんなんだな。
「じゃあお言葉に甘えさせてもらうぞ」
『はい。では当日のご検討をお祈りしておきます』
「まったくだ。本当はお前がやるべきことなんだからな」
すると古泉は何故か電話の向こうで笑ったようだった。
『本当にそう思いますか?』
「ああ。SOS団の宣伝なんぞ誰が好き好んでやりたいもんかよ」
今度はため息が聞こえた。気がした。
『そうですね、あなたはそういう人でした』
何となく馬鹿にされている気もする。
不愉快な気分になった俺は用も済んだとばかりに、
「ということで明日も早起きすることになっちまったから切るぞ。結果は学校で話せばいいよな?」
『わかりました。…………頑張ってください』
何を頑張れと言うのだ? 意味不明な古泉の返答に首を傾げながら通話を切る。
「やれやれ、結局大事になるんだから勘弁してくれよ…………」
以降は衣装を引っ張り出して自分の好みとは微妙にズレている事に溜息を洩らしながら明日を迎えるべく就寝と相成ったわけである。