『SS』 trick or とりーと?(仮)

「ハロウィンをやるわよ!」
 全く以て前フリの無いままに発言したのはご存知涼宮ハルヒであり、
「それはそれは。では準備しますね」
 と言ったのはご存知古泉一樹であり、
「ええっと…………はろうぃん? ですかぁ〜?」
 と小首を傾げたのはご存知朝比奈みくるさんであり、
「ワタシ、ハロウィン、シッテルネ」
 とコーナーポスト最上段で見栄を切ったのはご存知謎の覆面レスラー、エル=バルサミコである。
「って、誰だ?! 何で高校の文芸部室に謎の覆面レスラーなんかいちゃうわけ?! って言うか、誰だよ!」
 大体何処から出てきたんだコーナーポスト。
「実はわたし」
 エル=バルサミコはあっさりと覆面を取ると、中から出てきたのはご存知長門有希であった。なにこの無意味なワンクッション。
 だが、
「やるわね有希………あたしのハロウィン掃討作戦を事前に見越してのコスプレ待機なんて………」
 そう言って息を飲む団長閣下。
 いや、あのね? さっきまで上半身裸の筋骨隆々だった男がマスクを脱いだ途端に制服姿の女子高生に変わったのをコスプレと言い張っちゃうの? それにハロウィン掃討作戦ってハロウィン滅ぼしちゃうのかよ。
 ついでに言えばコスプレもオバケや魔女の格好をするのであって覆面レスラーは違う。まあその辺りをハルヒに追求されると色々まずい気もするが、というか長門さん? 能力を無駄に使わないでください。バレたらどうするつもりなのだろうか。



 などといった出来事がありながらも取り敢えず古泉が用意したというハロウィンコスプレに着替えた俺達なのであったのだが。
「…………なんだ、これ?」
 着替えたと言えるのか、これ。というのも、鏡で確認する必要もないくらい分かり易い格好だからだ。
「って言うか、コスプレですらないだろ!」
 俺に渡されたのは耳付きのカチューシャと尻尾だけだった。三秒で着替えたよ、じゃなくて着けたよ。しかも制服のままだよ!
「いいじゃない、似合ってるわよ。狼男というか、犬」
 犬かよ。まあ雑用をしている俺が周囲から涼宮の犬とや揶揄されても仕方ないのかもしれないが。
「男はみんな狼なの! けど、キョンはヘタレだから犬で十分よね」
 何だとチクショウ、いつか思い知らせてやる。
「ふっふ〜ん、期待しないで待っててあげるわ」
 と言っているハルヒはきっちりと魔女の格好をしている。朝比奈さんはコウモリの羽根が付いたレオタード(ハルヒ曰くサキュバスらしい、意味が分かっているのか?)、長門は何故か白い着物で頭に三角の布というジャパニーズスタイルだ。其々妙に似合っているのがハルヒのセンスというものだろうか。
「申し訳ありません、衣装を全員分用意する時間が無かったものですから」
 そういうお前はちゃっかりピエロの衣装を着ているが?
「これはピエロではなくクラウン、道化師ですよ」
「どっちも変わらん」
 などとくだらない話をしていると、
「はい、早くひいて!」
 いきなり目の前に割り箸を持ったハルヒが楽しそうに笑っていた。
「なんだ、クジか?」
 何でクジ引きをせにゃならんのだ? 相変わらず事前の説明がないままで行動されても反応に困る。するとハルヒは、
「今回のハロウィンはSOS団内での競争よ! クジでコースを決めたら其々が家を訪問してお菓子を貰ってくるの。後半は家で待機してお菓子を貰いに来る人からお菓子を守るのが今回の任務ね。明日の放課後にお菓子を一番持っていた人を優勝とします!」
「…………何だってまたそんなに手の込んだ事を」
 大体優勝って何だよ、賞品でもあるのかよ。多分碌でも無いだろうからいらないけれど。
 呆れてため息を吐く俺に笑顔のハルヒがクジを押し付ける。
「さあ、早く引きなさい! みんなはさっき引いたからね」
 また俺だけ説明無しの最後なのかよ。何とも言えない寂しさを感じつつクジを引く。いつもの当たり付きではなく番号が書かれたクジを見たハルヒは、
キョンはDコースね。それじゃ早速スタート!! ほらみくるちゃん、隠そうとしないっ!」
「ふぇ〜、せ、せめてコートだけでも〜! 寒い! この格好寒いんですよぅ〜!」
 レオタード姿の朝比奈さんを無理矢理押し出しながらハルヒが元気よく飛び出していく。長門は終始無言のままで後に続き、
「では僕もそろそろ。後半が自宅待機ということなので部屋も片付けておきたいですから」
「おい、俺はコース説明すら聞いてないぞ」
「それはホワイトボードに貼ってありますのでそちらをお持ちください」
 確かにボードにメモが貼ってある。何から何まで俺にだけ内緒で準備のいいこった。
「涼宮さんはあなたを楽しませたいのですよ」
「困らせたいの間違いじゃないか?」
 何も答えずに肩をすくめた古泉は「結果が楽しみですね」と不思議な台詞を残して行ってしまった。
「やれやれ………参加しないで帰るって選択肢はないんだろうな」
 メモを取ってスケジュールを確認するとかなりタイトな時間割だ。これって徹夜でハロウィンをしろってことなのか?
「はあ………よくやるぜ…………」
 メモにはSOS団以外の名前もある。周囲を巻き込みすぎだと思いながらも俺は時間が惜しいので部室を後にした。



 これが後に言う『ハロウィンの惨劇(主に俺が)』の幕開けであったことをこの時の俺は知る由もなかった。