『SS』 月は確かにそこにある 4

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 さて、大した展開も見せずに放課後のチャイムを聞いてしまう羽目に陥ってしまったのだが、これは俺だけの責任ではない。予想通りというか、後ろの席の住人とのコミュニケートは不足していたからである。
 とはいえケンカをしているとか無視をされるといった類ではない。簡単に言うならば普通のクラスメイト、席が近いから話すといった関係だろう。中学時代にも男女間の友情というものを築いたと思う俺としては現在のハルヒとの距離も概ねそれに近いのではないかと思う。
 しかし、そうなると肝心な情報を訊けなくなっているのもまた確かなのだ。SOS団の活動はどうやら俺の知る物とは一線を画すようであり、どちらかと言えば女の子同士の仲良しサークルといった類に属するようなのだ。おいおい、世界を大いに盛り上げるんじゃなかったのかよ?
「あんた、何でそれ知ってんのよ?!」
 それはお前から聞いたからだ、とは言える雰囲気ではない。俺は内心では失敗を悔やんでいた。まさかここまで俺が知らないことになっているとは思っていなかったからだ。古泉の言葉じゃないが、本当にどうやって出来たんだ、ここのSOS団は? と、俺はとっさに言い訳を考えた。
「さっき古泉に聞いたんだよ、お前に用があったらしいんだが不在だったんでな」
「あら、いつもなら食堂にいたら来てくれるのに」
 しまった、またも知らない記憶だ。これ以上話せば間違いなくボロが出る、俺は強引だが話を変えてみた。
「そういえば何で古泉のことを一姫さんって呼ぶんだ? 同級生じゃねえか」
「そんなもん、雰囲気に決まってるじゃない! 礼儀正しい清楚な謎の転校生よ? そりゃあ、さん付けで呼んだほうがかっこいいじゃない!」
 はあ、そういうもんかね。そういえばハルヒはSOS団の女性陣に対しては下の名前で呼んでいた、つまりはハルヒなりの親愛の情を表しているのかもしれないな。ただ、上級生である朝比奈さんはちゃん付けで同級生の古泉はさん付けっていうのはいかがなものかと思うのだがな。まあ相応だと俺も思うけど。
 しかしハルヒとこんな立場で話せるとはな、まるで佐々木と話しているようだな。今のこいつとなら友情も築けるやもしれない、などと思っていたらやはりハルヒハルヒだった。
「それで一姫さんとどういう関係な訳?」
 誤魔化しきれなかったか。疑うような視線を受けて、たじろぐ。だが何故にそんな目線で見られねばならないのかと憤りに近い感覚もある、SOS団の人間は自分の所有物だとでも思っているのだろうか? それなら何故そこに俺が居ないのかちゃんと理由を教えやがれっていうんだ。
「だからお前に用事があったみたいなだけだ。ついでにクラスでのお前の様子を聞きたかったんだろうな、それで話しただけだ」
 適当にでっち上げた嘘を言いながらも、ハルヒは信じたようだ。
「ふーん、まあいいわ。てっきり一姫さんの目が曇ったのかと思ったんだけど」
 どういう意味だ、第一あいつ相手に何かあってたまるかってんだ。とも言えないのか、あいつが男であるのを知っているのは俺しかいないんだし。
「……………あんたの目の方が腐ってるのね」
 失礼だが世間的評価はそんなもんだろうな、見た目だけなら俺とあの古泉じゃ釣り合いがとれるとも思えん。それを言うなら目の前のこいつ相手でもそうかもな、黙っていればハルヒも美人の範疇から外れるような女じゃない。
「いや、お前の方がマシだと思うだけなんだが」
 思わずそう言うとハルヒは激高したかのように顔を真っ赤にして、
「なっ? ばっ、馬鹿言ってんじゃないわよ! いきなり何なの、頭おかしくなったんじゃない?!」
 いや、そこまで言わなくても。たとえ美人に見えようが男相手よりもお前の方がまだいいってだけなんだが。
「それに一姫さんはよく気が利くし、顔も広いし頼れる人なんだから! まあそう考えたらあんたなんかと釣り合いが取れるような子じゃないけど」
 そうかい。まったく興味が湧かないけどな、確かに美人なんだろうが古泉は古泉だ。俺には生憎と同性愛の趣味はないし、向こうもそうだろう。よってハルヒが何を心配しようが関係ないのだろうが、些か気になることはある。
「なあ、お前は前に恋愛は精神病だとか何とか言ってなかったか? それを古泉と俺に当てはめれば言っている事に矛盾があると思うのだが」
「へ? あたしそんな事言ったっけ? まあいいわ、確かに恋愛なんて精神病そのものだと思うし、あたしには無縁だとも思ってるけど。でもそれが世間では蔓延している訳だし、あたし以外の人がそうなったところで止めるつもりなんかもないってだけよ」
 そいつはまた寛大な心だな。いや、古泉も言っていたがハルヒは元々常識のあるヤツなのだからして恋愛というものに対しても自分の理屈だけが通用するものじゃないということに気付いているのかもしれない。ただし対象が俺と古泉って時点で常識も何もあったもんじゃないが。
「とにかく! あんたと一姫さんが何でもないならそれでいいのよ。後はあんたが変な気さえ起こさなきゃいいの! 分かったわね?!」
 言われなくても起こすもんかい。あいつの正体を知ればお前もそんなアホな事を言えなくなると思うぞ? とも言えないので、分かったよとだけ答えて話を打ち切る事にした。これ以上話すと双方の記憶の違いから余計な語弊が生まれそうだったからだ。
 散々話していた割には不機嫌そうに窓の外を向いているハルヒのオーラに当てられながら俺は次善の策を考える。どうやらハルヒと古泉は同性ということもあって俺達の世界よりも近しい関係のようだ。しかもハルヒは今の状態に満足しているとしか思えない。いや、性格が丸くなったと言っても差し支えのないほどに普通の女子高生のようなのだ。とてもじゃないが閉鎖空間など出しそうも無いな、となるとこの世界の古泉は上手くやっているという事なのかもしれない。
 となると、俺は何をすればいいんだ? 少なくとも表面上は平穏無事な世界で俺は涼宮ハルヒの前の席に座る一友人でしかないということになっている。SOS団にも関わりがないようだし、何も出来ないといった方が正解だろう。
 そうなると頼れるのはSOS団内部に入り込んでいる古泉しかいない。あいつならボロも出さずに必要な情報を得てくるだろう、対策はそれを聞いてからしかないな。長門が現状の違和感に気付いてくれればいいのだが、期待し過ぎて逆に情報操作などされては本末転倒でもある。朝比奈さんにこのままで正しい未来にいけるのか確認してもいいが、それで未来と通信できないとなればあの方を悲しませるだけだしな。
 八方ふさがりな状態で古泉しか話し相手がいない事に若干愕然となる。早く原因を突き止めて元に戻らないとこっちがおかしくなりそうだ。多分初めて不思議現象に巻き込まれたであろう古泉の妙なハイテンションが気にならなくも無いが、いつまでも女でいたいとも思う訳ないだろうから早めに動くだろう。
 そんな事を考えていて相変わらず授業の内容が頭に入らないままに放課後である。俺の得た情報がどこまで有効なのか分からないままなのだが、古泉の情報を聞かない限り摺り合わせも出来ない。
 ん? そういえば……………
「俺、放課後はどうしてるんだ?」
 SOS団の活動もない俺が放課後に部活をやっているとも思えない。という事は即ち帰宅部なのだろう。
 と思っているとハルヒが俺の方を見ないで教室を飛び出していく。ネクタイが無事なままなのが寂しいものだと思うのは俺も放課後を楽しみにしていた証拠なのだろうな。
 ……………ハルヒの隣に俺がいない放課後ね…………………何だ? この妙なムカつきは。そんなに寂しかったのか俺は、とまあ本能的に文芸部室に行っていた訳だから寂しくないはずもない。後ろ髪を引かれるかのごとくハルヒを追うかと思ってみたが、それはそれで余計なゴタゴタを招きそうだ。
 ここは一旦退却して古泉からの報告を待つしかないのだと思いなおし、それなら一緒に帰るかと国木田に話しかけようとした時に携帯が震えた。
 見れば見覚えのありすぎる名前で『夜七時に公園にてお待ちしております』のメールが届いている。やれやれ、わざわざ帰って出直さないといけないのか。だが全てはそこからだろう、あまり焦っても碌な事はないのは承知済みだ。
 それならばあいつと会うまでにもう少し情報を入手した方がいいのだろう、情報源としての信頼度は低いが口だけは軽いヤツもいる。俺は国木田と谷口と一緒に帰ることにしたのであった。